「メイクは偉大よね。だから、桔梗はメイクしている女性に騙され続けてね」
「笑顔で怖いこと言うなよ。騙されてもいいって言ったのは俺だけど」
桔梗は騙されるのを許容しているが、進んで騙されたいとは思っていない。
「騙される桔梗にさらなるアドバイス」
「俺をカモみたい言うな」
桔梗は単純なので扱いやすい。カモの素質は十分にある。
「赤色が女性をより魅力的にする実験がある。女性の上半身の写真を撮り、背景を白もしくは赤にした。その写真を判定してもらったら、赤い背景の方が魅力が高い結果が出た。同じ女性でも背景が違うだけで、評価が変わるという実験ね」
「赤い背景なんてそうそうないと思うぞ。どこで活用すんの」
「それこそ、写真よ」
街中で赤い背景を探すとなれば大変だ。実験では写真を呈示しているであって、実際に赤い背景の前に女性が立っているのではない。
「プロフィール写真よ。マッチングサイトの写真の背景が赤かったら気を付けなさい」
写真の加工はスマホで簡単にできる。ちょっとした工夫で魅力は盛れる。
「女性が魅力的になって何か問題ある?」
「バカね。偽りの魅力に騙されて、期待値が上がると、実際に会ったときにがっかりするでしょ」
最初に期待を持たせると、基準値が高くなる。最初に魅力をマックスにすると、後はだんだんと減っていくだけ。逆に最初の期待値が低いと、後は上がっていくだけだ。
「桔梗の場合、実際に出会うとこまで進めるかが問題ね。メッセージのセンスなさそうだし」
「俺だって捨てたもんじゃない」
「努力するのは桔梗の自由ね」
努力が実を結ぶかは別の話だ。実際見せ方を間違わなければ、桔梗にもチャンスはある。努力が空回りして余計なことをしなかったり、相手の立場になって必要な情報を伝えればいい。
「やってやるからな、首を洗って待ってろ」
「嫌よ。どうして私の貴重な時間を桔梗に費やす必要があるの。勝手にやってなさい」
「もう少し俺に興味を持て!」
華薔薇は桔梗のプライベートに興味はない。雑談部の部員として面白おかしくお喋りする相手の価値しかない。
「背景が赤じゃなくても、赤い服を着てるだけでも女性は魅力的になるそうよ。赤い服を着ている女性と男性が親密になりたがる実験もあってね。男性は赤い服を着ている女性と会話するときに、物理的な距離が他の服を着ている時より近くなるそうよ。さらに会話の内容もよりプライベートな質問が増える」
男性はは赤色を性的なイメージと結びつけている。そのため赤い服を着ていると魅力的に思う。
女性が女性を評価する実験もあり、この場合は赤い服を着ていても評価が変わることはなかった。赤色に興奮するのは男性だけなのだ。
「赤い服じゃなくても、赤い口紅や赤い小物でも効果は確認されている。赤には気を付けなさい」
「何に気を付けるだよ」
「赤は魅力を上乗せする。本質を隠しているとも言える。自分がメッキに騙されてないか、冷静に考えられるようになりなさい」
後から本質を知ってがっかりするくらいなら、最初から本質を見抜いて無駄に時間を使わない。
騙されるから時間とお金を無駄にする。最初から価値がわかっていたら、関係を築くかの判断ができる。付き合うべきなら付き合い、付き合う必要がないなら付き合わない。
人間の人生は案外短い。付き合う必要のない相手に割く時間は無用である。
「私から言えるのは赤には男を魅了する力があるということね」
「赤いものを見たら、ハッスルしちゃうのか。今後注目してみるよ」
私立日輪高校の校章が太陽をモチーフにしているので、赤色ということに桔梗は気づいているのだろうか。
「さて、桔梗も納得したようだし、今日の雑談部はこれにて手仕舞ね」
「今日もためになる1日だった……ちょい待てい、モテる女性の話はしたけど、
モテる男性の話をしてないじゃねえか。俺が知りたいのはモテる男なの」
目的を達成せず、帰れるわけがない。桔梗は当然食い下がる。
「まさか、華薔薇は知らないのか。モテる男の秘訣を」
「もちろん知ってるわよ」
「華薔薇にだって、知らないことのひとつやふたつ……って知ってるのかーい」
もったいぶらずに教えてくれ、と桔梗は懇願する。真剣かつ誠実に。
「その態度を他で活用できたら、モテるでしょうに…………」
懇願している桔梗に華薔薇の呟きは届かない。
「どうにかならないでしょうか」
「仕方ない、もう少し雑談を続けましょう」
「やったー、きゃっほー、最高、るんたったーるんたったー」
遠足に行く子供よりはしゃぐ男子高校生が華薔薇の目の前にいた。
「上げて、下げて、また上げるのは基本だけど、使い方を間違えたわ」
想像以上のはしゃぎっぷりに反省する華薔薇だった。どれだけ知識があろうが、人間の行動を完全に予測したり、制御したりすることは不可能だ。
「早く、教えてくれ、俺がモテる方法」
「やっぱり桔梗は面白い」
「なんか言ったか」
「なんでもないわ。モテる男性の特徴でも雑談しましょうか」
「待ってました、よっ、女将」
桔梗の太鼓持ちはかなりずれていた。全てに付き合っていたら時間の浪費だ。ほどほどに無視するのが最適。
「桔梗にモテる特徴を上げてもらったけど、ルックスやお金は思っているより重要視されていないのよ」
「イケメンや金持ちがモテない、だと」
イケメンや金持ちがモテないということではない。顔やお金より重要な要素がある。
「親切、知性、ユーモア、健康、長期的な関係を築きたい場合、これらの方が重要視されていたわ」
「やっぱり優しいのはモテるのか。予想通り」
「桔梗がモテないのも納得ね」
「何っ!? 俺が優しくないってか」
「私は桔梗が優しいと思ったことはない」
華薔薇と桔梗は放課後に雑談する関係。優しさを発揮する機会は少ないが、皆無ではない。
先に来て準備をする、残って後片付けをする、雑談中のフォローなど、機会はある。ことごとくを桔梗は見逃している。
そもそも華薔薇が準備をするのが当たり前と思っている節がある。
「華薔薇は、なんでもできるじゃん。俺の介入する余地がない」
「桔梗が手伝っても余計な手間が増えるだけなのは確実ね。でも、それとこれは別問題。手伝う意思表示くらいはしなさい」
実際に桔梗が手伝いを買って出ようが華薔薇は応じない。桔梗に求めているのは優しさではなく、雑談の相手。役割外のことをされても迷惑だ。
「始めは困っている人を見かけたら助ける。そのくらいから始めたらいいと思うわ」
「やってるんだけどな……」
桔梗は普段から困っている人を助けている。悩み相談を聞いたりして、解決のため奔走している。
しかし、泥臭く解決するので頼りにされても、親切に思われない。悪く言えば、利用されているだけ。
立ち回りで印象は大きく変わる。もっとスマートに解決していけば、評価も変わるだろう。
「次にーー」
「知性だな。勉強か、テストの点が高いとモテるのか」
「違う。知性は学校の成績じゃなくて、頭の回転の早さ。質問にすぐに回答したり、話の内容を要約したり、道筋だった会話だったり。桔梗とは無縁のものね」
「ひどい、俺だって、俺だって。賢くなりたいよぉぉぉ」
食いぎみに反応し、間違った推測を披露して、あげくにお眼鏡に敵わず、最終的に喚き叫ぶ男子高校生、それは桔梗だ。
「情緒が不安定すぎる」
「…………」
桔梗が期待、不安、喜び、憂い、その他諸々を含んだ視線を送る。
「あら、私のせいだと言いたいの。桔梗が勝手に期待して、勝手に自滅したんでしょ。私たちは雑談しているだけなのだから」
華薔薇のスタンスは知らぬ存ぜぬ。
「みっつめはユーモアね。人を笑わせるとモテる。これは桔梗も持ってるわね」
「よっしゃあああ、俺にも春が来たあああ」
「桔梗のユーモアに関係なく、春は毎年来るわよ。桔梗にそれ以外の春があったかしら?」
桔梗にユーモアがあるのは否定しない。しかし結果が出ていない以上、能力やセンスはお察しだ。
「ユーモアにも種類があってね、誰も傷つず他人との関係を強くする親和的ユーモア、桔梗はこのタイプね。他人を貶めたり皮肉ったりする攻撃的ユーモア、自分の失敗を笑って話す自己高揚的ユーモア、自分を下げる自虐的な自己卑下的ユーモア」
「華薔薇は間違いなく、攻撃的ユーモアだな。だって俺が被害者だもん」
桔梗に言われるまでもなく、華薔薇は自覚がある。ブラックジョークも大好きだ。
「それぞれに特徴があってね、桔梗の親和的ユーモアは友達が多くて自尊心と幸福度が高い、感情も安定している人が多い。あくまで傾向だから、桔梗は後半が壊滅的に当たってないね」
全てが当てはまることはない。女性だから、男性だからと区分できないように、ユーモアの種類だけで性格や特徴は決まらない。
他の特徴は、攻撃的ユーモアは人に合わせるの不得意で、不安を隠すために他人を攻撃する。華薔薇とは真反対な傾向だ。
自己高揚的ユーモアは、アイデアや発想力に優れ、ストレスに強い。
自己卑下的ユーモアは、神経的で、自信や幸福度が低い。また鬱や不安症になりやすい。
「確かに当たってる。俺って友達多いし、毎日幸せだもん。唯一の不幸は俺という男を彼氏にできない女性がたくさんいることだ」
「世の中の女性は見る目があるわね」
「まさか嫉妬かい。俺に惚れたら火傷するぜ」
「私が桔梗を好きになるわけないでしょ。たとえ世の中の男性が桔梗だけになっても、選ばないわ。言っておくけど、桔梗が雑談部にいられるのも、私が案山子に話しかけるより、桔梗と会話してる方がましだから、いられるのよ。決して桔梗じゃなきゃならない、理由はどこにもないのよ。ちなみにモテたいなら自己高揚的ユーモアがいいわ。桔梗が放課後に雑談部に来れるのは私の慈悲よ。変なことを言う口があるのなら、もっと私に感謝しなさい。いつでも退部にできるのだから」
桔梗は調子に乗ることもできない。少しでもつけ上がろうものなら、地面を突き破る勢いで叩き落とされる。
「言い過ぎだよ。俺のライフは残りわずか。……あれっ、なんか途中に重大な情報が隠されてなかった」
「最後は健康ね。長く付き合っていく上で健康は大事ね」
「カムバック、時を数分戻そうよ」
桔梗の提案は議題に上がらず、即棄却。華薔薇は無視して雑談を続ける。
聞き逃した桔梗が悪い。
「不健康だと仕事もできるか不安よ。結婚して子供ができるか、きちんと稼ぐことができるか。不健康だと将来の見通しも不安になるからね。健康のために運動を推奨する。ちゃんと桔梗は運動してる?」
「んはっ、運動、してるしてる。体育の授業は走りまくりだぜ」
なんとか頭を切り替えて雑談についていく。
雑談部は雑な内容や雑な会話に厳しい。華薔薇の不興を買うのはなんとしても、阻止したい桔梗だった。
「それは何より。突飛なことをしなくても、よくある能力を伸ばしていけば、モテるのよ。変にチャレンジするより、真面目にコツコツやっていくことが大事」
モテたければ覚えておきなさい、と華薔薇は念押しする。
「任せとけ、俺はモテたいからな。ちゃんとやってやる」
「自由にやってね、私には関係ないから」
華薔薇は桔梗の交友関係に興味がない。仮に桔梗に彼女ができて、雑談部に来なくなっても何もしない。
「彼女ができたら紹介してやるからな。がっはっは」
「雑談できる相手なら歓迎してあげる」
徹頭徹尾華薔薇の基準は雑談できるかどうか。桔梗の彼女というステータスは評価に影響を与えない。
雑談できるなら雑談をし、雑談ができないなら関係はそれまで。
「桔梗はちゃんと覚えてるの? ここに来た目的」
「モテるためだろ。ちゃんと覚えてるぞ、イケメンでもそんなにモテないとか、メイクしている女性はいい女、赤いものもいい女。親切、知性、ユーモア、健康を兼ね備えている奴が最強。どうだ」
興味がある内容は覚えやすい。桔梗は珍しく、淀みなく雑談の内容を反芻する。普段の苦労が嘘のようだ。
だが最初の理由を完全に忘れている。
「ここに来たのは、木槿の悩みだったでしょ」
「むくげ? はて、誰だった、かな。……ああ、木槿か。そうだ、木槿だ」
桔梗が雑談部にやって来たのは木槿の悩み『モテたい、どうしたらいい』という相談のためだ。
「嫌だ、木槿がモテるなんて許せない。この情報は俺が独占する。1ミリも渡すもんか」
脅威から守るように厳重に知識を抱き締める。知識は頭の中の情報なので、華薔薇の目には自分で自分を抱き締めるナルシストだ。
「それでいいの? 思い出しなさい、モテる人の特徴を」
「親切、知性、ユーモア、健康」
「独り占めするのはとっても不親切ね。あれあれ、『俺はモテたいからな。ちゃんとやってやる』って言ったのは誰かしら?」
矛盾する発言は首を絞める。
やると言ったらやる。一貫性の発言は危険だ。
「ぐっ、わかったよ。木槿にもちゃんと教える。これでいいだろ」
「ふふっ、桔梗は雑談相手として十二分よね」
桔梗が知識を独占しようが、ひけらかそうが華薔薇に興味はない。あくまで雑談部は面白くおかしくお喋りする場所。雑談部で得た知識を活用するのも、心のうちに秘めようとも問題ない。
サッカー部で得たドリブル技術を公園の子供に披露しようとお咎めはない。すごいと尊敬されたいなら、したらいい。
「俺は今日からモテる。モテてモテて、モテまくってやる」
やる気が漲っている桔梗だが、親切、知性、ユーモア、健康はどれも一朝一夕では身に付かない。日々の行いが、結実するのは当分先のこと。
続きさえすれば、モテる日も来るだろう。
「悪い、華薔薇、今日俺はモテるために帰らせてもらう」
「自由にしたらいいわ。さようなら」
「またな、バイバイ」
うおおお、モテるんだあああ、と廊下を叫び走る男子高校生がいたとかいないとか。
「やれやれ、そんなに恋人が欲しいものかしら?」
華薔薇は恋人が欲しいと思えなかった。欲しくないとも思えないが、積極的に探す理由もない。
「まあ、恋をした時に考えましょう」
必要になれば考えればいいと、結論を出して、雑談部を後にするのだった。
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