プラネテスとの衝撃の出逢いから、数週間が経った。テラは今の仕事を辞めることにした。幸いにも、しばらく生活していける程の貯蓄があった。仕事と家の往復のみを繰り返していて、娯楽に資金を注ぎ込む時間など皆無だったのだ。
*
「ここがインスタでバズった人気のカフェね」
テラはとあるカフェに来ていた。職探しは続けていたが、気分転換もした方がいいとルナエに言われたのである。
店の前は大行列だ。自撮りをする者、おそらく生配信をしているであろうユーチューバーなどで賑わっていた。
―― SNSの効果ってやっぱ凄いのね…。
テラはその人気に圧倒される。
*
どれほどの時間が経っただろうか。こんなことなら、他の場所に行くべきだったかと思ったが、他の候補を決めていなかったテラは辛抱強く待ち続けていた。
ついに、テラが店内に入れる時が来た。
「いらっしゃいませー!」
扉を開けると同時に、にこやかな店員に出迎えられた。
「何名様ですか?」
「えっと…一人ですけど…」
「かしこまりました、ではこちらへどうぞー」
店員に促されるまま、窓側の席に案内された。
「とりあえず、ホットコーヒー…をください」
「はい、かしこまりました」
本当はもっとインスタ映えするようなメニューを頼めば良かったのだが、今まで流行りのものにあまり興味がなかったせいか、SNSも眺めるばかりで発信する気にはなれないでいた。
―― ただ、雰囲気が知れただけでも良かったな…。
そう思いながら、ガヤガヤした店内を観察していた。
「ん?」
テラはなにか気配を感じた。
―― 誰かに、見られている?
テラは辺りを見回した。すると、一人の女性と目が合った。まるで異世界から現れたのではと疑うようなマゼンタの髪と瞳。フリルの多い、どことなく中世のフランス人形を思わせるようなワンピースを着ている。こちらの目線に気付いた彼女は、ようやく気付いたか、とばかりにこちらに近付いてきた。
「ハロー☆ ようやく会えたわね!」
そう言って彼女は微笑んだ。
「え? す、すみませんが、どちらさまでしょう?」
テラは少し狼狽えた。しかし、すぐどこかで見たことがあると悟った。
「ちょ、もしかして…有名な歌い手さんでは?」
「おっアタシの歌聴いてくれてるの? さーんきゅー♪」
「やっぱり! 歌恋さんですよね!」
彼女は歌恋という名前で、一躍時の人となった歌い手だった。圧倒的な歌唱力とずば抜けた表現力で、インターネットを飛び越えて様々な年代の人たちに支持された。今では、歌い手兼アイドルとして世界を巡りながら活動している。
「で、でも。なぜ歌恋さんが私のことを知ってるんですか?」
「ふっふっふっ! なぜかってそれは、アタシが"金星の使者"だからでーす!」
歌恋は不敵な笑みを浮かべている。
「え! えぇぇぇぇぇ!?」
テラは思わず、コーヒーカップを手から滑り落としそうになる。歌恋はテラの向かいにある椅子に腰を下ろし、脚を組む。
「"歌恋"ってのは、ニンゲンに成り済ますための偽名?ってとこね。 本当はウェネリスっていうの。 あらためてよろしくね!」
「メルクリさんの言ったとおり、本当に人間として生活してる人、いたんだ…」
「アタシの他にあと二人いるわよ」
「まだいるんですか!?」
「えぇ。 これからその内の一人と会うつもりなんだけど、テラも一緒に来るでしょ? 今日暇だよね?」
「え?えぇ…まぁ」
「ここマジ激混みだし、場所変えよ変えよ!」
「や、でも…来たばっか…えぇ…」
ウェネリスに腕を掴まれ、早々に会計をして店を出る。
「あの、どこへ行くつもりなんですか?」
「まぁまぁ。 ついてこれば分かるって。 しばらく散歩だと思って。 それから、その話し方よそよそしいからタメ口でいいよ」
「…はぁ」
「これから会うやつね、マルティスっていうんだ。 こっち、地球ではスポーツ選手やってる。 競技…何だっけ?忘れちゃった。 こないだオリンピック出て、金メダル獲ったとか」
「すご…」
「普段ね、日本にいないらしいんだよ。 ま、アタシもだけどさ。 今日こっち来るって言ってたからさ」
「マルティスさんってのは、ちなみに何の使者なの?」
「あいつは、火星だよ。 スポーツでまだ平和的に力使ってる方だけど、あいつが本気出したら惑星一個簡単に滅んじゃうよ」
「…は?」
「しかもめちゃくちゃ短気だし、口悪いし、血の気が多いっつうかさー。 暑苦しいんだよねー」
「なんか、面倒くさそうなひt…んん…か、快活そうな感じって少しソリスさんと似てるとこ、あるのかな?」
「あいつらは確かに暑苦しいけど、ソリスのそれとはまた違うなー。 まぁ会ったら分かると思うけどねー」
*
―― そういえば、何でウェネリスって歌い手になったんだろ?
テラはふと疑問に思った。
「ねぇ、何でウェネリスって歌うことを選んだの?」
「え?」
「人間として生きていく上で、何でそれを選んだのかなって…」
「んー。 まぁ、金星の力が一番使いやすかったから。 人気を得るって金星の影響が大きいんだよね。 皆を楽しませたり、アタシを魅力的だって感じてもらうのに、この時代だと歌い手だったんだよねー」
「なるほど…」
「そりゃ、時代が変われば別のことしてたとは思うけど。 娼婦とか」
「しょうふ!!」
テラは予想外の言葉に目を丸くした。
「ま。 現代でもなれるけど、冥王星の協力が必要だからめんどいなーって。 それにまぁ、良いイメージじゃないじゃんね」
「確かに…」
「でもね。 アタシ目線から見て、良い悪いってないのよ。 金星の力をどう使おうが、アタシたちはジャッジを下せる立場にない。 本人が自発的に選んだのなら、尊重されるべきだよね。 強要されたりってのはダメだけどさ。 まぁ大抵女性が関わる職業って軽視されがちだけど」
「うーん…そうだなぁ」
テラ自身、女性に生まれたというだけで、なぜか自動的に弱者に宛がわれているような、勝手に周りからイメージを植え付けられているような、そんな窮屈さを感じることはあった。
「金星ってさ、女性的な連想をさせるものなら何でもそうだよ。 美容とかファッションとか、ちなみに海王星の協力を仰げばアートにもなる」
「へぇー」
「もっと言うとさ、惑星一つだけの力で出来ることって少ないのよ。 表現力を広げたりしようとすれば、他の惑星の力も借りなきゃいけない。サトゥルニの厳しい鍛錬だって受けたんだからねー」
「そうなの?」
「使者であろうと、甘えは許されんってさ。 努力とかマジめんどくさかったんだけどさー、そうじゃなきゃ地球行きは許さんって言うわけよ。 マジうざいっつの」
ウェネリスは苦々しい顔で回想する。
「何でそんなことしてまで地球に?」
「"有限"だからよ。 地球だとね、100%の力を発揮できないのよ。 そういうルールっていうか、システムの中で生きてるわけよね。 限定された力で、与えられた物質の中でどれだけやれるか試してみたかったわけ。 まぁ…ちょっとズルしたけどね」
ウェネリスは、してやったり、とウインクする。
「ちょっとずつね、聴いてくれるリスナーが離れないように、自分の声に乗せて魅惑の術かけたりしてたわ、ハハハハ!」
「えぇ…」
―― やっぱり何かしら人間に出来ないことはしちゃうんだ…。
テラは困惑する。
「ギリ、許される範囲よ(笑) だって全開で力使っちゃったら、みーんなアタシに恋しちゃうんだもん」
「100%の力を使えないってのはそういうことか…」
「大きな力には大きな責任が伴う。 だから限定しなきゃ世界のパワーバランスがおかしくなっちゃうでしょ」
「力を使うのにはルールが要るんだなぁ」
「そゆこと。 で、テラは何が楽しいの? 何を素敵だなって思うの? つか好きな人いないの?」
「好きな人…いないわけでは、ないけど…」
「いるんだ! 仕事と家の往復しかしてなかった子に、好きな人いるんだ!」
「いいでしょ、いたって別に…」
テラは頬を赤らめた。
「よく仕事辞めれたね。 好きな人と離れるの寂しいじゃん?」
「そうなんだけど…。 なんというか、このままの私じゃ見込みなさそうな気がしたの。 もっと自律したいっていうか、胸張って生きられる何かを見つけるまでは…」
「ほーう? その間に誰かに取られたら?」
「そういうこと言わないでよ…。 どっちにしろ、このままじゃ自分が納得いかないから」
「そっか、ならいいけど」
「一応、辞める前に連絡先は聞いたから…」
「へぇ! やるじゃん! じゃあ、アタシからテラに出来ることは、魅力的な女性にすることね! 美は内側からよ!」
「…協力してくれるの?」
「当たり前じゃん! 何のためにここに来たと思ってんの。 アタシに任せときなさいよ!」
―― 持つべきものは友達…?なのね!
テラは打ち解ける友達が出来たようで嬉しかった。
「さぁ、ここね。 確か待ち合わせ場所はここだったはず」
ウェネリスは辺りを見回した。テラは少し緊張している…。
その時だった。
「おーい! こっちこっちぃ!」
二人は声のする方に目を向けた。
【続く】
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