──わざわざ探さずとも、空を飛んでる最中で目指すべき女神のいる場所はすぐに見つかった。
星空の中に浮かぶ小さな一つの島。
その島にはしずくが過ごしていた神殿が建ってるのが見えたからだ。
だが、その神殿は白ではなく、所々が茶色で覆われており、子供たちの泥遊びによって汚れた風にも受け取れる。
しかし、近寄っていざ触れてみるとざらざらとしたペンキのような質感。
詳しい意図は不明だが、ここの女神が元の白い神殿をペンキか何かで塗り替えたようだ。
ここは息が出来る不思議な宇宙空間でもあったが、それと同時に雨も降らないと認識していた。
母なる地球は豊富な水資源があるから、汚れても大丈夫な泥遊びができるのだ。
「さて、一人目の女神とご対面か」
サキタラシこと、僕は床に足音を立てずに新たな神殿の端に下り立ち、周りの様子を注意深く確認する。
どうやら侵入者を妨害する罠などの仕掛けはないようだ。
「まあ、あったらあったで、それは困るんだけどな」
サキタラシは小言を漏らしながら、女神の祭壇がある場所へ足を運ぶ。
こんなに動き回っても不思議と足取りが軽いのはなぜだろう。
現実世界で身体丸ごと浸けられた液体に、何かしらの回復効果があったのかと勝手ながら心の中で推論を交えていた。
『ヒューン、ヒューン!』
「うわっ、何の冗談だ!?」
冗談ごっこのつもりか、本気で僕を消そうとしてるのか。
いきなり上空から降ってきた光の棒状の光線をギリギリで横方面へと飛び避けるサキタラシ。
「ああっ、惜しいな。もう少しで仕留められたのに。隠れてた意味がないや」
先制攻撃か、不意打ちか、無事に避けられたサキタラシはほっと息を吐いた。
星空を純白の羽で舞っていた天使が地に足をつけた途端、サキタラシは意外な一面に驚いてしまう。
「あれ? 君はあのしずくなのか?」
「ああ、やっぱりそこから来るんだね」
しずくと酷似する顔をした白いドレスの天使がゆっくりと言葉を発する。
髪型や体型も一緒だから余計にだ。
「あたいはしずくをベースに作られたコピーのようなもんよ」
「要するにクローンみたいなものか?」
こんな現実離れした狂った異世界なんだ。
今頃になっても動じないし、クローンとか何でもありだろう。
「うーん、この世界は意識が繋げられても、肉体を移動できる仕組みは実験段階でね」
「そうか、なら僕は」
「うん。君はその実験体の一人なんだけどね。サキタラシ君」
確か、研究所では僕のことをナンバー6とか言っていたな。
あのナンバーの理由も実験体ならではの番号か。
……となると他のナンバーの子はどこにいるのだろう?
「あたいの名前はズイ。お望みとあれば骨の髄まで体を溶かしてあげる、その髄から名付けたネームよ」
「脳筋なのは認めるけど、ネーミングセンスもないんだな」
「くー、しずくが考えてくれた名前を小馬鹿にするなんて‼」
「いや、事実だろ。学校でその名前ゆえに色々とからかわれそうでさ。部外者の僕から先手をうっておいたよ」
そのお陰で目の前の女神は事前に対策を練れて、苦い学生生活を送らずにすむ。
でも、しずくの元の姿はおばあちゃんでは? という意見も出そうだが、大学ならいつの年代でも入学することは可能だ。
ただし、その年代では卒業しても会社では新卒扱いにはならず、中途採用という形になるが……まあ、実力者社会な天使には関係ないことだろう。
「まあ、あたいの目的はここで君をボロボロに打ち負かして、悔しくて涙でグチャグチャな情けない面を写メに撮ってしずくに見せつけたいだけだけどね」
「……とんでもない悪女な女神だな」
Sの性癖がこびりついたズイの前にし、僕はタジタジだった。
僕はこう見えて押しに弱い。
どんなに興味がない相手でも、日中好意があるアピールをしてくれば嫌でも好きになってしまう。
でも僕には心に決めた深裕紀という想い人がいるし、出来るだけなら穏便に事を済ませたい。
まあ、こっちが相手にしなければ自然と僕への恋心は冷めてしまい、諦めて去っていくのが普通だし、僕は気持ちを切り替えることにした。
何もこんな平凡な僕を好きにならなくていい。
男は星の数ほどいるんだから……。
「おおっ。何もかも吹っ切れた感満載だね。心の整理はついた?」
「ああ。この世界では衣替えは必要ないということにな」
「衣が何だって?」
「常に心は低温で揚がるという意味さ」
「ふーん。何かはぐらかされたような……」
ズイが一人で考え込む中、僕はすでにアクションを起こしていた。
彼女の足元の置かれた横半分の銅の鏡。
戦わずしてこの神器を取り戻し、ズイとは、不戦勝で決着をつける作戦だったのだ。
「貰った!」
「ああっ、まだ話の最中なのに。卑怯者!!」
「要するに神器だけ奪えばこっちのもんなんだ」
僕はポケットに入っていたICチップの付いた青いカードを神器の窪みに埋め込んで、その目標をズイに合わせる。
「そ、それはCoCoka(ココカ)のカードじゃん!?」
「まあね。出し惜しみしたら意味がないと思ってさ」
「今まで弱いフリをして、あたいから逃げ回ってたのも?」
「そう。この神器と合わせた強力な攻撃のチャンスを伺っていたんだよ」
カードの先に光が収束されて、チャージが溜まった鏡から強烈な光が飛び出してくる。
「ズイ、しかと受け取れえええー!」
「くっ、この陰キャでキモい男くせして!」
『ピカー!』
光がズイを照らしたと同時に空高く舞い上がり、光の攻撃を寸前で避けられる。
よくそんなふんわりとしたドレスで避けれたな。
女神だけに神業ということか。
「本当、全くの素人だね。こんな単純な手に引っ掛かるはずがないでしょ」
「あまり女神をなめてもらっちゃ困るよ」
「その言葉、そっくりズイに返すよ」
僕はカードに付いていたICチップを剥がしてズイのいる空へと投げて、それに向かって鏡の光をぶつける。
「食らえ、肉々増し盛り。パワーアップした反射攻撃だあああー!」
『ピカーン!』
「えっ、ちょ、ちょっと洒落にならないってばー!?」
いくら空を飛べたとしてもその瞬間に僅かな隙が出来る。
空中だから動きも制限されるし、この増幅した光の大きさなら避けることも出来ない。
ダメージ覚悟で堪えるか、持てる技で相殺するか、二卓に一つしかない。
「くううううー!」
「ふざけんなよ。このお子ちゃまごときが!」
多少お怒り気味なズイが、背中の両対の羽を前方に付き出して、前屈みで光の攻撃から身を守る体勢になる。
「そのお子ちゃまがこれから凄い技を使うんだけどね」
僕は旅立ち前にしずくから貰っていた一枚の天使の羽を鏡の中にゆっくりと沈ませる。
天使の羽を奪われたしずくが隠し持ってた二枚のうちの一つだ。
「海鮮丼、2倍だあぁぁー!」
「サキタラシ君こそネーミングセンスないじゃないかー!?」
『ピカーン!』
「ぎゃああああー!?」
巨大な光の攻撃がズイの防御していた羽を容赦なく破壊し、ズイもろとも光の海に飲み込まれていく。
全ての光を放出したICチップは僕の手元に吸い込まれるように落ち、鏡からの光も完全に無くなった。
「……ぐぶっ、無情なり……」
地面にボロ切れのように横たわったズイは大きく白目を開けて気絶しており、僕はこのままでは美少女なしからぬ顔付きのズイのまぶたと呆けた口を静かに閉じた。
「これでまずは一人目達成だな」
「……記念にプチお祝いしたいけど、この世界にも一人焼肉とかあるのかな」
焼肉はともかく、僕は起死回生の逆転劇により、まずは一人目の女神、ズイに勝利したのだった。
ズイに力技で勝利したサキタラシ。
この増幅技は某作からのオマージュでもあり、この執筆当時にハマっていたアクションシーンを思い出しました。
海鮮丼を何倍にしても美味しいだけで相手には何のダメージもあたえないのですが……。
精々、ダメージと言ってもお店側の利益と、丼に添えられたワサビくらいでしょうか。
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