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ハマカズシ
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妖精の森(2)

公開日時: 2021年2月19日(金) 18:00
更新日時: 2021年12月22日(水) 12:08
文字数:3,777

 ソの国の首都から馬車に揺られること、およそ5時間。


 ファの国に入り、そのまま妖精の森へは直行できないということで、最寄りの町で馬車を下りる。あたりはすでに日も暮れかけており、今日はこのタナトスという町で泊まることになった。今日一日はほぼ移動で費やされた。


 あっさりとファの国に入れたのも、俺の失踪届がまだ出されていないということを証明してくれた。入国審査でラの国のアイソトープのIDを提示しても、なんの問題もなく通り抜けられたからだ。


 プロキスさん曰く、失踪届が出されたら全世界に俺の捜索の網が広げられる。そうなるともちろんこの入国審査で捕まることになるし、国の移動もできなくなるのだ。


 シャルムは何を考えているのだろうか?


 やはり俺のことなんてどうでもいいのだろうか?


 すでに過去など捨てた覚悟だったのに、まったく未練がましい。


 探してほしいわけではないが、なんだか寂しい気持ちがあるのは事実だった。


「じゃ、明日は早いからもう寝るわよ! おやすみ!」


 タナトスの宿に入ると、ペリクルは一人でかいベッドに、俺はソファで身を縮めて寝ることになった。いつもこうなんですよね!


「……ペリクル。寝たのか?」


 ひょんなことから俺を守るために一緒に逃亡生活を送ることになった小さな妖精に声をかける。


「寝たわよ」


「そうか……」


 返事を聞いて、俺は毛布にくるまる。


「何か言いたいことあるんなら、さっさと言ってよね。本当に寝るわよ」 


 なんだかんだ口は悪いが、優しい妖精である。


 魔王軍に所属する妖精と同じ部屋で寝るならば寝首を掻かれる可能性も考えなくてはいけないが、ペリクルに関しては大丈夫なような気がする。


「言いたくなかったら、いいんだけどさ」


「私、はっきりしない男は嫌いよ!」


 ここまで言われて、言葉を引っ込めるわけにはいかない。


 最初はジェイドの雑用係と聞いて身構えていたが、ペリクルはモンスターという感じではなかった。


 妖精という存在は、人間でもモンスターでもない中庸な存在で味方でも敵でもないのは、感覚的に分かっていた。


 まだこいつの言うことをすべては信じられないけど、信頼はできたからこうやって一緒に行動している。


「また同じこと聞くかもしれないけどさ、どうしてジェイドのところにいるんだ?」


 しつこい男と思われるかもしれないが、どうしても気になった。


 ホイップのようにハローワークで働く妖精がいるのだから、モンスターにつく妖精がいてもおかしくない。


 だけど、このペリクルはそんな悪い妖精には見えなかったのだ。


 それはすでにホイップという優しい妖精を知っていたからかもしれない。


「それね……。私の勝手じゃない」


 やはり二度目も拒否された。


「そうだけど……。俺も妖精のことをよく知らないから」


 これから行くと言われている妖精の森もそうだが、単純に妖精のことはよく分からない。


 俺みたいなアイソトープが簡単に行けるようなところかどうか心配なところもあった。ちょっとでも妖精のことを知っておいたほうが、スムーズにいくような気がしていた。


「それは……。行けば分かるわよ。私はもう寝るからね!」


「ああ。おやすみ」


 その日は、何も知らされず終わってしまった。



 

 翌朝。


 俺たちはいよいよ妖精の森へ向かうことになった。


 妖精の森はファの国にあるのは確かなのだが、地図を見てもその場所はまったく記されていなかった。ペリクルに尋ねても「地図なんか信用できないわよ」と意味不明の答えが返ってくるだけで要領を得ない。


 そもそも妖精の森なんて本当になるのかと疑わしくなってくる。今さらここまできてペリクルを疑うわけにはいかないが、これも魔王軍の罠ではないかとも考えてしまうわけで。


「さ、出発よ!」


 俺の不安とは別に、小さな先導役はさっそくやる気満々であった。


 ペリクル自身も妖精の森で生まれ、育ってきたのだ。森を離れてどれくらい経っているのかは知らないが、久々の里帰りのようなものなのだろう。


「じゃあ、行くか」


 俺もすでに腹は決めている。


 これが罠でないという保証はないが、魔王軍と勇者が俺を狙っているという情報を信じるならば、ただ突っ立ているだけでは死んでしまう。


 そうなるとあとはペリクルを信じてついていくことしか俺にはできないわけで。


「グズグズしてる男は嫌いよ!」


 俺とペリクルはタナトスという町を出、そのままさらに北へと向かった。



 

 歩くこと、10時間あまり。すでに夕方になろうとしていた。


 馬車では行けない場所にあると聞いていたが、道のりはだんだん険しくなっていった。


 妖精の森、という名から山に入っていくのかと思われたが、川を越え、岩山を登り、洞窟に潜り、ついには海に出た。


 砂浜の海岸線を歩きつつ、どこへ向かうのか分からないまま、俺はついに口を出す。


「ちょっと、ペリクル! 道は合ってるのかよ? なんで海に来てるんだ!」


 黙ってついてきたが、疑問を呈さざるを得ない道のりだった。


 方向感覚も分からなくなり、迷子になってさまよっているようにしか思えなかった。


 俺が歩き疲れてへとへとになっているのに対し、パタパタと宙に浮かぶペリクルはくるんと振り向く。


「うるさいわね! 妖精の森はそんなに簡単に見つからないのよ!」


「見つからないって? お前、そこで生まれ育ったんだろ? なんで場所が分からないんだよ!」


 実家に帰るのに迷子になるなんてありえない。


 やはりこれは俺をおびき寄せる罠……?


「妖精の森は、地図上に実在する場所じゃないのよ。普通の人間には見えないように隠れているの。神聖な場所なんだから」


 どうやら本当にペリクル自身にも分からないのか、海のほうを眺めている。


「だからってここは海だぞ? こんなとこに森なんて……」


「こんなところだからこそ、見つからないのよ!」


「そりゃ海の上に森なんてねーよ!」


 俺とペリクルの「森」という概念が一致しているのかどうか不安になっていると。


「あった!」


 ペリクルがびしっと海の上を指さした。 


「海の上に森なんか……」


 つられるように俺も眉をひそめながら、その指の先を見つめる。


「マ、マジ?」


 すると、海の上にぽっかりと森が浮かんでいるではありませんか!


 しかも海から少し離れた宙に浮いている!


 森というよりかは、木が数本固まって並んでいるのだ。


 まるで森への入り口のような、そんな奇妙な光景だった。


「あれが、妖精の森への入り口。妖精の森は海と空の間にあるのよ。水平線の間の次元のはざまに存在する、魂が還るべき場所。森が私たちを見つけてくれた」


 それはまさしく、森へのゲートだった。


 ペリクルは妖精の森を見つけてテンションが上がったのか、饒舌になる。


 しかし海の上に妖精の森への入り口が浮かんでるなんて、想像できます?


「森が見つけてくれた? でもあんなとこ、どうやって行くんだ?」


 ここは異世界ダジューム。こんなとんでもない立地の森も、受け入れざるを得ない。俺もすっかり慣れてしまった。


 だが島ならば最悪、船や泳いでいけばいいのだが、妖精の森は宙に浮いているのだ。


 しかも森全体が浮かんでいるわけではなく、何やら周りがふにゃふにゃと空間がゆがんでいるようにも見える。まるで夏の蜃気楼のように、その存在は消えてしまいそうなくらいうつろである。


「あそこから次元のはざまへ吸い込まれるの。海と空の間の水平線の向こうが、妖精の森」


 俺の質問に答える気はないペリクルは、海の上に浮かぶ森の入り口をじっと見つめている。 


 久しぶりに帰ってきた故郷に感動すらしているようだった。


「ワープの魔法みたいなもんか?」


 あの森の入り口とやらが、ワープポイントになっているのだろうか。この前行ったテーマパークでもそういう設備があったのを思い出す。


 そのワープした先がもはや実在する場所なのかも、俺には理解できていない。


 とにかくここではない次元のどこかに、妖精の森はあるということだった。


「行くわよ」


「行くって、どうやって?」


「あなたも還れるのよ。アイソトープだもの」


「……はぁ?」


 要領を得ないペリクルに、俺はわけがわからなくなる。


 アイソトープと妖精を一緒にしないでほしい。こちとら苦難の人生を送っているんだからな。


「還るべき場所に向けて。魂を許しなさい」


「はぁ? 魂を許すって、どういうこと?」


 それだけ言うと、ペリクルは海の上の森に向かって飛んでいく。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 もちろん俺は飛べるわけもなく、ペリクルを捕まえようとするがするりとかわされる。


「許しなさい! あなたの魂はもうあなたのものじゃない!」


「なんだよ、それ!」


 砂浜から100メートルほど離れたところに浮いている森の入り口に達したペリクルは、その言葉を最後に消えてしまった。


 まさに次元のはざまに吸い込まれたのだ。


「俺はどうすればいいんだよ! ペリクル!」


 海に向かって俺は叫ぶ。


 とりあえず海に入るか? 


 なんだよ、魂を許すって?


 死ねっていうことか?


 俺も妖精みたいに飛べる? んなわけないか。


 そのときだった。


『おいでなさい』


 どこからか声が聞こえた。


 声がする方向を探そうとするが、俺の頭の中に直接届いているようだった。


「……え?」


 その瞬間であった。


 俺の両足が砂浜から浮いたと思ったら、一気に森の入り口に吸い込まれたのだった。


「と、飛んだ?」


 次元のはざまの中に入った俺の視界は真っ暗に閉ざされ、体はゆがみ、感覚はぐにゃぐにゃして、ただただ眩暈がして気を失った。

 


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