青春雨前線が綿飴雲を運んでくる。

☁春は綿雲、秋は雨雲、この青春は綿飴雲☁
とこー
とこー

まるで風の伯爵夫人のように

公開日時: 2020年12月2日(水) 00:20
文字数:2,775

 ひとまずお喋りタイムは続行ってことで、香は荷物を自分の席に置いてきた。ちなみにソフトボール部は朝練がない代わりに休日や放課後の練習がハードだ。なお、そうは言いつつも既に香は自主的にひとっ走り&素振りしてきてるらしいからマジ化け物だと思う。


「そんでさ、どうして二人は仲いいわけ?」


 座っている俺と幸田の間で仁王立ちしながら聞いてくるのが、香。元々俺と同じくらいの身長で迫力があるのに、こうして座っている状態で立たれると尚更圧を感じる。俺と幸田を見比べながら、俺に疑念混じりの視線を向けてくるのが実に不服だ。


 チラっと幸田に目を遣ると、特に気取った様子のない表情が返ってきた。別に、昨日を話をしてもいいらしい。

 幸田の口から説明されるのは何だか気恥ずかしいので、自分で言うことにする。


「まぁ役得だな。俺が部屋の中で蹲ってシクシク泣いてるところに、幸田が来てくれて……」

「確かに泣いてたけど、それって部屋の中で感動的な映画見てたからだよね」

「え、バレてたの?」


 幸田がしれっとツッコんできた。確かに昨日は、幸田が来た時にちょうどネットでレンタルした映画を見て感動してたんだけど……まさか気付かれているとは思わなかった。


「だって、音が漏れてたし」

「マジか。まぁ、言うほど気を配ってたわけでもないから当たり前か……」

「そこは気を配ってほしかったけどね。私、あの映画見ようって思ってたのにネタバレされちゃったよ」

「…………いや、素ですまん」


 幸田がやってきてから十五分くらいがクライマックスだったので、見事に一番美味しいところをネタバレしてしまったと言える。

 幸田の目にはそこまで非難の色は見受けられないが、それでも申し訳ない。名作はネタバレされてても楽しめるしストーリーを知っているからこそ楽しめる時もあるが、それはあくまで二周目の話。初見ではネタバレなしで楽しむのが一番に決まっている。かく言う俺も、小学校くらいの頃に親と映画見てたらネタバレされてキレたからな。


「見よう見ようとは思いつつもなかなか踏み切れなかった私も悪いし、いいよ。むしろ、改めて見る気になったから」

「香。この仏のような優しさを少しは見習おうな?」

「あんた、あのねぇ……」


 香が呆れた風にかぶりを振る。なんだか、想像の中の田舎の姉さん女房って感じだ。都心から出たことなんて数えるほどしかないから、本当にイメージだけど。


「っていうか、あんたが余計なこと言うせいで話が逸れたじゃん」

「余計なこととは失礼な。話を逸らしたのは、俺が映画を見てたことを言った幸田だろ?

「柿崎くん、仏の顔も三度だよ?」

「幸田の顔を撫でた覚えはないぞ?」

「ごめん本当に何を言ってるのかよく分かんない」


 豆腐みたいに可も不可もない淡泊な顏をされた。幸田は美人な分、こうやって表情がまっさらになるとちょっと怖いな。綺麗すぎて、壊れやすいお人形さんみたいだ。

 ちなみに現在壊れそうなのはお人形さんではなく俺の心だった。


「い、いやな? その『仏の顔も三度』ってのは『仏の顔も三度撫ずれば腹立つ』の略なんだよ」

「うわ、源の謎知識が出た……ごめんね、春ちゃん」

「ううん。ちょっとだけあれだなって思っただけだから大丈夫だよ」

「引きこもってた間にやたらとネットサーフィンしてたらストックが増えたんだ、しょうがないだろ」

「何がしょうがないのかよく分かんないけど」

「柿崎くん、本当にあれすぎてあれだね」

「香はまだしも幸田には引かれたくない人生だったよ」


 心なしか幸田との距離が広がった気がする。これに懲りたら、話が広がらないって分かってる無駄ジョークを吐くのはやめることにしよう。元々、こういうジョークは相手と上手くやりたい時っていうより誰かと敵対している時に使うやつだしな。


「こほん。そ、それはそうと本題に戻ろう。俺と幸田がもはや付き合っているようにしか見え――るはずもなく、普通にクラスメイトとして考えるとちょっぴり仲がいい理由だろ?」


 幸田の目の奥にナイフを垣間見ちゃったよ、俺。にこっと百点満点の笑顔を見せられるのが逆にこんなに怖いことだとは思わなかった。


 大袈裟に咳払いをしてから、改めて真面目に話していく。流石にその様子は察してくれたらしく、香もその居住まいをちょっとだけ正して聞く姿勢になった。ちょっとだけかよ。


「今言ったばっかりだけど、要するに俺が学校に来るよう説得しに来てくれたんだよ、幸田は」

「へぇ……それであんたは春ちゃんに惚れて学校に来たわけ?」

「うむ、その通りだ。流石は我が幼馴染」

「柿崎くん?」


 幸田が満面の笑みで怒ってきた。うん、まじ怖い。


「別にジョークじゃないんだけどな」


 流石にこれをはっきり言うほど羞恥心を捨てきれてはおらず、そのくせして口の端っこだけに乗せるみたいに呟く。そして、そんな落し物みたいな声は、誰の耳にも届きはせず、消えていく。


 正直な話、俺が学校に来た理由は幸田に惚れたからだ。もちろんそれは恋愛的な感情に直結するものじゃない……と思う。そういう恋愛感情はもっと長い時間をかけて、気付いたら育まれているもののはずだ。

 でも、人間的な幸田の魅力を感じたのは事実。具体的に説明しろって言われたら難しいけど、扉越しの会話だけでも、幸田が素敵な女の子だってことは分かったのだ。その他にも色々と思うところがあったが、やっぱり素敵な女の子に『来て』と呼ばれたら、無理してでも来たくなるものだ。


 そういうことを言うほどに幸田とは近くはないし、近くなったら逆にこっぱずかしくなって言わないんだろうけど。


「ま、大体分かった。あんたと春ちゃんって仲がいい印象ないからびっくりしたけど、そういうことなら納得」

「仲がいい印象ないも何も、そりゃ昨日まで来てなかったんだから当たり前だろ」

「でもそうじゃなくても、あんたと春ちゃんって合わなそうじゃない?」

「お前、いきなり俺の希望をぶったぎるなよ。俺、幸田と仲良くできるよな?」

「うーん、今日の柿崎くんを見るに無理かなぁ」

「そんな殺生な……」


 こてり、と幸田が首を傾げた。それに続いて俺が頭を抱えると、お上品な微笑が耳をクスクスくすぐる。


「大丈夫だよ、柿崎くん。柿崎くんが私を怒らせなければ一緒にいてあげるから」

「幸田! 俺、いい子になるよ」

「あんたそれでいいの……?」


 びしっと、お母さんに約束する子供みたいに言った。実際、幸田は話しかければ快く会話してくれるタイプだろうし、ここまでの会話が冗談だってことは俺でも分かるからな。


「まぁ、そんなわけで。改めて今日からよろしく」

「うん。不束者ですが、よろしくお願いします」


 お遊戯会みたいに、幸田は礼儀正しくお辞儀をした。旅館の若女将を彷彿とさせて、ついでに新妻感にも溢れていて、物凄く心を掴まれる。


 ぽかんと浮いた教室の真ん中で、俺は幸田の魅力をまた一つ見つけた。

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