初めての小説なので、大目に見てやってください。更新はかなりマイペースになりますので、気長にお待ちいただけると幸いです。
「はぁ…今日も遅くなっちゃった…」
憔悴しきった面持ちでテラは呟く。連日の残業が身に堪えたようだ。
毎日のように上司からは叱責され、結果も出せないでいる。帰路につく足取りはおぼつかない。
「本当に何もできないんだな、私」
蚊のようにか細い声で呟いた。テラの嘆きに誰も耳を貸す者はいなかった。周りにはテラと同じように絶望に浸り現実逃避に興じている者たちばかりだ。
「何のために生きてるんだろう…何でこうなると分かっていてそのまま進んだんだろう」
テラは知っていた。子供の頃から大人たちが社会に虐げられながら、それでもひたすら我慢して身を粉にして働く姿を。同じように進めば自分もそうなると分かっていた。なのに逃げられなかった。
好きなことで生きていくことは難しい。仮に成功したとしても、周囲の期待に応え続けねばならない。好きなことで生きていくために、好きでもないことに手を出さなければならないこともある。いったいどちらが幸せだろうか?どちらにせよ、継続する努力は必要だ。
仕事での成功を放棄し、結婚を選ぶのも幸せか?お互いがお互いを一生愛し抜く保証などどこにある?死ぬまでその契約を守れる人たちはどれくらいの確率でいる?やりたいことで成功するのとどちらの方が確率は高いのか?そもそもパートナーや家族に尽くすことに幸せを感じるか?何故生活していくのにパートナーの収入だけに依存しなくてはならない?何故結婚すると女性は働きづらくなるのか?
*
テラは答えが出ないことを延々と考える。なかば無意識でコンビニに立ち寄りアルコールやつまみを買い物かごに入れる。仕事帰りのいつものルーティンだ。味わうために買っているんじゃない、現実逃避をするためだ。
自分がどう帰ってきたのかもあまり覚えていない。気がつくと家着に着替えて酒を煽っていた。テラは時々考え事をし過ぎて途中の記憶が曖昧になることがあった。
いつもなら、酔いの効力もあってか、被害妄想は早々に忘れることができるのだが、今日は違った。自暴自棄な考えがグルグルと脳内を支配した。現実逃避癖のツケが回ったのだろうか。どうも被害妄想はテラを逃がしてくれそうにない。
…
……
「もう、死ぬしかないのかな…」
テラはそう言って、押し入れからロープを引っ張り出してきた。
「ホント、つまんない人生だった…」
ロープの輪に首をあてがおうとした、その時だった。
バサッ…!
…? テラは動きを止めた。何の音?そう思って音の方を振り返った。
大きな翼を拡げた天使…?がいた。
「あれ、もうお迎えが?」
「お迎えじゃないよ! 何してるの!」
青い髪の天使がそう言い放った。前髪は目元を覆っていて、表情はうまく読み取れなかった。天使って日本語も話せるんだ、凄いな。テラはそう思った。
「メルクリ! そんな言い方しちゃダメよ、驚いてるじゃない」
さらに声がした。声の方に顔を向けると、聖母のような何とも穏やかで神々しい光をまとう女性がいた。髪は長く、瞳と共にミントグリーンのような色をしている。
テラは茫然自失とした。
「自殺したのに天国にいるとか、私、ツイてるのか…な…?」
情報過多に脳が追いつかなかったのか、言い終わらぬ間に失神していた。
「きゃ! ほら、言ったじゃない…どうしましょう」
「どうしたもこうしたもないよ。 全くこれだからニンゲンは」
「とにかくベッドに寝かせましょう。 あら、ずいぶん散らかっているわね、お部屋片付けちゃいましょうか。 ロープも危ないですしね」
「ルナエ。 人んちの片付けしてる場合なの? どんだけ世話焼きなのさ」
「あらー。 まともにご飯も食べていないのね、冷蔵庫が空っぽだわ。 相当追い詰められていたのね…可哀想に」
そう言ってルナエは瞳をうるわせた。
「人の話を聞けっての」
メルクリは呆れて肩をすくめた。
「僕、ちょっとソリスに報告してくるね! 彼なら何とかできるかもしれないし」
「そうね、それがいいわね。 私はしばらくこの子の傍にいるわ」
*
「む! これは大変なことになっているなぁ!」
メルクリと共にソリスがやってきた。
「しかしもう大丈夫だ! 僕に任せろ!」
そう言ってソリスはテラに手をかざした。暖かい光がテラを包んだ。
(なんだか暖かいなぁ…この安心した気持ち。いつぶりだろう)
テラはゆっくりと目を開けた。気付けば涙を流していた。さっきまでの被害妄想が嘘のようだ。活力が湧いてくるのを感じる。
「え、凄い。 あの、ちょっとどういうことですk…ってあなた誰です!?」
テラはソリスの存在に驚いた。無理もない。意識を失っている間にまた知らない者が1人増えたのだから。
「元気になったか! 良かった良かった!」
「まぁ、本当に良かったわねぇ」
「まったく驚かせないでよ」
「というか、あなたたちはいったい何なんです!? 何しにここへ? ってかどうやって??」
狼狽するテラにルナエが説明する。
「私達ね、あなたを助けに来たのよ」
「え?」
「サトゥルニの命を受けて来たのさ。師匠の目に留まるなんて大したもんだよ、感謝しなよ!」
メルクリが割って入る。
「サトゥルニ…とは?」
「サトゥルニ師匠は土星の使者さ。ちなみに僕は水星の使者。ルナエは月、ソリスは太陽。それぞれの惑星の使いって考えてくれればいいよ。 僕らみたいな使者のことを総じて"プラネテス"っていうんだ」
「そ、そんな大層な人たちが何故私なんかを?」
「さぁ。詳しいことは分かんないけど、あんたは地球にとって大切な存在らしいから、それぞれの力を用いて保護せよってさ」
「ほうほうほう…?」
分かったような分からないような顔で頷くテラ。
「とにかく僕たち、しばらくあんたと一緒に暮らすことになったからよろしくね!」
「えぇ!? こんな狭い部屋にこんなたくさんの人が生活できるわけないでしょ!?」
「あのさー。 僕たちは君みたいに物質からエネルギーを供給しなくても生きていけるから。 必要になった時に現れる感じだよ。 まぁ、ニンゲンのフリして生活してる奴らもいるけどね」
「そうなんだ?」
「そいつらは僕らより先にニンゲンとして生活してるから、きっと君もどこかで会ったりしてるかもしれないね」
「ということは、他の惑星の使者もまだどこかにいる、と?」
「そゆことー」
「俺たちは君に勇気と希望を与えに来たのさ!どうだ、頼もしいだろう!ハッハッハ!」
ソリスが屈託なく笑う。
「しばらくは私があなたの生活を手伝うわ。私1人くらいなら居候できるわよね? 家事や洗濯なんかは任せて」
「え、それがぶっちゃけ1番嬉しい…」
テラは家事も壊滅的だった。よく今まで1人で暮らせていたものである。
「ただし、私が来たからには最低限の家事くらいはできるようになってもらいますからね?」
「は、はい!」
*
「とにかく君は何のために生きている? 何を願うのだ? それが分からねば俺たちは具体的にどう手を貸していいか分からん!」
ソリスが笑顔でテラに問うた。何のために生きている?という質問はテラにとっては心理的にかなりのダメージだ。
「うぅ。 …"何のために"というより、"生活するために何をするか"ということしか考えられません。 きっと他の人たちもそうなんじゃないでしょうか…」
「確かに! それはニンゲンとして生きるための性だな、致し方あるまい! 気にするな、決して君を否定しているわけではないぞ!」
ソリスはカラカラと笑う。
「ソリスみたいな、正義感が強くて前向きで自分が社会に貢献できるという自信を持ってるニンゲンなんて、そういないんだよ」
メルクリが呆れたように、ソリスをあしらう。
「そうかそうか!ハッハッハ!」
ソリスは嫌味を言われたことにまったく気付いていない。
「ニンゲンというのは、いつも妥協の連続なのさ。 やりたいことがないわけじゃない。 できるかどうかというのは別問題なのさ」
「メルクリさんが正論過ぎる…」
テラは何も言い返せなかった。
「だてに数千年もニンゲンを観察していないさ」
「見た目よりずいぶんと長生きなんですね」
「この見た目は、あんたの無意識でのイメージの具現化に過ぎないよ。 別のニンゲンが見たら別の姿に見えていると思うよ。 翼があるのは変わらないけど」
「要するに、私が水星に対して"少年"のようなイメージを持っているということですか?」
「まぁ、そうなるね」
「というか、さっきの話ですが。 やりたいことを何か見つけた方がいいんですか?」
「あれはあくまでソリス視点からの問いだわ。 太陽は"人生の指針"を司るのよ。 彼はニンゲン1人ひとりに対して、同じ質問を投げかけているわね。 私だったら…そうね。 "あなたが安心できることは何?"」
「安心できること…」
「月が提供できるのは、安心や安全よ。 基本的にニンゲンの安全欲求を満たすのが仕事ね」
「なるほど…」
「落ち込んだ時、辛い時、あなたが"安心を感じて元の元気な精神状態に戻るにはどうすればいいか"を私は常に問いかけているわ」
「じゃあ、メルクリは?」
「僕? そうだな…他のニンゲンとどんなコミュニケーションをとりたいのか? ソリスやルナエの問いに答えるためにどんな情報を頼りにするのか? かな。 分からないことがあったら、人に聞いたり本を読んだりインターネットで検索したりするだろ? そういう時は僕の力を使っている時だと思ってくれていいよ」
「そう考えると、メルクリの力みんな今使ってるよね」
「そうだよ、まったく。みんな僕に感謝すべきだね。 そして悪用しないで欲しいよ。 自分の発信する言葉や情報に責任持ちなよね!」
「確かに…」
テラはメルクリに口答えをしても勝てないなと悟った。
「ま、とにかく少し運命や人生について考えてみたら? すぐに答えを出せとは言わないけれど、ソリスが言ったように君が決めないと僕たちは力を貸してあげられないんだよね。」
「皆さんの力で私が"チート能力"を手に入れられるとか、そういうことじゃないんですね?」
「そんな都合が良くないんだなぁ、これが。 そもそも地球上の生物は生きているだけで僕たちの力を使ってはいるんだけど、本人の意思によって善にも悪にも変わるんだ。 君には敢えて、どうやって僕たちの力を使っているのかを意識して欲しいんだよね 」
「意識して?」
「そう。無意識に使っている時と、意識的に使っている時とは効果も全然変わってくるんだよ」
「ニンゲンは皆それぞれ、宇宙を持っているわ。私たちは個々の宇宙の具現化よ。 そしてそれぞれ惑星の力の強さや扱い方も違うのよ」
「なぁに、そんなに1人で抱え込む必要はないぞ! 俺たちの力を扱えない者などいないのだ! 君に乗り越えられない試練などない!」
「皆さん、ありがとうございます! 私、もうちょっとだけ生きてみようかなって思えてきました!」
*
降りしきる雪の夜。例年になく厳しい冬だ。
自ら人生にピリオドを打とうとしていた私に一筋の光明が差し、その日から私の人生は変わり始めた。プラネテス、彼らが新たな人生を生きるチャンスを与えてくれたのだ。たとえどんな困難があっても、彼らがきっと支えてくれるに違いない。
【続く】
読み終わったら、ポイントを付けましょう!