俺のソの国への逃亡生活は、さらなる逃亡で塗り替えられることになった。
今度の逃亡先は、ファの国にあるという妖精の森。
俺は魔王軍のランゲラクと勇者から狙われることになってしまったのだ。
まさに善と悪の両方から。
狙われる理由は俺の【蘇生】スキルだということは分かっているが、魔王軍も勇者も何のためにその【蘇生】スキルを必要としているのか不明だ。
俺が【蘇生】を使って誰かを生き返らせるのを防ぎたいのか、もしくは誰かを生き返らせたいのか――。
どちらにしても、片方の目的をかなえてしまえば、もう片方には不都合なわけで。その結果、ダジュームに争いが起こりかねないのだ。
そのトリガーが俺の存在ということ。
そんなわけで俺はとにかくどちらの目的も果たさないように、身を隠すことになった。
そんな不幸な俺を助けるのは、魔王軍のジェイドに仕える妖精ペリクルというのだから、もう人間関係が複雑でよく分からない。
とにかく! 俺はこの小さなペリクルと妖精の森へ向かう。
何も起こらないことようにするにはこうするしかなかったのだ。俺の願いである平穏な生活を手に入れるためには!
「早く行くわよ! 私、足の遅い男って嫌い!」
俺の数メートル先をちゃらちゃら飛んでいる妖精が、眉間にしわを寄せながら振り返った。
「お前は飛んでるからいいけど、俺は歩きなんだよ!」
背中に大きなリュックを背負い、前かがみになりながら必死でペリクルを追っかけていた。
俺のことなどほとんど気にせずにマイペースで先を進むペリクルに、俺はほぼ小走りになっている。もうちょっとペースを合わせてくれよな! わがままな妖精は嫌いだよ!
俺たちはビヨルドの家を出て、デンドロイの町を北に向かっていた。
町を出てこの先のはるか遠くにあるファの国を目指していた。
夜中ということもあり、足跡を残すべきではないと馬車は使わないことにしたのだが、果たして歩いていける距離なのだろうか?
そもそもデンドロイは金鉱へ出稼ぎにやってきた者たちの町だ。夜中に出歩くような者はおらず、流しの馬車も見当たらない。
「俺はダジュームの地理も分かってないんだよ。歩いて行けるところなのかよ、妖精の森って?」
「歩いて行ったことなんかないからわからないわよ! 私だけならすぐに飛んで行っちゃうんだけど、ほんとに空も飛べないアイソトープは役立たずよね」
「そんなに簡単に空を飛べると思うなよ!」
「とりあえず、ソの国の首都まで行きましょう。あそこなら人も多いし、身を隠しやすいからね」
一応、逃亡計画は考えているらしい。
これ以上無駄な会話を続けて体力を消耗するより、俺は黙ってペリクルに従うことにした。
「さ、首都まであと80キロ! 夜明けまでに着くわよ!」
「待て待て! それは無理だって!」
無茶を言い出すペリクル。
80キロもあるなんて聞いていない。
「ごちゃごちゃ言わず、ついてきなさい!」
俺は血反吐を吐きそうになりながら、ペリクルを追っかけた。
「はぁ、着いた……」
結局首都に着いたのは昼前だった。もう足の感覚はない。
俺は思わず公園の木陰を見つけて、座り込む。
「だらしがないわね。そんなんじゃダジュームは救えないわよ」
「そんなでかいもんを俺に背負わせるなって! 俺はただほとぼりが冷めるまで逃げて隠れるだけなんだからな!」
ふわふわと宙に浮かぶペリクルは、まだまだ元気そうだった。
ソの国の首都は大都会であり、俺みたいな金鉱で働いていたような労働者は浮いてしまうのが悲しいところである。公園でもランチに来たビジネスマンの姿が目立ち、俺は妖精と一緒にいる謎の小汚い男になっていた。
さっきからビジネスマンたちからの視線が痛い。
「ここからはどうやって行くんだよ? 馬車で行こうぜ? もう歩けないよ」
「だらしがないわね。。でも勇者がソの国に向かってるのは事実だし、ランゲラクの動きも気になるわ。早く離れるにこしたことはない」
木の枝に腰を下ろし、足をぷらぷらさせながらペリクルは言う。
「勇者はともかくさ、ランゲラクって奴の動きは分からないのか? だってお前の上司のジェイドは、今そのランゲラクの下で働いてるんだろ? スパイみたいなもんじゃん」
魔王軍の所属や人事はよくわからないが、モンスターも一枚岩ではないということは、昨日ペリクルから聞いたことだった。
魔王自体は俺に対しては、静観な態度をとっているらしい。だが参謀のランゲラクは、力づくで俺のスキルを欲しがっているのが問題なのだ。
その魔王の直属の執事だったジェイドが、参謀ランゲラクの直属の部下に異動した。
表面上では魔王とランゲラクは何もないようだが、裏ではどうやらきな臭いことになっているようだった。
そんな魔王に不穏な態度をとっているランゲラクの部下になったジェイドは魔王への忠誠を誓っており、いわばスパイのような立場になっているという。そのジェイドの雑用係がこのペリクル。
実にややこしい人間関係、いや、モンスター関係である。
「魔王様の手前、ランゲラクも堂々とあなたを狙ってこないだろうとはジェイド様も考えてるわ。だから勇者とあなたが接触したところで、ランゲラクは勇者討伐を名目にして攻めてくるんじゃないかって。あなたみたいなボンクラならどさくさに紛れて簡単に殺せるでしょうからね。不可抗力なら、魔王様にも面目が立つし」
「ボンクラはやめてもらえません?」
一応、このダジュームの未来を左右するって立場なんでしょ?
「妖精の森に行けば、とりあえず勇者に見つかることはないわ」
ペリクルは遠い空を見つめながら、自身の出自である妖精の森のことを思い出しているようであった。
「どんなところなんだよ、妖精の森って?」
「素敵なところよ。妖精はここで生まれて、永遠にこの森を守っていくの」
「お前、守ってねーじゃん。森を出て、魔王軍で何やってんだよ?」
「うるさいわねっ! 女子の過去を探る男は嫌いよ! 無神経!」
ベチンと後頭部を蹴られる。
なぜ妖精ってこんなに狂暴なのだろうか?
「妖精の森は人間やモンスターには見えないようになってるの。妖精でなけりゃ、その場所は分からないし、中にも入れない。偶然迷い込んだら最後、死ぬまで迷い続けて死ぬだけよ」
「そんなところ、俺が行ってもいいのか?」
「たぶん、なんとかなるでしょ」
「お前がいれば大丈夫ってことか。世話になりますね」
「……ま。そういうこと」
一瞬、口ごもったペリクルだったが、その時俺はそんなこと気づきもしなかった。
「お前以外にも、妖精はいろんなところにいるのか?」
俺はちょっと妖精について尋ねてみる。
そういえばホイップも、この妖精の森出身なのだろうか? なぜラの国のハローワークで雑用なんかしているのだろう? あいつも家出妖精なのだろうか。
俺はダジュームに来てモンスターや妖精が当たり前にいすぎて、そのへんのことは考えたこともなかった。
「そうよ。妖精にもいろいろあって、森を出ていく妖精もたくさんいるわよ。もちろん森を守っている妖精のほうが多いかもしれないけど」
確かにこうやって妖精が町を飛んでいても、あまり珍しがられないのは事実である。
これがモンスターなら、相当な騒ぎになっているはずだ。
「ダジュームでの妖精の存在は、好意的に捉えられてるんだな」
「そうかもね。人間を襲うようなことはしないから。『ダジュームの語り部』なんて勝手なこと言われてるけど、私はそんな実感ないし」
確か妖精の寿命は果てしなく長いと聞いたことがある。それゆえ、このダジュームの歴史を語り継ぐ役目を担っているとか。
「じゃあなんでお前はジェイドの下で働いてるんだよ? 魔王軍の手下なんかになってよ」
「……うるさいわね。さ、行くわよ。ぐずぐずしてたら勇者に殺されるわよ」
あまり語りたがらないペリクルは、木の枝からくるんと一回転して飛び降りた。
妖精という存在は、まだまだ分からないことばかりだ。
そして俺たちは馬車を拾い、いざファの国へと向かった。
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