先程の出来事を幽鬼が宅間に説明をし始める。
「たっ、宅間さん!聞いてください!さっき今あそこの七ツ釜の海が眺めるところでしゃがみ込んで下を覗いていたら、下のほうから白くて長い手が僕の顔をロックオンして引きずり込もうとしたんですよ!危うく海に落ちそうになったんですよ!」
必死になって幽鬼は説明をするが、周りは笑うばかりであった。
吉田が思わず「幽鬼さん、ちょっとどれだけオカルト研究家として、樹君の伝説を知っているんですか?樹君はここで自殺を図った幽霊たちのボス格でもあり、またその白く長く伸びる手というのは、樹だけの御霊ではないのだよ。そんなことまでも知らなかったんですか!?」と言われ、プライドを傷つけられた幽鬼は「自分がこの七ツ釜に関して知識が無知だったのは認める。でも単体じゃないとしたら、ひょっとするとこの地で自殺を図った御霊の集合体の中に樹が先陣を切って襲い掛かってくるってことだよね?」と聞くと、吉田は「その通りですよ。樹はこの地で眠る地縛霊でありながらかつ、この世に対して強い恨みを抱きながら死んでいるから、この世に対する復讐はこれからもこの地で散った仲間と共に繰り返されるんですよ。」と語った。
幽鬼は吉田の話を聞いて「自殺の名所ならでは、よくある話だ。例えば青木ヶ原の樹海で首吊り自殺をしようと思って立入禁止区域のところまで足を踏み込んだ人が森の奥深さに迷うにつれて、精神的にも苦しみ弱っているその心の隙に、自殺者の御霊が集まりだして、迷い込んだ人を自殺に導く構図と同じことだ。」と解説した。
幽鬼が自殺の名所の解説をして数分が経過してから、ロケの撮影が始まった。
幽鬼がカメラを前にして笑顔で応えて見せる。
「テレビの皆さん!そしてパソコンのモニターと睨めっこしている皆さん!オカルト研究家兼怪談家の幽鬼です!今回は、佐賀を代表する染澤潤一郎の都市伝説に次ぐ有名な都市伝説で”樹の話”というのが、七ツ釜にはあります。僕が予めGoogleのワード検索でヒットした都市伝説サイトで調べてきた樹の情報によると本名は望月樹といい、1948年12月3日のいて座のO型とのこと。佐賀市生まれ、佐賀市育ちですね。兄の望月裕とは、何と年齢差が9歳も離れているんだそうです。そのため、裕には幼少期から非常に可愛がられて育ってきた樹は両親や兄の愛情をたっぷり受けて育ち、中学の卒業を機に裕が経営するモチヅキ・ドリーム・ファクトリーに就職をすると、元々樹は図画工作や造形美術が得意ということもあり、徐々に技術面での商品開発において頭角を現し始めると、当時としては画期的な音の音響に拘りに拘りつくした”良響”という商品をテレビに接続することが出来るスピーカーを開発すると、それがたちまち話題になり、染澤潤一郎が経営するソメザワ・マテリアルの当時としては画期的な電源コードに繋げるだけで充電して使えることが出来る扇風機やストーブを開発したのもあって、1970年の大阪万博では二人が開発した商品がパピリオンで並び始めると、会社の知名度も鰻登りに上昇していった。しかしその一方で、武雄市に本社を置くフェニックス・マテリアルが頭角を現したことにより、二人の会社はあっという間に地に堕ちてしまうと、黒字回復のめども立たず、1974年7月21日にソメザワ・マテリアルが倒産目前にまで陥ると、その二日後に潤一郎は精神的にも肉体的にも追い詰められた末”未来の食糧計画”と記された設計図にペンで走り書きした”悪魔と取引したい”という言葉を最後に妻子を刺殺した後切腹自殺を図りました。戦友の事件を知りショックになった望月裕は借金を抱えながらも会社を立ち直すべく奮闘はしましたが、借金の利息の額だけが膨らむ一方で返せる目途がないまま借金を新たに作ってしまう悪循環に陥ってしまうと、とうとう追い詰められて、1974年12月28日にモチヅキ・ドリーム・ファクトリーは倒産してしまいます。会社の倒産と共に望月裕は持参していたロープで妻を絞殺後、台所にあった包丁を用いて息子二人を刺殺し、家中にガソリンを撒くとリビングのソファにライターで火を放ち、放火させた。その後車で逃げた望月裕は、唐津市内にある、水難事故が非常に多いことでも知られている観音の滝の滝面へと足を運び、そこで自殺を図り死亡をしました。兄の事件を受け、さらに兄が抱える多額の借金の返済をしなければいけなくなった望月樹は会社の倒産を機に一刻も早く就職をしたかったが、実名報道により自分の名前が世間に知れ渡ったことによって、就職先を見つけたいのに見つけられない状態が続き、さらには樹には妻の茉莉子が妊娠9ヶ月だったこともあり、茉莉子の出産までには就職をして安心をさせたかったがそれも叶わぬ夢となりました。七ツ釜で自殺を図る前に樹は妻の茉莉子に対してこう話しました。『俺は空の上で茉莉子の出産を見守っている。せめて茉莉子だけは名前全てを変えて、犯罪者の家族である俺の身内だと分からぬようにして俺の子供と共に生きてほしい。』と言い、七ツ釜へ向かい、靴と遺書そして身分証明書となる免許証を靴の中に入れた状態で七ツ釜へと飛び込んでしまいました。ここまでの話だと、気の毒な男性の末路とも思えますが、樹の都市伝説というのはそこじゃないんです。樹が七ツ釜に投身自殺を図ったのは1975年3月31日の話ですから、40年以上も経ってもなお、遺体が見つかっていないんです。そこで、投身自殺を図った樹の遺体は沖へと流され回収が困難ともされています。七ツ釜には未だなお、樹の恨みが眠っているとされており、七ツ釜にはそんな樹に同情して後追い自殺が出たほどです。そんな樹は今もどこかで彷徨っているのでしょうか?早速樹の都市伝説が真実かデマなのか、検証してみましょう!!」
幽鬼が勢いよく発言をすると早速向かった先はマリンパル呼子だった。
そこで七ツ釜遊覧船のイカ丸に乗り込み、検証をしてみることにした。
「めがね岩に土器岬、そして象の鼻と黒瀬鼻を見終えた後に、七ツ釜の洞窟の中へと入っていくコースですね。」
幽鬼が遊覧船のデッキまで出てくると、ゆっくりと解説をし始めた。
「今のところ、この地に来て見て思ったのは心霊現象でよくある、例えば空気が思い、あるいは急に寒くなったといった霊障が報告されがちですが僕が見てみる限りでは、空気は僕のような霊能力がない人間でも七ツ釜に近づけば近づくほど、何て言いますか、殺伐とした空気を感じさせられます。水は霊をおびき寄せやすいと言います。家のお風呂場やプールで遊ばせているところを写真で撮ったら、水面に人の顔のようなものが映し出されていたなんて報告はよく見受けられるように、仏教上の考えでは人は死ぬと三途の川を渡るために六文銭を船頭に渡して船を使い渡りますから、水を見ただけで三途の川を彷彿させてしまうものなのでしょう。或いは故人にとって生前に思い入れのあった、たとえば孫や子供だったり、写し出された霊の正体が実はその人の身内で守護霊の場合もあったりします。そういう場合は、いつもどんなときでも傍で見守っているよということを、写真を通して伝えているんです。」
幽鬼がそう話しているうちに遊覧船は七ツ釜の洞窟の中へと入っていく。
「洞窟の中に入ってきましたね。ここに入るとやはり洞窟特有の、涼しさを感じてしまいますね。玄武岩が波で削られて柱状節理により岩の形状が波を打っているように見えるのが、特徴的ですね。自然が作り出したとは思えないほどの絶景がここには広がっています。おっと、観光をしている場合じゃありませんでしたね。樹の都市伝説が真実か否かの話に戻りましょう。都市伝説では、樹が飛び込んだ地は、乙姫大明神の像の付近とされています。フェリーを下りたら、早速その地へと向かい、心霊写真が撮れるかどうか持ってきたポラロイドカメラを用いて実践しましょう。」と話し始めた。
そして、幽鬼たちが乗るフェリーが遊覧船の船着き場までに到着すると、さっそく七ツ釜園地内にある、乙姫大明神の像のところまで近づくと、持っていたポラロイドカメラを持ち始め、可能な限り霊が映りそうな場所を撮影をし始めた。
5枚撮影をした後に、撮ったばかりの写真に、写ってはいけないものが写っていないのかを確認し始める幽鬼。
「1枚目、乙姫大明神の像を正面から写しただけの写真ですが、特に何も写ってはいませんね。2枚目は乙姫大明神の背後を写してみたものです。3枚目は洞窟付近を写してみたものですが、特にありませんね。あと4枚目は先端の松林を写してみたものですが、いずれも不審な点は見受けられません。そして5枚目ですね。こちらは七ツ釜の下をしゃがみ込んで荒波を撮影したものですが、おや、おかしい。」
幽鬼が不審な点を発見すると、すぐ渡邊に話をし始めた。
そしてカメラの前に再び戻った幽鬼が自信満々に語り始めた。
「皆さん!やりましたよ!樹のご登場です!ついにこの世に強い恨みを持ちながら逝ってしまった樹の御霊を呼び出すことが出来ました!」
幽鬼がそう話すと、しゃがみ込んで写した写真を意気揚々に見せ始めた。
そこには荒波の中に、一際顔の表情が血走って赤くこちらを鋭い目つきで睨みつけている男性の顔が水面から浮かび上がっていた。
「樹はまだここに眠っていることがわかりました。きっとまだこの地で亡骸が漂流していることでしょう。しかしながら、僕が来て見て思ったのはこの樹の表情を見てわかるかと思いますが、樹はこの世へ強い憎しみの感情を抱きながら死んでいます。当然ながら、そう簡単に成仏できるレベルではないと思われます。地縛霊の一種でもある怨霊として観音の滝で自殺を図った兄裕と共に化してしまっている可能性も多かれ少なかれ否定はできないと思います。そういう怨霊がいるところへはたとえ遊び半分で訪れたとしても、彼らの怨みの念をお持ち帰りをしてしまいかねない事態になってしまいます。祟られないためにも、絶対に行かないほうがいいと思います。まあ、こういってますけど、僕実はまだ観音の滝にはまだ行っていませんけどね。近日中には行って見たいと思います。その際は、個人的に解説をしています、幽鬼の怪談日和というチャンネル名で活動をしていますのでYouTubeやTikTok、さらにニコニコ動画で生配信で動画をアップロードをしたいと思います!えっと、プロデューサーからカンペで指摘を受けました。”宣伝すんじゃねぇ”と書かれていますね(苦笑)。自分の宣伝はさておき、番組へと戻りましょうか。”禁断の地へようこそ”の公式チャンネルを見てくださったニコニコ動画やTikTok並びにYouTubeのユーザーの皆様、最後まで生配信をご視聴していただきありがとうございました!今回は七ツ釜をバックにして終わりたいと思います!!」
幽鬼が笑顔で手を振ったところでロケは終わった。
幽鬼が安心してロケバスが停まっているほうへと帰ろうとした時だった。
「どうか、助けて。」
海のほうから悶え苦しむような声が聞こえてきたので、幽鬼が振り返るもそこには誰もいなかった。
「あのさっきの声は一体何だったんだ?」
幽鬼は疑問に思いながらも特に気に留めることなく後を去った。
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