初作品にして、いきなりのキャンペーン参加で少し不安ですが、このために書き下ろしたのでぜひ読んでいただけたらなと思います。
食は生物とは切っても切れず、さらにそこから人間は味を探求した。グルメ部とは、心の向くままに食への探求心を貫き通す女子学生たちが集まる場所である。
「……ここがグルメ部の部室かぁ」
私は、この榊西高校に入学してから、一度も部活の経験がなかった。楽しいとか、楽しくないとかではなく、やりたいことが見つからなかった。だからこそ、そのまま静かに高校生活を過ごして、大学受験にだけ専念しようと考えていた。
そんな私が、その部活のキャッチコピーに眼を奪われるのは当然のことだった。
【食の乱れは心の乱れ、心の乱れは学の乱れ、学の乱れは人の乱れ】
その言葉を見た瞬間、私は今までの食生活を恥じた。できるだけ安く食事をとり、食に関して本気でものを考えたことなどなかった。そこから生活を見直すことで、私の人間としての部分も成長するかもしれないと、本気で思ったのだ。
私は、この二学期で本当に変わりたいと思ったのだ。
「……よし!」
決心はついた。やってみて、ダメならそれでまた考えればいい。その思い出、私は扉を開いて、中へ入る。
そこにいたのは、とても綺麗な女性だった。まるで、映画作品に登場するぐらい綺麗な顔立ち。そして、そても黒くて長い髪。その黒さに吸い込まれそうな気分になる。その細身な身体は、並々ならぬ努力の上で成り立っているものだということも理解できた。
「あら、部活の子ではないわね?」
「そ、その……体験入部を希望してきました!」
私はそのまま丁寧な言葉を心がけて声を出す。
それでも、緊張していることは相手にばれてしまっているようで、少しおしとやかな笑みを浮かべていた。
「……緊張なさらなくていいのよ。ここでは縦のつながりよりも、グルメへの探求心が大事な部活だから、先輩や後輩なんて関係ないの」
「……す、すみません」
私は、そんな優しい言葉を受けて、嬉しさよりも恥ずかしさが勝った。相手にフォローされてしまっているのが、ひしひしと伝わっていたのだ。
その人は、静かな微笑をこちらへと向けて、手を差し伸べていた。
「私は小早川千秋、グルメ部の部長よ。歓迎するわ」
小早川さん、と名乗ったその人に、私は憧れていた。
「あ、ありがとうございます!」
私はその手を握り返して、そのまま深々とお辞儀をした。
私は、小早川さんから直々にグルメ部の話を聞いていた。この部活は、多くの部活とは違い、公式な大会などの存在はなく、あくまで同好会の形に近いということ。
そして、このグルメ部に在籍しているメンバーの多くは、その在籍を隠していることも。
「……グルメ部は、基本的に非公式なもので、顧問の先生も表向きには存在していないことになっているの。でも、私はこの部活を大事に思っているわ。だからこそ、ここに来てくれた人には最大限の感謝をしないといけないと思っているの」
その理念を聞いて、私は心底小早川さんを尊敬していた。先ほど初めて会った人間に対しても、自身の信念をここまで話してくれることもそうであるが、何よりこの人の中には何一つ嫌味がない。
「……そうだ、折角体験入部してくれるんだから、晩御飯を食べに行かない? 今日は御馳走するわ」
「い、いいんですか!? ありがとうございます!」
私は、思わず心の底から喜んでしまった。もっと素直にこの人のことを知りたいと思っていた矢先に、こんなにちょうどいい話はないのだ。食事を共にすれば、相手のことをよく知れるだろう。
ふと、小早川さんが思い出したかのように小さく手をパンとたたいた。
「そういえば、私ったら自分の話ばかりで、貴方のお名前も聞いていなかったわ。ごめんなさい」
「あ、いえいえ! 私も何も言わなくてすみません! 私、森小春って言います!」
私は、自分自身が全く何も名乗っていないことを、小早川さんの話を聞いてようやく気が付いた。
それにしても、これから行くお店はどんなところなのだろう。楽しみであるとともに、少し不安でもあった。
あまりに高すぎるところでは、向こうが出すとはいえ流石に尻込みする。
「じゃあ、早速歩きましょう。ここから、大体10分ぐらいで着くお店なの」
「は、はい!」
私は、小早川さんの厚意を素直に受けることにした。
「……ここって、鰻屋さんですか?」
私は、その日本家屋の佇まいであるお店を見て、すぐに理解した。
ここは、確実に値段が高い店であることを。
「ええ、おいしい鰻を提供してくれる、いいお店よ」
「あ、あの、私本当にお金を持っていなくて……」
私は、精一杯の貧乏人アピールをする。情けないとは思いつつ、それでも事実を述べなければならないだろうと思ったのだ。
「大丈夫よ、後から請求なんて恥ずかしいことはしないから。それに、あなたのことをおもてなしするのに、おいしいものでなければグルメ部の名前が泣いてしまうわ」
そう言った小早川さんは、そのまま暖簾がかかったスライド式の扉を静かに開く。その先には、高いお寿司屋さんのような光景が広がっていた。カウンターの目の前には、先ほど仕込みを終えたばかりのウナギの開きが綺麗に並べられている。奥の座敷を見ると、スーツを着た人達が静かに談笑しながら鰻を食べている。
そして何よりも、その鼻孔を鰻のいい香りが刺激するのだ。
奥から、料理長とでもいうべき人が顔をのぞかせる。
「これはこれは、本日もお越しくださりありがとうございます」
「私達二人なのだけれど、座敷でもいいかしら?」
そう告げると、その料理長はすぐにそばにいた店員の人へとアイコンタクトを送る。
「では、こちらへ」
「ありがとう。さ、森さん。行きましょうか」
小早川さんはそのまま、私の手を引いてくれた。何だか、この人とは昔から知り合いだったのではないかと錯覚するぐらいに、距離感が心地いい。
それにしても、こんなお店に小早川さんは何度も足を運んでいるということは、かなりのお金持ちの家なのでは、と思ってしまう。
そんな中でも、こんな私のような人に気を遣ってくれるのはとても幸せなことなのだろう、とも。
「森さん、ここよ」
と、ふと目の前の座敷を見ると、樹木をそのまま切り出したとでもいうべき程、大きくて綺麗な机があった。その横には、他のお客さんとの仕切りを作るための屏風が置かれていた。
内装の細部にまで拘りがあり、とてもいい店であるということは理解した。
先に座布団に座りこんでいた小早川さんが、まるで不思議そうにこちらを見ていて、気が付いたかのように表情を笑顔にする。
「そちらへどうぞ。ゆっくりと寛げるわ」
「は、はい!」
私は段々と緊張感が出てきて、思わず少し勢いよく返事をしてしまう。その声を聞いて、周りの視線が集まってしまう。
私は、非常に恥ずかしくなってきた。
「緊張しなくていいわ。食事をするだけなのだから」
「す、すみません……」
私は促されるまま、小早川さんの対面に座ることにした。
そして、その席へ着いたことを確認して、店員さんがメニューをもってそばに来る。焦らずに、それでいて素早い行動はとてもしっかりとした動きだった。
「では、こちらがお品書きになっておりますので、お決まりになりましたらお申し付けください」
「ありがとう。さあ、森さん。決めましょうか」
小早川さんは、店員さんにも私にも丁寧な言葉を投げかけてくれる。
その所作は丁寧でありながら、嫌味は一つもない。
「……初めてなら、このうな重の竹がオススメかしら。蒲焼を一匹分乗せてくれるから、とても楽しめるわ」
「じゃ、じゃあそれで……」
と、そこまで言いかけて、その値段を見る。その値段は、私には到底高すぎる、五〇〇〇円+税と書いてあった。
私は、すぐに訂正しようと口を開いたが、時すでに遅し。
「では、この竹を二膳。焼き方は、関東風と関西風でそれぞれを一枚ずつ乗せていただけるかしら?」
「かしこまりました」
店員さんは、小早川さんの言葉を聞いて、すぐにカウンターの方へと歩いて行ってしまった。
こんな高いものを頼んでしまったことへの罪悪感を覚えて、少し申し訳ない気持ちでいると、小早川さんは静かに微笑んだ。
「これでも、森さんのことを知りたいと思って誘ったの。あまり、気にされてしまうと、少し寂しいわ」
「あ……」
私はそれを聞いて、こんな風にいつまでも申し訳ないなんて思っていては、相手に失礼だと理解した。
折角の厚意を、私が態度で相手を不快にさせて、台無しにしてしまうのは酷い話である。
私は、すぐに態度を改めた。
「すみません、私も小早川さんのことを知りたいです」
「ふふ、それは嬉しいわ」
そう言って、とても綺麗な笑顔を浮かべる。その表情は、多分どんな男であろうと落とされるだろう。現に、私も思わずドキッとしてしまったくらいだ。
「じゃ、じゃあ、小早川さんは今までにどんなグルメを食べてきたんですか?」
「そうねぇ、この部活に入って、たくさんの店を巡ったわ。例えば……」
そう言いながら、小早川さんは過去の話をし始めたのだった。
うな重編は、次の話で完結します。
宜しくお願いします。
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