超雑談部 ~知識の幅が人生を成功に導く~

キャッシュレス
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勉強しても頭に入らない(後)

公開日時: 2021年12月23日(木) 19:00
文字数:6,875

「勉強に関する誤解、みっつめは集中学習」

「しゅうちゅうがくしゅう?」

「文字通り、教科と科目を絞って、ひとつを集中的に勉強すること。これも効率が悪い」

 とことん集中して完璧に覚えるまで、他に手をつけない。一見効果があるように思えるが、実際は一時的なもの。

 確かに集中して勉強するとたくさん勉強した実感を得る。すぐさまテストを受ければ、高得点を取れる。

 しかし、集中して覚えたものは、記憶に定着する前に忘れてしまう。

「質の悪いことに、効果が皆無じゃないのよ」

「効果があるなら、何が問題だよ」

「一夜漬けで覚えていられるのは精々一週間。次のテストの時には綺麗さっぱり忘れている。そしてテスト前にまた一夜漬けを繰り返す」

 負のループよ、と嘆く。

 記憶に残らない勉強は時間の無駄。延々とその場しのぎを繰り返していると、いつかボロが出る。

 延命は可能だが、根本的に治療しない限り、爆弾を抱えているのと同じ。馬脚をあらわすのも時間の問題。

「享楽的な生き方をしたいなら構わないわよ」

「それはそれで楽しそうだな」

 個人の趣味に口出しするほど華薔薇は無粋ではない。個人で楽しみ、他人に迷惑をかけないなら、誰に憚ることもない。

 もっとも華薔薇はそのようなギャンブルな生き方はお断り。華薔薇は知識や経験から、成功する確率が高い方を選び続ける。大きく負けることはなく、常に勝ち続けて大きな成果を上げる。

 余裕と自信を持って人生を送る。計算と戦略に裏打ちされた人生だ。

「桔梗が破産しようが、ホームレスになろうが、私には関係ないから。好きに生きたらいいわ」

「うっ、そんな風に言われると躊躇するな」

 享楽的に生きようが成功する人は成功する。リスクを計算できなければ、いずれ落ちぶれる。どこまで落ちるかはケースバイケースだが、騙され莫大な借金を背負わされることもある。

「嫌ならちゃんとした勉強をしなさい。せめて大負けしない程度に」

 少しの失敗ならいくらでも取り返せる。本当に怖いのは取り返せない失敗。

 借金は返したら元通りになる。人の命などは失ったら、取り戻せない。その見極めは大事だ。

「話が逸れたわね、戻しましょう。集中学習は一時的な効果しかない。なら、効果があるのは?」

 ここまでは意味のない勉強方法。ここから先は効果のある勉強方法について雑談する。

「ふっふっふ、俺も学習してるってことを見せてやる。大体こういうのは反対のことを言えば、正解するんだろ。つまり効果のある勉強方法は、ぼんやり勉強だ」

 説明しよう。ぼんやり勉強とはボーッとしながら勉強すること。

「あっはははは、最高よ。桔梗は本当に私を楽しませてくれる」

 愉快愉快、と華薔薇はひとしきり楽しむ。

「桔梗にしてはよくやった、とても素晴らしい推理よ」

「そうだろうそうだろう、俺も日々成長してる」

「でも残念、不正解よ。発想は面白かったけど。切り取り方が悪かった。いいえ、最悪だった」

 桔梗は集中の反対を散漫に捉えた。そのためぼんやり勉強に至った。

「反対は反対でも、今回の正解は分散ね。分散学習が効果のある勉強方よ」

 集中の反対は分散。集めるのではなく、散らせる。

「分散学習は複数の教科、複数の科目を勉強すること」

 たとえば2時間の勉強時間があるなら、国語、数学、社会、英語をそれぞれ30分ずつ勉強する。

 同じものを続けるより、効果が高い。

「そんな風に勉強したら、覚えられないだろ」

 桔梗から珍しく至極真っ当な意見が出る。

「その通りよ。でもね、勉強において一番大事なのは思い出すこと。何度も何度も忘れて、思い出すことを繰り返して、ようやく記憶に定着するの」

 一度で覚えずに間隔をあけると内容を忘れてしまうが、次に思い出そうと努力するとこで記憶に残りやすくなる。

 一見効率の悪い方法に感じるが、最適な勉強方法だ。

「勉強はね、ひとつの教科をまとめてやるより間隔を開けた方がいい。複数の教科を勉強するなら、交互だったり順番に勉強したほうがいいのよ」

 記憶には整理する時間も必要になる。闇雲に詰め込んでもいい結果は得られない。

「多様性を持たせるのも有効よ」

「たようせい? どんな方法だ。俺は猛烈に知りたい、ここが天才への第一歩」

「子供に玉入れの練習をさせた実験を紹介しましょう」

 子供をふたつのチームにわける。一方は90センチの距離から玉入れの練習をした。90センチが通常の距離である。

 もう一方のチームは60センチと120センチの距離で練習をした。この際90センチでの練習はしない。

「問題、どちらのチームの方が玉入れがうまくなったでしょうか?」

「そんなん簡単だろ、90センチの方に決まってる。90センチを練習してない子供か90センチを入れるのは無謀だ」

「とても真っ直ぐな回答をありがとう。90センチを練習したチームの方がうまくなるように思えるけど、実際に上手くなったのは60センチと120センチを練習でしたチームよ」

「なんでっ! 練習してないのに上手くなるわけないっ」

 直感に反した答えだが、事実である。

 90センチしか練習しなかったチームは常に同じ動きしかしない。そのため脳内の単純な部分しか働かない。

 一方、60センチと120センチで練習したチームは、異なる条件で成功させる必要があるため幅広い理解が求められる。そのため脳内では複数の部分が活性化し、柔軟な対応力を得た。

 結果、いろんな条件で達成できる下地ができているチームが上手くなった。

「マジかよ。練習してなくても、できるって単純にスゲーな。それでどうやって勉強に組み込むんだ?」

 目覚ましい成果を上げているならすぐに実行すべきだ。しかし桔梗には具体的な方策は思い浮かばない。頼れるのは自分の頭より、華薔薇の頭脳。

「少しは自分で考えなさい。頭が飾りでないなら有効活用しなさい」

 最初から最後まで華薔薇が教えていては桔梗に成長はない。最低限教えているのだから、工夫は桔梗がしないといけない。

 雑談部は部員を甘やかす場所ではない。

「そんなぁ殺生な」

「勉強方法を持ってきたら採点はしてあげる。そうしたら新しい雑談ネタになるわね。……そうね、宿題にしましょう」

 降って沸いた提案に悪くない、と好感触な華薔薇。こうして桔梗に宿題が課せられた。

「とほほ、だぜ」

「ちなみに宿題を提出するまで雑談部は出禁よ」

「嘘だろ! 俺の放課後の楽しみがなくなる」

 ノルマは宿題を提出するだけなので、かなり易しい。内容や期限もないので労せず達成できる難易度にされている。

「ヒントをくれ、流石に俺にはノーヒントは無理だ」

「仕方ないわね。たとえば英単語を覚えるとしましょう。ノートに書く、単語帳を使う、口に出す、友達に読み上げてもらう、方法は色々あるでしょ」

「なるほど、それならいけそう……な気がしなくもないような、うん、ともかく、前向きに善処してやるぜ」

 前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない発言だが、とりあえず見守ることにした華薔薇。もし手応えがあるなら、定期的に宿題を課すのもやぶさかではない。

「もちろん、さっき提示したものはダメよ。ちゃんと自分の実力でたどり着きなさい」

「どぅええーっ、無理だよ、ムリ。えぐくない、もうちょっとお手柔らかにお願いします」

「却下。手心は一切加えません」

 桔梗の懇願は鎧袖一触される。自分の頭でアイデアが思い浮かばないなら、友だちに手伝ってもらえばいい。何も華薔薇はそこまで禁止していない。

 さらに言えば桔梗が自力で思いついたか、誰かにすがったかの判別はできない。全ては自己申告になる。

 華薔薇は無理難題を所望するかぐや姫とは違い、達成可能な宿題だ。できないことを要求して遠ざける気もない。

 なるたけ四苦八苦する様子を見て楽しむくらいだ。

「宿題、どうする、うーん、なんも思い浮かばん」

「宿題は家に帰ってからするものよ。今は雑談に集中しなさい。効果のある勉強はまだ残っている。雑談は続けるよ」

 突発的な宿題に悩まされている桔梗に構うことなく、華薔薇は雑談を続ける。

「難しい、というのも勉強において大事よ」

「難しい、のがいいのか? 解けない問題は嫌だぞ」

 難しいにも色々あるが、適度に難しいのは挑戦の甲斐がある。

「簡単すぎるのも、難しすぎるのも論外だけど、工夫次第で乗り越えられる難易度は歓迎すべきよ。桔梗もゲームをしているとき、難易度が少しずつ上がっていく経験はないかしら? 敵が少しずつ強くなるとか」

「そうなんだよ、絶対にクリアできないと思わせといて、ヒントが散りばめられてたりするといいんだよな。クリアした時の快感たるや、脳汁ドバーだぜ」

「桔梗の性癖は横に置くとして、ちょっとした難しさはモチベーションを上げてくれるのよ。それはゲームだって、勉強だって同じ」

 少しずつ難易度を上げていくのが勉強のコツだ。簡単なことを続けても達成感は得られない。逆に難しすぎると取っ掛かりさえなく、やる気が出ない。

「だから、さっきの宿題はちょうどいい難易度だと思わない」

「そこに繋げるのかよ!?」

 宿題は華薔薇には簡単すぎるが、桔梗には簡単でも解けない問題でもない。工夫したら解けるから、実にいい案配の内容。

「頑張りなさい。難しいことに挑戦して、達成したら必ず力になるわ」

 この手法で野球チームのバッティング技術が向上したのだから間違いない。

 練習内容は2種類。ひとつめは15球3セットのバッティング練習。セットごとに球種をひとつに固定した。15球同じ球種で練習する。

 もうひとつは45球を続けて打つ、さらに球種はランダムで決められる。毎回球種を見極めなければならない。

 練習の結果、ランダムな球種で練習を続けた選手は顕著に技術が向上した。しかも選手はいずれも野球経験が豊富である。

 優れた選手でも練習次第では技術が向上するという結果でもある。

「難しさにも種類があってね、問題の難易度を上げるだけでもないのよ」

「どーゆーこった。ふたつのことを同時にやるみたいなこと、か」

「それは悪手よ。人間の脳に複数のことを同時に処理する機能は備わっていないから、ひとつのことに集中するのがベストよ」

 マルチタスクは脳機能を無駄遣いするので、頭が悪くなる行為なのは周知の事実。勉強においてマルチタスクは大敵だが、今回の雑談とは趣旨が少し違う。

「マルチタスクについては機会があればね。ともかく、難しさは中身以外にも適用されるのよ」

「中じゃないなら、外ってこと?」

 その通りよ、と華薔薇は微笑みを浮かべて肯定する。

「でも、外って意味わからん。問題の外側……わかったぞ、つまり問題外」

「桔梗の頭が問題外ね」

 桔梗も少しは成長していると感心した華薔薇だったが、一瞬にして錯覚だったと思い知らされる。

「外側というのは問題文そのものや、教科書という意味よ。字が汚くて読みにくかったり、字が小さくて読みにくかったりするのも、難しさの範疇よ」

 読み取りにくい難しさだ。スラスラ入ってくる文字より、四苦八苦して読み取った文字の方が記憶に残りやすい。

 教科書を粗くコピーして利用するのもひとつの手段だ。

「他にも順番を変えるのも有効よ。教科書や宿題は普通は順番にやるでしょ。教科書を分解して、順番をごちゃ混ぜにしても、難しさは演出できるのよ」

 問題の内容を難しくすることも大事だが、問題に取り組む姿勢を難しくするのも有効だ。

「すんなり進む勉強よりも、ハードルを乗り越える勉強が効率的よ。人間は苦労して手に入れたものに価値を感じるから」

「とりあえず、勉強するときは教科書を逆さまにしてみるぜ」

「あらあら、本当にいい手法ね。手間も時間もかからない上に、逆さまということで文字が読みにくさを演出。でも、頑張れば読めるという難易度。桔梗がとても素晴らしいアイデアを思いつくなんて、明日は空から魚でも降ってくるのかしら」

 褒めているのか貶しているのか、どっちにも取れるように華薔薇は言葉を紡ぐ。

「俺だってやるときはやるよ。なんだよ空から魚が降ってくるって、そんなんあるわけないだろ」

 本来空から降ってこないものが降ってくることをファフロツキーズ現象という。原因は解明されていないが、竜巻によって巻き上げられた海魚が内陸に降る事例は確認されている。

 必ずしも魚が降らないわけではない。

「明日は頑丈な建物の近くにいることをオススメするわ。怪我したくないでしょ」

「そのネタはもういい(魚だけに)」

「…………………………………………」

 鮮度の切れたネタは美味しくない。華薔薇もそれた雑談を本題の雑談に戻す。

「最後に大事な勉強を教えましょう」

「う、ぅおっ」

 大事なことは聞き逃せないと桔梗も耳をより一層傾ける。盛大にスベったことを忘れるためにも。

「思い出すこと」

「ん?」

「勉強に大事なのは思い出すこと。忘れたら思い出す、また忘れたら思い出す。この繰り返しが記憶に残す最善よ」

「う、うん……うーーん?」

 言葉の意味は理解できても、納得のいかない桔梗は首を傾げる。

「どうやら納得してないみたいね。桔梗も時間が経てば、覚えたことを忘れるというのは理解しているでしょ」

 人間の脳には不要な情報を忘れる機能が備わっている。何事も永遠には覚えていられない。

「一度しか見聞きしてない情報は脳では重要ではないと判断するのよ。でも繰り返し同じ情報に触れると、脳は大事な情報だと認識する。情報は結合され、固定化される。さらに後から思い出す際の神経も強化してくれる」

「結局さ、何回も繰り返せってことか」

「その通りね。定期的に思い出していたら、いずれ思い出す作業が必要なくなる。記憶に根を張ってしまえば、必要なときには反射的に呼び出せるようになる。考えるプロセスがなくなるわ」

 華薔薇がスラスラ雑談できるのも日頃から知識を思い出しているからだ。何度も繰り返せば記憶に根付くだけでなく、似たような知識と知識が結び付き、知識が絡み合う。

 絡み合った知識は簡単には忘れない。また、ひとつのことを思い出したら、絡み合った根から連鎖的に次々知識を思い出せるようになる。複雑な絡み合いが記憶を強固にしてくれる。

「とにかく、思い出す。これに尽きる。思い出す際にテスト形式だとより効果があるわ」

 華薔薇が雑談の最後に復習させる理由だ。

 せっかく雑談したのに、何も得るものがありませんでした、では雑談部である理由がなくなる。時間の無駄遣いをしたいなら、他のことで代用できる。

 わざわざ部活動にしているのは、雑談によって得るものがあるからだ。

 伊達や酔狂で雑談部は活動していない。桔梗には預かり知らぬことだが。

「たくさん勉強しているアカツメクサが覚えられないのは、詰め込むだけで、思い出す作業をしてないからでしょうね」

「どんなに勉強しても、後から思い出さないとパーってこと」

「そうよ。記憶してないじゃ、覚えられないのも当然。無駄な努力をしていたのよ。時間の無駄」

「おい! 努力してる奴を悪く言うな」

 桔梗が声を荒らげる。華薔薇に相手を貶す意思はない。単に事実を述べただけだ。

「いいかしら桔梗、知識がないから時間を無駄にするの。努力は素晴らしいものだけど、結果が伴わない努力は意味がない」

「知らなかったんだから、仕方ないだろ」

「それは違う。知らないのは問題じゃないの、知ろうと行動しなかったのが問題なのよ。結果が伴わなかった努力に疑問を持っていれば、もっと早くに答えにたどり着けたでしょうに」

 常に物事に疑いを持って接することが一番の近道だ。これで正しいのか、間違っているのか、疑い続けてより一層効果が高いルートを模索する。人生に答えがないように、勉強の方法も答えはない。

 今回の雑談も華薔薇には正解だったが、アカツメクサに正解かはわからない。たまたま華薔薇はうまくいったが、アカツメクサもうまくいく保証はない。

 誰かの正解がみんなの正解とは限らない。

 人から教えてもらったことしかできないのなら、遅かれ早かれ壁にぶち当たる。学生の身分で挫折を経験できるなら、いくらでも修正できる。

 過ぎた時間は取り戻せない。大人になっても延々と無駄な努力を続けるより、今気づけるのなら傷は浅い。

 大半の人が正しい勉強法を知らない。正しい勉強法を学生で身につけたら、大きなアドバンテージになる。

「活かすも殺すもアカツメクサ次第ね。私は雑談できれば十分よ」

「なんか締めようとしてない。俺はさっきのこと、納得してないんだけど」

「だって、私には関係ないもの」

 残念ながら桔梗が納得は雑談部に関係ない。雑談部は面白おかしくお喋りする場所。

 華薔薇も雑談を終えた以上、無駄話をする気はない。

「さて、これ以上雑談はしないから、桔梗は帰った帰った。長居は無用よ」

 俺は納得してないからな、と捨て台詞を残して雑談部を退出させられる桔梗だった。

 アカツメクサのことを思いやるのはいいが、桔梗にも宿題が出ている。他人にかまけていては、雑談部に出禁になってしまう。どれほどの余裕が桔梗にはあるのだろうか。

「桔梗の宿題、楽しみね」

 どんな宿題を提出してくれるのか夢想しながら、華薔薇も雑談部をあとにする。


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