「ケンタくん、どうしてここに?」
プロキスから質問され、俺は背筋を伸ばしてソファに座りなおした。
「ソの国で働かせてもらいたいんです!」
へたな交渉や言い訳は同情を誘っているだけになりかねないので、俺は率直に希望を伝えた。
「俺がデンドロイの金鉱に口を聞いてやろうと思ってたんだが、ケンタはアイソトープだろ? ここはお前を通したほうがスムーズにいくかと思って、つれてきたんだ」
俺が頭を下げていると、隣からビヨルドが肩を抱いてきて、フォローを入れてくれる。
「デンドロイの金鉱で働く?」
「事情は聞いてやるなよ。お前もいろんなアイソトープを見てきただろ。それぞれ、何かしらの過去と不安は抱えて生きているんだ。それは俺たちだって同じだろう?」
いきなりのことにプロキスも戸惑うように、髭を撫でては俺の顔をじっと見つめる。
「ラの国のアイソトープをいきなり連れてきてこっちで働かせてくれとは、いささか話が急すぎないか?」
「人生なんていきなりの積み重ねだろうが。俺もケンタとは会ったばかりだが、働きは保証する。なにより、いい奴だ」
タンタンと俺の肩を叩くビヨルド。
「ビヨルドさん……」
ビヨルドにフォローされた俺は、思わず感極まりそうになる。
アイソトープに対する偏見や差別はまだ消えていないということは聞いていた俺は、こうやって会ったばかりのビヨルドさんに「いい奴」といってもらえることが、なによりもありがたかった。
「俺が気に入ったやつで、悪い奴はいなかっただろう? そうだよな、プロキス?」
プロキスに考えるすきを与えないかのように、ビヨルドはたたみかける。
「ふふ、昔から女を選ぶ目だけはなかったがな」
「それを言うなよ!」
お互い信頼しあう古い仲だとわかるような、そんな二人だった。
「デンドロイの金鉱なら、いくらでも働き口があるだろう? どうだ、ケンタもそこで働かせてやってくれないか? 頼む」
ひざに手をついて頭を下げるビヨルドに、俺ももう一度頭を下げる。
しばし沈黙が訪れるが、机をこんこんと叩く音が聞こえた。
「断るなんて言ってないだろうが。だがな……」
「じゃあ!」
ビヨルドがプロキスの言葉を遮り、がばっと顔をあげた。
「待て待て。ケンタくん、おそらく分かっているとは思うが、こればかりは右から左へと処理するわけにはいかん事情があるのだよ」
プロキスの眉が少し下がったのを見て、俺はいやな予感がする。
俺もそんな簡単なことではないことは分かっていたが、考えないようにしてきたのは事実であった。
アイソトープは転生してきた場所のハローワークに保護され、契約をしている。
俺はハローワークを飛び出してきたのだ。おそらく、まだラの国のハローワークとの契約は続いているはずだ。
「契約とか、そういうことですよね?」
「まあ、そういうことだ。例えば、今から私がシャルムに連絡をして、君の身柄をこっちへ移籍していいか許可を取れればいいのだが、どうやらそういうわけにはいかんのだろう?」
こういうケースには慣れているのか、プロキスは俺の事情を察したうえで先回りしてきた。
「……できればシャルムには、内緒で」
「だろうな」
はぁ、と大きなため息をつくプロキス。おおよそ、俺の答えには予想ができていたといった反応だ。
俺もそれ以上は言いたくはなかった。
ただ、俺が魔王軍のモンスターに狙われていることを隠しておくことに葛藤はあった。俺の存在が、このプロキスやビヨルド、さらに言えばソの国全体に不幸を呼び込むかもしれないことは、十分自覚している。
でも、俺はこうするしかなかった。
逃げてきた俺の居場所がバレないように、それが今できるただ一つのことだ。
「ラの国のハローワークがどういう処理をするかはわからないが、おそらく『失踪』か『死亡』のどちらかだろう。失踪届が出された場合、全世界のハローワークにその旨が通知され、保護対象となる。今のところ、その連絡は来ていないようだが」
プロキスは机に置かれたディスプレイを操作して、確認した。
「それは、いいことなんですか?」
「誰にとってだ? 少なくとも、失踪届が出ているアイソトープを、そうと知っていてほかのハローワークが受け入れることはできない。見つけた段階で、元のハローワークに送り戻す義務があるからな。そうなったら国の移動もできなくなる。国境の入国審査で問答無用で捕まっちまう」
「そうですか……」
ということは、今の俺はまだラの国のハローワークとして契約が続いている状態である。こうやってソの国にいるということは、イレギュラーな状態だ。
失踪届が出された時点でいわば俺は指名手配されたお尋ね者になるということだ。
シャルムは俺の処置をどうするのだろうか?
俺が飛び出してまだ間もない。おそらく、今後何かしらの処理をするはずだ。
「で、とどのつまりどういうことだ? ケンタはどうすればここで働けるかってことを簡単に説明してくれ」
難しい話には付き合うつもりはないらしいビヨルドが、プロキスを急かす。
「まあ、落ち着け。俺もお前は友人であるのと同時に、ハローワーク協会に登録している立場を忘れないでくれよ? これから話すのは、ひとつの情報としてだ。このままケンタが失踪届も死亡届も出されないままだったら、俺は何も知らない体でうちのハローワークで受け持つことはできる」
言いにくいことをきちんと言葉にしてくれるプロキス。
「バカにでも分かるように、簡単に言ってくれよ。俺はお前たちみたいに賢くないんだ」
しかしビヨルドが再び不満を示す。
「まったくお前は……。つまり、俺が何も知らずに、彼がケンタということさえ知らずに、たった今転生してきたアイソトープだと思って保護したことにすりゃいいってことだよ!」
回りくどい言い方を辞めたプロキスに、ビヨルドもようやく納得したように身を乗り出す。
「じゃあ大丈夫なんだな?」
「大丈夫、とは言わんが……、法の抜け道というか……」
「わかったわかった。お前は立場上、そうとしか言えんということだな!」
「……まあ、そんなところだ。だがこれも、失踪届が出されたら、俺は知らんぷりはできんからな? そのときは協会を通じて、君を差し出さねばならん」
「それは、もちろんです。これ以上、迷惑をかけられませんから」
「だが、君はケンタという存在を消さねばならん。名前はもちろん、ダジュームに転生してきたからのこともだ。それでも構わんか?」
すなわち、責任はすべて俺が持ったうえで、身分を隠しプロキスに保護される、というわけだ。
ラの国で保護され、シャルムから訓練を受け、カリンやシリウスと生活したこと、すべてを捨てることになる。
「……はい」
「よし、なら俺もなんも知らんぞ。こいつがケンタだなんてことは、知らんからな!」
極端なビヨルドが、腕を組んで嬉しそうに言った。
「もし君がそれでいいのなら、うちで受け入れよう。ただし、いきなりジョブを斡旋することはできない。しばらくここで訓練を受けてもらう」
「それはもちろん!」
ここまで特別扱いしてもらって、これ以上は望めるはずがなかった。
「ただ、君は今すぐにでも失踪届が出されてもおかしくない状態なのだ。シャルムがどうするかはわからんが、そうなったときは、覚悟だけしておいてくれ」
そのときは、俺はラの国へ強制送還されるのだろう。
もしそうなったら……。
俺は、プロキスが考える覚悟とはまた違う、覚悟をした。
「はい。もちろんです」
「じゃあ新しい名前を考えようぜ。プロキス、なにか意見は?」
「……私は何も言えん」
「はは、じゃあバカな俺が名付けてやろう。ケンタ、お前は今日からケニーだ!」
ビヨルドが、俺の新しい名前を高々と発表した。
「ケ、ケニー?」
「ああそうだ。お前はケニー。今日、このソの国に転生してきたアイソトープだ。そして今から、この第一ハローワークで訓練を受ける。いいな?」
勝手に道筋を作るビヨルドに、プロキスも眉を掻きながら小さく頷いた。
「は、はい! よろしくよろしくお願いします!」
俺は立ち上がり、礼をした。
俺はケニーとして、これは第三の人生を生きることになった。
だがこれはいつまで続くかわからない。
明日にでもシャルムが失踪届を協会に出せば、すべて終わってしまうのだ。
俺は覚悟をしていた。
みすみすとラの国に、みんなのもとに戻るわけはいかない。
そのときは、この命をもってけじめをつけるしかないと。
それから二週間。
俺はプロキスのもと、ケニーとして訓練を受けて【発掘】スキルを身につけることができた。
そして俺はデンドロイの金鉱で働くことになった。
ビヨルドが俺の身元引き取り人に立候補してくれて、彼の家で住ませてもらうことになった。
これが、俺がソの国に来てからの顛末である。
金鉱で働きだして3か月が経った。
まだ、俺の失踪届は出されていない。
これはどういうことだろうか? 俺が失踪しても、シャルムは何の処理もしていないのだ。
つまり俺は、シャルムからも見捨てられたということだ。
俺のケニーとしての第三の人生のためには願ってもない状況が続いているのだが、どこかで俺は喪失感を抱えていた。
シャルムは俺のことを探すことすらしていない。
そりゃそうか。魔王軍に狙われるような厄介者のアイソトープなんて、探す価値もない。厄介払いできて喜んでいることだろう。
でも俺はどこかで期待していたのかもしれない。
シャルムに見つけてもらうことを――。
いや、何を馬鹿なこと考えてるんだよ。
これでよかったんだ。
よかったんだ。
何度も何度も、自分を納得させながら、俺は毎日金鉱で働き続けた。
ようやくダジュームで手に入れた、普通の生活。
だがこれも、そう長くは続かないのであった。
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