真名神代伝

ブーカン
ブーカン

大師の昏倒と慮外の潜入 4

公開日時: 2022年8月21日(日) 20:15
文字数:2,031

 美名と明良あきらは、仲間と合流するべく、王宮外郭がいかくから内庭園へと戻ってきていた。

 まもなく、バリとグンカ、そして、ヤヨイが待ってくれている地点。

 遠目に美名は、バリらしき人影を見つけていた。

 だが、そこにいたのは、どうやらひとりだけのよう――。


「あれ。ヤヨイさんとグンカ様は……?」

「……いや、グンカ師……が……、様子がおかしいぞ。急ごう」


 「様子がおかしい」のは、美名もすぐに見て取った。

 かがみこんでいたバリの足元に倒れて伸びているヒト。衣服からすると、それがグンカ大師そのヒトであるようだった。

 少女らは、思わず駆け足になる。


「バリ様!」

「何が起きたッ?!」


 寄ってきた少女らに渋面を向けたバリは、「彼は?」と訊き返してきた。


「……彼?」

「ハマダリンさんの弟子の彼だ。君たちの後を追っていったはずなんだが」

「ヤヨイさんですか? いえ、会ってませんが……」


 答えるも気もそぞろな美名は、グンカを見下ろす。

 一見すれば眠るようだが、カ行大師の相貌は青ざめ、苦悶に歪んでいた。


「グンカ様……?」

「バリ。これはいったい、何があったんだ?」


 明良に詰め寄られたバリは、「倒れた」と返す。


「今さっき、急にね」

「倒れた……?」

「突然、なんの前触れもなく。持ち合わせの気付け薬を飲ませはしたが、一向に気を取り戻さない」

「ヤヨイはどうしんたんだ? 彼はヤ行だろう?!」

「だから言ったじゃないか。君たちのあとを追って、まだ戻ってきていないって」

「……他のヤ行の伝手つてをあたってくる!」


 今にも駆け出しそうな明良は、ふと、傍らの二色髪の少女の変化に気が付いた。グンカを心配する顔色から、何をか意を決したよ顔つきに変わったのであある。


「美名、何をする気だ?」


 少年の問いかける声には答えず、美名は、自らもグンカのそばにかがみこむと、平手を肩口に添える。

 その手のひらは黒く光って――。


「……私の『ワ行・物貰ものもらい』なら、グンカ様からこの不調を貰えるかもしれない。こんなに苦しそうなの、見てられない」


 少女の想いを受け、劫奪こうだつ黒光こくこうが一段と深さを増す。

 だが、その平手は隻眼のバリに掴み取られてしまった。


「バリ様……?」

「やめたほうがいい」


 バリは、厳しい目つきで少女をたしなめた。


「その魔名術にはヒトの病や傷を引き受ける効果があるらしいが、それで状況がよくなるわけじゃない。グンカくんの代わりに美名くんが倒れるだけだ。最悪の場合、共倒れになる可能性もある」

「ですが……」

「それに、これは僕の直感だが、グンカくんのこの状態は、単なる病や不調などといったものではないね」


 その言葉でハッとしたのは、明良である。


「魔名術か? 誰かが故意に、師を陥れたとでも言うのか?」

「だとしたら、物貰は使えます! セレノアスールで散雪鳥さんせつちょうの使役術を取り払うこともできましたから!」

「……それでも、さっき言ったとおり、状況は何も変わらないんだよ。自己犠牲が常に最適の答えになるとは限らない。やめるんだ」


 少女は、歯噛みしてグンカの顔に目を落とす。

 きしむ音がしそうなほどに顔を歪め、うめきはしないが、息遣いが荒い。外気は冷たいというのに発汗も激しく、美名は、涙目になりながらその汗を拭いてやった。


「術者に解除させるのが一番早いね」

「術者……」


 明良は、顔を上げ、大都王宮の本殿、最上階の透き部屋を見上げた。


ヤツか……? こんな姑息な真似をしたのはヤツだな、バリ?」

「……五分だね大都だいとの王がやったという確証はない」

「なくても構わん! たとえゼダンが仕掛けたのでなくとも、魔名九行を極めたとうそぶくなら、この姑息な魔名術も解除の手立てを知り得ているはずだ!」

「……なるほどね。彼が助力をくれるとは思えないけど」


 少年が本殿に向けて駆け出そうとしたところ、ちょうど、彼の進路に立ちふさがるようにして飛び出した影があった。

 緑髪の少年、ユ・ヤヨイである。

 今現れたため、事態を呑みこめていないのだろう。ヤヨイ少年は、「どうしたんですか」と慌てふためき、少年に向かって目を丸くした。


「ヤヨイさん、おねがい! グンカ様に他奮たふん術を……」


 言いかけた美名の眼前に、遮るような平手が伸びてきた。


「バリ様……?」

「……明良くん。縄は持ってきたかい?」

 

 バリは、ゆっくりと立ち上がる。


「縄だと……?」

「さっき忠告した、封魔ふうまの縄だ。持ってこれたか、いないのか、どっちだい?」

「貴様……。今、それどころでは……」

「答えるんだ」


 少年に視線を向けないまま、バリは威圧を放ってきた。数日前、ここからほど近い宮殿広場――奴隷品評会の場にてバリと対峙したとき、そのときに向けられたものに勝るとも劣らない威風である。

 明良は、「どうして今、そのように殺気立つのか」との疑問が湧きはするものの、反射的に――まるで、言わされたかのよう、「持ってきている」と答えていた。


 そこからの急転は、瞬く間であった。


「……ぐっッ?!」


 バリは、風のような速さでヤヨイとの距離を詰めていくと、ドシンと衝撃音が響くほどの勢い、かの少年を地面に組み伏せていた。

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