百霊夜行の青年と呪物にされた美少女

彼女の秘密を暴いたら、彼女を救わずにはいられなくなっていた……
相枝静花
相枝静花

第1巻 第4章 大好きな彼女とオカルト界

第33話 オカルト界の一族1

公開日時: 2020年11月23日(月) 11:36
更新日時: 2021年2月10日(水) 16:05
文字数:2,981

 旅館の裏から表に戻った朝。

 丸一日旅館に居なかった俺達だったが、宿代は最初に納めていたので部屋はそのままにしてあった。

 どこに行かれていたのですかと旅館の人たちから心配されて、先程から門真義さんは適当に言葉を濁しつつ、それらしい嘘の説明をしている。


「ここの旅館の人たちは、姿がなくなることに敏感ですね」


 俺が言うと、由美さんも「特別、焦ってる感じではあるわね」と肯定した。


「ただでさえ、オカルトな噂があるからでしょうね」


 由美さんの話によれば、この旅館に泊まった客がちらほら行方不明になるというのは、オカルト系の掲示板や雑誌でよく書かれていることらしく、座敷童子と合わせて、この旅館を有名にしているという。ただ事件性はないということで、警察沙汰にはなっていないようだ。


「沙希さんも災難だったわね。私もだけど、呪物になった今、これから普通の生活はもうできないわ。私は翔がいるから何とかなると思うけど、沙希さんはこれからどうするの?」


 問われた沙希は顔を曇らせ、無言になっている。

 俺はそんな沙希を見て、沙希の側には俺がいる、と言おうとした。沙希の一人暮らしが危ないのなら、俺が一緒に住んでやりたい。だが、そう考えた瞬間、両親の顔が脳裏に浮かぶ。大学に行かせてもらいながら沙希と暮らす、と言ったら多分、いや、間違いなく反対するだろう。

 

(……だったら大学に進学するのはやめて、門真義さんの勤める出版社に採用してもらえば……社会人になれば親も何も言わないはずだ)


 悶々と考えていると、


「沙希さんは、両親がいないでしょう。収入もないし、呪物にもなっている」


 心配そうな顔をする由美さんは、


「ねぇ、良かったらうちに来ない? 遠慮はいらないわよ?」


 驚いた顔をする沙希は言葉をつまらせて、俺を見上げた。沙希を見下ろす俺も何も言えないでいると、門真義さんがこちらへ戻ってくる。


「そうしましょうよ! 沙希さん! 空いてる部屋もあるし、私達と一緒に暮らしましょう!」

「――いや、沙希さんはオカルト出版社の社宅に入る方向で話を進めているから」


 話に割って入ってきた門真義さんが、心配は無用だよ、と笑顔で言った。


かける。社長にもう話したの?」

「あぁ。由美を救出したことも話した。喜んでいたよ。とても、ね」


 由美さんは嬉しそうに微笑み、それから「良かったわね」と沙希を見やる。俺も沙希へ視線を移すと、沙希は目をしばたたかせていた。


「社宅に入れるならよかったわ。強力な結界も張ってもらえるし、生活費も稼げるしね」


 その言葉に反応した沙希は、


「あの、社宅に入れるようにしてもらえて、とても嬉しいです。ありがとうございます。それから、あの、どれぐらい稼げますか? 高校は公立なのでそんなにお金、かからないと思いますけど……」


「高校を出るまではアルバイトかしら。アルバイトなら、月に十万いかないぐらいだとは思うわ。仕事をこなせたら、の話だけどね」


 門真義さんは沙希の方を見ながら、「沙希さんなら大丈夫だよ。それから沙希さんは卒業後、四月から正社員でいいかい?」と確認する。

 沙希は嬉しそうに頷いた。


「はい。私は元々就職するつもりで動いていました。内定をもらってる工場へは、就職しない旨、伝えておきますので、よろしくお願いします」


 沙希は丁寧に頭を下げる。その時に由美さんが「あらっ? その紋章は……」と沙希の指についている指輪に目を止めた。

 言われて沙希は、自分の右手に目を落とす。これは沙希の母親になりすましていた呪霊が持っていた、宝石に模様が入っている指輪だ。


「その模様……どこかで見たことがあるわ。どこだったかしら……」


 由美さんは思案顔で、門真義さんへ向き直ると、


「ねぇ、オカルト界の一族に、こういう家紋を持った家、なかった?」


 言われてハッとした門真義さんは、胸ポケットからスマホを取り出し、いじり始める。


「それに関する資料のデータが、この中にある。調べれば、出てくるかもしれない」

「見覚えがあるのよ……出てくると思うわ。だけど、今は旅館を出るのが先かしら」


 確かに、と思った時、向こうにいたスタッフの一人がこちらへ歩み寄ってきた。


「皆さん、朝食をお持ちいたしますので、もう少しこの部屋にいてくださいね」


 旅館のスタッフが一礼をして、去っていく。

 泊まりに来た時より人数が増えているが、そこは門真義さんが気を利かせてくれたらしい。


 朝食を終えた俺達は旅館を後にし、俺と沙希は門真義さん達と別れて沙希の家へ向かった。沙希を家に送り届けた俺は、まず自宅へ戻ってシャワーを浴びる。新しい服に着替えると、もうしばらくは外泊はしないことを母親に伝えた。当然よ、と怒られたが、言うほど怒っていなかったらしく、俺は安心して家を出る。駅前のホームセンターに行くと、門真義さんが駐車場に車を停めて、入り口のところで待っていてくれた。


 門真義さんと落ち合ったのは、沙希の家を片付ける為だ。由美さんは彰君と自宅でゆっくりしているらしい。俺たちは段ボール箱や掃除用品を必要なだけ買って、門真義さんの車に全部乗せた。そして沙希のアパートまで戻り、買ったものを運んでいく。沙希の家に入ると、沙希は大きな黒いゴミ袋にゴミを放り入れているところだった。


「門真義さん。今日は、一緒に掃除の手伝い、助かります。ありがとうございます」

「なぁに。これくらい、朝飯前だよ。さぁ、今日中に片付けてしまおうか!」

「悟も、ありがとう。本当に」

「なんだよ、今更。いつものことだろ。気にすんな」


 笑った沙希は着替えた私服のワンピースにエプロンをして、またすぐ作業に戻っていく。門真義さんは「壁に貼られた結界の札は、最後に剥がそう」と言って、沙希からゴミ袋を取り上げた。


「ゴミ捨てなら僕がするよ。沙希さんは、必要なものを段ボール箱に入れてくれるかい?」

「あ、はい。でも、必要なものってそんなにないです。洋服と私物ぐらいで。ダンボール一箱ぐらいです。大型家具は全部、処分しようと思ってます」

「それなら、すぐに終わりそうだね。業者に連絡はしたのかい?」


 沙希は、ふるふると首を振る。


「いえ、まだ……」

「じゃぁ、段ボール箱に詰め終わったら、電話を頼むよ。僕はゴミ掃除と一応、何か霊的なものがないかチェックしよう」

「いや、ゴミ掃除は引き受けますよ、門真義さん」


 今度は俺が門真義さんからゴミ袋を奪い取り、


「部屋の隅々まで、チェックをお願いします。俺が、不要なものの片付けをしますので」


 門真義さんは肩をすくめ、「じゃぁ、お言葉に甘えるとするかな」と部屋を出ていった。


 俺は一番ひどく散らかっている沙希の部屋から片付け始め、これじゃぁズタズタにされてない洋服を探すほうが大変だと思ってしまう。大切なものだったのだろう物も、見事にひっくり返され乱暴に扱われた後だ。何か持っていくものが残っているのだろうかと思っていたら、やっぱり沙希のダンボールが埋まることはなかった。


「一応、ゴミは全部、ゴミ袋に入れたぞ。あとは、大型家具だけだな」


 数時間経って、片付け終えた俺が沙希に話しかけると、沙希は少し困った顔で「段ボール箱、いらなかったみたい」と苦笑する。


「何もないのか? 思い出の品とか卒業証書とか」

「全部、壊されてたし……持っていくのは通帳と印鑑ぐらい、かな。八十万、入ってたよ」


 俺は沙希の頭をぽんぽんと触って、最後に撫でた。

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