ヴィーナシアンの花嫁

シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話
月城 友麻 (deep child)
月城 友麻 (deep child)

7-2.15歳少女の決意

公開日時: 2021年1月13日(水) 08:24
文字数:5,735

「ありがと! じゃ、とっておきの所に連れてってあげる!」

 ディナはニッコリと笑うと、ウキウキとして俺の手を掴み、山の方へと駆けだした。


「うわぁぁ、ちょっと待って!」

 俺は彼女の手の柔らかい温かさに、ちょっと気恥しいものを感じながらも、合わせて駆けて行く。

 彼女が発する若々しい甘い香りにフワッと包まれて、俺はつい顔が赤くなる。


 急坂を登っていくと、急にそれて獣道に入った。彼女は俺の方を見ると、


「この道は秘密よ!」

 そう言って、いたずらっ子のように笑った。


 息を弾ませながらしばらく斜面を行くと、森を突き抜けるほど高い巨木に着いた。老齢のその樹は樹皮が黒くごつごつとしており、幾星霜を生き抜いてきた風格に満ちていた。


「こうやって登って!」

 彼女は器用にその樹に登っていく。


「えぇ!? ちょっと無理だよ~」

 俺はいきなりの無茶ぶりに面食らう。


「早く、早くぅ~!」

 随分上から催促するディナ。


 木登りなんて、もう十数年やってない……。

 俺は少し悩んだが、頑張ってディナを真似して登り始めた。


 なぜこんな事になってるのか……。

 俺はおっかなびっくり登りながら、理不尽な展開に困惑した。


 ちょっと下を見ると、くらくらする高さになった頃、彼女が遠くを指をさして言う。


「ほーら、見て! 最高でしょ?」

 見ると村の全貌が広がっていた。遠くには水平線、そして田んぼに村の建物たち、庄屋さんの屋敷や鐘塔も小さくみえる。確かに絶景だ。

 彼女は太い枝に腰掛けると、手のひらでパシパシと隣を叩いて俺に座らせた。


「ねぇ、あなたの名前は?」

 そう言ってニッコリと笑う。


 名前かぁ……何と言ったらいいだろうか? 『マコト』……では、長いかな?


「俺はマコ、東の国から来たサラの弟子だよ」

「マコ様……いい名前ね」

 そう言ってディナは遠くを眺めた。


「私ね、嫌な事があったらいつもここに来るの……。誰かに教えたのはこれが初めてよ」

「そうなんだ、凄くいい景色だね」


 森の爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、小鳥のさえずる声がどこからか聞こえてくる。

 俺は目を瞑り、しばらくそんな森の世界を全身で感じてみた。

 落ち着く……。

 ゆっくりと心が癒されていくのを感じる。


 ディナが改まった口調で言う。

「マコ様、うちの弟を治してくれて本当にありがとう。あのままだったら、一生まともな仕事もできずに結婚もできなかったわ」


 なるほど、医療が発達していないという事は、骨折一つで人生台無しという事らしい。聞くと他の兄弟も小さいうちに亡くなってしまっていて、今や兄弟は二人だけなんだそうだ。文明はやはりありがたい物なのだ。


 俺たちは、しばらく爽やかな森の風に吹かれながら、景色を眺めていた。


「マコ様の家は……どこにあるの?」

 ディナが遠くを見つめながら聞いてくる。


「ここからずっと東、富士山のさらに向こうだよ」

「富士山……綺麗なんですってね」

「あれ? 見た事ないの?」

「この村で、富士山見た事ある人なんて庄屋さんくらいだわ。みんなこの村から出た事なんてないもの」

 なるほど、皆ここで生まれ、ここで死んでいくのか……。それはちょっと寂しいな……。


「富士山見たい?」

 俺はディナの横顔に聞いてみる。


「そりゃ……見たい……けど……」

 ディナはうつむいてしまう。


 俺はディナの手を取ると、

「俺も秘密の技を見せてあげる。誰にも言っちゃダメだよ」

 そう言って俺は、目を瞑って大きく深呼吸をする。そして、イマジナリーを駆使して、二人の身体を捕捉すると、位置座標を三保の松原にシフトした――――


 いきなり現れる松林と、その向こうにそびえる霊峰富士山、ディナは石だらけの砂浜に転がって仰天する。


「わわわ、何、何なの!? え? あの山? もしかして……」

「そうだよ、あれが富士山、綺麗だろ」


 ディナは砂浜にしりもちをついたまま、呆然とする。

 夕日を浴びる富士山はオレンジ色に輝き、その壮大な威容を余すところなく誇っていた。


 ディナはしばらくポカンと口を開けていたが、


「素敵……」


 そう言って、足元を整え正座をすると、ペンダントを取り出して富士山に向け、目を瞑って何かを呟きはじめた。

 もしかしたらサラには叱られるかもしれない。でも、ディナの様子を見ていたら、それでも連れてきて良かったと思った。


 ディナはうっすらと涙を浮かべ、富士山を見つめている。俺はその様子をぼんやりと眺めていた。一生見る事を諦めていた伝説の山がそこにある、それがどれくらい重い事か、俺には推し量れずにいた。

 他の地球からやってきて、好き放題奇跡を連発する俺と、一生村から出られない貧しい少女、二人を分けているのは一体何なのだろうか? 運命が少しでも狂えば、立場は逆だったとしても何もおかしくない。


 世界とは理不尽なものだ。


 顔を上げると、雁の群れが綺麗な列を作り、富士山をバックに横切って行くのが見える。


 俺はたまたま自分の身にやってきた幸運をかみしめながら、幸運に恵まれなかったほとんどの人たちに恥じぬよう、丁寧に生きねばならないと思った。




         ◇



 ひとしきり富士山を眺めた後、俺たちは手をつないで庄屋さんの屋敷の離れに飛んだ。


 照明もない薄暗い室内は静かで、格子窓から入る夕暮れの赤い日差しが奥の壁に光の筋を作っている。


「マコ様……ありがとうございます。一つ夢がかないました……」

 ディナは俺の手をギュッと握ると、クリッとした目を見開いて嬉しそうに言った。


 そんなディナを見ながら、俺はむしろ彼女に対して申し訳なく、後ろめたい気持ちに沈んだ。

 俺は雑貨屋で見かけた巾着きんちゃくをコピーして出し、そこに銀貨を50枚ほど詰めた。日本円にしたら50万円くらいだろうか?


「いいかい、富士山の事は絶対に秘密だぞ。これは口止め料だ」

 俺はそうディナに言い含めながら巾着を渡した。


 ディナは恐る恐る巾着を覗くと、驚き、


「こんなの要りません! こんなの貰わなくても秘密にします! 御恩は決して忘れません!」

 と、真っすぐな透き通る声で巾着を俺につき返す。


 俺は巾着を押しとどめると、

「秘密を守るのは大変だ。受け取ってもらわないと困る。抵抗があるなら月に1枚ずつ家族のために使いなさい。いいね?」


 俺はディナの目を見ながら強い調子で言った。


 ディナは下を向いてしばらく考え込んでいたが、

「ありがとうございます」

 と、ニッコリ笑い、巾着を大切そうに抱きしめた。



       ◇



 夕暮れ時となり、護摩も終わった。

 息子さんの容体もかなり安定してきて、このままなら数日で回復しそうだ。


「サラ先生! ありがとうございます! 簡単な宴席を用意しましたので、今日は泊っていってください!」

 庄屋さんがサラの手を取って言った。


「お弟子さんもどうぞどうぞ!」

 そう言って俺も客間に案内された。


 客間は、柱が赤で壁は黄色という派手なインテリアとなっていて、中央にテーブルと椅子があり、すでに料理が並んでいる。

 野菜の煮物、魚の煮つけ、漬物、そして濁り酒のツボが置いてあった。


 庄屋さんと、その親戚らしき男衆三人が座ると、ディナが出てきて次々と酒を茶碗に入れて回る。

 俺も座ってお酒を注がれる。


「それでは乾杯しましょう! サラ先生の神業にカンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」


 俺は恐る恐る濁り酒を口にする。韓国のマッコリっぽい味だ。甘酒のようだが、少し炭酸が効いていて酸っぱい。まぁ、悪くない味だ。

 サラは庄屋さん達と最近の社会情勢について何か熱く語っている。王家がゴタゴタしてるとか、どこかの軍隊が不穏だとか言う話のようだ。俺は地名や人名を言われてもよくわからないので、うわの空で酒をちびちびと味わっていた。


「お口に合いますか?」


 ディナが、少し恥じらいながら小声で俺に声をかけてくる。さっきとは違って正装しているのですごく綺麗だ。


「あぁ、悪くないね」俺はニッコリと返す。


「良かった……それ、私が作ったんです」

 ちょっと照れながら言うディナ。


「へぇ、すごいね! どうやって作ったの?」


「え? お米を口でこうやって噛むんです」


 そう言って口をもごもごさせる。


 Yackブフッ


 思わず吹いてしまった。なんと、口噛み酒だったのか……。いや、これって間接キスじゃないの? いいのだろうか?

 俺が動揺しているのを見ると悲しそうに、


「私じゃダメでした……か?」と、しょげる彼女。


「い、いや、う、美味いよ! 美味い!」


 そう言って一気に酒を呷った。


「良かった……」


 照れながらも嬉しそうにお酒を注ぐディナ。

 そして、俺をちらっと見ると、何かを意に決して言った。


「マ、マ、マコ様、あ、後でお会いできますか?」

「ん? 会うのは別に構わないよ」

 なぜそんなこと聞くのか、よくわからないが、会うくらいなら別にいいだろうと軽く返事をした。


 ディナは真っ赤な顔をして

「じゃ、あ、後で……」


 そう言って速足で部屋を出て行ってしまった。どうしたのだろう?

 不思議に思っていると、サラが思念波を飛ばしてくる。


『後で会う、というのは夜伽よとぎって事ですよ』


 そう言って俺にウィンクしてくる。


 よ、夜伽!!!

 俺はびっくりして、すごい勢いでサラを見る。


『この国では客人のもてなしに夜伽は普通です。ディナは自ら立候補したみたいですよ、良かったですね』


 俺は思念波の飛ばし方が分からないので、小声で言った。

「ちょ、ちょっとまずいよ、彼女まだ子供だよね? 犯罪だよ!」


『15歳ですね。郷に入っては郷に従えですよ。彼女まだ男性経験ないですし、病気の心配もないですよ』

 サラは庄屋さんの話にうなずきながら、とんでもない事を思念波で飛ばしてくる。


 これはとてもマズい事になった。俺には由香ちゃんという心に決めた人がいる。こんなところで浮気している場合ではない。それも相手が15歳の処女だなんて、とんでもない話だ。


 しかし、すでにOKしてしまっている……

 今からNGなんてどう伝えたらよいのか……


 でも、郷に入っては郷に従え……いい言葉だなぁ……。

 

 イカンイカン!!


 俺は煩悩を押し殺すのに精いっぱいで、宴席の後半はずっと上の空だった。


 宴も終わり、寝室に通される。

 照明は行燈あんどんしかないので、暗い中、寝る支度を整えた。

 途中から目の感度を上げられることに気が付き、上げてみると部屋がまぶしいくらいに明るく見えるようになり、改めて海王星人ネプチューニアン権限のすごさに感服した。



            ◇



 床に入ってしばらくすると、廊下の方から足音がギシギシと伝わってくる。いよいよ来てしまうのか……


 足音が寝室の前で止まる。


「ご、ご奉仕に上がりました」

 ディナの声がしてスーッと戸が開く。


 真っ白な着物に身を包んだディナは、静かに入ってくると行燈の火を吹き消した。


 そして、シュルシュルと帯を緩める音が部屋中に響く。


 パサッと着物が床に落ちる音がして、しばらく静けさが支配した。

 真っ暗ではあるが、俺の目には淡いピンクで艶やかな肌の張り、少し控えめだが形の整った胸、緊張した可愛い顔がくっきりと見えてしまう。


 俺の心臓の音が、ディナに聞こえてしまっているのではないか、というくらいドクッドクッと高鳴っている。

 彼女もきっと俺と同じに違いない。


 やがて布団がまくられて、ゆっくり彼女が入ってくる。

 彼女の柔らかい足が俺の足に触れる。


「ディナ、ちょっと待って」

 俺は声を絞り出す。


「マ、マコ様……何か問題でも?」

 ディナも声が上ずっている


「こう言う事は、好きな人とやらないとダメだよ」

 何を説教してるのか、馬鹿じゃないか……俺。


 するとディナはクスッと笑い、

「私は……マコ様を好いておりますよ」

 と、少し照れたように微笑む。


「あ、そう? ありがとう。でも俺には心に決めた女性がいて……」

「……。どこにいるんですか?」

「え? 東の国……だけど」

「なら、いいじゃないですか」

 ディナは嬉しそうな声で言う。


「いや、そういう問題じゃなくてだね」

「その方はどんな方ですか?」

「あー、ブラウンの瞳がクリッとした、可愛い22歳の娘だよ」

「22? ふふっ 私の勝ちですね!」


 ディナは勝ち誇ったように言う。

 なるほど、この国では22歳は行き遅れなのだろう。恐ろしいな。


「あー、でも今は彼女のことしか考えられないんだ」


 ディナは少し悲しそうな顔をすると、俺の頬を愛おしくなでた。

「……。今夜だけ、今夜だけ私のことを見てもらえませんか?」

「え?」

「マコ様は旅のお方、ついて行く事はできません。だから、今夜だけ、お情けを頂戴できませんか?」


 何と言う事だ。『都合のいい女でいい』とまで言っているのだ。


「それに……ご奉仕できずに帰ったら、みんなに笑われてしまうんです……」


 ご奉仕できなかったという事は恥……なのか。

 返答に困っていると、ディナは俺の上にかぶさるように体を重ねてきた。柔らかく温かい胸が俺を温める。そして、耳元でささやく……

「そんなに……私って魅力ない……ですか……?」


 凄いな、完全に論破された。


 俺を慕ってくれるかわいい子が、裸になって俺の上にいる。柔らかくそれでいて張りのある若い肌が俺を包み、甘酸っぱい少女の香りが本能を刺激する。


 全く女性と縁がない28年間だったが、由香ちゃんに続いてディナにまで迫られてる。一体どうしてしまったのだろうか? モテ期か? モテ期なのか? 未経験の悩ましい事態が俺をさいなむ。


 ディナの事は可愛いと思うし、好きだと……思う。しかし、ディナとは共鳴する感じはしないので、そういう意味では愛ではないのだ。この状況を捨てるのは極めてもったいない事ではあるが、愛のないまま身体を重ねるのは、恋愛初心者の俺には荷が重い。


 きっと多くの男は俺を意気地なしとわらうだろう。女の子の精いっぱいのアピールを蹴って逃げるなど実に間抜けだと。

 でもいいのだ。どんなに不器用でも嗤われても、俺は俺の人生を行くのだ。俺はそう言う生き方しかできない。


 俺は覚悟を決め、ディナの後頭部辺りにそっと触れ、麻酔の効果を使った。


 「あっ」


 ディナはそう声を出すとゴロリと転がり、動かなくなった。

 俺は、力なく横たわる可愛いディナの頬をゆっくりとなで、しばらく見入る。まだあどけなく初々しいその顔は、もう何年かしたら魅力的な美女へと羽化し、多くの男を魅了するだろう。

 俺なんかじゃなく、もっと素敵な男と愛の秘密を解いて欲しい。


 俺は深層心理に潜って、離れにあるディナのベッドを特定し、そこに彼女を転送した。


 ゴメンな……いい夢見て欲しいな……。


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