とある日のこと ―。
ピンポーン、ピンポン ―。
けたたましく鳴るチャイムでテラは目が覚めた。時計を見ると、もう昼過ぎだった。
―― 昨日、徹夜したんだっけ…。
「誰だろう…出なきゃ」
眠い目をこすりながらよたよたと玄関へ向かうと、ルナエが来客と話し込んでいる。
「お前、まだ寝とったんか」
マルティスが呆れた顔でこちらを見ている。
「ふぇ? …なんで?」
「なんで?も何もないのよ! 今からサトゥルニに会いに行くんだから」
「はよ支度せぇ」
ウェネリスも一緒のようだ。
―― 約束はしていなかったはずだけど…。
そう思いながら、テラは軽く身支度を整える。
*
「行くってどこに?」
テラはまだ少し眠気でボーっとしていたが、隣のウェネリスに尋ねる。
「 ほら、ゼウスヒルズってあるじゃん」
「あぁ、都心部の超高級マンションのこと?」
「そこにさ、ヨヴィス…つまり木星の使者が住んでんの」
「えー、凄いお金持ちってこと?」
「投資家やし、事業家でもあるなぁ。 …俺、スポンサーになってもらってるからさぁ」
不服そうな面持ちでマルティスが口を挟んだ。
「でもなんでまた?」
「そこに行かないとサトゥルニに会えないからよ」
「ふーん?」
「まぁ行ったら分かる、はよついてこい! きびきび歩け!」
「すぐそうやって人を急かすんだから…」
めんどくさい、と言わんばかりの顔でウェネリスがマルティスを一瞥した。
*
「高いなー。 流石にマジマジと見たの初めてかも」
首が折れるかというほど見上げながら、テラが呟く。仕事でこの辺りをうろついたことはあったけれど、ヒルズに用があるほど大きな取引はしたことがない。
圧倒されるテラを横目に2人は慣れた様子で入口にスタスタと近寄っていく。
「すみません、藤木社長にアポがあるんですけど」
コンシェルジュにウェネリスが話しかけている。
「藤木…普通の名前…」
「ニンゲンのフリして住んでるんやからあるよ、偽名くらい。 俺かてあるわ」
「え、なに? なになに?」
「言うか、あほ! ってゆかテレビ見とけや! 俺かて一応有名人やぞ!」
マルティスとテラは後ろでコソコソと呟き合っている。
「行くよー」
ウェネリスが手招きする。
「ゼウスヒルズって映画館とか商業施設いっぱいあるんだね」
辺りをキョロキョロ見回しながらテラが言う。ロビーは広く吹き抜けている。
*
「よく来たね、どうぞ」
長身で線が細く、色素が薄めの男性が私たちをとあるマンションの一室で出迎えた。
「…おじゃまします」
ここへどうやって辿り着いたかも分からない。広すぎて次1人で来いと言われたら辿り着ける自信はない。
富裕層の住む部屋はさぞかし豪華なのだろうと思っていたが、白を基調としており、結構シンプルで間取りも2LDKと普通だ。
―― とはいっても、私の部屋より広いのは間違いないけれど。
「もっときらびやかな部屋に住んでいると思ってた?」
テラの思惑を見透かしたようにヨヴィスが尋ねた。
「…い、いえ。 そんな…」
テラは顔を赤らめて俯いた。いざ言葉にされると自分の現金さに恥ずかしくなる。
「改めて自己紹介するね。 僕はヨヴィス。 僕は結構長い期間ニンゲンたちと交流があってね。 昔から幾度となくニンゲンに成り代わっては、君たちと関わってきたんだよ」
「そ、そうなんですか!?」
「今は日本でこのビルや複数の事業を管理しているけれど、少し前は僕も有名人だったんだよ」
ヨヴィスはイタズラっぽくウィンクをする。
「…確かに」
「有名人やな、世界的に」
ウェネリスとマルティスは思い当たる節があるようだ。
「今も十分有名人なのではと思いますが、世界的に有名人?」
テラは首を傾げた。
「古代はね、木星というのは宗教的に人を導くのが役割だったのさ。 だから僕は欧米圏とアジア圏にまたがって人類に宗教を布教させていったんだよ」
「え、それって!? キリストとブッダってこと!?」
「そう。 あの頃は本当に大変だったなぁ、ははは…」
ヨヴィスは遠い目をして屈託なく笑った。
「今はなぜ、事業家に?…正反対のような気がしますけど」
「そうだね。 現代はもう宗教が求められていないからさ。 当時は必要だったのさ。 まぁそれが原因で人々が今もなお争い続けているのは僕の誤算だったけど…。昔は成功した宗教家が富を築くことが多くてね。 僕は違ったけど、人々は宗教と資産を大きくすることを同じ木星の功績としたのさ」
「でも祖であるヨヴィスさんはお金持ちではなかったですよね?」
「最終的にはね。 でも結局貧富の差が広がったのは確かだよ。 貧富の差をなくそうと頑張ったはずなんだけどな…」
ヨヴィスの細い目がいっそう細くなる。気にしていない様子だが、テラはプラネテスでも成功しないことがあるのだと、自分はどうなるのだろうと不安になった。
「なんだかやり切れない話ですね」
「地球でニンゲンとして生きていくなんて、そんなもんさ。 僕ですら思い通りにいかないんだ。 君が思い通りにいかなくたってそれは当たり前だし恥じることなんてないんだよ」
「どうして、そうまでして地球で生きようとするんですか?」
「何故だろうね。 予想外の結果を生んでしまうことが興味深いからかな。 ランダム性が物凄く高いというか、私たちでさえ理解できないことがたまに起こるんだよね。 それが癖になるっていうか」
ははは、とヨヴィスは笑う。
「それってギャンブル的なアレでは…」
テラが心配そうにヨヴィスを見る。
「そうかもね! 案外そうなのかも。 人類にとってはランダムどころか、同じことを何度も繰り返しているように見えていると思うけど」
「そうやってヨヴィスがさ、地球で試行錯誤してくれるおかげで後発組のアタシたちが上手く立ち回れるってわけ」
ウェネリスが割って入る。
「ランダム性が高いといっても、一定の法則はある。 そういうのを見つけるのがヨヴィスは上手なのよ。 だからこそ宗教の祖になれたんでしょうけど」
「宗教って今は色々あるけど、この世の真理・ルールを先に見つけたのがたまたま僕だったってだけでね」
「…でもそれって、今だったら科学にも通用することなのでは?」
「君、テラといった? 勘が鋭いね! その通りだよ。宗教と科学は相容れないものではないんだ、本来はね 」
ヨヴィスの顔はパッと明るくなり、テラの両手を掴んでブンブンと上下に振った。
「君とは興味深い話がたくさんできそうだね! 君は量子力学について…」
「ちょっと待った」
目を輝かせて話を広げようとしたヨヴィスをマルティスは制止する。
「…お前ら、本来の目的忘れてるやろ。 サトゥルニのおっさんはどうした」
「あ。忘れてた…ごめん、つい」
「ヨヴィスはいったん話し出したらほんまキリないねん。 自分の思想説き出したら一晩中続くやろ…」
「アタシは別にダラダラ話してるのも楽しいからいいけど」
「俺はよくないねん、俺は!」
マルティスは苛立ちを隠せない様子でまくし立てた。
「分かった分かった。 じゃあ案内するよ、ついて来て」
ヨヴィスが部屋のさらに奥へと案内した ―。
【続く】
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