美名と明良は、仲間と合流するべく、王宮外郭から内庭園へと戻ってきていた。
まもなく、バリとグンカ、そして、ヤヨイが待ってくれている地点。
遠目に美名は、バリらしき人影を見つけていた。
だが、そこにいたのは、どうやらひとりだけのよう――。
「あれ。ヤヨイさんとグンカ様は……?」
「……いや、グンカ師……が……、様子がおかしいぞ。急ごう」
「様子がおかしい」のは、美名もすぐに見て取った。
かがみこんでいたバリの足元に倒れて伸びているヒト。衣服からすると、それがグンカ大師そのヒトであるようだった。
少女らは、思わず駆け足になる。
「バリ様!」
「何が起きたッ?!」
寄ってきた少女らに渋面を向けたバリは、「彼は?」と訊き返してきた。
「……彼?」
「ハマダリンさんの弟子の彼だ。君たちの後を追っていったはずなんだが」
「ヤヨイさんですか? いえ、会ってませんが……」
答えるも気もそぞろな美名は、グンカを見下ろす。
一見すれば眠るようだが、カ行大師の相貌は青ざめ、苦悶に歪んでいた。
「グンカ様……?」
「バリ。これはいったい、何があったんだ?」
明良に詰め寄られたバリは、「倒れた」と返す。
「今さっき、急にね」
「倒れた……?」
「突然、なんの前触れもなく。持ち合わせの気付け薬を飲ませはしたが、一向に気を取り戻さない」
「ヤヨイはどうしんたんだ? 彼はヤ行だろう?!」
「だから言ったじゃないか。君たちのあとを追って、まだ戻ってきていないって」
「……他のヤ行の伝手をあたってくる!」
今にも駆け出しそうな明良は、ふと、傍らの二色髪の少女の変化に気が付いた。グンカを心配する顔色から、何をか意を決したよ顔つきに変わったのであある。
「美名、何をする気だ?」
少年の問いかける声には答えず、美名は、自らもグンカのそばにかがみこむと、平手を肩口に添える。
その手のひらは黒く光って――。
「……私の『ワ行・物貰』なら、グンカ様からこの不調を貰えるかもしれない。こんなに苦しそうなの、見てられない」
少女の想いを受け、劫奪の黒光が一段と深さを増す。
だが、その平手は隻眼のバリに掴み取られてしまった。
「バリ様……?」
「やめたほうがいい」
バリは、厳しい目つきで少女を窘めた。
「その魔名術にはヒトの病や傷を引き受ける効果があるらしいが、それで状況がよくなるわけじゃない。グンカくんの代わりに美名くんが倒れるだけだ。最悪の場合、共倒れになる可能性もある」
「ですが……」
「それに、これは僕の直感だが、グンカくんのこの状態は、単なる病や不調などといったものではないね」
その言葉でハッとしたのは、明良である。
「魔名術か? 誰かが故意に、師を陥れたとでも言うのか?」
「だとしたら、物貰は使えます! セレノアスールで散雪鳥の使役術を取り払うこともできましたから!」
「……それでも、さっき言ったとおり、状況は何も変わらないんだよ。自己犠牲が常に最適の答えになるとは限らない。やめるんだ」
少女は、歯噛みしてグンカの顔に目を落とす。
軋む音がしそうなほどに顔を歪め、呻きはしないが、息遣いが荒い。外気は冷たいというのに発汗も激しく、美名は、涙目になりながらその汗を拭いてやった。
「術者に解除させるのが一番早いね」
「術者……」
明良は、顔を上げ、大都王宮の本殿、最上階の透き部屋を見上げた。
「ヤツか……? こんな姑息な真似をしたのはヤツだな、バリ?」
「……五分だね。大都の王がやったという確証はない」
「なくても構わん! たとえゼダンが仕掛けたのでなくとも、魔名九行を極めたと嘯くなら、この姑息な魔名術も解除の手立てを知り得ているはずだ!」
「……なるほどね。彼が助力をくれるとは思えないけど」
少年が本殿に向けて駆け出そうとしたところ、ちょうど、彼の進路に立ちふさがるようにして飛び出した影があった。
緑髪の少年、ユ・ヤヨイである。
今現れたため、事態を呑みこめていないのだろう。ヤヨイ少年は、「どうしたんですか」と慌てふためき、少年に向かって目を丸くした。
「ヤヨイさん、おねがい! グンカ様に他奮術を……」
言いかけた美名の眼前に、遮るような平手が伸びてきた。
「バリ様……?」
「……明良くん。縄は持ってきたかい?」
バリは、ゆっくりと立ち上がる。
「縄だと……?」
「さっき忠告した、封魔の縄だ。持ってこれたか、いないのか、どっちだい?」
「貴様……。今、それどころでは……」
「答えるんだ」
少年に視線を向けないまま、バリは威圧を放ってきた。数日前、ここからほど近い宮殿広場――奴隷品評会の場にてバリと対峙したとき、そのときに向けられたものに勝るとも劣らない威風である。
明良は、「どうして今、そのように殺気立つのか」との疑問が湧きはするものの、反射的に――まるで、言わされたかのよう、「持ってきている」と答えていた。
そこからの急転は、瞬く間であった。
「……ぐっッ?!」
バリは、風のような速さでヤヨイとの距離を詰めていくと、ドシンと衝撃音が響くほどの勢い、かの少年を地面に組み伏せていた。
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