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ハマカズシ
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勇者とシリウス

公開日時: 2020年10月30日(金) 18:00
更新日時: 2021年12月16日(木) 10:39
文字数:3,751

「さっきからずっとああやって黙ったままなんだよ。勇者とどういう関係の人なんだろうね?」


「さあ……」


 俺は勇者の向かいにいるシリウスのことは、当然知らないことにした。


 俺と店長はバックヤードのカウンターからひょっこり顔を出して、その様子を眺めていた。


 店内のテーブルには、勇者クロスとシリウスだけが向かい合って座っている。


 ほかに客がいないのは、店長が気を利かせて貸し切り状態にしたからだ。そのせいで、店の外にはやじ馬が集まっていたというわけだ。


 ほかの店員たちも、客が勇者とシリウスしかいないため手持ち無沙汰で、自然と勇者のテーブルに注目が集まってしまう。


「……シリウスくんといったね?」


 静まり返るカフェで、勇者クロスがついに口を開いた。


 そして今、はっきりとシリウスの名を!


「シリウスっていうらしいよ? ケンタくん、知ってる?」


 カウンターの裏で、店長がひそひそと俺に話しかけてくる。


「し、知りませんよ……。ていうか、盗み聞きしてていいんですか? 勇者ですし、第一お客さんですよ!」


 俺もこのまま聞いていたいが、いかんせん罪悪感というものがある。


 さすがにこんなことで【盗み聞き】なんてスキルを習得するわけにはいかん!


「じゃあ僕はここで皿を拭くていでいるから、ケンタくんもこのグラスを拭きなさい! ほら」


 無理やり店長からグラスと布巾を渡される。


「いや、そういう意味じゃ……」


 と言いながらも、俺はグラスを拭くふりをしながら勇者とシリウスの会話に耳を立てる。


 だって、だって……、気になるじゃん?


「はい。シリウス・フェレーロといいます」


 いつかのパレードを見てはしゃいでいたシリウスでも、ハローワークにいるシリウスでもない、どこか緊張の糸が張りつめたような声で、ゆっくりと話している。


「知ってるよ。シャルムさんのところで訓練してるんだよね。護衛団のボジャットさんから聞いてるよ」


 対してクロスは余裕の面持ちで、ジェスチャーを交えながら話している。


 あのアレアレア事件のことで、俺たちアイソトープの三人の存在は勇者側にも情報として入っているのだ。


「え、僕のことを?」


 す、とシリウスの顔が持ち上がる。


「ああ。あのときはいろいろとお世話になったね」


 クロスは軽く頭を下げる。


 この前、俺に会ったときと同じように。


「いえ、僕は何もできなかったんですが……」


 あの事件の話になって、シリウスの口は重くなる。


 あの経験があって、シリウスは一層訓練に取り組むようなったし、この勇者との面会を決断するきっかけにもなったのだ。


「ボジャットさんから、私に会いたい人がいるって言われてびっくりしたよ。普段はそんな用件、受け付けないんだけどね」


 なるほど。シリウスは勇者に会うために、ボジャットさんを頼ったのか。


 さすがに闇雲にこの広いアレアレアの町を探し回るわけにはいかないか。ま、唯一の伝手つてというかコネだからな、ボジャットさんは。


「クロスさんに、お願いがあって参りました」


 ここでシリウスは背筋をもう一度伸ばし、勇者に向かい合った。


 クロスは黙ってそのシリウスの目を見つめている。


「……勇者パーティーで、一緒に戦わせていただけないでしょうか?」


 シリウスの話は、ド直球だった。


 無駄なことは一切なく、まさしく直談判といえるようなお願いで、俺のほうが緊張してくる。


「ケンタくん、あの子、勇者パーティーに入りたいらしいよ!」


「しー! 静かにしててください!」


 店長も興奮してきて声が大きくなってきたので、きちんと注意する。


 もはや俺も店長も、本来の仕事を忘れて勇者のテーブルに意識がすべていってしまっている状態だった。


 この店長、【サボり】スキル持ちじゃねーか?


「……君、アイソトープだよね?」


 俺たちのわちゃわちゃには気づいていないクロスは、シリウスに尋ねた。


「……はい」


 シリウスは小さな声で肯定する。


 俺たちの素性など、シャルムのハローワークにいるという時点ですべてバレバレである。


「どうして勇者パーティーに入りたいの?」


 クロスは少し椅子にもたれかかるように、身を逸らした。


 ちょっとだけ、さっきまでの和やかな空気が締まったような気がする。


「僕は、元の世界で大きな過ちを繰り返してきました。それも自分の意志ではなく、ただ状況に流されていただけで、多くの人たちを悲しませるようなことをしてきました。結果、僕は死んでしまったんです」


 それは昨日、シリウスから聞いたことであった。


 マフィアの仕事とは、誰かを悲しませるような結果に繋がる。シリウスが取引していたものとは、きっとそういうものだったことは、俺でも想像がついている。


「だから僕は、このダジュームでは人の役に立ちたいと思っています。そのためには自分の身を犠牲にしても、魔王と戦って……」


「ちょっと待って」


 そこで勇者が手のひらを差し出し、シリウスの話を止めた。


「君はこのダジュームを自分の過去の過ちの償いに利用しようと思ってるのかい?」


「……え?」


 クロスは表情を変えず、シリウスに淡々と質問する。


 これにはシリウスも言葉が詰まる。


「君が元の世界で何があったかは知らないよ。このダジュームでは一切関係のないことだし、すべて君の都合じゃないか? そんなことで魔王と戦いたいなんて言われると、このダジュームが舐められているようにしか思えないんだけど?」


 クロスの口調は冷静でもあり、尖っていた。


 その言葉は同じアイソトープでありシリウスの仲間でもある俺にもグサリと突き刺さってくる。


 だって勇者クロスの言うことは、まったく間違っていないし、その通りなのだ。


 ダジュームの住民にしたら、ましてやダジュームを守るために命を削っている勇者にしてみたら、シリウスが戦う理由は自分勝手すぎるととられてもおかしくないのだ。


「そういうわけじゃ……」


 シリウスも自分の戦う理由を否定されていることに気づいたのか、なんとか声をふりしぼる。


「君の勇者パーティーに入って魔王と戦う理由って、自分の過去の償いのためだよね? 人々の役に立ちたいって言うけど、自分のためだよね? でパーティーに入って魔王に殺されたら、それで君は本望なのかい?」


 ますますクロスの言い分はきつくなる。


「ダジュームは教会の懺悔室でも、更生施設でもないんだよ? ダジュームに来て一か月ちょっとで、魔王と戦うなんて、それだけでダジュームを舐めてるってことじゃないかい? ウハネじゃあるまいし」


 勇者は救世主ウハネの名を出す。


 アイソトープとして、魔王を倒しこの世界を救った救世主である。


「私たちはなんでそんな個人的な理由で、なんの実力も経験もスキルもない君をパーティーに加えなくちゃいけないんだい? 私たちは本気で戦っている。いつ死ぬか分からないんだよ? そんな状況で、君みたいな中途半端な奴に、私たちの背中を任せられると思うかい?」


 クロスの正論に、シリウスは俯いたまま、もう何も答えられないでいた。


 反論すらできないのは、すべて正解だからだ。クロスの言うことは、シリウスを完全に追い詰めていた。


「分かりました。……すいません」


 もうクロスの目を見ることもできず、シリウスは心が折れたようだった。


「あれ? もう諦めるの? 君の勇者パーティーに入りたいっていう気持ちは、たった数分で折れてしまうのかい? やっぱり、ダジュームを救うつもりなんてなかったんじゃないのかい? 反省したふりをするために、魔王と戦いたいって言っただけだろ? すべてアピールなんだ。そうだろ?」


「そ、そういうわけでは……」


 俺はもう見ていられなかった。


 勇者クロスが悪いわけではない。厳しすぎるというわけでも、決してない。


 これは俺を含め、アイソトープの勘違いだった。


 俺たちはまだこのダジュームに認められてもいないのだ。


「いや、すまない。ちょっと言い過ぎちゃったね。まだ君の実力も見ないうちに」


 クロスはそう言うと、すっと席から立ち上がった。


「クロスさん?」


「君の戦う理由は分かった。理由なんて、結局はどうだっていいんだよ。私たちの目標は魔王に勝つことだからね。だから、君の実力をみせてくれよ。勇者パーティーに入って魔王と戦いたいと言った君の実力で、私を納得させてくれよ」


 勇者は「さあ、行こうか」と店の外へ向かった。


 これにはシリウスは動くことができない。


「あの、え?」


「何をしてるんだい? 私と戦って、君が勝てば晴れてパーティーに向かえると言ってるんだ。こんなチャンスはないだろ? このチャンスをつかみに、君は来たんだろ? 自分の過去を清算するために?」


 くるっと振り返り、残酷にも言い放つクロス。


「それとも、傷つくのはイヤかい? 最初から、断られるのを前提に私に会いに来ただけか? ただの思い出作りのためにね」


 このクロスの一言に、ついにシリウスは席を立った。


「……僕は、本気です」


「じゃあ行こうか。ちょうど戦士のポストが空いているんだよ。君にはもってこいの大チャンスだ」


 勇者クロスは、戦士スカーが死んだことをほのめかし、店の外へ出た。


 瞬間にやじ馬たちに囲まれるが、すっと道が開かれた。


 シリウスは深刻な顔をしたまま、勇者について店を出る。


「ケンタくん、どうしよう? あの子、大丈夫かな?」


「シリウス……」


 俺はどうすることもできなかった。


 店を出ていくシリウスを止めることも、勇気づけることもできなかった。


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