異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

第七章『妖精の森』

就職活動(1)

公開日時: 2021年2月1日(月) 18:00
更新日時: 2021年12月22日(水) 12:07
文字数:3,746

「……はぁ。疲れた」


 仕事終わりの常套句をつぶやきながら、俺はヘルメットの下から流れる汗をタオルでぬぐった。


「おつかれ」


「おつかれっす」


 終業のブザーが洞窟内に鳴り響く中、俺はみんなに挨拶をしながら出口に向けて歩き出す。


 洞窟といっても、人口で掘られたもので通路には等間隔で松明がたかれていてばっちり明るい。足元も整地されていて、坑道も広く、おそろいしい雰囲気は皆無だ。


 最初に洞窟へ行くと聞いた時、俺はあの最初の訓練のときのような真っ暗な洞窟を想像したが、あれよりはよっぽど居心地はいい。


 あの訓練から、思えばもう半年も経ったのか。


 俺は今でも、ふと昔のことを思い出しては、すぐに忘れようとする。


 過去は過去、俺は今を精一杯生きることにしているのだ。


 ここはソの国の金鉱。


 俺はここで働きだして、もう3か月以上が経っていた。


 朝から晩まできっちり8時間、この金鉱で金を掘るのが、俺の今のジョブだった。


 ハローワークで身につけた【薪拾い】と【配達】スキルはもう使うこともなく、今は【発掘】スキルなんてものを習得していた。


 俺は晴れてジョブを得たわけだが、これは俺が望み続けていたまったりスローライフかと問われれば、そうとは言えない。


 ここでこんなことをしている理由、それは――。

 



 あれは初めてこのソの国に来た日。


 ラの国のアレアレアで偶然出会った商人ビヨルドの馬車に乗せてもらい、到着したのは翌日の昼前だった。


 ここはソの国の中でも一番大きな金鉱がある町、デンドロイ。


 ビヨルドはこのデンドロイで商人を営んでおり、自然とここに連れられてきた。


 町といっても出稼ぎの労働者たちが住民のほとんどで、もともとは何もなかった荒野に金鉱が見つかり、それから労働者たちで発展した町らしいのだ。


「で、どうするんだケンタ? 一応、商売柄、俺も金鉱の奴らには顔が利くんだが……」


 町に着いて、とりあえずはビヨルドの家に招かれた。一階が商店と倉庫になっており、二階が住居となっている立派な家だった。ビヨルドはこの家に一人暮らしをしているらしい。


 金を使った武器や装飾品、アイテムなどを売っているようだ。ビヨルドが外に売り歩いている間は、店のほうは閉めている。


「できればその金鉱で働きたいんですが……」


 俺がこのソの国にやってきた理由は、それだった。


 ビヨルドから聞いたのが、ソの国の金鉱は人手不足で働き口があるという話だった。今現在、ソの国は金の発掘と輸出によって好景気が続いているのだ。


 世界中から労働者が出稼ぎにやってきても、まだまだ人は足りていない状況らしい。


 これなら俺も、と考えたのだが、そう簡単に面接をして、はい就職、というわけにはいかない理由がある。


「お前の言いたいことはわかるが、アイソトープだからな……」


 ビヨルドは腕を組んで、少しだけ難しい顔をした。


 俺が危惧したことが的中した。


「難しいんですかね?」


 事情を察して、聞き返す。


 俺はこのダジュームに転生してきたアイソトープ。


 本来、アイソトープがジョブに就くにはハローワークでの訓練でスキルを身につけ、ジョブを斡旋してもらう必要がある。


 だが俺はそのハローワークを飛び出してきたわけで、今は何一つあてがない。


 俺がダジュームで生きていくには、何かしらのジョブに就かなければいけない。生活していくお金もそうだし、住むところも必要だ。


「いや、難しいかどうかはわからん。現に金鉱でも大勢のアイソトープが働いているよ。でもハローワークを通さずにっていうケースは、どうなるのか……」


 ビヨルドは困ったような表情で、肩をすくめた。


 俺もハローワークがそのためにこのダジュームに存在していることは、当然理解していた。


 ダジュームの住民にとっては、転生してきてどこの馬の骨かもわからないアイソトープを雇うわけにはいかない。そのためにハローワークが訓練をして身元をきちんと照会したうえで、ジョブを斡旋するのだ。


 今の俺はまるで密入国者のようなもので、なんの保証もない立場。


 野良アイソトープなのだ。


「やっぱりまずはハローワークに行くほうがいいですかね?」


「まあ、それが通常のルートではあるがな。このデンドロイの町の管轄のハローワークは、ここから少し離れていてな。明日なら馬車で連れて行ってやれるが、どうする?」


「本当ですか? お言葉に甘えられるなら……」


「よし、昨日アレアレアの町で仕事を手伝ってもらった礼だ。今日はゆっくりしてな」


 何から何までビヨルド様様であった。


 俺は心から感謝し、その日はビヨルドの家で泊めてもらうことになった。


 

 翌日。


 ちょうどソの国の首都に用事があるというビヨルドに連れられ、首都に向かった。


 ソの国は非常に小さい国で、町と町もそんなに離れてはいなかった。小さな国でも独立してやっていけるのは、ひとえに金鉱による資源の潤沢さゆえであった。


 だからなのか、このソの国にはハローワークも三つあるという。あんなにバカでかいラの国には一つしかないのに、経済が潤っている国は違う。


 ふと、ハローワークのことを考えていたらシャルムのことを思い出してしまう。


 何も言わずに出てきてしまい、きっと怒っているに違いない。これまで保護され、衣食住の世話にもなってきたのに、お礼さえも言えなかった。


 でも、俺がモンスターに狙われていることを知っているシャルムなら、すべてを理解してくれていると思う。


 俺がハローワークに残っていたら、みんなに迷惑をかけるのだ。


 俺の選択は間違っていない。それだけは、自信をもって言える。


「おし、着いたぞ」


 馬車が止まった先は、ソの国の首都にあるハローワークだった。


「これが、第一ハローワーク?」


「ああ。デンドロイの金鉱で働くなら、ここがいい」


 それは俺の知っているハローワークではなかった。


 ラの国のハローワークなんて、事務所と言っていたくらいなので、ただの二階建ての平屋だった。すきま風が入り込んできたし、二階は雨漏りがする部屋もあった。


 しかも草原の真ん中にポツンと、見放されたような場所に建っていてモンスターの襲撃に備えなければいけなかった。


 だが今ビヨルドに連れてこられたハローワークは、首都のど真ん中、町中も町中の立派なビルだったのだ。


 思わず俺はビルを見上げる。


「ここの所長は、俺も知り合いなんだ。話を通してやろう。行こう」


 ビヨルドは大きな体を揺らしながら、立派なビルの中へと入っていく。


「あ、はい」


 俺も急いでビヨルドに続く。


 顔の広いビヨルドだが、俺もこの第一ハローワークの所長のことは、知っていた。 


 あの国際ハローワーク会議で会ったのが、確かここの所長だ。


「ああ、ビヨルドだ。プロキスはいるか?」


 受付のカウンターで、俺も聞き覚えのあるその名前を呼び出すビヨルド。


 受付には女性が二人いるし、応接セットのような立派なソファーが窓際に並んでいて、今もスーツ姿の男性が話し合っている。


 ていうか、なんなの、このハローワーク? 俺は軽くカルチャーショックを受けていた。


 俺のいたハローワークは所長一人と妖精だけの、もっとこじんまりしたところだったのに、なんだここは? 受付どころか、事務所に入ったらすぐにリビングだったぜ?


 規模が違いすぎて、俺はめまいがし始めた。


 国が違うとハローワークもこんなに違うのか? これじゃシャルムがキレるのも理解できるよ……。


 その設備の違いにキョロキョロしていると、間もなく奥の部屋から一人の男が出てきた。


 びちっとスーツに身を固めた、プロキスであった。


 今日も口ひげが優雅にぴんと上を向いている。


「おお、ビヨルドか。……ん、君は?」


 つい先日、ラの国の首都で会ったばかりなので、向こうもすぐに俺に気づいたみたいだが、すぐに名前は出てこない。


「プロキスさん。ケンタです。先日のハローワーク会議で……」


 俺も一歩進み出て、プロキスに挨拶をする。


「ああ、ケンタくん! なぜこんなところに? シャルムも来ているのか?」


 プロキスはロビーを見渡すが、もちろんシャルムの姿はない。


「実は……」


「部屋へ来なさい。ビヨルドもいるってことは、訳ありなんだろう?」


 プロキスはすぐに事情を察し、自分の部屋へと通してくれた。


 部屋に入ると、プロキスは窓際のデスクに腰を落ち着け、俺たちにはソファを勧める。


 所長室はとても広く、置かれている観葉植物や敷かれているカーペットなど、すべてが高級そうで、ラの国のハローワークとの差は歴然であった。


 なんだか落ち着かない俺の隣では、ビヨルドは余裕の面持ちで部屋を見渡していた。


「どうだい、プロキス。いい金の屏風が手に入ったんだけど、この部屋に置いてみないか?」


「金の屏風だって? この部屋を悪趣味にしようとするな」


 いつだって商人魂が抜けないビヨルドを、プロキスは軽くあしらった。


「俺たちは、ガキの頃からの知り合いなんだよ。今はこいつ、所長なんてお高く留まってやがるがな、小さいときは……」


「おい、よけいなことを言うんじゃないぞ、ビヨルド」


 この二人の関係が気になっていた俺に、ビヨルドがニタニタしながら教えてくれた。


 どうやら二人とも、悪ガキだったことは伝わってくる。


 そうこうしているうちに、さっきの受付の女性がコーヒーを持ってきてくれた。


 軽く一息入れたところで、プロキスが切り出す。


「で、ケンタくん? どうしてここに?」


 

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