焼き肉好きですか? 私は好きです。高い肉を食えば、それほど量を食べなくとも腹が膨れることも理解していますし、質より量を出すお店の肉も好きです。
問題は、グルメ部の面々はどれほどの量を食べるかという話。
先日の鰻の一件以来、私はそのグルメ部の部室へと足しげく通っていた。まるで、本を読みに図書室へ行くかのように、美味しいものを探しにそこへ向かうのだ。
「よし!」
私は、今日も小早川さんとお話しして、そのテストのヒントをもらいに来たのだ。
「失礼します!」
私はそう声を上げて、その部屋のドアを開いて__
そして、その人影に困惑した。
「……ん?」
そこには、少し焼けた肌の短髪体育会系の女子が、目の前に立っていたからである。
「そうかそうか! お前があの千秋が言ってた森小春って娘か!」
そう言って、私の肩をバンバンと叩くその人。出会ってたったの30秒しかたっていないのに、まるで旧友と出会ったかのような待遇。
私は、その人が何者なのか知らないので、少し怖くなっていた。
「あ、あのぉ……貴方は?」
「ああ、そうか。自己紹介しないとな!」
そう言って、その人は私に向き直る。
「あたしは、福島正子。よろしくな!」
「あ、貴方があの福島さんなんですか!?」
私は、その名前を聞いて困惑した。
その人は、まさしく今年のインターハイで好成績を残したバレーボール部の主将であり、実業団のスカウトを受けた本人だったのだ。バレーボール界の超新星と雑誌にも出ていたはずだ。
でも、その時の写真では髪型はロングだった気がするのだが。
「あぁ~、そういうのいいから。気軽に下の名前で呼んでよ」
「で、でも……」
そう呟きかけた後ろから、ガチャリという扉の音が聞こえた。
そちらに眼をやると、そこには小早川さんが煌びやかな黒髪を靡かせながら入ってきたところであった。
「あら、福島さんも来ていたのね」
「邪魔してるぜ~」
福島さんと小早川さんのその会話は、旧知の仲であることを指し示していた。
「……お2人は付き合いが長いんですか?」
「まあ、一応あたしらは同じ時期にこの部に入ったからな。そっからの仲だよ」
そう言って、福島さんは笑みを浮かべていた。その光景を微笑ましそうに見守る小早川さん。
「あの時は、お互いにいろいろと悩んでいた時期でしたし、私も決していい状態とは言えませんでした。ですが、本当に分け隔てなく話してくださる正子さんには助けられました」
小早川さんはそう言いながら、そばの座席に腰を掛けた。その姿ですら、私には神々しく見える。
と、私が小早川さんを見ていると、突然隣で笑っていた福島さんはまるで思いついたかのように手をポンと鳴らした。
「……そうだ、この子借りていい? 今日この後、静川さんのところに呼ばれててさ」
「森さんを?」
そう言って、二人が視線をこちらに向けてくる。
神々しい小早川さんの表情を見ていると、少しだけドキドキする。でも、福島さんのその表情もなかなかドキドキとさせられてしまう。狙われているという意味で。
「まあ、いいんじゃないでしょうか? この子はまだ正規メンバーではないですが、決して悪い子ではありません。後学のためにも、まずは一度そのお店に向かってみるのはいいかもしれません」
「よっしゃ! じゃあ行こうぜ小春!」
そう言って、私の右腕を引っ張りながら、歩き出す福島さん。
私は、純粋な質問を投げかけることにした。
「え、ええ!? どこへ行くんですか!?」
「行ったらわかるって!」
私は、そのまま引っ張られることしかできなかったので、小早川さんに助けを求めるように視線を向ける。
そこには、私にまでも御淑やかな手の振り方で送ってくれる小早川さんがいた。とっても綺麗だったので、そのまま私は小早川さんに見惚れたまま視線を外すことが出来なかった。
結局、私は福島さんに連れていかれるしかなかったのだ。
「さあ、ついたぜ!」
そう言って、福島さんはその建物を見ながら楽しそうな表情を浮かべていた。そこは、見たからにオシャレな建物で、全体が黒で統一されていて、看板に描かれている店名であろう照星という白い文字がとてもよく生えていた。
その看板は、所謂高級焼き肉店のものであった。
「……あのぉ、私お金持ってないですよ?」
「いいっていいって! ここはあたしが奢るから!」
そう言って、福島さんは笑顔を浮かべながら、その店の奥まで入っていく。
私は、心底不安であった。
こんなにいい焼き肉店は入ったこともないし、そもそも普段から食べる焼き肉は食べ放題しかない。そんな人間が出入りしていいのか、と。
「どうした~? 早く来いよ~」
奥の方でキョトンとした表情を浮かべたその福島さんの表情を見て、考えていたあれこれはすべて吹き飛び、ここは福島さんに任せようという考えでその後についていった。
少なくとも、私は冷静にはなれなかった。
「いらっしゃいませ。本日は何名様ですか?」
店に入るなり、とても丁寧な接客をしてくれる店員さんが私たちの前に立ちはだかった。
そのとても丁寧な接客の仕方が、余計に緊張に拍車をかけてくる。
「静川さんいますか? 今日呼ばれてて……」
「お、正子ちゃん! 待ってたよ!」
と、その店員さんに福島さんが話しかけた瞬間に、厨房の奥から顔を出す男性が一人。その人は、所謂アスリートみたいな体型で、間違いなくスポーツをやっていただろうと推察できる。
「静川さん! 今日も御馳走になりに来ました!」
「まあ、いつも来てもらってるし、良い肉が入ったら教えてあげないとね!」
そう言った静川さんの微笑みが、なんだか眩しかった。
私は、密かにスポーツが得意な人に憧れていたのだが、今のこの二人を見ていると一生なれない気がする。
「ところで、その後ろのお嬢さんは後輩さんか何か?」
「あ、えっと……福島さんに誘われまして」
私はそう呟いて、少し萎縮してしまう。しかし、そんなことなど気にも留めない福島さん。
「そうそう! この子にも用意してもらえたりする?」
「いいよ! 他ならぬ正子ちゃんの頼みだからね!」
そう言って、静川さんは楽しそうな笑みを浮かべていた。
何やら、私はとんでもない場所へ来てしまったらしい。
私は、心の奥底で不安の心が動きだしていた。
「どうした? なんか疲れたみたいな表情浮かべてるじゃん」
座席に案内されて座ったとき、福島さんはそう言って、こちらに怪訝そうな表情を向けてきた。
私としては、気づいてほしいことがたくさんあるのだが、そこまで深い仲になったわけではないので言葉にはしなかった。
「いえ……大丈夫です……」
「まあ、ここの肉を食べたら全部忘れるくらいには元気でるさ!」
そう言って、福島さんは楽しそうに笑みを浮かべていた。
私は、その雰囲気に気圧されながら、少し気になっていたことを尋ねてみる。
「……福島さんって、グルメ部の部員だったんですね。私、知りませんでした」
「そうだよなぁ~、大体の人間はグルメ部の仲間を知らないんだもんな」
そう言って福島さんは、まるで子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。
そう言えば、私も気になっていた。他のグルメ部の人間の存在を、私は小早川さん以外に知らない。他の部員についての情報が全く出ていないのは不思議だと思っていたところであった。
「グルメ部の部員のことを深く聞いたことがないんですけど、他にも大勢いるんでしょうか?」
「そこはあたしも知らないな。千秋以外は、集会だけでしか会わないし、そのメンバー以外にも部員がいるだろうし、正確な人数なんて千秋にしかわからないんじゃないか?」
そう言って、水をごくりと飲む福島さんは、まるでどうでもいいかのように振舞っていた。
なるほど、集会では顔を合わせることが出来るのか。となると、グルメのヒントを聞き出すには、相当足繁く部室に通わなければならないということだろうか。
「……他の人のことは気にならないんですか?」
私は、そんな単純な質問をした。
その質問に対して、福島さんはまるで将来のことのように真剣に悩み始めた。
「ん~……でも、言いたくないグルメの話とかもあるだろうし、そういうのに踏み込むのも違うかなって思うんだよな」
その言葉を聞いて、私は思わず息をのむ。
グルメの話をしたくない人もいることを、初めて認識したのだ。
「な、なんで話をしたくない人がいるんでしょうか?」
「……例えばだけど、一日限定50個のメロンパンの存在を自分しか知らなかったとして、その存在を公言してしまえば自分が変えなくなっることだってあるだろ? それを嫌がる人間ってのもいるもんだ。その店が潰れたら元も子もないけどな」
私は、福島さんのその答えに、妙に納得してしまった。
確かに、モノによってはそう言うこともあるかもしれない。それだけじゃなく、自分がいつもは入れていたお店に、人を呼びすぎたせいで入れなくなることを嫌がる人だっているだろう。
私は、その課題の難しさに今更ながら気が付いたのだ。
「……グルメ探しって大変なんですね」
私は、小さい声でそう呟いて、しばらく落ち込んでいた。
すると、店員さんが大きな七輪を持ってそばにやってきた。
「失礼いたします。七輪の方を準備させていただきます」
そう言って、テーブルの真ん中にある蓋を外して、その中にあった窪みへと七輪をいれていく。その時に、炭火の香りが辺りを包んだ。
「待ってました! 肉はお任せでいいんですか?」
「はい、今日は店長の静川が選んだ肉を提供させていただきます。もし、追加注文があればいつでもお声がけください」
そう言って、店員さんはそのまま歩いて行ってしまった。
福島さんは私の方へそのニコニコとした表情を向けてきた。
「楽しみにしてろよ! 絶対美味い肉が来るからな!」
私は、その福島さんの言葉にまた気圧されてしまっていた。
これを書き始めるとお腹が極端に減ってしまうので、執筆がめちゃくちゃ遅れます。
自画自賛ではないです。書くときに色々思い出さなければいけないのです。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!