いい加減、ぼくと妹のこの物語にもあの男にご登場願おう。
私立探偵硲裕葵。
ぼくたちの物語は、彼が本来登場するべきミステリーやサスペンスではないけれど。
真夜中留置場を脱走したぼくと妹は、日進警察署のすぐそばでタクシーを捕まえて、大学前へと戻った。
いつかと同じように探偵事務所へ足を向ける。
探偵事務所のドアにはまんだらけの袋がかけられたままだった。
つまり、彼はあれ以来一度もこの事務所に帰っていない、ということだ。
ぼくたちを逃がしてくれた戸田刑事は「朝にはぼくたちの不在を安田という刑事が気づく」「それまでにできるだけ遠くに逃げた方がいい」そう言った。
真夜中では公共交通機関は使えない。深夜バスももうないだろう。
だけど、行くあてはあった。
四国。
徳島。
始発の地下鉄に乗って、名古屋まで出た後、新幹線で神戸に向かい、神戸の三宮からバスで明石大橋を渡って、徳島へ出る。
徳島の阿南市に、ぼくの母の実家があり、祖父母が住んでいる。
年老いた祖父母には麻衣がぼくの妹だということを理解はできないだろうけれど、彼女だとでも話せばいい。あたたかく迎えてくれるだろう。
ぼくたちは始発の地下鉄の時間まで、探偵事務所の前で暇をつぶすことにした。
探偵が戻ってくれば、妹にまつわる謎をすべて解き明かしてもらうよう依頼する。
戻ってこなければそれはそれでいい。
妹は携帯でミクシィを開き、ピコミクを始めた。「ゲゲゲの鬼太郎千年呪い歌」の劇場公開にあわせて作られた「目玉すくい」が妹のお気に入 りだという。ひしゃくで流れてくる目玉親父をすくう、ただそれだけのゲームだが奥が深いらしい。目玉親父以外の妖怪も流れてきて、誤ってそれをすくってし まうと、プレイヤーの体力のようなものが減ってしまう。体力のようなものがゼロになるとゲームオーバーだが、時折流れてくる鬼太郎をすくうことで体力のよ うなものは回復させることができる。はじめはゆっくり流れてくる妖怪たちも、次第にその速度を増していき、ゲームオーバーになるか最高速度で流れてくる妖 怪たちをすくいおわるとゲームは終了する。80000点まではいけるらしいのだが、どうしてもそれ以上の得点を出せないと妹は言った。
こういうときにミクシィというやつは本当に便利だと思う。
ミクシィは、後輩の花柳が使っているような出会い系としての便利さもさることながら、人が退屈を紛らわすために非常によく作られている。
ぼくはエコー機能を使って、文芸部の部員たちに、徳島に行くこと、しばらく学校には行けないこと、部室にも顔を出せないことを知らせた。エコー機能はインターネットに古くからあるチャットのようなもので、マイミクシィと簡単な会話をすることが可能だ。
それをすますと、ぼくは久しぶりに花柳の日記に目を通した。
花柳は、ひきこもりのニートが、恋人R子の理想体重まで痩せ、無事社会進出を成し遂げ、さらには「妹萌え」「ロリコン」というある種心の病を克服するまでを綴ったサクセスストーリーという、現実の彼とは少し違う人格を演じている。
R子が実在するのかしないのかは知らないが、彼女はいわゆる腐女子というやつで、ボーイズラブ、つまり男同士が愛し合いくんづほぐれつするやおいと呼ばれる漫画が好きな女の子だ。
その手のインターネット上の読み物では「腐女子彼女」だとか「となりの801ちゃん」などが有名だが、それらの主人公である著者がそれなりに幸福であるのに対し、花柳が演じる「ぼく」にはまるで救いがない。
それが彼の日記のおもしろいところで、ぼくはついつい彼の900人以上いるマイミクたちと同様に彼の日記を読んでしまうのだ。
そういえば、そのR子も徳島の人間だった。
奇妙な偶然に、ぼくは少しおかしくなった。
朝日が昇る頃、探偵は帰ってきた。
探偵はまったく奇妙な男である。
ぼくと同い年の青年だが、素肌の上にオーバーオールを着ており、頭をすっぽりと覆うニット帽には後頭部に何かが入っているかのような無数の長い 突起があった。指や首や腰にシルバーアクセサリーを身につけ、オーバーオールの胸のポケットはまるで四次元ポケットのように、ビスケットやゲームボーイポ ケット、ウォークマン、スタンガン、モデルガンなどが詰め込まれているらしい。収納上手なのかほとんどポケットは膨らんでいないように見えた。
彼はぼくたちに気づくと、
「はじめまして」
と、妹にうやうやしく頭を垂れた。
そして妹に名刺を差し出す。
そこには、
「硲心霊探偵事務所所長霊視能力者硲裕葵」
と書かれていた。
個人の探偵事務所としても狭過ぎる、マンションの一室を借りただけの、住居を兼ねた事務所だった。
「妹、さんだね」
探偵はドアにかけられたまんだらけの袋を手に取り、中に入ったフィギュアをうれしそうに確かめると、
「名前は、加藤麻衣さん」
妹の名前を言い当てた。
「あ、はい。でもどうしてわたしの名前を?」
妹はこちら側には存在しないはずなのに。
探偵に代ってその問いにはぼくが答える。
「彼は、依頼人が依頼を持ち込んだときにはすでに依頼の内容を把握して回答まで用意している」
それが私立探偵硲裕葵である。
彼が把握する依頼の内容の中には、依頼人ならびに依頼の対象となる人物や物という存在も含まれている。
ぼくが妹にまつわる謎を説き明かしたいと考えて、硲探偵事務所の門を叩いた時点で、彼は妹の存在をしりえたのだ。あるいは、妹の生徒手帳が本物であるかどうか確かめた5日前にはもう。
不思議なことなど何ひとつない。
うさんくさい話だが、彼はそういう探偵だ。
席へとうながされたぼくたちは依頼人らしく、これまでの六日間のこと、妹のこと、父のこと、あちら側とぼくが呼ぶ世界のこと、そしてぼくたちのもとを訪れた二人組の刑事のこと、こんな真夜中に訪ねてきた理由などを話した。
もちろん探偵にとってはすでに把握している内容であり、彼が把握する内容と、ぼくの話に食い違いがないかどうか確認するための作業でしかない。
ぼくの話を聞き終えた探偵は、
「花」
と一言ぽつりと言った。
「はな?」
妹が自分の鼻を指でさして言った。
七色の花弁の花のタトゥーのようなもののことを、ぼくは探偵に話していなかった。
「きみは妹さんの知らない何かを知っていて、そしてそれを知れば妹さんが深く傷つくだろうと考えて隠していることがあるね」
「お兄ちゃん、麻衣に隠し事してるの?」
「このごにおよんで、まだそんなふうに考えている、よほど妹さんが大切なんだね」
探偵は、
「じゃあぼくから話そうか」
そう言った。
「いや、ぼくから話すよ」
ぼくはそう返した。
「麻衣、鏡持ってるか」
「一応。女の子だもん」
妹は鞄からぼくに手鏡を差し出した。
「服の背中めくってごらん」
妹は、目を見開いた。
「えっなんで?」
「よかったな今日はワンピースじゃなくて」
ぼくは妹の問いには答えない。
「お兄さんの言う通りにしてください。おもしろいものが見れますから」
おもしろいものなんかじゃない。
妹は着ていた服の裾をめくった。
それは六日目の今日も確かにそこに。
花弁が一枚。
ぼくはそれが妹にも見えるよう鏡にうつしてやった。
「な、に、こ、れ」
「今は一枚の花弁ですが、あなたがこちら側にやってきたとき、それは七枚ありました」
探偵は何でも知っている。
「ぼくが気付いたのは三日目だった。そのときにはもう四枚に減ってしまっていた。次の日はまた一枚、だからぼくは妹がこちら側にいられる時間を示してるんだと思った」
「あるいは妹さんがこちら側に適応するまでにかかる時間であると、そう考えたわけですね」
ぼくはうなづく。
「だけどその次の日」
「花弁がさらに二枚減っていた。そしてさらに一日がたった今日、花弁は一枚のまま。それでぼくにその謎を解き明かしてもらおうと考えたわけです ね。簡単なことですよ。七色の花弁のタトゥーの意味は、そのどちらでもなかったというだけ。花弁はただ、妹さんがこの世界に影響を与えられる回数を示して いる、それだけにすぎません。だからたった一日で二枚消えてしまうこともあるのです」
あの安田と戸田とかいう二人組の刑事も、存在しないはずの妹が存在することによってこの世界に影響を与えていると言っていた。
父は作家として息をふきかえし、二人組の刑事は警察が独自に開発をすすめていたという機械で、はじめて神隠しにあった者を、妹を補足した。ぼくは、妹を愛してしまった。
だけど数があわない。
「二人組の刑事が言ったそうですね。妹さんの存在が、あなたがたの知るところだけでなく、あずかりしらぬところでも世界に影響を与えていると」
妹の存在を知ってしまった人たちが少なくとも十数人はいる。そのうちの誰かに、今は目に見えないが大きな影響を妹は与えてしまったのかもしれない。そんな風にぼくが思案していると、
「そういうことです」
探偵はぼくの心まで言い当てた。
だけどわからないことがある。
「なぜぼくがこれほどまでに、神隠しについて、あちら側とこちら側について、七色の花弁の花について詳しいか、ですか?」
「いくらお前でもこんな事件は想定外のはずだろう?」
ぼくは探偵としての彼の仕事をそれほど知っているわけではない。だが、これは彼が解決してきたようないくつかの事件とはまったく異なるということはわかっていた。
神隠しなのだから。
「確かに想定外です。ぼくは今、普段の、依頼人が依頼を持ってぼくのもとを訪ねるとき、ぼくはすでにその依頼の内容を把握し回答も用意している、という探偵ではなくなってしまっています」
予想外の返答がかえってきた。
「この事件はあちら側では起きませんでしたからね。ぼくはただ自らの体験談をもとにきみたちを導いてあげているだけですから」
探偵は、オーバーオールの片方の留め金をはずした。だらりと、デニムが垂れ下がる。
「ぼくもまた神隠しにあった者なのです」
探偵の脇腹には大きな火傷の痕が痛々しく残っていた。
「ぼくのわき腹にもかつて、麻衣ちゃん、きみと同じ七色の花弁のタトゥーのようなものがありました。もっともぼくはその役目を終える前に七色の花弁を焼いて、こちら側にとどまることを選択したのだけれど」
探偵は妹に、優しくそう話した。
「花弁がすべて消えてしまえばその者は、元いた世界、きみたちの言葉を借りるなら、あちら側に帰還する、ぼくはそう考えている。帰還しなかったぼくには、神隠しにあったぼくたちがいつ、どんな風に帰還することになるのかは想像の域を出ないけれど」
二人組の刑事は確か、天候がひとつの要因だと言っていた。
妹は雨の日にやってきた。同じ雨の日に、妹はあちら側に帰還することになるのだろうか。
天気予報をチェックしておかなければいけないな、とぼくは思った。雨の日は妹から目を離さないようにしなければならない。
そのことを探偵に話すと、
「天候ですか。実はぼくもそう考えています。それから、あちら側からこちら側に来る、その直前にとった行動が関与している気もします」
妹は首を横に振った。1週間も前のことだ。覚えてなどいないだろう。
「きみの花弁はあとひとつ。いつ帰還することになってもおかしくない」
妹はあと一度だけ、この世界に、人に、物に、未来を変えてしまうようななんらかの影響を与えてしまったら、最後に一枚だけ残された花弁が消える。
「麻衣、帰りたくない」
妹は、震える声でそう言った。
「帰りたくないのなら、今すぐ花を焼くことだ。ぼくのようにね」
探偵の脇腹には大きな火傷の痕が痛々しく残っていた。
彼は七色の花弁のタトゥーのようなものがこの世界に影響を与えられる回数を示していることに気づき、そしてそれを焼くことによって、こちら側に適応したらしい。
「きみが自分でできないと言うなら、おとなしく帰還するか、隣にいるお兄さんにでも焼いてもらうんだね」
できるわけがない。
「お兄さんができないというなら、不本意だけれど、ぼくが焼いてあげてもいい」
そんなことさせるわけにはいかなかった。
妹のきれいな肌に、目の前の男と同じ火傷を負わせる。
たとえそれで妹が永遠にぼくのものになるとしても、ぼくは一生後悔するだろう。
もちろん妹を手放すことになってもぼくは後悔しつづけることになるだろう。
「妹さんの肌を焼くか、妹さんを手放すか、それだけしか道は残されてはいません」
すぐに決められる問題ではなかった。
探偵は煙草に火をつけた。珍しい煙草だった。銘柄はマイルドセブンライトなのだが、デジタルカメラを模したようなサイドスライドタイプのボック スで、煙草を取り出そうとすると、フィルムのネガのように囲まれた海外の美しい景色がいくつか見える、そんな仕掛けがなされていた。韓国の免税店で買った 煙草だという。
「お前が、依頼人がお前に依頼を持ち込んだとき、すでに依頼内容を把握し、回答まで用意しているのは」
「あちら側ですでに一度経験済みだからです。ぼくはこう見えて40を過ぎていてね、数年ほど前に、あちら側からこちら側に召喚された。でもぼくの 場合は召喚されたときに20年ほど時をさかのぼってしまったらしい。あちら側で起きたこととこちら側で起こることにほとんど大差はなかったから、ぼくには これから起こりうることがある程度予測できた。だからこちら側では探偵になることにした」
だが、彼はこの春まで大学生で、ぼくと同じゼミの受講生だった。
「戸籍くらい今時ホームレスからでも買えますよ。ぼくはもうこちら側の人間になったんです」
謎はすべて解けた。
あとは、ぼくと妹の問題だ。
妹の肌を焼き、こちら側で共に暮らすか、役目を終えた妹を見送るか、結局ぼくと妹の物語は、戸田という刑事が言っていたようなセカイ系ではなかった。
ありがとう、邪魔したな、とぼくは探偵の肩を叩き、事務所をあとにすることにした。
「報酬のことですが」
と、言いにくそうに探偵は言葉を口にした。
今回はいりません、という返事を期待したが、そういうわけにはいかないだろう。
「よつばとの恵那ちゃんのフィギュアでいいか?」
先月発売された海洋堂のそのフィギュアは、特殊な素材が使われており、フィギュアでありながら水着と普段着のきせかえが可能だという。
「ありがとう。またのお越しをお待ちしています」
事務所の外で、ぼくは妹の了解をとって、もう一度服のすそをめくってもらった。
そこにはもう何もなかった。
花火をしようと言い出したのは妹だった。
ぼくが書いた小説であり、あちら側では映画にまでなった「ドリーワン」の中で、主人公の「ぼく」はヒロインのドリーと最後に花火をする約束をする。しかしその約束は果たされぬままに、ふたりに別れが訪れてしまう。
だからぼくたちが花火をするのだ、と妹はぼくに言った。
物語は、ぼくの住むこの街を舞台に描かれた。物語の後半、「ぼく」とドリーが過ごすことになる、廃バスのある公園は、アパートのぼくの部屋から徒歩数分の距離にあり、その途中にはコンビニがある。
ぼくたちは物語の登場人物たちの代わりに、その場所で花火をすることにした。
夏が終わって、一月以上が過ぎたコンビニにはレジのそばのワゴンで花火が定価の半額以下の価格で売られていた。ぼくたちはお金を出しあってそれらを買い占め、公園へと向かった。
バケツやライターはアパートを出るときに未亡人の管理人さんから借りた。真夜中に帰宅したぼくたちの物音が眠っていた彼女を起こしてしまったらしい。花火をするんです、妹と、と言うと管理人さんは何も言わずにそれらをぼくに持たせてくれた。
物語の中では、この公園には自動演奏のピアノや、冷蔵庫や大きなテレビがあり、死体があった。砂場には砂で大きなお城が作られていたけれど、現実にはそんなものは存在しない。
ただあるのは、誰かが捨てていった傘が一本、砂場に落ちていただけだ。
花火をするにはもう遅い時間だった。まもなく朝日が昇りはじめるだろう。
ぼくたちはブランコに腰かけて、登り始めた朝日を眺めながら花火をしようと、妹ととりとめのない他愛もない話をして時間をつぶした。
妹は砂場に落ちていた傘を拾ってきた。小学生の女の子のものらしく、黄色い傘の柄にはつたない字で、六年二組、加藤麻衣、と書かれていた。
「おんなじ名前だ」
うれしそうに妹は笑った。
あとで交番に届けてあげよう、と、ぼくたちは警察に追われる身であることも忘れてそんなことを話し笑いあった。
刑事の話も、探偵の話も、ぼくたちはしなかった。
5時半を過ぎる頃、朝日が昇り始めた。ぼくたちはバケツに水をためたり、花火の袋を開けて沢山ある花火にどの順番で火をつけようかとふたりで考えた。
しかし、
「あ、雨だ」
妹が言い、ぽつりぽつりと降り始めた雨は、途端に勢いを増してぼくたちに降り注いだ。
ぼくは慌てて花火を袋に戻した。
しかし妹は降り注ぐ雨を、両手を広げて、その小さな体で受け止めていた。
楽しそうに、笑いながら。
「あの日もこんな風に雨が降り始めたの」
と、妹は言った。
あの日。
一週間前、妹が生まれ育ったあちら側からこちら側へやってきてしまった日のことだろう。
「あのときもこんな風に雨が降り始めて、麻衣は持っていた傘を広げたの。そしたら持っていたはずの傘はどこかに行っちゃって、麻衣は傘を探した。 お気に入りの傘だったから。でも見付からなくて、ずぶぬれになって学校に行ったら、わたしの席に知らない女の子が座ってて、雪も芹菓も麻衣のことを知らな いって言って、棗先生に学校を追い出されて」
雨に濡れる妹に、はじめて会ったときと同じように、ぼくはもう一度、そのとき恋をした。
「麻衣はわけがわからなくて、とりあえず家に帰ることにしたんだ。でも、マンションの麻衣たちが住んでた部屋には知らない人が住んでて、麻衣は一 番にお母さんに電話した。つながらなかった。お父さんは電話に出てくれたけど、何度呼び掛けてもこたえてくれなくて電話も切られちゃって、それでお兄ちゃ んに電話をしたの」
ぼくは知らない番号からの着信に警戒心を抱き、その電話には出なかった。
「頼れるのは、お兄ちゃんだけだった。麻衣とお兄ちゃんはそんなに仲良くなくて、アパートに遊びに行ったことはなかったけど、引っ越しのお手伝い はしたから、場所だけは知ってた。でもお兄ちゃんは留守で、麻衣は他に行くところが見付からなくて、お兄ちゃんが帰ってくるのをずっと待ってた。制服が雨 に濡れて、すごく寒かった」
そこへぼくが帰ってきて、一週間前、ぼくと妹のこの物語は幕を開けた。
そしてぼくはこの物語が間もなく終わってしまうことを、このときなんとなく悟っていた。
「花火は、また今度だね」
その今度は、もう来ない。
「帰ろ、お兄ちゃん」
妹が傘を広げた。
開いた傘が、かつんとアスファルトに落ちた。
妹の姿はもうどこにもなかった。
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