朝起きると、すでにシリウスの姿はなかった。
「ホイップ、シリウスは?」
部屋を出て一階に下りると、ホイップとカリンが朝食の支度をしていた。
「今朝早くに、アレアレアに向かいましたよ。勇者に会いに行くって、昨日言ってたじゃないですか?」
当然のように、ホイップが言う。
「そりゃ知ってるけど、早すぎないか?」
「ケンタさんがお寝坊なだけでしょうが。ケンタさんも今日も薪の配達があるんでしょ?」
「ああ」
当然、俺もカフェ・アレアレへの配達がある。
もしあれだったらシリウスと一緒に、アレアレアの町に向かおうかと思っていたのだ。まさかこんなに早く、一人で向かってしまうとは。
「ちなみにシャルム様も今日は出張ですので」
シリウスとの訓練がなくなったので、どこか外で仕事をする予定にしたのだろう。
シャルムの行動は、俺達にはよく分からない。
「シリウスくん、すごくスッキリした顔してたよ。昨日なんかあった?」
カリンが窯の中のパンを覗き込みながら、聞いてくる。
「いや、別に……。勇者に会えるから、はりきってるんだろ?」
俺の口から、シリウスの過去を話すわけにはいかないので適当に誤魔化す。
「でも、アポなしにそんなに簡単に勇者に会えるとは思いませんけどねー! どうするんでしょうか、シリウスさん?」
テーブルについた俺に、ミルクを運んできてくれるホイップが首を傾げた。
確かに、俺は勇者クロスの宿のことも、シリウスには言っていなかった。
それにどうやら勇者も毎日宿を変えているようだった。防犯上の理由らしく、今日どこにクロスが泊まっているかは俺にも分からなかった。
「やっぱり止めたほうがよかったんじゃない? シリウスくん、明らかに焦ってたから!」
カリンも心配そうにキッチンから声を張り上げる。
昨日まで面接の結果が気になってへこんでいたカリンだが、声だけを聞くとあまり引きずってはいないようだ。
「会えるか会えないかの問題じゃないと思うんだ。自分で会おうとすることが、大事なんだと思う。シリウスにとって……」
壮絶な過去と環境を過ごしてきたシリウスにとって、自分が歩く道を自分で作ることが重要なのだ。
昨日のシリウスの話を聞いて、俺はそう感じていた。
「もちろん、会えるといいけどな」
勇者パーティー入りを直談判して、仲間に入れることができたなら……。
「そうだね。シリウスくんの夢だもんね」
カリンが焼けたパンを持ってきた。
夢――。
俺たちアイソトープがダジュームで生きていくために、シリウスは夢を叶えようとしている。
カリンだってそうだ。
じゃあ、俺の夢は?
「じゃあ、朝食にしましょう! いただきます!」
ホイップ、カリンが揃って朝食が始まった。
相も変わらず、俺の仕事は裏山から始まる。
午前中はひたすら薪を集めることに精を出す。
この薪拾いを始めた当初は、背中にかつげるほどの量しか集めることはできなかったが、今の俺はリヤカーいっぱいの量を数時間で集められるようになっていた。
「さ、行くか」
しかも今日はいつもより、ペースが速かった。
無意識のうちに、早くアレアレアに向かいたいという気持ちが出てしまったに違いない。
「俺がアレアレアに行っても、何も変わらないんだけどな」
理由はもちろん、シリウスのことだ。
早朝から馬車に乗ってアレアレアに向かったシリウス。
勇者に会ってパーティーに加えてもらうよう直談判するのが目的であるが、俺はどうなったのか気になって仕方がないのだ。
もしかすると、すべてがうまくいってすでに勇者と面会しているかもしれない。
今も勇者の居場所が掴めずに、町中を歩き回っているかもしれない。
「そんなに簡単に勇者に会えるとは思ってないけど……」
薪をリヤカーに摘み、俺は馬にまたがりながら独り言。
シリウスが突っ走ることになったのは、少し俺も責任を感じてはいるのだ。
俺やカリンのジョブが順調に進捗していた状況はあるが、俺が戦士スカーの死を漏らしたことで、シリウスの火を完全に付けてしまったのだ。
正直、シリウスの今の実力で勇者パーティーに入ることは絶望的だと考えている。
シャルムはもちろん、カリンだってそう思っているはずだ。
シリウス本人だって、それは覚悟の上での今回の直談判のはずだ。
「何もやらずにただ環境や状況に流されていくより、自分で一歩を踏み出す大切さ、か」
昨日、シリウスがベッドで話していたことを思い返す。
「……俺のやりたいことって、なんなんだろうな?」
ぼんやりと、モンスターとは戦いたくないので生活スキルを習得したいと考えていた。
でもそれも結局は受け身の行動で、やりたいということじゃない。
シリウスやカリンのように、過去を背負って新しいことをやりたいという夢や希望なんて何もない。
「何もできない俺が、やりたいことができるわけないじゃないか」
無力なアイソトープ。
そしてその筆頭の俺。
「魔法も使えなきゃ、モンスターからも逃げてばかりだし」
腕に付けている腕輪を見る。
魔法のオーラを集中させる魔道具である黒い腕輪と、スネークさんからもらった白い腕輪。
今では何の役にも立っていないのだ。
棚ぼた的に手に入れたこのジョブだって、おれがやりたい仕事でもないし、誰でもできる仕事だ。一か月後にはまた無職に逆戻りが決まっている。
「……はぁ」
俺は馬に乗り、少しアンニュイになりながらアレアレアに向かった。
「ん?」
カフェ・アレアレに薪を納品しに来たのだが、店の前に大行列ができていた。何やら店の中が慌ただしく、中の様子も覗けないほど人が溢れていたのだ。
「雑誌にでも紹介されて、超有名店になったのか?」
もともと有名な店ではあったのだが、ここまで客が殺到するのを見るのは初めてだ。
俺は正面のドアから入るわけにはいかないので、いつも通り裏口にまわる。
「ちわっす」
裏口を開けると、すぐそこに店長がいた。
「ああ、お疲れ!」
店が忙しそうだと思ったが、店長は腕を組んでカウンターの奥でじっと突っ立っていた。
「薪、ここに置いておきますんで」
「ああ、頼むよ」
無駄なおしゃべりはなく、店の行列から店内は混雑しているのかと思いきや、やけに静かである。
俺も空気を読んで仕事をこなすが、店長はさっきからずっと店内を見ているだけで、何もしていない。ただ難しい顔をして目を光らせているのである。
かまどの横に薪を詰みながらも、俺も店内のほうが気になって、首を伸ばして店内のほうを覗いてみるが、ここからはさすがに何も見えない。
「ああ、バタバタしててごめんね。こんなこと初めてだからね。身が引き締まるよ」
俺の様子に気づいたのか、店長が声をかけてくれる。
この店長、何もしていないように見えて、しっかりと気を引き締めているようだ。
やはり仕事とは簡単なものではないのだと気づく。いつも真剣に仕事に臨んでいる店長を見ていると、強く感じる。
やはり働くということは、まったりスローライフとは相反しているのだ。カフェだとしても、毎日が戦いなのだ。俺はジョブを舐めていたのかもしれない。
「いえ、俺も目が覚めました。働くことの大切さを……」
俺は首を振り、心を入れ替えて薪を積み上げる。
「さすがに勇者クロスが来店すると、僕でも緊張しちゃうからねぇ」
「そうですよね。勇者が店に来れば……。へ?」
勇者?
「ててて、店長! 勇者が来てるんですか?」
俺は薪を手から滑り落とし、目を見開いて店長に問う。
「そうだよ。さっきいきなり勇者クロスが店に入ってきたんだよ! 店の前のやじ馬を見ただろ? 僕も勇者にカッコ悪いとこ見せられないから、今日はより一層仕事に励んでるんだよ!」
店長は目を輝かせながら、勇者を見つめている。
いやいや、さっきからなんもしてないがな!
ただ店長は勇者が来たから、ミーハー心満点で店内を見つめているだけだった!
「いや、ていうか、なんで勇者が?」
「ケンタくんもミーハーだねぇ。ほら、ちょっと覗いてごらん!」
店長に誘われるように、俺は裏口から店に入って店内を見る。
そこにいたのは、先日会った、あの勇者クロスに間違いなかった。
「ほんとだ、勇者クロスだ……」
こちらからはバッチリ勇者クロスの顔が見える。テーブルを挟んで、一人の男と話をしているようだった。
店内は勇者とその話し相手しかいない。まさに貸し切り状態だった。
「これでこの店も『勇者ご用達』って堂々と宣伝できるね!」
嬉しそうな店長は顎を触っては至福の表情を浮かべる。
「ずっと何かを話しているんだよ。何の話だろうね? ていうか、あの相手は誰だろうか?」
店長がブツブツなにか言っているが、俺の耳には届いていなかった。
俺は勇者の向かいにいる男のことをもちろん、知っている。その背中はには完全に見覚えがある!
勇者クロスとシリウスが、今ここで二人、話をしているのだった!
マジかよ、シリウス!
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