ドラフト席替えが始まってから10秒という時間が過ぎた。ただ数字を紙に書くだけ。既に棚葉は1秒とかからずに終わらせて退屈そうに椅子を揺らしている。だが残り四人はボールペンを握りしめたままその腕を動かそうとはしなかった。
「そんな悩むことか?」
「みんなあんたみたいな単純な脳みそしてないのよ。少し黙ってなさい」
ちょっとした棚葉の言葉に必要以上の言葉で返す羽衣。いつもなら誰かがフォローしたりするのだが、今の彼女たちにそんな余裕はなかった。
誰が最初に動くのか。全員視線を自分の紙に向けながら、横目で様子を窺っている。
動いてしまえばもうリカバリーが効かない。時間制限のないこの戦いにおいて、先手を取ることは失策以外の何物でもない。そんなことは四人ともわかっている。わかっていながらも、一人の少女が突然動き出した。
「棚葉せんぱーいっ、ちつづの隣の席に座りませんかー?」
(((は、反則だとぉぉぉぉっ!?)))
まるで親族だから当然と言わんばかりにVIP席の確保を行った千続。突如堂々と行われた千続のちゃぶ台返しに三人は動揺を隠せない。その隙を見逃さず、千続はたたみかける。
「せんぱいのことだから席移りたくないだろうし3番ですよね? ちつづは最初に言った通り下座に座りたい。つまり5番で決定なんですよ。ほら、ちつづたち隣同士ですっ」
それは一切の反論の余地のない完璧な理論武装。棚葉の性格を読み取り、そこに自分の正当性もねじ込む。たとえ下心がなかったとしてもこうなるのが最も自然だ。たった十数秒でこの作戦を練り上げた、わけではない。
(にひひ。あまいですねー、せんぱい方。最初からちつづの手のひらの上だったんですよ。このドラフト席替えは!)
ドラフト席替えを提案したのは千続。つまり唯一彼女だけは作戦を事前に用意することができたのだ。というより逆。棚葉の隣の席に座るという結果から逆算してドラフト席替えのルールを設定していた。
(まさかここまでちょろいとは思ってませんでしたよ。敵の提案をそのまま呑み込んでしまうなんて……ぷぷ)
そもそもこのドラフト席替えは千続の千続による千続のためのゲームだったのだ。最初から三人に勝ち目はない。
(抵抗したければちつづのように棚葉せんぱいの隣に座りたいって言えばいいのに。おっと、それはできないんでしたね。馬鹿な人たちです)
清楚気取りのヤクザな菊花や、のんびりふんわり先輩の雫咲が後輩の意思の上から何かを被せるのはキャラ的にアウト。わがままを言うこともできるが、それは諸刃の剣。ここぞという場面で使うからわがままはいいのであって、たかが席替えだと思っているこの状況で使ってしまえば、いざという時に効果が激減してしまう。
テンプレツンデレ貧乳金髪ツインテール幼馴染の羽衣に至っては、棚葉の隣に座りたいだなんて口が滑っても言えるはずがない。この場で唯一好意を表明するようなわがままを使えるのは、小悪魔系後輩の千続だけ。この勝負、獲った!
「提案者の割にはずいぶん適当ね。ま、あたしは構わないけど」
「そうだね。やっぱりゲームだし楽しくいこうよ」
「はーい、しーたちは書き終わったよー」
「……?」
おかしい。三人が抵抗を見せない。無効を言い出してもほぼ確実に通る場面なのに。
(これは……敗北宣言ってところですかね。まぁこうなるのも当然。あなた方とはくぐってきた修羅場の数が違うんです)
中学時代数多の男に媚を売り、甘い蜜を啜り続けてきたのが太刀千続という女だ。当然上手くいかないことだってあったし、付き合ってもないのに浮気だと責められたこともあった。
だがその度に切り抜けてきた。どんなにやばい状況でも、巧みな話術とかわいらしい無垢な少女のフリで。そんな彼女からしたら、ボランティア部なんて所詮幼稚園児のおままごと。まるで格が違う。
「では一斉に見せ合いましょう! せーのっ」
「なっ……!」
まさかの展開に思わず千続が立ち上がる。
「なんで、みんな3番に……!」
千続が選択したのは当然5番。棚葉は3番で隣同士になれたはずだ。なのに残りの三人まで3番を選択している。
「さ、早く2巡目にするわよ」
「じゃあ千続ちゃんだけ決定ってことで」
「よかったねー、千続ちゃん。希望の席に座れて」
(はっ……嵌められた! こいつら、徒党を組んでちつづを潰しにきたっ!)
これで千続は以降の席替えには参加することができない。つまりゲームオーバー……!
(いやまだっ! 次も棚葉せんぱいが3番を選んでくれれば……!)
「なんだ、みんなこの席がよかったのか。なら俺は別の席にするわ」
「!?」
棚葉の性格、めんどくさがり。移動はしたくないが、誰かと争うくらいなら別に他の席に移っても一向に構わない。千続以外の三人はこの性格を完璧に把握していた。だからこその全員同じ席選択。これで千続の隣に棚葉が来ることは万に一つもなくなった。
(ち、ちつづが……やられるなんて……あ、りえない……)
「ぁう……」
千続の首ががくっと沈み、微かに震え出す。鍵を握るのは棚葉の性格。それを無視した千続には初めから勝ち目などなかったのだ。
(まず一人。堕ちちゃったねー)
(こうなるのは当然のことよ)
(性欲しか頭にない雄猿を手なずけて悦に浸っているような奴が、女同士の醜く陰湿な争いを生き残ってきた私たちに敵うわけがない)
白目を剥き、涎を垂らしながらピクピクと痙攣する千続を尻目に、三人はこの後の作戦を練る。
(((本当の勝負はここからだ!)))
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