長い長い、どこまでも続く直線の道。
左右と後ろは赤い水に囲まれている。
閻魔王女が指先を鳴らすと、一瞬にして地獄のマラソンの舞台にカケル達は移動してきた。
確認すると、上空右には閻魔王女が、左には飛行車に乗ったカオリ達。
瞬間移動などというありえない現象だが、もう驚く気にもなれない。
(ここが、スタート地点か)
カケルとイダが並んで立つ。
ツヨシが叫ぶ。
「カケル、頑張れよ」
「ああ」
カケルはイダをにらむ。
七日間走り続けられるという鬼。
彼に勝つのは自分だけでは無理だ。
だが、仲間達の力を借りれば……
「ツヨシ、お前は今のうちに寝ていてくれ」
カケルは車上のツヨシに言った。
どうあがいても、どこかでカケルも休息と睡眠が必要だ。
その時、代わりに走ってもらうのはツヨシ達である。
「ああ、分かった」
ツヨシはそう言って、横になろうとして……「ううぅ」と声を上げた。
「ツヨシ?」
「いや、大丈夫だ」
そう言うが、横になったとき……肩を座椅子に着けたときに痛そうにした。やはりツヨシの肩は……
カケルは心配を振り払う。
今は、少しでも、一歩でも先へ走るのが自分の役目だ。
イダがカケルに牙を向ける。
「人間の子よ、せいぜいあがくがいい」
「ああ、あがいてやるよ」
カケルの返事に、イダがニヤッと笑った。
閻魔王女がその様子を見ながら実況する。
「さあ、皆さんお待ちかね! 最後のマラソン勝負がいよいよはじまるよー! ここまで予想外の粘りをみせてきた人間チームの無駄なあがきに期待だね!」
観客のいる会場から離れたのに、悪趣味な実況をしてみせる閻魔王女。
「よーい、スタート!」
後ろの道が、赤い水へと崩れ沈む。
カケルとイダは同時に走り出す。
いよいよ、最後の勝負が始まったのだ。
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どこまでも続くまっすぐな道を、カケルは走り続ける。
隣を走るのはイダ。
閻魔王女やツヨシ達を乗せた飛行車もついてくる。
カケルは腕時計をちらっと見る。
走り始めてから、すでに2時間が経過していた。
閻魔王女が相変わらずのニヤニヤ顔で楽しげに実況する。
「スタートしてすでに2時間! 人間代表のカケルくん、がんばっているがそろそろ辛そう! 一方のイダ選手には余裕があるか?」
カケルはもちろん無視だ。
カオリが閻魔王女に言う。
「ちょっと、2時間も走ったら普通は給水ポイントくらいあるでしょう?」
その通り。
走り始めてから――いや、地獄に連れてこられてから、カケルはまったく水分をとれていない。もちろん、食事も。
それはカオリたち飛行車の面々も同じだ。
「ははっ、それは人間界のマラソンの話でしょ♪ 地獄のマラソンに給水ポイントなんてないよ」
期待はしていなかったが、閻魔王女はやはりそう言った。
「そもそも、鬼は普段、水や食料を必要としないからね。必要なのは……年に数回人間の血肉を喰らうことだけ」
はなっから、カケル達に水や食料を渡すつもりはなかったらしい。
(まずいな)
すでに喉はカラカラだ。
空腹は我慢できても、水分なしでどこまで走れるか。
本当にこの勝負が7日間つづくとしたら、たとえ途中で交代しても――
絶望に落ちそうになる。
(くそっ)
だが、そんなカケルにカオリが言った。
「カケルくん、頑張って、鬼になんて負けないで!」
カオリの必死の声は、カケルの背を押すには十分だった。
そうだ。
何を弱気になっているんだ。
オレはまだ走れる。
走っているじゃないか。
走れる限り、どこまでも走る。
それが、マラソンの天才、先崎翔だ。
「当然だろ! まだまだ余裕だよ」
カケルはそう言って、カオリ達に手を振る。
本来、走っている最中に声なんて出すべきじゃないが、それでも応援にこたえた。
自分自身を奮い立たせるために。
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走り始めて、六時間。
もう、八十キロは走っただろう。
喉が渇く。
いや、乾くのを通り越して痛みすら覚える。
足も痛い。
息も苦しい。
疲れた。
眠い。
体は水と休息を求めている。
カオリ達の声援もなくなってきた。
みんなだって喉が渇いて、お腹もすいているのだ。
頭がクラっとなる。
記憶と自己認識がおかしくなってくる。
ここって、どこだっけ?
赤い空、赤い水、変わらぬ景色。
オレ、なにをしているんだ?
走っている?
なんで?
誰と?
誰のために?
なんだか、頭がぼーっとする。
もういいんじゃないか?
もう、足を止まろう。
これ以上走るなんて無理だ。
カケルの足がふらふらとよろめく。
足がもつれ、膝から崩れ落ちる。
カケルの意識が闇へと消えようとしていた。
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