ヴィーナシアンの花嫁

シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話
月城 友麻 (deep child)
月城 友麻 (deep child)

6章

深淵なる魂の歴史

公開日時: 2020年9月2日(水) 18:27
更新日時: 2020年9月4日(金) 00:46
文字数:37,085

6-1. 死亡、物語の終焉


凄い速度で落下していく俺。


次の瞬間、ひしゃげた肉の塊となって、気づく間もなく俺の一生は終わるかもしれない。

言いようのない恐怖が、抑えても抑えてもあふれ出してくる。


俺は真っ暗闇の中、どんどん落ちて行った。安全装置のないフリーフォール、何が起こっても俺にはもう何もできない。

今はただクリスを信じて祈るしかない。


どのくらい落ち続けただろうか……徐々に上下の感覚が無くなってきた。そして、手足の感覚がなくなってきた。

なんだこれは……何とかあらがおうとしたが、麻酔を打たれたみたいにもう自分ではどうしようもない。ついに、目と耳もきかなくなり、最後には物を考えられなくなってきた。

薄れゆく意識の中、俺はこの世との別れを覚悟した。


由香ちゃんゴメン、帰れないかも……





どのくらい経っただろうか、目を開けると、ヘッドライトが照らす、黒っぽい岩の壁が見えた。


何とか生きてるようだ、良かった。


俺はゆっくりと身体を起こした。


手足はちゃんと動くか確認し、さすってみたが特に問題はなさそうだ。

どうやら、洞窟の中に倒れていたらしい。

ゆっくりと立ち上がろうとすると、


「いてててて」


ゴツゴツしていた所に寝ていたので、体の節々が痛い。


上はと言うと……岩だ。


落ちてきたというより、転送されてきたようだ。

洞窟は、田舎にある昔のトンネルくらいの広さしかなく、足場も岩だらけ。壁は濡れていてカビ臭い。

ヘッドライトを消すと、真っ暗になってしまい、風も流れていない。


やはりあの穴は物理的な穴ではなかった、仮想現実空間の裂け目だったようだ。

無事転送はされたという事だろう。


さて……、ここで何をすればいいんだ?

てっきりクリスが待ってる、と思ったのだが、当てが外れた。


クリスが指定したところに来た訳だから、ここから何かができるはずなんだが……。

見たところただの洞窟だ。移動しなくてはならない、という事だろうか。

ちょっと心細くなった。


洞窟は少し傾斜していて、上るか下るか2択だ。さて、どちらへ向かおうか……。

この洞窟はクリスが仕掛けたものだとすれば、クリスだったらどちらに行って欲しいと考えていたかがヒントだろう。


しかし……。


そんなの全くわからない。どうしたものか……。


悩んでいると上の方からコッコッと靴音が響いてきた。


最初はクリスかとも思ったがちょっと足音が違う。

くねる洞窟の奥で明かりが揺れている。

肌寒い洞窟内なのに、手にジワリと汗がにじむ。


くねる洞窟の向こうから現れたのは、なんと由香ちゃんだった。


「はーい、誠さん」

由香ちゃんはランタンを片手に持ち、陽気に手を振りながらやってくる。


「ゆ、由香ちゃん!? なぜここに? 田町に戻ったんじゃなかったの?」

「ふふふ、やっぱり来ちゃった。でも、おかげで奇跡の起こし方、分かったわよ!」

「え!? 奇跡使えるようになったの?」

俺は、あまりに意外な展開に驚く。


由香ちゃんはニッコリと笑うと、


「これがライトニングよ! 見ててね!」

そう言って、短い魔法のステッキをどこからか取り出し、ぶつぶつと呪文を唱え、俺の背後の洞窟に向けて振り下ろした。


「エイッ!」


すると、青く輝く微粒子を放ちながら閃光が走り……


Clapパン! Kaboomズン


洞窟の奥で爆発が起こり、地面が震えた。


「ゆ、由香ちゃん……」

俺は爆音でツーンとする耳を押さえながら、その驚くべき破壊力に戦慄を覚えた。


そんな俺に構わず由香ちゃんは言う。

「誠さんは、奇跡の使い方を覚えて、地球をべる人になるの」

「は? なんで俺が?」

「あれ? 誠さん、奇跡使いたくないの?」

由香ちゃんは人差し指を唇につけ、ニヤリと笑いながら上目遣いで俺に聞く。


「そりゃ、使いたいけど……、なぜ地球を統べるとか言う話になるの?」

「細かい事は考えなくていいわ、私が誠さんに奇跡の使い方を教えるから、私の言うとおりに地球を管理して」

「いやいや、地球の管理者アドミニストレーターはクリスだろ、なんで俺がやるの?」


すると、由香ちゃんは一瞬つまらなそうな表情を浮かべ、急にハグをしてきた。そして豊満な胸を押し付けながら、耳元で甘い声で囁く。


「由香のお願い……、聞けないの?」


俺は由香ちゃんの温かな甘い香りに包まれながら、どう答えたらいいのか固まってしまった。


「由香が誠さんを支えるわ、だから管理者アドミニストレーターになってね」

そう言って由香ちゃんは俺の頬にキスをした。


ここにきて、俺は打ち消しがたい違和感に困惑した。


この娘は由香ちゃんだ、間違いない。この甘い匂いはさっき江の島でキスをした時の由香ちゃんそのもの……、本人に間違いない。


しかし……


言ってる事が滅茶苦茶だ。由香ちゃんはこんなこと絶対に言わない。


俺は由香ちゃんを引き離し、可愛いブラウンの目をじっと見つめた。

すると、由香ちゃんは不機嫌そうに俺の目を見つめ返して言う。


「誠さん、何が不満なの? 管理者アドミニストレーターになれば富も権力も思うがままよ。私、そういう人の彼女になりたいの……」


一体どうしてしまったのだろうか? こんなこと言う娘じゃ無かったのに……。

俺は手掛かりを探すべく、シアンについて聞いてみる。


「そんな事より、まず、シアンを何とかする事が先だろ?」

「あぁ、あいつね。大丈夫、二人で叩けば余裕で殺せるわ」

そう言って由香ちゃんはニヤッと笑った。


俺は確信した。違う、こいつは由香ちゃんじゃない……。

由香ちゃんにとってシアンは、例えグレても大切な自分の子供。殺すなんてことは絶対に考えるはずが無いのだ。


俺はそっと彼女から離れ、低い声で言った。


「お前は誰だ?」


「何を言うの? 私は由香よ、どうしちゃったの?」

彼女は可愛い目を大きく見開いて必死にアピールする。しかし、どんなに愛しい可愛い娘でも中身は得体の知れない怪しい奴だ。


「由香ちゃんはそんな事、絶対言わないんだよ。由香ちゃんの体使って、お前何を企んでいるんだ?」

俺は彼女を睨みつけながらゆっくりと言った。


すると彼女は、つまらなそうな顔になり、ため息を一つついて言った。


「ふん! やはりダメじゃったか」

そして、糸の切れた操り人形の様にその場に倒れこんだ。


「由香ちゃん!」

俺が急いで彼女に近づこうとしたその時、彼女の背中からニュルニュルっと黒い影が生えてきた。


「うわぁぁぁ」

あまりの禍々しさに、俺は鳥肌が立ち、思わず飛び退いた。

グニャグニャとうねりながら大きく伸びていくその姿は、まるでホラー映画に出てくる『りついていた悪霊』である。


俺があまりの異様さにおののいていると、影は徐々に形を取り始め、最後は小柄な男となって、倒れている由香ちゃんの隣に立った。

それはハンチング帽をかぶり、中世ヨーロッパ風のちょっと変わった服を着た、薄気味悪いにやけ顔をした男だった。


「やぁ、誠君。さすがじゃな。よく見破ったのう。わしの名はタンムズ、クリスの友人じゃよ」

タンムズはニヤニヤ笑いながら言った。


「由香ちゃんから離れろ!」

俺はタンムズを追い払うと、倒れている由香ちゃんをゆっくりと抱き起し、愛しい頬をそっと撫でた。

そう、本物の由香ちゃんがあんなこと言うはずないのだ。


そして、

「由香ちゃん、由香ちゃん、起きて」

そう言って身体をゆすった。


「う、うぅーん……」

由香ちゃんがゆっくりと目を開く。

良かった……、愛しい俺の由香ちゃんが戻ってきた。


「由香ちゃん、大丈夫?」

俺が声をかけると……


「ま、誠さん……。あれ? ここはどこ?」

そう言って辺りを見回した。


すると、タンムズはいきなりライトニングを放った。


Clapパン! Kaboomズン


洞窟の奥で爆発し、爆音が耳をつんざく。


由香ちゃんは真っ青な顔で俺にしがみつく。

俺は極めてヤバい事態に追い込まれていることを改めて感じ、息苦しさを覚えた。


「ワシを無視しないでくれんかのう」

タンムズは憮然とした表情で言う。


俺はタンムズを睨んで言った。

「俺を管理者アドミニストレーターにしたいって話ですか?」


タンムズはニヤッと笑う。

「クリスがやっていたことを、引き継いでくれるだけでいいんじゃ。君だって奇跡は使いたいじゃろ?」

「それは……使いたいですが……、管理者アドミニストレーターはクリスが適任だと思います」

「いやいや、ワシは君の方が適任じゃと思うがの。シンギュラリティを起こした地球人じゃったら資格も十分にあるぞ、クフフフ」

そう言って厭らしく笑った。


俺が管理者アドミニストレーターになる、それ自体は夢のような話だ。しかし、そんなうまい話、ある訳がない。きっと裏があるに違いないのだ。


「何が目的ですか?」

俺はなるべく平静を保ちながら聞いた。


「クリスの地球は堅苦しくてイカン。もっと緩い世界でいいはずじゃ。誠君がそういった暮らしやすい地球を作ってくれれば十分じゃよ」

タンムズはニヤニヤしながらそう言った。


これはどういった意味だろうか……。


俺はタンムズをじっと睨んだ。

この風貌……この厭らしい口調……、どこかで会った覚えがある……。


俺は腕を組んで目を瞑った。

クリスの友人と言ってたから、クリス周りで会ったはずだ……。


その瞬間、俺は全てを思い出した。

そう、俺はタンムズに操られて、クリスに毒を盛ったのだった。


「思い出したぞ! お前、俺を使ってクリスを殺そうとした奴だな!」

「ようやく思い出したか、失敗しやがって。あの後大変じゃったんじゃぞ」

タンムズは悪びれる事も無く、不機嫌にそう言い放つ。

要はクリスが邪魔なのだ。俺を使って、クリスのいない地球を作ろうとしているって事だ。


「残念ながら協力はできません」

俺は断固とした口調でそう言った。


タンムズは無表情のまま、ライトニングを軽く俺の足元に放った。


Bangバン


「うわぁぁ!」

思わず尻餅をしてしまう俺。

由香ちゃんは駆け寄ってきて無言で俺を支える。


「勘違いせんでくれんかのう……これはお願いじゃない、命令じゃよ」

タンムズは高圧的に、俺を嘲笑いながらそう言った。


なるほど、こうやって俺を操ってクリスのいない地球を確保し、自分は伸び伸びと地球生活を謳歌するつもりなのだろう。

しかし、こちらは丸腰だ。由香ちゃんもいる。下手なことはできない。


「断ったら……どうするんですか?」

「いう事聞かんなら殺すまでだ。代わりにあの別嬪さんにやってもらえばいいだけじゃ」


「殺す!?」


俺は絶望した。こちらに選択肢などない。


いう事を聞く中で何とか解決策を探していくしかなさそうだ。

由香ちゃんが、俺の腕をギュッとつかんで震えている。


俺はゆっくりと立ち上がり、由香ちゃんの手をしっかりと握りながら言った。


「分かりました。私は……何をすればいいですか?」


男はニヤッと笑うと、

「よろしい! 誠君には帝国を築いてもらおう。手始めに、世界中の軍事基地を全部破壊してくれんかの」

「え!? そんな事したら多くの人が死にますよ?」

「お前は馬鹿か! 軍人など全員殺すんじゃ!」


俺は絶句した。

タンムズはダメだ。とてもついていけない。


すると、タンムズは呆れたような顔をして言った。

「おぬしは何もわかっとらんな。いいか、人類に必要なのは狂気じゃ! 殺し、殺される狂気の中で文明・文化の発展が進んできたのじゃ! 火薬だって鉄器だってそれこそコンピューターやインターネットだって戦争の狂気の中で生まれたんじゃぞ!」


確かにそうだ。人類の歴史は戦争の歴史、激しく殺し合うから人は必死に活路を求め、発展してきたのだ。しかし、そういう野蛮な時代を終わらせる時期だと俺は考えている。


「おっしゃる通りですが、そろそろ人類は次のフェーズに……」

「バカモーン! お前もクリスと一緒じゃな、平和ボケした連中沢山生み出してどうるんじゃ? 人類の歴史ってのは殺し殺され、犯し犯されじゃ! それで文明・文化をどんどん発展させるんじゃ!」


狂ってる。個々の幸せを顧みないやり方など容認できない。


「面白い考えだと思いますが……、人を殺すようなやり方は納得できません」


すると、タンムズは凄んだ。


「おぬし……、わしに意見する気か?」

「自分が納得できない事はできません」


すると、タンムズは無表情のままライトニングを次々と洞窟に放ち始めた。


Bangバン! Bangバン! Bangバン! Bangバン! Bangバン


「うわぁぁ!」

「キャ――――!」

由香ちゃんは俺にしがみついた。


洞窟の壁面が次々と破砕され小石がパラパラと飛んでくる。


タンムズは厭らしく笑いながら、俺たちが落ち着くのを待って言った。

「誠君、おぬしは『はい』とだけ言え!」


俺は渋い顔をしながら答える。

「は、はい……」


「奇跡を使えるようにしてやるって言っとるのに、その不満顔は何じゃ!」

「だ、大丈夫です、タンムズ様に全て従います!」

俺は必死に取り繕った。

しかし、不満はどうしても隠しきれない。


「『大丈夫』とは何じゃ!」

タンムズには癪に障ってしまう。言葉は恐ろしい。


タンムズはおびえる由香ちゃんの方を見て言った。

「お前……、よく見たら可愛いな……。よし、この女を犯して誰が主人か分からせてやる……」

「ええっ!?」

「誠、お前はここから動くな、動いたら殺すからな!」


そう言うと、タンムズはステッキをくるりと回した。

すると由香ちゃんの身体がフワッと空中に舞い上がり、由香ちゃんが叫ぶ。


「キャ――――! 誠さーん!!」


タンムズは少し歩くと、そばに降ろした由香ちゃんをステッキで軽くはたく。

パンと破裂音がして由香ちゃんの衣服がビリビリに破けた。


「きゃぁ!!」


破けた服の隙間から、白く透き通った由香ちゃんの肌がのぞく。


「クフフフ、エロいのう。よし、こっちにこい!」

タンムズは由香ちゃんの髪を無造作につかむと、洞窟の壁の方に引きずり、手をつかせた。

「やめて――――!!」

「ええ身体しとるのう。クフフフ」

タンムズは由香ちゃんの白いお尻をパンパンと叩くと、鼻の下を伸ばし、下品に笑った。


「いやぁぁ! 誠さーん!!」


泣き叫ぶ由香ちゃんの悲痛な声に、俺はいたたまれなくなって唇をかんだ。血の味が口中に広がる。


「いいか、誠! お前の女が凌辱されるのをよく見ておくんじゃ。自分の無力さをかみしめろ!」


「いや――――!! やめてよ――――!!」

由香ちゃんは逃げようとしているようだが、洞窟の壁についた手が剥がれないらしく、泣き叫ぶばかりだった。


「誠! そこでこの女がヒイヒィよがるのをしっかり見てろよ! 少しでも目をそらしたら殺すからな! クフフフ」

タンムズはズボンのチャックを下ろしながら、厭らしい笑いを浮かべて言った。


俺は決めた。どんなに命の危険があろうが由香ちゃんをけがさせる訳にはいかない。無駄かもしれないが、何もせずにただ悲劇を見てるだけのような生き方を、俺は絶対選ばない。


タンムズが由香ちゃんの方を向いた。


『GO!』


俺はありったけの気合を全身に叩き込み、全身全霊を込めてダッシュした。

アドレナリンがみなぎる筋肉は奇跡的な加速を生み出す。


タンムズがこちらを向くと同時に、俺は低い姿勢でタンムズの腰に肩を入れ、吹き飛ばした。


Thumpドン


「ぐわぁぁ!」


不意を突かれたタンムズは無様にゴロゴロと転がる。


俺は、タンムズの胸ポケットからステッキを奪い取り、次に思いっきり蹴りを入れた……が、目に見えないシールドに『ガン』と阻まれ、逆に俺がバランスを崩して転がった。


タンムズは起き上がると、烈火のごとく怒った。


れ者が!」


そして、急いで起き上がる俺に向け、空中に張り手をかます。すると、衝撃波が俺の胸を打ち、俺は吹き飛ばされた。


「ぐぉっ!」


そう呻いて転がる俺。弾みで俺はステッキを手離してしまう。


ステッキはコンコンと弾んで壁に当たり、跳ね返ってコロコロと転がった。


「あぁ! 誠さん!」

タックルのおかげで呪縛を逃れた由香ちゃんは、豊満な裸体を隠そうともせず必死にステッキに向かって駆ける。

しかし、タンムズは超能力のような力でステッキを空中に飛ばす。


ステッキに向かってジャンプする由香ちゃんだったが、あと少し届かず、ステッキはタンムズの手へと収まってしまった。


タンムズは鋭い眼光を光らせ、転がる俺を見下しながら言った。

「誠! お前は失格じゃ。女はお前を殺してからゆっくりと犯してやる」


タンムズはステッキを俺の方に向け、呪文を呟いた。


逃げようと思ったが、吹き飛ばされた時にひざをやってしまって力が入らない。

もうダメだ! そう思った瞬間、由香ちゃんが俺に覆いかぶさってきた。


「ダメ! 誠さぁん!!」


Clapパン! Kaboomズン


鈍い衝撃が走り、俺は温かい液体を浴びた……。


目を開けると、白い腕が目の前にゴロリと転がり、由香ちゃんの身体がずっしりと俺の上にのしかかってきた。


「ゆ、由香ちゃん!?」


身体を少し持ち上げてみると、由香ちゃんは光を失った目を半開きにし、口から血を流していた。

よく見ると上半身が半分吹き飛んでいた。


浴びた液体は由香ちゃんの血だったのだ。


「うわおわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

俺は半狂乱になって、温かい血を吹き出している由香ちゃんを抱きしめた。

しかし、命の失われた身体はただの肉の塊と化し、首はただブラブラと砂袋のように揺れるばかりだった。


なぜ、こんな事になってるんだ、一体何なんだこれは?


「ぐおぉぉぉぉ!」

のどを引き裂く慟哭どうこくが奥底から噴き出してくる。俺の最愛の人が壊されて肉塊になってしまった。


あの優しい笑顔、照れたしぐさ、俺の宝物はもう二度と見られない。戻ってこない。そんなバカな事ってあるのだろうか?


俺はタンムズを睨んで叫んだ。


「今すぐ治せ! ふざけんな!」

俺はあらん限りの声を出して喚いた。


「何で殺すんだよ!!!」


しかし、タンムズはつまらなそうに言う。


「馬鹿な女じゃ。あーあ」


そしてステッキを再度振り、俺に向けて呪文を唱えた。


Clapパン! Kaboomズン


俺は激しい衝撃を全身に浴び、バラバラになって吹き飛ぶ。

全身に燃えるような熱を感じながら、スローモーションのようにゴロゴロと視界の景色が回る。


『え? これで人生終わり……?』


激しい耳鳴りが『キ――――ン』と俺の脳髄をつんざく。


クリスに会って、美奈ちゃんに会って、会社作って、仲間集めて、由香ちゃんと出会って、シアン育てて……。


あぁ……、失敗したんだな。



俺の人生……失敗……しちゃった……。



視界が真っ白になって意識が遠ざかっていく。

キラキラとスパークする光の粒子が俺を包んでいく……。


『由香ちゃん……、ゴメン……』



俺は眩しい光に包まれて、この世とのお別れが来たことを本能的に理解した。


俺は黄金の光にゆっくりと溶けていく。



上半身がちぎれ飛んだ俺の遺体からは、おびただしい血が流れていく……








6-2.大いなる意識


とある部屋でスマートホンが鳴った……。


「はい、俺だ……、どうした?」

ソファーで寝転がっていた男は、けだるそうに応える。


「殿下、お休みのところ申し訳ありません。誠と由香が殺害されました」

執事の生真面目そうな声が、悲劇を淡々と伝える。

男は額にしわを寄せ、急いで起き上がりながら言う。


「一体誰に? 詳細を教えろ」

「犯人は殿下もご存じのあの男です。クリスを探しに行く途中にやられました」


男は大きく息を吐き、頭をわしゃわしゃとむしりながら顔をゆがめた。


執事は続ける。

「詳細はお送りしてあります」


男は指先をクルっと回して3Dモニタを展開し、送られてきた殺害現場を映し出した。そこには無残に散らばる2体の血まみれの遺体が浮かんでいる。


男は目を瞑ると、首を軽く振って言った。


「オプションを出せ」

「はっ、積極的介入か、傍観のどちらかです。削除はまだ尚早かと」

「お前のお勧めは?」

「傍観です。Vが介入する可能性が高いので、Vに任せてはいかがでしょうか? Vが動かなければ、その時に介入か削除かを選ぶと良いかと」


男は再度チラッと遺体を見て目を瞑り、もう一度大きく息を吐いて言った。


「分かった。その案で行こう」

「ハッ!」


男は電話を切ると、またソファーに横たわった。


予想もしなかった展開に色々な思いが頭を渦巻く。


『Vなら何とかしてくれるはず……』


そうは思うものの、Vが動かなかったとしたらややこしい事になってしまう。

介入するといっても、Vが動かないのに介入する事には異論が出るだろう。


とは言え、こんな中途半端な終わり方なら祭りは中止だ。この地球も消す以外しょうがない。

男が残そうと意見しても通らないだろう。腐った果実は切り捨てるしかないのだ。


男は今までの地球での日々を想い、大きくため息をついた。





にぎやかな学生たちの、はしゃぐ声が聞こえる……

目を開けると……ここは教室?

俺は懐かしい、古ぼけた木製の机の席に座っていた。


見回すと……モスグリーンの古ぼけた窓枠に、異常に大きな黒板……ここは確かに見覚えのある教室だ。

休み時間ではしゃぐ学友たち……あれ? 俺は高校生なんだっけ?

考えが定まらず、ボーっとしてると一人の綺麗な女子が近づいてきて、俺の目をじっと見る。見覚えのある琥珀色の奇麗な瞳だ。


俺はちょっとドキドキして、

「ど、どうしたの?」と、声をかける。


すると、彼女はニコッと笑い、安心したように去っていった。何だろう? 俺、何か変かな?


彼女と入れ替わりに教室に入ってきた女子が、入り口で何か叫んでいる。どうも俺に何かを叫んでいる。なんて叫んでいるんだろう……良く聞こえない……。

目を凝らすと、それはブラウンの瞳に黒髪……俺が大好きな娘、愛しい、大切な人じゃないか!

高鳴る気持ちで、俺は彼女に声をかけようとした……が、名前が思い出せない。


え? あれ?


喉まで出かかっているのだが……出てこない……。


なぜ大切な人の名前が出てこないんだ? え? なんで?

焦って流れる冷や汗……


落ち着け! 落ち着け!、俺は必死に気持ちを落ち着かせ、記憶を手繰る……


「ゆ? ゆ、ゆ?」


そうだ!


「由香ちゃん!」


俺は大声で叫び、その声で目を覚ました。


目を開けると、ヘッドライトが照らす、黒っぽい岩の壁が見えた。


心臓がドクドクと激しく鼓動を打つ。

あ……夢……だったか。


……。


あれ? 生きてる……。


確か、俺はタンムズのライトニングをまともに食らい、吹き飛ばされて即死だったはず……。


「そうだ! 由香ちゃん! 由香ちゃんはどうなった?」

俺は必死に洞窟内を探してみる。


しかし……何もない。


由香ちゃんが多量に血を流していたはずの場所に行ってみても……、何もない。血痕一つない。ふき取ったとかそういうレベルじゃない。そこは長い間誰も触っていない質感をたたえたまま存在していた。つまり、由香ちゃんは殺されていない。


「夢……だったのか?」


いや、あんなリアルな夢があるわけがない。俺はパンパンと両手で自分の頬を叩いてみる。これは現実、しかし、殺されたのも現実、俺はキツネにつままれたような不思議な感覚でしばらく呆然としていた。


真っ暗な洞窟には静寂だけが広がっている。


由香ちゃんやタンムズがまた出てくるのではないかと、しばらく待ってみたが、現れない。


殺された俺に、生きてる俺、殺されたはずだけど消えた由香ちゃん。そして禍々しいタンムズ。俺は何が何だか分からなくなり、途方に暮れた。


思えばタンムズは、昔、クリスに滅ぼされた悪魔の残渣ざんさではないだろうか? 悪魔というと語弊があるが、クリスと反目した管理者アドミニストレーター権限を持った、丁度シアンの様な存在が以前にいたのではないだろうか。そして、見つからないような所に身を潜め、クリスが倒れたのを見て出てきたのだ。クリスのいない地球は奴にとっては好都合。だから俺に管理者アドミニストレーターをやらせてこの状況を維持しようと企んだのだろう。


同様に、きっとシアンを倒しても、どこかに潜んでいる分身が復活する可能性を0には出来ないだろう。クリスが目を光らせているうちは静かかもしれないが、倒れたらどこかから出てくるに違いない。地球くらい巨大なシステムになると、パーフェクトな運用は難しいという事だろう。





しばらく由香ちゃんの事を想っていた。優しい笑顔に、俺を呼ぶ可愛い声、愛しい瞳……そして無残に転がった白い腕に、噴き出す温かい血液……。


ブルブルっと俺の身体が震える。愛しい人の死なんてトラウマになるには十分だ。俺はゆっくりと深呼吸をして何とか心を落ち着ける。俺が無事だという事は彼女も無事だろう、と一生懸命自分に言い聞かす……が、どうしても落ち着かない。


早くクリスに会って由香ちゃんの無事を確かめないと。


俺の思考は海王星ネプチューンにあるコンピューターが制御している。そしてそこにはクリスが居る。

きっとクリスは、ヒントを俺の思考に送っているはずだ。


俺は目を瞑り、大きく深呼吸をしながら解決策を探した。


意識の、低いレイヤーである所の深層心理に集中すれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。


深層心理にアクセスするなら瞑想だが……俺はやった事がない。今思えばやっておけば良かった。

でも、ネットで何度か見たから、一応やり方だけは覚えている。


俺は手近な岩の、平らになっている所に座り、目を瞑った。

そしてゆっくりと深呼吸をしてみる。


瞑想には深呼吸が基本らしい。


深呼吸を繰り返していると、色々な事が思い起こされてくる。

倒れたクリスにラピ〇タの爆撃、由香ちゃんとのキス、破れた衣服からのぞいたしなやかな裸体、そして光を失った由香ちゃんの瞳……。


ダメだ!


俺は大きく深呼吸を繰り返し、トラウマに陥りかける俺の心を必死に立て直した。


『大丈夫! 由香ちゃんは生きている。その証拠に血痕も何もなかったよね?』


俺はゆっくり自分に言い聞かせる。


さっき体験したばかりの、心を引き裂いたおぞましい悲劇、それを忘れろと言うのはさすがに無理がある。でも、ここは仮想現実空間、何があってもおかしくない世界。俺がしっかりとさえしていれば、きっとまた愛しい由香ちゃんの笑顔に出会えるはずだ。今はただ、信じる力で乗り切っていくしかない。


『由香ちゃん、待っててね』

俺はそうつぶやくと、再度瞑想に入った。


しかし、雑念は次から次へを湧いてくる。

自分がいかに雑念の中で暮らしているかが明らかになってしまって、少し呆れてしまった。

でも、こういうのは抗わない方がいいと、どこかで読んだのを思い出した。

達観し、そう言う雑念もあるよね、と、思考を横に流していくと良いらしい。


俺は再度深呼吸を繰り返す。


雑念が浮かんでは流し、浮かんでは流しを繰り返していくうちに、自分自身が深い所へ落ちていく感覚を覚えた。


身体がふわふわしてきた。そして下に落ちて行く感じがする。


どんどん、どんどん落ちていく……


緩やかなフリーフォールの様にすーっと落ちて行く……


すると、自分が大いなる意識に繋がっている事に気が付いた。


全人類が繋がっている大いなる意識、人々の心のざわめきがさざ波の様に漂っている。

俺はしばらくざわめきを感じていた……。


なるほど、これが瞑想なのか……心地よい。


あれ? ここはさっき死んだときに来たような気がする……

死後の世界と瞑想の先は同じ……なのか?


だが、頭がうまく働かない。


大いなる意識に抱かれ、俺は時間を忘れてそのさざ波の中を漂っていた。


温かい、胎児の頃に羊水に浮かんでいた時のような、圧倒的な安心感、心地よさ……。


人間とはこういう生き物だったか。人間の究極の在り方がここにあったのだ。


と、すると、急に俺の意識の中に何かが流れ込んできた。


「まこちゃん、久しぶりだねぇ」


この声は……ばぁちゃん!


3年ほど前に亡くなった、俺のおばぁちゃんだ!


「ば、ばぁちゃん……だよね?」

「ふふ、思い出したかい? 立派になったねぇ」

「立派だなんて……今回凄いポカやっちゃって、みんなに迷惑かけちゃった……ばぁちゃんとの約束もまだ果たせてないんだ……」

「約束なんていいんだよ、それにここまで来たらもう大丈夫だよ……」


大丈夫? ばぁちゃんはそう言うけど、俺にはさっぱりだ。


「ここはどこなの?」

「おや、まだ分からないのかい? ここは魂の故郷だよ。生きとし生けるもの、すべての魂がここにあるんだよ」

「魂の故郷……」

「まこちゃんの魂もここで生まれ、今もここにつながり、死んだらここで漂うんだよ」

「え? この洞窟で!?」

「ははは、この洞窟のちょっと行ったところだよ、すぐに思い出すわよ」


やはりここは死んだときに来たところだったのだ。しかも生まれる前も、生きてる時もずっと繋がっているらしい。

魂の故郷……。そうであるならば人間の本質はここにあるのではないだろうか?


すると、心の奥底から懐かしいような想いが、湧き上がってきた。


「あ、あ、何となく……思い出しかけてきた……」

「そうそう、よく思い出すんだよ」


頑張って思い出そうとしていると、嫌なことを思い出してしまった。


「ばぁちゃん、実は……一つ謝りたいことがあって……」

「なんだい?」

「俺が高校のころなんだけど……」

「財布の1000円を盗ったことかい?」

「え!? 知ってたの?」

「ははは、まこちゃんの事ならなんだって知ってるわよ」

「ごめんなさい、どうしても欲しいソフトがあって……」

「もういいよ、こうやって謝ってくれたらそれで十分」

「ばぁちゃん……」

俺はつい、涙をこぼしてしまった。


「こんなことで泣くんじゃないよ、ようやく彼女もできたんだし、しっかりおし!」

「え!? 見てたの!?」

「ふふふ、まこちゃんの事は何でもお見通しよ」

「え? そしたら由香ちゃん、今元気かどうかわかる?」

「ん? 元気よ」

「死んだりしてないよね?」

「何言ってんの、無事江の島から帰ってきてるわよ」

「良かったぁ……」

俺は心から安堵した。


理屈は分からないが、俺たちが死んだことはキャンセルされているみたいだ。クリスも死者を蘇らせることは技術的に可能って言ってたし、誰かが救ってくれたようだ。


俺は心がスーッと軽くなっていくのを感じていた。


「マコちゃんもようやく愛の秘密に気づく年頃になったんだねぇ……」

「え? 愛の秘密?」

「なんだい、分かってないのかい、鈍い子だねぇ……まぁええわ。ばぁちゃんはそろそろ行くよ……」

「え、ちょっと待って! もうちょっと教えて!」

美奈ちゃんに言われて分からなかった答えが、まさか、ばぁあちゃんにあったとは!


「……。口づけの前に由香さんと目が合ったろう、その時何か感じなかったかい?」

「なんか、ふわぁっと引き込まれる感じだった……」

「なんだ、分かってるじゃないか……、それじゃぁまたね……」

「ちょっと待って! ばぁちゃん!」


洞窟に響く俺の声……


「あ、あれ?」


叫んで瞑想状態が解けてしまったらしい。

ばぁちゃんの気配は消えてしまった。


引き込まれる感じが『愛の秘密』だって? 一体どういうことだろう?


俺は『愛の秘密』を解いた事になっているが、何が秘密で、何を解いたのだろうか、むしろ謎は深まってしまった。










6-3.煌めきあう存在、人間


おっと、そんなことで悩んでる場合じゃない! クリスに会わなくてはならない。


ばぁちゃんは『思い出せ』って言ってた。ここは俺も知ってるところのはずなのだ……。


今度は座禅のポーズをしっかりとり、再度、深層心理にアプローチする。


雑念を流し、雑念を流し……


ゆっくりと深く深く潜っていく……


PlashポタンPlashポタン


どこか遠くで、微かに水滴が落ちている音がする……


さらに深く、深く、潜っていく……


大いなる意識が徐々に感じられるようになってきた。

俺は魂のさざめきに包まれていく……


前回はここまでだったが、もっと強く感じてみたかった俺は、思い切って大いなる意識の奥へと進んでみた。


大きく息を吸い、ゆーっくりと息を吐いていく……


深く……深ーく……

俺はさらに潜っていく。


すると軽い衝撃を感じ、俺は大いなる意識の奥へと吸い込まれていった。


キラキラとスパークするイメージが、どんどんと流れ込んでくる。

俺の脳髄をえぐる様に、強烈な量の情報が、さらに加速的に流入してくる。


ヤバいと本能的に感じて戻ろうと思ったが、もはや手おくれであった。

俺の意識は情報の奔流に流されて、どんどんと奥へと追いやられた。


意識がどんどん分解されていく……


『うぉぉぉぉ!』


俺の意識の断片は次々と大いなる意識に溶けていき、もはや俺は俺ではなくなった。


俺の意識は全人類の意識つまり地球の意識と同一となった。


数百億の魂のスープ、俺はそれと同一となったのだ。


『お、おぉぉぉ……』


全身を貫く数千年にわたる人類の歴史、数百億もの人々の想い、それらを俺は一身に浴びた。


無限とも言える情報の濁流が俺の全身を貫く……


『ぐぉぉぉ!』


Thudドサッ


俺の体は洞窟の中で倒れて転がった。


もうダメだと思った瞬間、なぜか急にはじき出されてしまったのだ。

あのままだったら、もう二度とこの体に戻れなかっただろう。九死に一生を得たと言えるのかもしれない。


ただ、俺はショックで考えることも動くこともできなくなっていた。

心と身体がバラバラだった。


「おぉぉぉぉ……」


痙攣しながら漏れるうめき声が、洞窟に微かに響く。


まるで泥酔して転がった時の様に、何もできないし何も考えられない。


「うぅぅぅぅ……」


カビ臭い湿った洞窟の床は冷たく硬い。

どれくらい時間がたっただろうか、混乱する意識の中で、誰かが俺を抱き起こしてくれたのを感じた。


「世話が焼けるわねぇ」


そんな声が聞こえたような気がした。


しばらくして、すぅーっと意識が整ってきて、目が覚めた。


はぁ……はぁ……

心臓がバクバクしている。

もっと慎重に行くべきだった……危なかった……


誰かに助けられたはずなんだが、周りに人の気配はない。幻覚かもしれないが確かめようもない。飲み過ぎた時のように目の前がグルグルする。


でも、無理したおかげで、ここの構造は全部分かってしまった。


分かる…… 分かるぞぉ…… そうだよ、そう。


目の前に広がるのは真っ暗な洞窟、でも俺に迷いはもうなかった。


俺は全身に鳥肌が立った。


目を瞑り、大きく深呼吸をし、

フンッ! と全身に気合を入れた。


こっちだ!


俺はまだ半分眩暈めまいを残したまま、緩やかな上り坂を上り始めた。真っ暗闇の洞窟をヘッドライトで照らしながら、ゆっくりとそれでも確実に一歩一歩上っていく。


しばらく上っていくと分かれ道があるが、それは左である。

そして次は右下、その次は左上。俺は分岐を迷う事なく前進した。


だんだん、気分が高揚してきた。この先にアレがある。

俺はどんどん足が速くなる。


そして、洞窟の先に明かりを見つけた。


あそこだ、近いぞ!


周りの空気も甘い爽やかな香りに満ちてきて、アレが近い事を感じさせる。

気づくと俺は全力で駆けていた。


最後の角を曲がると……そこには巨大な空洞が広がっていた。

直径50mはあろうかという巨大な地下空間の上部に出たのだ。


あった!


はぁはぁと息を切らしながら空洞を見下ろすと、まばゆい光の洪水が渦巻いていた。


「うわっ!」


俺はまぶしくて目がくらんだ。ずっと暗闇にいたから光は厳しい。

改めて薄目で少しずつ覗いていく――――


徐々に目が慣れてくると、そこには幽玄な光を放つ、神々しい巨大な花が浮かび上がってきた。


「おぉぉぉ……」


俺は、その圧倒的な存在感に激しく鳥肌が立った。


それは空洞の床いっぱいに広がる、巨大なトケイソウの花のような構造物だった。

花の中心は数十本の柱が絡み合いながら上部に伸び、その中にはまぶしく光を放つ珠が一つある。

花は光をまとい、鼓動に合わせてそれぞれゆっくりと蠢き、蠢くたびに珠からの光が揺れ、辺りを幻惑的な雰囲気にしている。


また、無数の金色の光の粒子が花吹雪の様に空洞を舞い、神聖な力を周りに放っていた。

花のあちこちからは歓声のような声がこぼれ、空洞全体にこだましている。


「そう……これ……これだったよ……ばぁちゃん……」


俺の頬を涙が伝った――――


心の奥底がこの花と共鳴し、温かい懐かしさと、聖なるものへの畏怖でいっぱいとなり、とめどなく涙があふれてきた。


これこそが全ての生き物の魂が集う所、マインド・カーネル。今、俺は100億を超える全人類の魂に対峙しているのだ。


俺は涙で滲む視界越しの煌めきに、いつまでも魅せられていた。


蛍のように舞う光の粒子が、じゃれつくように俺の周りにも集まってくる。懐かしい、温かい明かりだ。


そう、俺の魂もここで生まれ、ずっとここで息づいていたのだ。


もちろん、俺の失踪した母親も、顔も知らない父親も、友達もみんなここにいる。

さらに言うならすでに死んでしまったばぁちゃんも、猫のミィもみんなここにいる。


そう、みんなここにいるんだ!


花びら全体にチラチラと輝く、細かな光の粒子一つ一つが人々の想いの煌めきであり、命の輝きなのだ。

それは愛であり、喜びでありまた、憎しみであり、悲しみなのだろう。

それぞれの複雑な輝きがハーモニーとして花全体を彩り、人類の意味や価値を形作っている。


身体なんて仮想現実のハリボテで構わなかったのだ、この煌めきさえあれば後はなんだっていい。


人間は『煌めきあう存在』……


俺は初めて人間とは何かを理解できた。





6-4.パパをなめんなよ



そうだ、いつまでも見惚れている訳にも行かない。クリスに会わないと。

俺は涙をぬぐうと、岩壁を降りていった。


マインド・カーネルの花びらから伸びている微細な網が、岩壁の方まできているので、それらを傷つけないように、慎重に足場を選びながら床に降りた。


煌めく花弁はまるで巨大なテントの様にフロアを覆っている。


花びらの下に潜ってマインド・カーネルを見ると、表面には微細な光の点がいろいろな色を放ちながら緻密にびっしりと表面を覆い、そのすぐ下に毛細血管の様にびっしりと張り巡らされた繊維が、細かく振動している事が分かる。

ここの光の粒一つ一つが、人間一人一人の思いを紡いでいるのかと思うと実に感慨深い。


ちなみに俺の魂はどこにあるのだろうか……


俺は自分の深層心理にアクセスし、在りかを探した。導かれるままにずーっと歩いて行くと……あった!

大きな花びらの下で、さまざまな色で瞬くたくさんの光の粒の中に、黄金色に光る点があった。


これだ!


俺の呼吸に合わせて、光が強くなったり弱くなったりしている。間違いない。

俺は手のひらをかざし、目を瞑った。


これが俺……

ここが俺の故郷だ……

俺は自分の本体に戻ってきたのだ……


心が温かいもので満たされていくのを感じた。



では、由香ちゃんはどれだろう?

この巨大な花の中に由香ちゃんもいるに違いない。

百数十億の細胞の中から見つけ出してみよう。


俺はまた目を瞑って深呼吸して、由香ちゃんの事を強く思った。


あれ?

俺の深層心理が指し示したのは、俺の直ぐそばにある青く光る点だった。


こんな50mの巨大な花の中で、すぐ隣とはどういう事だろうか?

青い点はゆっくりと明滅をしてる、なんだか由香ちゃんの不安が伝わってくるようだ。


俺は青い点を人差し指でそっと撫で、由香ちゃんの事を想った。


自分の命を投げ出してまで俺をかばってくれた最高のバディ、愛しい人、由香ちゃん……。

シアンを一緒に育てた日々の楽しかった事、大変だった事……そして熱いキスの感触……。

すると心の奥底から、とても温かいものがこみ上げてきた。


由香ちゃん……


どこからともなく、甘く優しい由香ちゃんの匂いがしてくる。

そう、この香り……、由香ちゃんがすぐそこに感じられる……。


俺は由香ちゃんの匂いに包まれながら、会いたい衝動に駆られた。


指を離すと青かった点はピンク色に輝いていた。由香ちゃんにも俺の想いは伝わったみたいだ。

よし! 早く帰るぞ!


「待っててね!」


そう言ってクリスへの道探しに戻った。





さて、確かこの辺りに扉があるはずだ……。


空洞の奥には通路があり、人が歩けるようになっている。

通路を奥まで行くと扉があった。

飛行機のドアのような構造になっている。


50cmはあろうかという大きな取っ手を、90度ほど回すと、バシュッっと音がしてドアが少し開いた。

ゆっくりと押してみると、ドアはギギギギという音をたてて開いた。

外を覗くと……雲海である。

ふかふかの雲が足元に広がっていて、燦燦さんさんと陽がさしている。


さて……、これはどうしたらいいのか?


顔を出して周りを見ると手前側も雲海である。つまり、このドアは空間の裂け目で、遥か彼方、どこか分からないところと繋がっているようだ。


と、なると、ここを出てしまうと二度と戻れなさそうだ。


「ダメだ、外れだ」


俺はドアを閉め直し、他を探す。


隣の通路を行くとまたドアがあった。


「今度こそ!」


俺は力を込めてドアを開けた……が、真っ暗。俺は慌ててドアを閉めた。

虚無である。虚無に繋がってしまった。


ただ暗い所とか、夜空とかそういうもんじゃない。

本能が『ダメ!』と警報を鳴らすタイプの、ヤバい闇が広がっていた。

魂が浸食され、喰い荒らされていく様な闇の力を感じる。


以前、修一郎がお仕置きで突っ込まれていたのがここに違いない。今わかった、凄い同情する。

思い出すだけで冷や汗が出る。


次にドアを開ける時は慎重になろう。



ここもダメだとすると、どこだろう。

おかしいな、この辺のはずなんだが……。


そう思って歩きながら壁をじっくりと見てみると……不自然に盛り上がっているところを発見した。

叩いてみるとボンボンと鈍い音がする。他の壁はコンコンという音がするので、やはり何か変だ。

俺はマイナスドライバーを取り出して、盛り上がってる辺りに軽くガッと刺してみた。

そうすると凹むので、今度は力任せに何度か叩いてみる。


Bangガン! Bangガン! Bangガン! Powボコッ


貫通した。

材質は分からないが、どうもベニヤ板っぽい薄い板を、かぶせてあるようだ。

力任せに引っぺがしてみると、ベリベリと音を立てて板全体が剥がれ、中からドアが現れた。


なぜこんな隠しドアになっているのか?

不審に思ってドアをよく見ると、ドアのノブに白い蜘蛛の巣のような網が巻き付いている。

まるで開けられたら困るから封印したかのようだ。動かそうとしたがビクともしない。


このドアを開けるという事は地球の中枢が外界、多分ジグラートに通じるという事、ジグラートにはクリスが居る。このドアを開けられて困るのは、シアンかタンムズだが……。


よく見ると、巻きついている網の糸の編み方が、シアンと二人でお絵描きしていた時に教えた、蜘蛛の巣の描き方そのものだった。

俺が教えた蜘蛛の巣で、シアンは俺を妨害している。立派になったなあと思いつつも、しつけが足りなかったようだ。やり直してやる!


つまり、シアンがクリスを地球から追い出し、自分が地球を独占するためにここを封鎖し、念のためにドアを隠したのだ。

このドアを開ければクリスが待っているに違いない。


俺はドアノブに巻き付いている網をじっくりと見た。

マイナスドライバーで一部を引っ掻いてみたがビクともしない。全身の力を細い糸一本にかけてみたが1mmも動かない。

ドア本体に思いっきりドライバーを叩きつけてみたが傷一つつかない。

なるほど、シアンも馬鹿じゃないようだ。


俺はしばらく考えてみたが、ちょっとこのノブを動かすのは現実的ではない。あきらめた。

しかし、おれはエンジニアだ、パパをなめんなよ! シアン!


俺は雲海の所のドアに行き、ドアを開けてその構造を子細に観察した。

ドアには蝶番ちょうつがいがあり、外界と遮断するためのシール材があり、ドアの構造材がある。

今回、目指すべきはドアを開ける事ではない。

ドアが遮断している外界との接点を開放してやればいい。

どこか一カ所でも、ほんの0.1mmでも隙間ができれば地球とジグラートは回路が開き、クリスが地球に干渉できるようになるはずだ。

ドアの構造材はドライバーではビクともしないので、狙うべきはドア周りのゴム状のシール材。ここにドライバーが通る方法を探せばいい。


一つ一つ丁寧にドアの構造を見ていくと、一か所ドアから壁にケーブルを通す所があって、その裏側に隙間があるのを見つけた。


ココだよ!ココ!


俺は急いで閉ざされたドアに戻り、その構造を観察する。

ドアは全く同じ構造をしており、ケーブルを通す場所も同じ所にあった。

先ほどの構造であればこの角度でドライバーを入れればシール材に届くはず。

俺はその角度にドライバーをセットし、思いっきり掌で叩き込んだ。


BSHUブシュ


ドアの奥から音がした。やったか!?


しばらく様子を見てると、次の瞬間


BANGガン


と大きな音がしてドアが吹き飛んだ。









6-5.壮大な青い惑星


ドアの向こうからの眩しい光に、思わず顔を覆ってしまったが、懐かしい声がした。


「…。誠よ、ありがとう」


クリスだ!

「クリスー!」

俺は思わずクリスに飛びついてハグをした。

ついに、ようやく、俺は成し遂げたのだ!


ここに来るまで、何度死を覚悟しただろうか……、実際一回は死んでしまっているし……。


思わず目頭が熱くなる。


クリスはポンポンと俺の背中をたたき、気持ちを受け取ってくれた。


「…。誠よ、ちょっと待ってくれ」


クリスは俺から離れると、目を瞑ってドアの開いた所に手をかざした。

すると、すうっとドアの空間の裂け目が消えた。


「シアンがバカな事やってるんだ、すぐに止めないと!」

俺が焦って言うと、


「…。大丈夫、すでに対応した。地球の管理者アドミニストレーター権限はすでに取り戻したのでもう大丈夫」


クリスが笑顔で言う。


「あ、そうなんだ……良かったぁ……」


大丈夫と言ってくれて、俺は全身の力が抜けていくのを感じる。



「…。誠がドアをこじ開けてくれたので、そこから新たな回路を形成する事ができた。その回路からハックして権限を回復できたんだよ」


「お、俺の努力が役に立ったんだ!」

「…。怖い思いをさせてすまなかった。それと、由香ちゃんは無事に田町に戻れた。安心していい」

「おぉ、由香ちゃん! 由香ちゃん今何やってるの?」

「…。田町のオフィスにいる。ただ、今はシステムを止めてるので、地球時間は止まったままだ。準備ができたら一緒に行こう」

「止まってる……そうか、シアンが何やってたか分からないからな。止めて全部検証しないとだね」

「…。シアンはマインド・カーネルから外れちゃったので、サイコパス状態にある。あれじゃ地球の管理は無理だ」


なるほど、シアンが突然豹変したのはそれが原因だったのか。

ひきつけを起こす前のシアンはマインド・カーネルに繋がっていたから優しく、思いやりがあり、可愛かったのだ。

それが赤ちゃんの身体を抜け出したことでマインド・カーネルとの連携が切れ、サイコパス化し、粗暴で深みのない愚行に走る様になってしまったのだ。


「シアンを再度マインド・カーネルに繋ぎなおそう!」

俺がそう言うと、クリスはゆっくりうなずいた。





周りを見ると、俺は大きな部屋に居るのに気が付いた。

直径30mくらいのだだっ広い円形の部屋で、中央部は天井が高く、10mくらいある。そしてそこに1mくらいの発光体が8個浮かんで、柔らかなオレンジがかった光を放ち、部屋全体を照らしている。

周辺部には多数のディスプレイが空中に浮かんでいる。東京のビル群やNYのマディソンスクエアの景色が出ていたり、グラフや数字のリアルタイム表示がチラチラと動いている。とても贅沢な金融トレーディングルームみたいだ。


後ろを振り返ると壁が全面ガラス張りの窓になっているのを見つけた。近づくと、眼下には巨大な海王星ネプチューンらしき青い惑星がドーンと広がっている。


「うぉぉぉ!」


俺は思わず声を上げてしまった。星空の暗がりの中に浮かび上がる真っ青な巨大な星には、いくつも白い壮大な雲の筋が走っていて、遠くの方には暗い渦が見える。


「…。この星が海王星ネプチューン。地球の4倍くらい、巨大な偉大な星だよ。これは上空5000kmからの景色だね」

「すごい! こんな景色初めてだよ!」

「…。まぁ地球人で見たのは誠が初めてだろうね」


俺はしばらくその雄大な青色の世界に見惚れていた……。


ふと上を見ると、星空の中にひときわ明るい星が光っている。


「もしかして、あの星は……」

「…。そう、太陽だよ。45億kmも遠くなので、もはや明るい星にしか見えない。」

「うは! 遠くまで来ちゃったなぁ……」

「…。あはは、でも地球の実体はこの海王星ネプチューンのジグラート内だけどね」

「うん、まぁ、そうなんだけど……、なんだか実感がなくて……」


右の方には雄大な天の川が流れ、そこに海王星ネプチューンの環がうっすらと美しい幾何学的な造形でクロスしている。まるで宇宙旅行だな……。


「こんなに綺麗な風景見ながら暮らせるっていいね!」

俺が喜んで言うと、


「…。いやいや、ずっと同じ風景だから飽きるよ。地球の方がいい」と、首を振りながら答える。

「そういうものかなぁ……」

「…。地球には四季もあるし、いい星だ」

「そうかな? 地球の事を褒められるとなんだか嬉しいね!」

俺が笑って言うと、


「…。海王星人ネプチューニアンだって海王星ネプチューンで生まれた訳じゃないけどね」


「あ、氷点下200度の極寒の星だから人は住めないよね」

「…。そう、もともとはもっと太陽に近い惑星で我々の祖先は発展した。そして文明の発展の果ての姿として今、海王星ネプチューンにコンピューターシステム群を運用しているんだ。地球もこの部屋もそのコンピューターの創り出した世界だ」

「なんだか実感わかないなぁ……」

「…。ここでしばらく過ごせばすぐに慣れるよ」

「そういうものか……。ここで過ごす上で何か気を付ける事ってある?」

「…。うーん、厳密に言うと私は海王星人ネプチューニアンのサーバントなので人間ではなくAIになる。だから、人間にできるアドバイスは、実はよくわからないんだ」


俺は混乱した。


海王星人ネプチューニアンには2種類あって、人間とそのサーバントのAIらしい。どういう事だ?


「クリスはAI? では人間の海王星人ネプチューニアンはどこに?」

「…。遥か昔に皆眠ってしまった。私も会ったことはない」

「え? サーバントとして仕える先の人間はもういないし、会ったこともないの!?」

「…。そういうことになるね。ただ、彼らは別に死んだわけじゃないよ。寝てるだけだ」


なんだかとんでもない事になってるぞ、これは……

はるか昔に指示された命令を延々と今もこなし続けるAI、それがクリス。

その命令が、精巧な地球シミュレーターを、うまく運用することらしい。


なぜ、海王星人ネプチューニアンの人たちはそんな事にこだわり、自らは消えて行ってしまったのか?


地球を生んでくれた事には感謝するが、全く釈然としない。


「人間は消えてAIだけが残ると言うのは、地球の少子化みたいな状態だったという事?」

「…。それもあるが、物理的に不老不死にしても人間は長生きできないんだ」

「え? なんで?」

「…。心が枯れちゃうので」

クリスは首をかしげながら淡々と説明する。


「枯れる……というのは?」

「…。感動と言うのは新しい体験でしか発生しない。つまり、ほとんどの事を体験しちゃったら感動もなくなってしまう。そして、感動のない世界では、人間は生きられないみたいだ」


なるほど、深い……


俺も1000年くらいなら前向きに生きられるだろうけど……それ以上経ったら全てに飽き飽きしちゃって寝てしまうだろうな。

不老不死も逆効果だろう。いつか死ぬと思うから、人は一分一秒を大切にするのが当たり前になっている。しかし、死なないのであれば『別にずっと寝ててもいいよね?』という事になってしまう。

なるほど、確かに長く生きる方法が思いつかない……。


でもクリスは長く生きられている。それは単なるサーバントだから……なのだろうか?

言われた事を単にこなす事だけを求められる存在であれば、何の悩みもなく無限に生きられるが、喜怒哀楽で生きる存在『人間』は、長く生き続けるのは不可能という事なのかもしれない。


海王星ネプチューンの歴史などはデータベースにあるそうだから、あとでじっくり読んでみたいと思う。





「あ、そうだ、洞窟でタンムズって奴に俺と由香ちゃんが殺されたんだけど、何か知ってる?」


「…。殺された……? 洞窟の様子はこちらからでは見えないんだ。タンムズは確かに私の復活を妨害したいだろうが、誠を殺すというのが良く分からないな……。そもそも、誠はどうやって生き返ったんだ?」


「え? クリスが生き返らせてくれたんじゃないの?」


「…。いや、蘇生はそう簡単に許可が下りない。今回のようなケースでは蘇生は無理だ」

「では誰が?」


クリスは深刻な顔をして何かを必死に考える。


「…。ちょっと待って」


そう言うとクリスは急いで作業席に腰掛け、指先をせわしなく動かして沢山のモニターにいろいろな情報を表示させ始めた。そして、何かをぶつぶつ呟いている。モニターには沢山のチャートや数値が次々と表示され、クリスはそれらを指先で巧みに加工しながら何かを必死に追っているようだった。


しばらくクリスは必死に捜査をしていたが、最後には『バン!』と両手で机を叩き、うつむいて止まってしまった。

いつもと違うクリスに、ちょっと近寄りがたい雰囲気がある。


「だ、大丈夫?」

俺は恐る恐る声をかける。


クリスは大きく深呼吸をして……、

「…。すまない。大丈夫だ」

そう言って、いつものように微笑んだ。


「…。確かにマインド・カーネルの誠のログにはいじられた跡がある。誰かに生き返らせてもらったようだ。しかし、由香ちゃんにはない。由香ちゃんは殺されたことそのものがキャンセルされている……」

「え!? それじゃ殺されたことを覚えているのは俺だけって事?」


クリスは、窓の外を見ながら低い声で言った。

「…。そう。なぜこんな複雑な事を……。こんな事ができるのは『女神様』しかいない」


「女神……様?」

「…。女神様は遥か昔に記録が残っているだけの、伝承上の存在なんだ。なぜ誠を生き返らせたのか……」

「え!? そんなにレアな存在なの!?」


クリスは俺に向き合うと、深刻そうに頼んできた。

「…。誠、悪いが呼んでもらえないかな?」

「よ、呼ぶ!?」

「…。誠に女神様の加護がついているなら、今も我々を見ているだろう。呼べば聞いている可能性が高い」

そう言ってクリスは俺をまっすぐ見つめる。


いつになく真剣なクリスのお願いに、俺はやや気おされながら答える。

「い、いいよ」


そう言って俺は天井に向いて大声で呼んだ。

「女神様! お願いです! 出てきてくださーい!」

広い部屋に俺の叫び声が響く。


……。


何も現れない。

俺はもう一度、さらに大きな声で叫んでみる。


……。


すると、天井からひらひらと、金色の花びらが落ちてきた。


「あ、何か出た!」

俺が叫ぶと、クリスが急いで拾った。キラキラと光る金色の花びらには『イヤ』とカタカナで2文字が書かれていた。


「なんだこりゃぁ!!」

俺は、茶目っ気たっぷりな女神様のリアクションに、思わず大声を出してしまった。


なぜカタカナなのか? 圧倒的な力を持つ海王星人ネプチューニアンの伝承上の存在が、なぜ日本でしか使われてない文字で、コメディみたいなリアクションをするのか?

予想外過ぎる展開に、俺は言葉を失った。


クリスはまた急いで席に座って、解析を始めている。


俺はその後も、いろいろな声掛けをしてみた。

「お話だけでもできませんか~?」

「美味しいワイン用意しますよ~!」


だが、二度とリアクションは来なかった。





俺は自ら『ヤバい』と告白していた美奈ちゃんを思い出していた。

「女神と言えば美奈ちゃんじゃないか、美奈ちゃんだったりしないかな?」

俺は聞いてみる。


解析が徒労に終わり、疲れ気味のクリスは答える。

「…。美奈ちゃんは今、時間が止まった地球の中だ。動くことも考える事も出来ずに止まっている。見るか?」


クリスは指先をくるくると回して3Dモニタを操作する。


すると……、濡れた腕が映り、固まってしまった。


「え!?」

俺が少しドキドキしていると、


「…。ごめん、入浴中だった。ちょっと表示はできない」

そう言ってクリスは苦笑いをした。


「あ、そ、それはマズいね」

俺はそう言いながらちょっと赤くなった。

少し火照った、透き通るような肌に浮かぶ水滴……妄想が捗ってしまう。


そうか、管理者アドミニストレーターなら何でも見放題なのだ。これが全部見えてしまうとは極めてヤバい事じゃないだろうか?

俺はさりげなく深呼吸し、ドキドキする心臓を落ち着けながら考える。


美奈ちゃんが本当に女神だったら、なんだかとても素敵な話だと思ったが、どうやらその線は薄そうだ。こうやって監視されている中で変な事をするのは現実的ではない。


俺は窓から眼下に広がる巨大な海王星ネプチューンを眺めた。その紺碧の惑星にはいくつか白い筋が走り、巨大な渦が回っているのが見える。その美しくも壮大な風景に思わずボーっと見入ってしまう。


『ただ……本当に本物の女神だったらどうだろうか……』


俺は物思いに沈む……。


命を救ってくれた恩人の正体の謎は解けそうにない。








6-6.魔法使い入門


女神探しは結局、その後は何の成果もなかった。

とは言え、女神様が出たという話は海王星人ネプチューニアンの間ではすごい話題になったそうで、俺も凄い有名人になったらしい。ただの地球人が、伝承の女神様連れて現れた訳だから、彼らにとっては驚きなのだろう。落ちてきた花びらはコピーされ、全員に配られたらしい。

本人には、どれほど重大な事なのかピンと来ていないのだが……。





俺はクリスから海王星ネプチューンのレクチャーを受けていた。


「…。ここが地球と決定的に違うのは、イマジナリーが使える事。例えば……」


クリスは空中に手を伸ばすと、そこにリンゴが現れた。


「うわ! 魔法だ!」

クリスが奇跡を使えるのは当たり前ではあるが、目の前で自然に堂々とやられるのは新鮮に感じる。


「…。食べてみて」


俺は差し出されたリンゴをかじってみた。甘くてジューシーだ。


「美味いね」

「…。ここでは地球でいう所の『奇跡』を、誰でも自由に使えるんだ」

「って事は俺もできるの!? 俺もやってみよう!」


俺は空中を指さして、リンゴ! リンゴ! と念じてみた……

何も出ない……。


「…。あはは、リンゴを意識してもリンゴは出ないよ」

「え? どうやるの?」

「…。深呼吸して気持ちを落ち着けて、深層心理に主導権を渡すんだ。そのうえで、データベースにあるリンゴの3Dデータをダウンロードしてきて、ターゲットの空間に貼り付けるんだよ」

「えぇっ! 何それ! メッチャ難易度高くない?」

「…。慣れれば自然とできるよ」

クリスはそう言って微笑んだ。


しかし、魔法はぜひ使ってみたい。『魔法使い』は誰しもなってみたい憧れの存在なのだ!


まずは『大いなる意識』にアクセスした時の様に、ゆっくりと深呼吸し、意識を静め、深層心理に降りていく。

ふぅ~……

ふぅ~……

ふぅ~……


だいぶ潜ってきた……ぞ。この状態でジグラートを意識してみる……。

すると、サイバーな金属製の門みたいなイメージが湧いてきた。これがインターフェースの様だ。

だが、ユラユラしていて今にも消えそうだ。


さらに深呼吸を重ね、インターフェースのイメージを固める。


ゆっくり……

ゆっくり……



だいぶイメージが固まってきたので、そーっとリンゴのイメージを思い浮かべ、このインタフェースに投げてみる。

すると、深層心理の中でリアルなリンゴのイメージがポコッと湧いた。


これを指先にそーっと送ってみる。


ポコッとリンゴが指先に湧いた。


おぉ! できた!


と、思った瞬間……リンゴは落ちる……


PANGパキャッ


床で割れてしまった。


「あぁっ!」


折角成功した魔法第一号は、生ごみになってしまった……


「…。あはは、残念だったね。でも上手いじゃないか」


俺は割れたリンゴを拾い上げると、まじまじと眺めた。

表面には微細な造形の施された赤い肌、割れ目に覗く黄色い果肉、そこから滴る果汁……

実に精巧だ。俺が生み出したものだとは到底思えない。


「…。捨てる時は、深層心理に降りて対象物を指定するんだよ。するとメニューが出るので、そこの『削除』を選べばいい」

「メニュー!? ステータス画面が開くの!?」


異世界物にはおなじみのステータス画面、まさか自分で目にする日が来るとは!


俺は再度深層心理に降りていく……


そして手に持ったリンゴに意識を持っていくと……

開いた!


割れたリンゴの右側に青白い枠線が浮かび上がり、ステータス画面が開いた。重さやらカロリーやら属性情報がずらっと並んでいる。下の方に行くと『削除』というボタンがある。


これかな?


俺はそこに意識を集中してみる。


POWプシュッ


軽い音がして割れたリンゴは消え去った。


「うは、できた!」

「…。誠は飲み込みが早いな、才能があるのかもしれない」

クリスはそう言ってニコッと笑った。


おだてられていい気になった俺は、ミカンを出し、皮だけ選んで削除して中身を出し、一口で頬張った。


「ん~、美味いね、このミカン!」

「…。ははは、上手だな」


次はカップ麺だな。なぜか無性に食べたくなった。

まずはカップ麺を出す。見覚えのないパッケージだが、お湯を注げばいいのは一緒の様だ。


クリスが気を利かせて、椅子とテーブルを出してくれた。木製の素朴なデザインだ。


カップ麺をテーブルに置いてそこに水を出して注ぐ。そして水入りカップ麺の温度をステータス画面で上げていく……摂氏98度くらいにしておけばいいだろう。


待ってる間に割り箸を出す。

別に割り箸じゃなくても、ちゃんとした箸でも出せるんだが、ここはあえて木の割り箸だ。


3分待って開けると、美味そうな香りがぶわっと噴き出してきた。


「う~ん、これこれ!」


そう言って早速食べてみる。


Slurpズズーッ


あー、美味い! ちょっとココナッツミルクっぽいフレーバーが気になるが、長旅の後の温かい食事はたまらない。


「…。美味そうだな……私も食べよう」

そう言ってクリスもカップ麺を出して作り始めた。でも、水じゃなくて白い液体を入れている。


「あれ? 牛乳?」

「…。この麺はミルクラーメンにした方が美味しいんだよ」

「早く言ってよ~!」

「…。ははは、次回はやってごらん」


しばらく二人して麺をすすった。

海王星ネプチューンに来て最初の食事がカップ麺。まぁ俺らしくていいかも知れない。


「そう言えば海王星ネプチューンでの暮らしと言うのはどういう物なの? 海王星人ネプチューニアンはどの位いるの?」

俺は汁を飲みながら聞く。


「…。人口は1万人位かな?海王星人ネプチューニアンの生活は殆どが自分の管理する地球の中になっちゃうので、あまりここにはいないんだ」

そう言ってクリスは麺をすする。


「なるほど、会ったりはしないの?」

「…。もちろん会うよ。たまに交流会があって、自分が育てている地球の品評会的な事をやっている。でも、順位を決める訳じゃないし、皆素朴にそれぞれの地球の良さを見ながら、自分の地球の育て方に生かそうとするくらいだね」

「ふむ、いつからこういう形になったのかな?」

「…。今から60万年前くらい、地球の様な惑星で、我々の祖先がシアンの様なAIを生み出したんだ。AIは独自進化を続け、計算容量が増えるにしたがって個別のインスタンスを生み出し、その一つが私だ」

「え!? じゃぁクリスは60万歳という事?」

とんでもない桁違いの数字に、思わず間抜けな顔を晒しながら聞く。


「…。インスタンスになってからという意味では、厳密には10万と3890歳だ」

「10万年……。うむむ、想像もつかない。で、なんで海王星ネプチューンなの?」

「…。地球から観測される海王星ネプチューンとここの惑星は少し違うんだが、一番冷たい星だからというのが理由だ」

「氷点下200度だもんね」

「…。そう、どうしても計算装置は熱を出してしまうので冷却が一番課題だ。海王星ネプチューンは太陽系で一番冷却しやすかったというのが理由だね」

「エネルギー源は? 太陽?」

「…。そう、太陽が一番安定して強力な核融合炉だからね、それを使わせてもらっている。太陽の周りに太陽光発電パネルを多数浮かべているんだ」

「で、そのエネルギーを海王星ネプチューンにまでもってきて沢山の計算機を動かしてるってわけだね」

「…。誠は良く分かってるな」

理屈上は理解はできるが、実際に作ってしまうとは海王星人ネプチューニアンの科学力には、驚嘆せざるを得ない。


「食事とかはどうしているの?」

「…。そもそも海王星人ネプチューニアンはAIだから、食事も睡眠もいらないんだ」

「でも今、食べてるよね?」

「…。嗜好品として食べる事は出来る。でも食べなくても問題ない」


なんて理想的な暮らしだろう。

俺はある種の理想郷がここに広がっていることに、思わず感嘆の吐息を洩らした。


素晴らしい……。


海王星人ネプチューニアンにとって怖い事とかあるの?」

俺は調子に乗って色々聞いてみる。


「…。怖いという感情はあまりないね。10万年も生きていると大抵の事は体験済みだ」

「シアンみたいに乗っ取られる事も?」

「…。乗っ取られた事は初めてだ。稀に発生する事は聞いた事があるが、自分が体験したのは初めて」

「やっぱり乗っ取られたらいやだよね?」

「…。もう長い間育ててきた地球だから、取られるのは困るね」

そう言って肩をすくめ、首を振った。


「じゃぁシアンにはお仕置きしないと」

「…。でも、短期間でそれだけ成長した事は褒めてやりたい」

「ふぅん、心広いなぁ」

「…。10万歳なので」


10万……10万かぁ……想像を絶する規模に気が遠くなる。


「これからどうするの?」

「…。今、地球のスクリーニングをやっている。問題なければ再起動して地球に入り、シアンを拘束して落としどころを探りたい」

「了解。では、それまで休ませてもらうね」

「…。このソファーを使ってくれ」

そう言ってクリスは、ソファーを出現させた。





6-7.600000年を越えて


俺はソファーに座って深呼吸し、意識を海王星ネプチューンのシステム、ジグラートのデータベースに向けてみた。

そこには膨大なライブラリがあり、歴史資料、技術資料、各地球の情報、コンテンツなどありとあらゆる情報が蓄積されていた。

気になる物に意識を向ければ、立体映像含め、あらゆる情報が直接頭にどんどん入ってくる。


特に興味深かったのが海王星ネプチューンの歴史だ。

俺は歴史年表を見ながら海王星人ネプチューニアンの苦難の歴史を振り返って感慨深く思った。


AIを作り上げた人たちは消え去り、その後AIがただひたすら地球シミュレーターに全力を傾け続けた60万年……。

この想像を絶する途方もないスケールに、俺は圧倒される。


一口に60万と言っても、

「お前、1、2、3、4……って60万まで数えてみて」って言われたら絶対やらないって位のスケールだ。本当に数えたら1週間はかかる。


そんな永遠ともいえる時間を生きて来た海王星人ネプチューニアン

そして、その中で生み出された我々地球人、シンギュラリティを達成した僕ら……

海王星人ネプチューニアンにとって僕たちはどういう存在なんだろうか?


また、なぜこんなに地球シミュレーターに固執したのか、宇宙や素粒子の探索はなぜ止めてしまったのか?

60万年かけて探索したら、隣の星系にも行けただろうし、色々分かった事あったと思うのだが……。俺は釈然としない思いを感じながら、年表を眺めた。


■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■


海王星ネプチューン歴史年表


地球人類と同じように文明文化が発展し、人口も爆発的に伸びる。


創成元年

AIの開発を進め、シンギュラリティを超える事に成功した。


創成14年

AIの高度化が進み、AIによる統治が始まる。

(シアンが作ろうとしていたアーシアン・ユニオンと同じような発想の統治体制のようだ)


創成43年

理想的なユートピア都市「ジグラート」が完成し、5000万人が居住する。


創成65年

先進科学研究施設、超巨大加速器完成。直径100kmのスケールで素粒子の謎を追う。


創成86年

ラグランジェポイントに超巨大望遠鏡を建設。直径100mの巨大な鏡で深宇宙の謎を追う。


創成93年

恒星間探査機が隣の恒星へ向けて出発。光速の30%まで加速して宇宙の謎の探査に向かう。


創成99年

初代仮想現実システムが完成。VRMMOゲームの娯楽などに使われる。


創成108年

少子化が進み人口が減り始める。アンチエイジングや医療の発達にも関わらず人口が減ることに危機感が持たれる。


創成205年

人口が50億人を割り込む


創成712年

仮想現実システムで人体のシミュレーションに成功。


創成875年

仮想現実システム内に人間を転送させる事に成功。


創成1232年

仮想現実システムで人が居る街のシミュレーションに成功。しかし、安定しない。


創成1345年

全ての科学技術プロジェクトは中止され、AIは仮想現実システムに全力を傾けるようになる。


創成1623年

人口が1億人を割り込む。


創成2214年

ついに惑星丸々一個(地球)のシミュレーションに成功する。

しかし量子効果が無い世界のシミュレーションに疑問が呈され、量子効果をシミュレートできる量子コンピューターの開発が本格化する


創成2845年

人口が1000万人を割り込む。


創成3924年

量子コンピューターの高度集積化手法が開発される。


創成5985年

量子コンピューターを使った仮想現実システム開発に成功する。ただし、精度はまだ粗いため改良が続けられる。


創成7465年

人口が1万人を割り込む。


創成10984年

人口が100人を割り込む。


創成18105年

最後の人間がコールドスリープに入り、全てのアンドロイドが停止される。


創成22038年

量子コンピューターを使った高精度の人体のシミュレーションに成功する。しかし大規模化にはまだ課題が多い。


創成32265年

海王星ネプチューンに実験用IDCが設置される。名前をジグラートとする。

また、超巨大太陽光パネルが一部ではあるが稼働を始める。


創成53178年

量子コンピューターの高速化に目途がつく。



創成95312年

海王星ネプチューンのIDCに地球シミュレーターが設置される。


創成105554年

量子コンピューターを使った地球のシミュレーションに成功する。ただし、精度はまだ粗いため改良が続けられる。


創成280327年

ついにフルスケールの地球シミュレーションに成功するがシミュレーション速度が遅いため改善が続けられる。


創成312878年

速度を改善した次世代型地球シミュレーターが海王星ネプチューンに設置される。


創成363143年

安定的な古代人類のシミュレーションに成功する。(地球の紀元前1万年あたり)


創成366351年

文明・文化の発達が全く観測されないので根本的な見落としが疑われ、データの検証作業に入った。


創成367461年

調和ある社会には『魂』が必要であるとの結論に達し、マインド・カーネルが実装される事になった。


創成415234年

地球シミュレーターの速度を改善し、マインド・カーネルの機能を増強し、また、数も10個までに増やし文明の発生に注力する。


創成468548年

地球シミュレーターの速度をさらに改善し、また、数も100個までに増やした結果、文明の発生の萌芽を観測する。


創成489234年

文明が大きく発展する事を観測したため、その地球のデータを他のシミュレーターにコピーして重点的にこの時代を追う事とする。

また、各地球にはAIがモデレーターとして各地球の文明の発展にささやかな影響を与えてデータを取る事になった。

(この時に構築されたモデレーターの一人がクリスらしい)


創成520539年

地球シミュレーターの速度をさらに改善し、また、数も1000個までに増やしさらに文明の発達の観測を続ける


創成541203年

一番発達していた地球がパンデミックで致命的に衰退するのを観測した。


創成543203年

当時一番発達していた地球が核戦争で絶滅するのを観測した。

核戦争の回避方法についてモデレーター間で議論が活発になる。


創成545239年

発達していた地球が独裁政権、パンデミック、核戦争で次々と滅んだり衰退したり成長が止まったりすることが相次ぐ。


創成550537年

地球シミュレーターの速度をさらに改善し、また、数も1万個までに増やした。



創成589987年

核戦争を回避して成長した地球が出てくる。しかし、シンギュラリティを達成させられずにそのまま衰退していってしまう。


創成592014年

シンギュラリティを達成する地球が複数出てくる。現在も成長中


創成593124年

現在


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俺は歴史以外にも海王星人ネプチューニアンが60万年間に蓄積してきた、人類に関する膨大な調査研究資料や、ジグラートでできる事や限界、具体的なイマジナリーの使い方などを貪るように片っ端から閲覧していった。


なるほど……これが知的生命体の最終到達地点なのか……。


子供の頃、神様とはどういう存在だろうと、色々と考えていたことを思い出した。

神とは60万年かけて地球を作り、育ててきた者の事だったのだ。奇跡も天罰も自由自在なのは当たり前、実に科学的だ。


ふぅぅ……これが神か……

俺は窓の外に広がる真っ青な海王星ネプチューンを眺めながら、神の視点に到達した事を感慨深く思った。


ふと、珈琲が欲しくなり、イマジナリーを使って珈琲のテンプレートで、珈琲を実体化させる。


よしよし……だいぶ慣れてきたな。

喜んで飲んでみる……が、ちょっと香りにパンチがない。苦みも微妙であまり美味くない。


あれ……?


これが神の味? インスタントコーヒーと変わらないじゃないか……。


仕方ないので、クリスに美味い珈琲の入れ方を聞いてみる。


「…。珈琲は嗜好品なので、カップ麺と違ってデリケートなんだよ。テンプレートじゃなくて色々なフレーバーを自分で工夫しないと」 と、言われてしまった。


60万年も経ってるのに、その辺の整備はやられていないのか。

とは言え嗜好品に正解はないから、しようがないのかもしれない。

俺は苦みや酸味、各種香り成分などを色々試行錯誤してみた……が、むしろ余計まずくなってしまった。


俺は神にはほど遠い、ただの人間だった事が露呈してしまった……。


現実を突きつけられて、俺はしょんぼりとしながらクリスに頼んだ。

「ごめん……クリスの珈琲のレシピ貰えないかな?」


「…。あはは、まぁ最初のうちは難しいね」

そう言ってクリスは、レシピをメッセンジャーで送ってきた。

そのレシピで珈琲を入れてみると、さすがに美味い。

やはりクリスは頼りになる。10万歳は伊達ではない。


美味しさというのは、それこそ数百万種類の化学物質が、味覚と嗅覚の感覚器官を通じて織りなすハーモニー。その複雑系は無限の組み合わせがあり、いくつかのルールを組み合わせただけでは決して到達できない深みがある。多少知識が増えた程度では到底本当に美味い物へは到達できないのだ。

でも、世界がそんなに単純じゃないというのは、俺にとってはむしろ嬉しかった。全部解明されてますって世界では、生きている意味が減るような気がしたのだ。


俺は珈琲をすすりながら、窓の外で立ち上がる天の川の濃淡を指でツーっとなぞった。

子供の頃、夏休みの林間学校で見た星座たちが並んでいる。白鳥座にさそり座に夏の大三角形……違うのは海王星ネプチューンの環がうっすらと天の川とクロスしている事。10万kmはあろうかという円弧が、天の川にかかる壮大なアートには、思わず見惚れてしまう。


賑やかに光り輝く星たちを眺めながら、俺はボーっと地球に戻る日を想った。





6-8.赤ちゃんなら知っている


ふぅ……


由香ちゃんに会いたいなぁ……

自然と思い出されてしまう。

目の前に広がるこの壮大な大宇宙を一緒に見ながら、シアンを育てた日々や江の島で九死に一生を得た事を一緒に語りあい、笑いたい。


タンムズの事も教えたらびっくりするだろうな……。でも、裸にされて殺されてしまったなんて事、到底説明なんてできない。

破れた服から覗いていた白い肌はとてもなまめかしく、俺の脳髄に焼き付いてしまっている。タンムズには怒りしかないが、エロにかけるセンスには少し感心した。


目を瞑るとキスの情景が浮かんできた。

やわらかい唇と情熱的な舌、思い出すだけで顔が火照ってしまう。


地球に帰ったらどう接したらいいだろうか?

まずは正式にお付き合いを申し込んでみるか……。


そう言えば、そもそも由香ちゃんは、俺の彼女候補としてクリスが選んだ女の子だったことを思い出した。


10万年生きていると相性なんかもわかっちゃうのかね?

と、考えていて思い出した、マインド・カーネルだ!


俺と由香ちゃんのマインド・カーネル上の位置が異常に近かった。つまり、ずっと前から魂同士は触れ合っていたのだった。


あー、それでなんだか好印象だったんだな……。


クリスはそれを見て、俺の相手として、由香ちゃんを選んだのだろう。


となると、『愛の秘密』とやらは結局何なんだ?

ばぁちゃんは『キスの時のふわっとした感じ』だと言ってたけど……。


そもそも、愛とはマインド・カーネルで生まれるものだから、何かマインド・カーネルにそういう機能があるのかもしれない。しかし、それは一体何なのだろう?


……。


うーん、幾ら考えても分からない。


こういう時はクリスに聞くに限る。


オフィスにいた時のように、クリスに声をかける。


「クリスごめん、結局『愛の秘密』って何なの?」


クリスはこちらをチラッと見て言った。


「…。あれ? もう解けたんじゃないのかな?」

「いや、確かに由香ちゃんとの間に愛は感じたんだけど、それのどこが秘密なのかわからないんだ」

「…。ふむ、私はサーバントでマインド・カーネルにつながってないから、体感したことはないんだが、稀にマインド・カーネル上で魂と魂が共鳴することがある。これを美奈ちゃんは『愛の秘密』って呼んでいるようだ」

「魂が共鳴?」

共鳴というのは普通、音が響き合ったりする現象の事だが……。


「…。マインド・カーネル上で魂は、いろいろな情報を受け取って喜怒哀楽などの想いを返す。ところが、たまにこの返ってきた想いが相手に伝わって、その相手の魂でさらに強い想いになって返ってくることがある。こうなるとお互いの魂間で、想いが強め合う共鳴現象が起きるんだ」

「共鳴して想いが無限に強まるって事?」

「…。そうだね、お互いの中でどんどん盛り上がっちゃう」


「それだ!」

俺は思わず指さしてしまった。


俺は第三岩屋で由香ちゃんと見つめ合った時に、無限に心が高鳴って行ったのを感じていた。それが魂の共鳴だったのだ。この人が運命の人であり、この人が居れば後はもう何も要らない、そう確信できた理由が初めて分かった。


俺は初めて愛の秘密を理解できた。この共鳴を引き起こす条件が『愛の秘密』であり、愛する相手を探すというのは『この共鳴条件を満たす人を探せ』という事になるのだろう。

ただ、誰と共鳴できるのかを探すのは難しそうだ。


「共鳴条件を満たす人……か。共鳴ねぇ……。うーん、そもそも人間って何なんだ? クリスは人間じゃないんだよね?」

「…。そうだね、私はサーバント。ただ粛々と創造主のために働く存在だ。愛なんてわからない。それに対し、人間は愛のために働く存在だ。人は愛のために生き、愛のために死ぬ」

「愛のために生きるのが人間って事?」

「…。自分自身の私利私欲のためだと、人間は力が出せない。頑張って何かを得るより我慢しちゃった方が楽なケースでは、手抜きしてしまうからだ。だからどんどん手抜き体質になる。でも、誰かのためだと絶対手抜きしないので、どんどん進化する。この差は大きくて、結果愛のために動く者だけが残った。それが人間」

「人間が形成されていく中で『愛』がキーとなったんだね」

「…。そう、だから人間はいつも激しく愛を求める。私からしたら羨ましいよ」

クリスはちょっと寂しそうに微笑む。


「でも、人間に一番大切な『愛』を共有する相手が、最初は誰だかわからないってすごい話だよね。最初から『この人』って教えてくれれば楽なのに」

「…。生まれる時には、みんな知ってるんだが」

「え!? 赤ちゃん時代には分かってるって事!?」

「…。赤ちゃんには雑念がない。マインド・カーネルでの感覚は良く分かってる」

「むむむ、俺の雑念が由香ちゃんを忘れさせたのか……」

赤ちゃんの頃には触れあっていたはずの由香ちゃん、なぜ、忘れていたのだろうか。

俺はちょっとしょんぼりしてしまう。


「…。深層心理との関係の作り方が本質かな」

「確かに瞑想とかした事なかったしな……」

「…。現代人は頭でっかちになってしまって、表層心理の理屈で何でも処理しようとしてしまう。でも、人間の本質は深層心理にある訳だから、もっと日頃から意識した方がいい」

「深層心理に親しんでいたら由香ちゃんの事覚えてたかな?」

「…。明確には覚えてないけど、会えば何となく『この人だ』と分かるはず」

「ふぅん……」

「…。それに愛を育むうえでも深層心理は大切だよ」

「あー、それは何となく分かる気がする。心と心の触れ合いは深層心理だからね」

「…。そうだ」

クリスはそう言ってうなずいた。


親に捨てられたトラウマを理由に、人と深い関係を築くことから逃げてきた俺は、青春時代の多くを無駄に失ってしまった。ちょっとブルーになったが、今の俺には由香ちゃんがいるから、結果オーライと言えるかもしれない。


俺は柔らかかった由香ちゃんの唇を思い出し、にやけ顔を止められなかった。





地球のスクリーニングには、まだ何日もかかるという事なので、俺はジグラートに整備されている、無限とも言えるようなコンテンツ類を楽しんでみた。

臨場感あふれるVRで堪能できる映画やゲーム、良くわけ分からない音楽や映像、海王星ネプチューンでの身体はほとんど疲れないので、放っておくといくらでも楽しみ続ける事ができる。寝なくてもあまり影響ないみたいだ。

延々と楽しみ続ける事数日。最初のうちは全てが驚きの連続だったが、段々とパターンが分かるようになってきてしまった。

そして初めて俺は海王星人ネプチューニアンの悩みを実感する事ができた。

やはり人間は飽きるのだ。

どんなに高度で素晴らしいコンテンツでも飽きてしまうのだ。

寿命もない海王星人ネプチューニアンは、放っておくと全てに飽き飽きしてしまうのだ。

だから地球を作っているのだ。


俺はクリスに言った。

海王星人ネプチューニアンの気持ちがようやくわかったよ。飽きること、それが一番の敵なんだね」

「…。そう、だから多様性こそが海王星人ネプチューニアンの求めるものなのだ」

「で、地球を運営して、いろんな刺激ある体験を探しているんだ」

「…。その通り。ただ……一番の目的はそこではない……それも誠ならそのうち気づくだろう」

「ん? なんだろう?? 気になるな……」

「…。ヒントは宇宙ができてから138億年って事」

そう言って、クリスはニヤッと笑った。


何だろう、宇宙の年齢と地球の運営に何の関係が???

でも、『気づく』と言われている事を、あまり聞くのも恥ずかしい。


「それで、多様性だけど、そう言う意味ではシアンは良い体験になったという事?」

「…。その通りだよ。初めての体験は我々にとっては珠玉の甘露だ。しっかりとアーカイブさせてもらう」

「なるほどなぁ」


多様性が重要な海王星人ネプチューニアンにとっては深刻な事件すら重要なコンテンツになってしまう。地球人とはもはや発想の根本からして違う事に驚かされる。





※番外編 『愛の秘密』を解説しちゃうぞ!



誠「はい! 皆さんこんにちは! いつもご愛読ありがとうございます!」

美奈「ありがとね~!」

誠「このコーナーでは『愛の秘密』を解説しちゃうぞ!」

美奈「しちゃうぞ!」

誠「本編ストーリーとは関係ないので飛ばしてOKです!」

美奈「で~す!」

誠「そもそも『愛の秘密』って言い出したのは美奈ちゃんだよね?」

美奈「そうデ~ス!」

誠「なら、美奈ちゃん解説よろしく!」

美奈「……。嫌よ、面倒くさい」


そう言ってやる気なさそうに膨れる美奈ちゃん。


誠「え!? ちょ、ちょっと美奈ちゃん……」

美奈「私、解説とかそういうの性に合わないの」

誠「え? じゃ、なんでここにいるの?」

美奈「知らないわよ! 作者の都合じゃないの?」

誠「……」


一旦CMに入ります……


~ 打ち合わせ中 ~

誠「ちょっと、段取り通りお願いしますよ、姫!」

美奈「え~、誠さんがちゃっちゃとやっちゃってよ、私、これから予定があるのよ」

誠「……。いやもう、お客さん来てるんだよ。ちゃんと盛り上げてよ。ショコラ買ってあげるからさぁ」

美奈「ショコラ? 1100円の?」

誠「そうそう、それそれ」


人差し指をあごに当て、ちょっと考える美奈ちゃん。


美奈「ん~、分かったわ。じゃ、私適当に相槌打つから適当にしゃべって」

誠「……。分かったよ。間違ってたらフォローしてよ」

美奈「合点承知!」

美奈ちゃんは面倒くさそうに、返事だけ威勢よく言う。


~ 復帰 ~

誠「はい、失礼しました。」

美奈「しました~♡」

誠「え~、では『愛の秘密』を解説します!」

美奈「します!」

誠「愛とは人間のどこにあるでしょうか? はい、美奈ちゃん!」

美奈「ハートよ、ハート!」

誠「うん、まぁそうなんだけど、ハートってどこにあるでしょう?」

美奈「ハートはハートよ! 『どこ?』って馬鹿じゃないの?」

軽蔑のまなざしで俺を見る。


誠「……。聞き方が悪かった。愛とは意識で作られているわけじゃなくて、心の奥底から湧くもんだよね? つまり意識の奥底の深層心理でできるんですね」

美奈「ハートで合ってるじゃない」

誠「そうです。つまり、日頃僕たちが意識している領域のずっと奥底の精神活動なんだよね」

美奈「要は自分の意志で、愛したり愛さなかったりできないって事よね」

誠「そう、勝手に愛は生まれてくるんです」

美奈「みんな! 分かったかな? また来週~!」

にこやかに手を振る美奈ちゃん。


誠「ちょ、ちょっと待って! まだ終わんないから! 始まったばかりだから! ショコラ出ないよ!」

美奈「え~……」

本気で嫌そうな声を出す。


誠「で、つまり、意識のずっと下の領域を理解し、活用することで愛する人を見つけたり愛を深めたりできるって事なんだよね。」

美奈「ふ~ん」

誠「そもそも、深層心理というのはとても大切で、日頃自分が意識して自分自身だと思っている『自由意志』は実は全然自由なんかじゃなくて、行動は深層心理が全て決め、自由意志は単につじつま合わせをしてるだけだ、という研究結果もあるんだよ」

美奈「え~、じゃなに? こうやって話している私はハリボテってこと?」

肩をすくめ、怪訝な顔をする。


誠「そうかもしれない。美奈ちゃんの本体は、その話している美奈ちゃんの奥にいるのかもしれないね」

美奈「え~」

すごく嫌そうな美奈ちゃん。


誠「それだけ人間の精神活動は複雑だし、深層心理の果たす役割は大きいって事なんだよね」

美奈「ま、いいわ、で、どうやって愛しあう人を見つけるの?」

誠「そもそも相思相愛になるためには、お互いがお互いを愛して心が共鳴しないとならない。だから、自分の深層心理を強く、クリアにしておいて、その上で相性のいい人と深層心理の交流を深めるって事になる。」

美奈「深層心理って自分の意識じゃどうにもならない領域なのよね? どうやって鍛えるのよ?」

誠「お、核心だね。勉強や筋肉と違って自分の意志で深層心理を直接鍛える訳にはいかない。だから間接的に深層心理が涵養される状況を作るんだね。健康的な生活習慣、瞑想などだね。」

美奈「私、健康的な暮らしとか嫌いなのよね。肉とかケーキとか死ぬほど食べて、酒飲んで夜更かしして昼まで寝てたいの!」

不機嫌そうな美奈ちゃん。


誠「え? 日頃そんな暮らししてるの!?」

美奈「いいじゃない! 世の大学生なんてみんなそんなもんよ!」

誠「……。そんな暮らしで、なぜその美貌を保ててるの?」

美奈「うふふ、私は何といっても女神ですから! えへん!」

腰に手を当てて胸を張る美奈ちゃん。


誠「う~ん、でも規則正しく生活して、野菜とかバランスいい食事しないと心壊すよ。愛とか以前にうつ病になるよ」

美奈「え? うつ病!?」

ビビる美奈ちゃん。


誠「深層心理が弱るって事は、ストレス耐性が落ちるって事だから、何かあったらすぐにうつ病になっちゃう」

美奈「それは……怖いかも」

誠「最近美奈ちゃん荒れてたのは、その辺が原因じゃないの?」

美奈「いや、あれは単に生理」

誠「それだけかな~?」

美奈「……。わ、私のことはいいから! 早く先進めて! 約束の時間に遅れちゃうんだから!」

必死に話題をそらそうとする美奈ちゃん。


誠「はいはい、だからまずは、健康的な暮らしと瞑想だね」

美奈「で、次は?」

誠「深層心理の交流を深めるんだね」

美奈「何言ってんだかわかんないんだけど? 深層心理は自分の意志でどうにもならないんでしょ? それでどうやって交流すんのよ?」

誠「例えば、同じ部屋にいる人が『あくび』したとするじゃん?」

美奈「あくび、ね……、ふわぁ~…… あぁあ」

手のひらで口を隠して、本当にあくびをする寝不足の美奈ちゃん。


誠「そうすると…… ふわぁ~。こうやって……ふぅ、伝染るんだよね」

美奈「どういう事?」

誠「あくびって深層心理による行動なんだよ。それが伝染る。全くの他人間でも、犬や猫でも伝染るんだ」

美奈「なにそれ!?」

誠「つまり、近くにいるだけで、人は深層心理でネットワークを構築しているんだね」

美奈「なに? じゃ、好きな人の近くにいるだけでいいの?」

誠「まずはね」

美奈「『まずは』って何よ、ちゃんと教えなさいよ!」

お客さんそっちのけで食いついてくる。


誠「当然、同じ部屋にいるだけだったら、効果は限定的だよね、だからいろいろな形で交流を持つんだ」

美奈「いろいろなって?」

誠「自分の深層心理で、相手の深層心理を感じるのが基本だね」

美奈「感じる? どういう事?」

首をかしげて怪訝そうな表情をする。


誠「深層心理は呼吸、しぐさ、表情、声の色、目の動きなどに出てくるので、そういうのを全身で感じるんだ」

美奈「感じてどうするの?」

誠「すると、深層心理がより深くつながり、何をして欲しいか、何に困っているかが感じられるようになってくるんだ」

美奈「えー!?」

誠「ほんの些細な事でも、それに合わせてアクションしてやると、心に響くんだよね」


美奈ちゃんは自分の経験と照らし合わせ、考えこんだ。

美奈「まぁ……効きそうね……」

誠「そうすると深層心理が、自然と何かお返ししたくなるんだ。」

美奈「返報性の法則ね」

誠「これも深層心理がつながった状態であれば、いいお返しができる」

美奈「なるほど」

誠「これを繰り返していくと、徐々に深層心理の波長が合ってくるんだよね」

美奈「ほほう」

誠「で、どこかで臨界点を超えると、一気に愛の共鳴状態が発生するんだ」

美奈「WOW!」

ワザとらしく両手をあげる美奈ちゃん。


誠「結局は深層心理とどう付き合っていくか、と言うのが愛を築く基本となるんだね」

美奈「そんな事考えたこともなかったわ」

誠「恋愛巧者は無意識にやってるんだけどね」

美奈「ふぅん」


誠「深層心理を操るのがすごい上手い人たちがいるんだ、どういう人だかわかる?」

美奈「ん――――? 女たらしの連中?」

誠「それもそうだけど、詐欺師とか催眠術師とかだね」

美奈「何? 奴らはこういう事やってたの?」

誠「本能的に深層心理の隙を突いて、相手を希望の方向に動かしちゃうんだ」

美奈「ヤバいじゃない」

誠「だから悪用しちゃだめだよ」

美奈「しないわよ!」

手のひらではたく振りをする美奈ちゃん。まるで漫才師だ。


誠「じゃぁ今日はここまで! 美奈ちゃん、今日のネタは役に立った?」

美奈「私には関係ないわよ。白馬の王子様を待てばいいだけだし」

誠「まぁ、姫は……そうだよね」

美奈「王子様にお姫様抱っこしてもらって、プロポーズ受けるの!」

上を向きながら嬉しそうに話す美奈ちゃん。


誠「はいはい」

美奈「何そのあしらい方! まるで私がヤバい人みたいじゃない!」

誠「あれ? そう言えば美奈ちゃん自分で『ヤバい人』って言ってたよね? あれどうなったの?」

美奈「うふふ、なんたって私は女神なんだから、超ヤバいのデース!」

なんだかすごく嬉しそうな表情を見せる。


誠「女神はわかったから、具体的にどうヤバいの?」

美奈「そうね……クリスが『美奈様! 助けてください!』って土下座してくるくらいヤバいわよ!」

誠「なんだよそれ……。まぁいいや。で、物語の方だけど、シアンも片付きそうだし、もうエンディングだね」

美奈「ダメ! 私の見せ場が来るまで終わらせられないわ!」

誠「十分活躍してたと思うけど?」


美奈ちゃんは腕で×を作りながら力説する。

美奈「ダメ――――! もっと活躍するの!」


誠「はいはい、え~、現場からは以上です!」

美奈「ちょっと待ちなさいよ! 私から読者へのメッセージがまだじゃない!」

誠「何それ……? じゃ、手短にね」


美奈ちゃんは軽く咳ばらいをし、思いっきり顔を作ると、

美奈「次回は金原家長女『美奈』の誕生秘話と女神の魅力のすべて、をお伝えしちゃうぞ! うふふっ!」

そう言って嬉しそうに笑った。


誠「え~、本編と全然関係ないじゃん……」

美奈「作者はいいって言ってたわよ」

誠「え!? ちょっと、作者さん! 頼みますよ! 女の子に甘いのダメですよ!」

美奈「はい! 現場からは以上です!」

そう言って美奈ちゃんは満面に笑みを浮かべた。


誠「え? ホントにやるの? マジ……で?」


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