俺のクラスには、アイドル級に可愛い子がいる。
丸っこい顔と低い身長そして、くりくりした目に庇護欲が掻き立てられる。
必然というべきか、俺たちが高校に入学して半年しか経っていないにもかかわらず、彼女の噂は学校中に広がっている。

なのに、未だに誰一人として、彼女に声をかけられてない。
それは、彼女が人気すぎて声をかけられないとかではない。
「あ、中野さん。おh」
「あ、う」
相手の話を聞き終えることなく、中野さんは逃げるように走っていった。

「あ、ちょま・・・はあ、今日もダメだった。」
逃げられた方は肩を落として落ち込んでいる。
「お前、やめとけって。中野さんと話したい気持ちは分かるけど、中野さん、人と話すの苦手そうだし。」
逃げられた奴の友達が、慰めた。

「そう、だよな、迷惑になってそうだしやめとくか。」
学年の誰一人として、彼女に話しかけられない理由、それは、彼女が世紀の大影キャだからだ！
話しかけようとすると、逃げてしまうため、高校に入学してからの半年で男子は勿論、女子ですら彼女と話したものはいないという。

そんな彼女は、学校で観賞用マスコットになりつつある。
まあ、さっきのやつみたいに話しかけようとして撃沈する奴は時々いるが。
だが、俺は中野香織の本性を知っている。
なんでかって？それは、放課後になれば分かるさ。

「はい〜残念でした！私にスマ○ラで勝とうとするなんて100年早いですう〜」
「あ〜くそ、お前、なんでそんなにスマ○ラ強いんだよ！勝てる気がしねえ！」
「や〜い、一馬の雑魚、雑魚。勉強だけしか能のないアホお〜。」
カチン
「お前、家ではよく喋るよな、学校でもそれくらい喋ってくれると嬉しんだけどな。」
「む、一馬の意地悪。無理なのわかってるのに。私が、素でいられるのは、一馬といる時だけだよ。」
「そ、そうか。」
そう、俺は中野香織の幼馴染なのである。
いわゆる腐れ縁ってやつで、家が隣同士というのもあり、今でも、放課後に俺の部屋に集まってゲームをしている。

ある日曜日。
今日は、香織と映画を見に行くことになっている。
まあ一口に映画といっても、お洒落なやつとかではなく、アニメ映画を見に行く予定だ。
よく、俺の部屋に遊びに来る香織は俺の影響を受けやすい。
アニメとかのオタク文化もそのうちの一つだ。

それで今回見に行く映画は、原作である漫画の連載初期から二人が応援している、とある作品だ。
漫画の連載中はそこそこ人気があるくらいの作品だったが、アニメの放送を機に大バズりし、今や社会現象になっている。
その影響で、映画化が決定したが、これまたすごい人気で、休日に二人分のチケットを予約できたのは、相当運が良かったと思う。

とまあ、話を戻すと今は、絶賛香織を待っている最中である。
家の前で合流しても良かったのだが、香織には、映画を見に行く前に寄りたい場所があるらしい。

噂をすればなんとやら、こんなことを考えていると、遠目に香織の姿が見えた。
「お待たせ〜、一馬。待った？」
「うん、結構待った。」
「む。そこは普通、全然待ってないよ、でしょ？」
「へいへい。」
「ま、今はそんなことはどうでも良いの。」
じゃあ、「言わなければ良いのに」と思ったけど、流石に言わないでおいた。
「これ見て。」
香織は指を見せるように、手を出してきた。

「どう？」
香織は餌を待つ犬みたいに、目をキラキラ輝かせて、一馬の返事を待った。
「おお〜マニキュアか。可愛いと思うぞ。」
「か、かわ、、、」
そこまで言って、香織は俺に背中を向けた。

「へへ、一馬に可愛いって言われちゃった。」
聞かれないように、こそこそ言っていたが、俺には、はっきりと聞こえた。
な、なんだ、この可愛い生き物は。

「ん？っていうか、香織、店員さんと喋れたの？」
「にゃっ！そ、それは、なんていうかゴニョゴニョゴニョ」
香織は顔を赤らめながら、俯き、声を小さくして誤魔化した。

「ん？なんて？聞こえないんだが。」
「だ、だから、ゴニョゴニョゴニョ。」

香織が恥ずかしがっている？
こ、これは、普段、スマ○ラでボコボコにしてくる仕返しをする千載一遇のチャンスなのでは？！
「え？なんて？」
「だから、ゴニョゴニョゴニョ」

うん。なんでかは知らんが、良い感じに照れてるな。もうちょっと意地悪してやろ。
「やっぱり聞こえないんだが。」
すると、香織は黙り込んでしまった。

「お〜い、香織さん？聞こえないんで、はっきり言ったもらえませんか〜。」
すると、香織は、握り拳を作り震え始めた。今にも、「ワナワナ」と聞こえてきそうである。

やべっ！流石にちょっとやり過ぎた。本格的に怒り始める前にさっさと謝っちゃお。
「あ、あの香織さ」

すると、香織は、一馬の言葉を聞き終えることなく、顔を上げて、大きく息を吸い込んで叫ぶように言った。
「あ〜もう、だ〜か〜ら〜、一馬に可愛いって思われたくて、頑張って店員さんと話したって言ってるの！！！」
ぐはっ！！！な、なんなんだ、この可愛い動物は。完全にやられちまったぜ。

「そ、そうだったのか。なんかありがとな。」
「べ、別に。」
お互いの間に、なんとも言えない気まずい雰囲気が流れたが、映画の上映時間が迫っていたこともあり、そのままの雰囲気で映画を見た。

「おっもしろかったね、一馬！」
「ああ、そうだな。」
「やっぱり、社会現象になってるだけあって、声優は豪華だったね！」
「確かに！特に○○さんとか、、、
どうやら、映画を見て、機嫌が治ったらしく、映画を見る前の気まずい雰囲気はもうなくなっていた。
今は、もう映画館から出ていて、お昼に入る店を探しているところだ。

「あ！あと、映画が始まる前の広告にもあったけど、恋愛歌の映画も見たいよね！」
「確かに。あれは見逃せないな。」
「じゃあ、来週は恋愛歌を見に行こうよ！」
「決まりだな。」
恋愛歌は、今日見た映画ほど知名度があるわけではないが、根強いファンを持つ隠れた名作だ。

「あっ！見て、一馬！あのお店美味しそう！」
香織がカレー専門店と書かれた看板を指しながらいった。
確かに、ここまで良い匂いがきている。

「じゃあ、あそこにするか。」
店内に入ると、結構多くの人がいたが、たまたま空いている席があったらしく、待ち時間なしで入れた。

「一馬、どれにする？」
「う〜ん、迷うけど、この特製カレーにしようかな。」
「じゃあ、私も同じのにする！」
二人とも注文が決まったので、店員さんを呼んで注文した。
ちなみに、香織は極端な人見知りであるため、注文はいつも俺の役割になっている。

少ししたら、料理が運ばれてきた。
「すごい美味しそう！！！」
「ああ、そうだな。じゃあ、冷める前に食べるか。」
「うん！」
カレーは辛すぎず、かと言って甘すぎず、ちょうど良い塩梅で美味しかった。

「なあ、香織。」
このあとの予定を相談しようと思って、香織を呼んだ。
「ん？」
香織は、カレーを食べるのを一旦やめ、一馬の方を見た。

「はは、香織。鼻にカレーがついてるぞ。」
「えっ！うそっ！」
「本当だぞ。」
香織はそーっと鼻に手を伸ばし、カレーがついてることを確認すると、顔を赤くして固まってしまった。

「ほら、拭かないと。」
一馬は取り出したティッシュで香織の鼻を拭いた。

「あ、ありがとう。」
香織はそれだけ言うと、顔を赤くしたまま、黙々とカレーを食べ始めた。
「おう。」
隣の男子高校生から殺気を感じるが、きっと気のせいだろう。

その後、お昼を食べ終わった俺たちは、午後は俺の家で遊ぶことに決めた。
ゲームをやったり、勉強は、、、まあ結局ほとんどやらなかったけど、少しだけやったりしていたら、もう夕飯の時間になっていた。
香織は夕飯は家で食べるらしいので、隣だが一応見送りをしようと外に出た。

「それにしても、そのネイル、どうするんだ？確か、校則でネイルは禁止されたと思うんだが。」
「うん。だから、今日中には落とすよ。」
本当に俺のためだけに、ネイルしてくれたんだな。

「そうか〜、可愛かったから、もったいな。」
「か、かわ、、、」
照れてる、、、可愛いか。
にしても、照れてる顔を見ると、つい意地悪したくなっちゃうな。
いや。それで昼に香織の機嫌を損ねてるし、やめておこう。

「本当に思ってる？」
「思ってるぞ。」
これに関しては、何も嘘偽りない気持ちなので、即答した。

「そ、そう。じゃあ、来週もネイルしてくる。」
「神様、なぜ僕の幼なじみはこんに可愛いのでしょうか。」とか一馬が思っていると、香織は自分の家に向かって歩き始めた。

数歩進んだかと思ったら、振り返って言った。
「じゃあ、また明日、一馬。」
「ああ、また明日。」

俺と幼なじみの何百万もある大切な休日のうちの一つは、こうして終わりを迎えた。

翌日の月曜日。

月曜日ってやる気でないよね。この気持ちは、全世界の人と共感できる気がする。
まあ、でも、グダグダしててもしょうがないしな。いっちょ気持ちを切り替えますか。
・・・・・それで切り替えられたら苦労しねえんだよな〜。

四時間目の終わりの方、一馬はグダグダと休日の気持ちを引きずっていた。

昼飯まであと10分か。
すぐに見えて、この10分は強敵なんだよな〜。
よし、昨日の映画を思い出して、時間を潰そう。

10分すると、全生徒にとっての希望、神のチャイムが鳴り始めた。

よっしゃ、映画のことを考えてたら、一瞬だったな。
じゃあ、食堂に行くか。今日こそ、揚げパンをゲットするんだ。

まさに、一馬が食堂に行こうと、教室の扉に手をかけた瞬間だった。
「ねえねえ。ちょっと良い？」
一馬は、クラスの女子に声をかけられた。

「中谷か。何か用か？」
呼び掛けられた一馬は振り返って答えた。

中谷あやめ。
豊満な胸に、整った顔立ち、そして、その圧倒的なコミュ力によって、誰にも分け隔てなく接し、笑顔を振りまく天使のような存在。まさに天真爛漫って感じの女の子だ。当然、男子からの人気が根強くある。
まあ、副作用的なもので、勘違いした男子の屍の数は数えきれないが。

まあ、そんな中谷に話しかけられ一馬は少なからずドキドキしているが、顔には出さないように頑張っている。
「あのさ、バックに付いてるキーホルダーって、恋愛歌だよね？」
「ああ、そうだが。」
中谷から、まさか恋愛歌なんてワードが出てくると思わなかった一馬は動揺した。

「やっぱり！私も恋愛歌、好きなんだよね！」
「ほ、本当か！」
一馬のオタクスイッチが押された瞬間だった。

こうなった一馬は、他の全てが見えなくなり、ただ目の前の同胞との語らいを優先させる。

「推しは誰だ？あと、特に好きなシーンは？」
「好きなのは、花園かな。やっぱりツンデレは、何にも勝ると思うんだよ。やっぱり、告白のシーンが一番好きかな。」
「おお〜、分かってるな。俺も、花園が最推しだ。」
「本当！？それでさ、それでさ・・・・

普段、教室であまり喋らない一馬と、みんなのアイドル、中谷が周りの目を気にすることなく盛り上がっているのは、いやでも目立った。
みな、二人のことを好奇の目で見るなか、ただ一人、その光景を快く思わないものがいた。

「一馬くんって、面白いんだね！」
「あ、ありがとう。」
クラスのアイドルから、「面白い」なんて言われて、ドキッとしない人なんていないと思う。

「あっ、そうだ。今週末、恋愛歌の映画見に行かない？」
「えっ！、、、、、」
中谷さんみたいな人と、映画を見に行く機会があるなら、絶対に行きたい。
だけど、その日は香織との約束がある。

「俺は、、、「ダメ〜〜〜〜〜〜！！！」
一馬の声を遮るように叫びながら、一人の生徒が、一馬と中谷さんの間に割って入っていった。

一瞬の静寂の後、教室の中には衝撃が走った。
無理もない、なぜなら誰一人として、まともに話したことのない孤高の存在、中野香織が声を上げて感情をあらわにしたからである。

「ダメダメダメえ〜！！！一馬は、私の一馬なの！それに、今週末は二人で恋愛歌の映画を見に行く予定なの！」
「あの、香織さ「一馬は黙ってて！」
「あ、はい。」

「えっ！何？どういう状況？」
「二人ってどうゆう関係？」
「付き合ってるのかな？」
「くそっ！一馬め。フツメンのくせに美少女に囲まれるなんて！」
「羨ましい」
「爆発しろ」
クラスメイトが各々の反応をする中、香織は周りの目に気がつかずに続ける。

「私の一馬をとらないで！」
言いたいことを一通り、言い切ったのか、香織は静かになった。
顔を見ると、今にも泣きそうだ。
人目に晒されるのが嫌いな香織は、多分、無理をして、ここに割って入ったのだろう。

「ごめんなさい、香織さん。あなた達が先に約束をしていたなんて知らなかったの。」
中谷がそう言うと、緊張の糸が切れたのか、香織は泣き始めてしまった。

「ああ、ほら大丈夫だぞ、香織。」
なんとかあやそうとしたが香織が泣き止むことはなかった。

「このままでは、ダメだ」と思った俺は香織の気持ちを落ち着かせるために、香織を背負って、誰もいない屋上に連れてった。

10分後

香織を屋上に連れてきた俺は少し時間が経つのをまって、聞いた。
「で、どうしてあんなことしたんだ？しかも、相当無理してただろ、お前。」
「・・・分からない。けど、一馬が中谷さんに取られちゃうと思って。・・・私、一馬がいなくなったら、嫌だよ。」
「そうか。不安にさせて、ごめんな。」
「ううん、一馬は悪くない。だって何をするかは一馬の自由だから。でも、わがままなのは分かってても、私、一馬と一緒に映画を見に行きたい。」
「もちろん。最初から、そのつもりだ。」
「・・・本当？あんなことしちゃう私でも？」
「当たり前だろ。香織は俺の大事な幼馴染だ。」
「へへっ。うれしい。」
それから少し間を開けてから香織は続けた。

「あのさ、一つお願いしても良い？」
「なんだ？なんでも良いぞ。」
「ありがとう、じゃあちょっと耳かして。」
「分かった。」
一馬が、香織の口元に耳を近づける。

次の瞬間、一馬は頬に柔らかい感触を感じた。
驚きのあまり、一馬が香織の顔を見たまま、声を出せずにいると、
香織は満面の笑みを浮かべて言った。
「好き」

俺と幼馴染の日常は続きそうだ。

人と喋れない幼馴染は俺の前でだけ生意気になるが、たまに可愛い。 素を出せるのは俺の前でだけ！？

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