ヴィーナシアンの花嫁

シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話
月城 友麻 (deep child)
月城 友麻 (deep child)

8-7. 天空の城の猛威

公開日時: 2021年1月29日(金) 19:49
文字数:11,920

『え? 作ったって……あなたは地球の日本軍に居た……って事ですか?』

『そう、見たまえ、この素晴らしい主砲! そしてあの艦橋を! 全長263m、排水量64,000t、主砲口径46㎝は地球だけでなく、わが星系最大を誇っている。まさに芸術品だと思わんかね? これは当時の大和の完全コピー、つまり、寸分たがわず本物だ』

 バルディックはうれしそうに自慢を始めた。


『当時日本海軍の造船力が急速に発達したのは、あなたの力添えがあった……と言う事ですか?』

『そうだよ、山本五十六連合艦隊司令長官は友人だった』

 懐かしさを込めながら、当たり前のように語るバルディック。

 俺は困惑した。


『なぜそんな事を?』

祭り・・だからだよ。君のところの地球は、当時各国が血みどろの戦いを繰り広げ、科学技術も飛躍的に進歩していた。そんな事はたまにしか起こらない、多くの星が注目し、いろいろな思惑を持って調査員を送り込んでいたね』

 なるほど、大きな戦争も彼らにとっては楽しい遊びなのだろう。極めて迷惑な話だ。


『多くの人を殺して胸が痛まないんですか?』

 すると、バルディックはムキになって言い返す。

『痛むわけないだろう、殺し合う事で人類は発展してきたのだ。殺し合わせる事は正義だ。そもそも、お前ら劣等人種はただのアバター、俺たちのおもちゃだ!』

『なら、あなたは天王星人ウラニアンにおもちゃにされても構わないって事ですね?』

『……。』

 バルディックは言葉に詰まり、俺を睨んだ。

 俺は何とか落としどころを探してみる。

『差別をなくしても実質不利益など無いですよね? なぜそんなにこだわるんですか?』

 すると、バルディックはこぶしを握り、言った。

『アイデンティティの問題だ。俺たちは誇り高き『セガサターン』、アバターと同列に語られるのは許しがたい』

 何だか聞いてはいけない単語が出てきてしまった。


『私は世界に笑顔を増やしたい。差別や貧困、戦争などの悲劇を減らしたいと考えているだけなんです』

『青い! 青すぎる! いいか、人類に必要なのは狂気だ! 殺し、殺される狂気の中で文明・文化の発展が進んだのだ! コンピューターやインターネットだってどこの星でも戦争の狂気の中で生まれてるのだ。狂気を認めよ!』


 タンムズと全く同じことを言う。

『狂気に一定の価値があるのは分かってます。ただ、無意味な狂気を減らしたいだけです。ちなみに……もしかして、タンムズをご存知ですか?』

『あぁ、良く知ってるよ。お前の地球にいた頃は色々働いてもらったからな。そう言えば、小僧は彼に殺されてたんだっけ?』

 バルディックはそう言って厭らしく笑った。

 どうやらタンムズがクリスと対立した裏には、バルディックの影響があったようだ。実に困った王様である。


『知ってるのなら好都合です。私を殺しても無意味なんです』

『いやいや、キッチリ殺しきれば創導師グランドリーダーの力は移るはずだ。だって世界に一人創導師グランドリーダーはいるんだろ? 死んだら殺した人に移るのが自然じゃないか』

 せせら笑うバルディック。


 俺が死んだらどうなるかなど俺も知らない。とは言え、殺されるわけにもいかない。俺は滲む冷や汗を見透かされぬよう、あえてにこやかに返した。


『いやいや、世界に一人って事は、俺が死んだら世界も滅ぶって事ですよ』

 俺は無理筋のブラフを張って笑った。


『え? 小僧殺すだけでこの大宇宙が滅びるって? はっはっは、傑作だな!』

 そう言って、バルディックは楽しそうに笑った。


『それだけ創導師グランドリーダーの力って奇妙なんですよ。例えば……『セガサターン』って由来は何だか知ってますか?』

『ゆ、由来? 俺が生まれる前から『セガサターン』は『セガサターン』、由緒ある言葉だ』


 俺はうんうんとうなずきながら、セガサターンの金色のパッケージを実体化してバルディックの前に浮かべた。箱には「SEGA SATURN(セガサターン)」とデカデカと書いてある。

『ついさっき、私が命名したんですよ、このゲーム機の名前から取りました』

『はぁ!?』

 あまりの事に動揺が隠せないバルディック。


『私の考えが大昔の土星サターンの歴史の一部に組み込まれる、創導師グランドリーダーの力とはそういう不可解な力なんです』

 俺は穏やかに諭す。


 バルディックは自分でもゲーム機の存在を調べ、SEGAがゲーム会社の名前であることに衝撃を受けていた。


『どうですか? 手を引いてくれるなら王の地位は保全します。敵対するのであれば創導師グランドリーダーの力が、必ずやあなたを破滅に導くでしょう』

 俺は淡々と言った。


 バルディックはしばらく思案していたが、

『なんと恐ろしい力だ……。やはりほうむり去るより他ないな……』


 そうつぶやくと、俺を睨みつけた。

 そして、こぶしを握り、

『ハッ!』

 と、気合を入れながら右手を高く突き上げた。


 すると、星空に青い巨大なオーロラがブワーッと広がっていく。オーロラは穏やかに蛍光する壮大な光のカーテンとなって不気味にゆらゆらと揺れながら、俺の頭上で光のアートを展開した。

 俺はあまりの美しさに、思わず息をのむ。

 解析してみると、このオーロラは物理的な存在ではなく、ハッキングシステムが光をまとってオーロラのように見えているようだった。つまり、このオーロラに触れると俺の身体は壊されてしまうだろう。

 物理攻撃には無効を獲得した俺だったが、俺の身体のデータを論理的にいじるハッキングには決め手となる対抗手段がない。


 超弩級どきゅう土星サターンの巨体と環をバックにそびえる豪壮な戦艦大和の主砲に艦橋、そしてその上に煌めく真っ青なオーロラ……、俺は改めてとんでもない状況になっている事にため息をつく。よく考えたら大和もオーロラも俺が見たかったもの……俺が望んだ結果なのだ。でも、俺を殺す道具になるとは、なんと意地悪な力だろうか。


 さすがにヤバそうなので、俺は転移して逃げようと思ったが……、跳べない。

 俺は焦ってステータスを確認すると、いつの間にか転移のコマンドが無効にされていて飛べなくなっているではないか!

 俺は真っ青になった。


 バルディックはそんな俺を見てニヤッと笑い、

『大和の上からは逃げられんよ。ここが小僧の墓場だ!』

 そう言うと、両手をオーロラへと向け、何やら操作をし始めた。オーロラはバルディックの腕の動きに合わせて流れるように長いカーテン状になり、やがて円弧を描いて徐々に渦巻き模様となり、最後にはまるで巨大なバラの花のようになった。


 星空に浮かぶ禍々しくも美しい大輪の青いバラ……。これで俺の周りを囲み、追い込んで殺すのだろう。


 極めてヤバい状態である。冷や汗がドッと湧いてきた。


 逃げられないとなると、この訳の分からない攻撃をどうにかしないとならないが……、どうしたらいいか皆目見当もつかない。

 そうこうしているうちに、オーロラのバラは怪しい光を穏やかに放ちながら俺の頭上ですぼまっていく。

 俺は逃げようと走り出すが、バルディックは逃がさない。俺は一気に甲板の上にまで落ちてきたオーロラの檻にとらわれてしまった。


 バルディックは、

『小僧に恨みはないが、世界の安寧あんねいのため、死んでもらう』

 そう言ってニヤリと笑った。

『止めろ! この人殺し!』

 俺は必死に叫ぶしかできない。


 バルディックは、

『死ねぃ!』

 と、叫ぶと両手を俺の方に向け、オーロラの筒をすぼめ始めた。

 オーロラは美しく青色にまたたきながら、不気味に迫ってくる。

 

 俺は両手をオーロラに向け、イマジナリーで操作を試してみるが……


『ぐはぁ!』

 いきなり衝撃を受けた。攻勢防御だ。とても人間では対抗できない、オーロラに仕込まれたとんでもない演算性能に俺は絶望した。


わらいながらバルディックが言う。

『お前を始末したらチャペルの連中も全員消してやる。仲良くあの世行きだ』

 俺は唖然とし、叫んだ。

『なぜ無関係な人まで殺すのか? 人殺し!』

 しかし、バルディックは、

禍根かこんを残さぬよう、一族郎党皆殺しは兵法の基本だ』

 と、涼しい顔して言う。

 とんでもない事になった。

 由香ちゃんが、美奈ちゃんが、みんなが殺されてしまう。


 なんとか……なんとかしないと……


 俺はこぶしの周りにセキュリティプロテクトのまくを何重にも張り、オーロラを思いっきり殴ってみた。しかし、プロテクトの膜は爆発するように炎上し、俺はその反動で甲板にもんどり打った。


『くふぅ……』


 何という事だ……

 俺は決定的な絶望の淵に追い込まれてしまった。


 転がりながら死に物狂いで考える。この強烈な演算性能に対抗できる物は何か……。

 しかし、そんな物ある訳が無い。

 演算力で勝てないなら何で勝つ?


 どんどん迫ってくるオーロラ、もはや猶予はなかった。このままじゃ俺もみんなも殺される……。


 ふざけるな!


 俺はバルディックを指さし、吠えた。

『殺人鬼め! お前絶対ぶっ飛ばす!』

 しかし、バルディックは、

『変わった遺言だな』

 と、ニヤニヤしながら俺を見る。最悪だ。


 何だ? 何なら勝てる?

 俺は頭を抱えながら必死に考える。しかし、気持ちが焦るばかりで何も考えられない。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい……。


 と、その時、また女性の声がかすかに聞こえた気がした……

『……液体金属、ウイルスだよ……』

『えっ!?』

 驚いて辺りを見回すが……女性などいない……

 でも、あの何でも食べつくしてしまう液体金属のウイルスなら、確かにオーロラに効くかもしれない。

 俺は急いで金星ヴィーナスのデータベースにアクセスしてウイルスのデータをコピーすると、実体化してオーロラにビチャッとかけてやった。

 オーロラにとりついたウイルスは、虹色に目まぐるしく色を変えながら明滅する。

『頼む!』

 俺とみんなの未来はこのウイルスにかかっているのだ。俺は必死に祈る。


 すると、ウイルスがまぶしく閃光を放った。

 次の瞬間、美しく蛍光していたオーロラはどす黒い色に変わり、溶け始める。


『Yes!』

 俺は拳を握ってガッツポーズ。


 オーロラのどす黒い色はどんどんと広がり、次々と溶け落ちていく。


『何だそれは!?』

 焦るバルディック。


 九死に一生を得た俺は、溶け落ちるオーロラの穴を駆け抜け、バルディックにもウイルスをビチャッとかけてやった。


『うわぁ!』

 焦るバルディック。

 ウイルスはバルディックの体表にとりついて、セキュリティプロテクトをガンガンと溶かしていく。


『ざまぁみろ! 天誅てんちゅうだ!』

 チャンス到来である。俺は、開いたプロテクトの穴めがけて用意しておいた攻撃スクリプトを次々と当てた。スクリプトは当てると自動でセキュリティをハックし、爆破させるように作ってある。言わばとりつく時限爆弾である。

 ここは完全なアウェイ、このチャンスを逃したら二度と勝ち目はない。俺が負けたらみんなが殺されてしまうのだ。俺は一気に勝負に出た。


『や、やめろ! 何だこりゃぁぁ!?』

 ウイルスとスクリプトの同時攻撃に慌てるバルディック。必死に振り払おうとするがウイルスはとれないし、スクリプトは払っても払っても次々と追加され、襲い掛かっていく。通常であれば通用しない俺のスクリプト攻撃も、ウイルスとセットなら効くようだ。

 もちろんバルディックも反撃してくるが、散発的で精度も低い。チャンスである。


『殺人鬼め! くたばれ! うおぉぉぉ!!!』

 俺の奥から爆発的なパワーが噴き出し、俺は後先考えることを捨てた。捨て身で超人的なパワーを絞り出すのだ。

 攻撃スクリプトを1000個並べて同時起動させ、バルディックの様子を見ながら爆速で最適化を施していく。攻撃は最大の防御、多少の着弾は覚悟の上、失敗したら次、失敗したら次、どんどん次、目も止まらぬ速さで攻撃を放って行った。


『くっ! 青臭いガキが、社会も知らんくせに!』

 スクリプトを振り払うのに必死なバルディックが悪態をつく。


『そもそも悲劇を減らす事をなぜ邪魔すんだよ! 馬鹿じゃねーの?』

 俺は頭から湯気を立てながら叫んでいた。


『数百万年の伝統を否定すんな小僧!』

 必死に防御しながら吠えるバルディック。


『伝統で思考停止してんじゃねーよ!』

 はらわたが煮えくり返る中で、俺は脳みそが焼き切れるような速さでスクリプトを打ち込んでいく。


 必死にスクリプトを無効化し続けるバルディックではあったが、ついに攻撃が本体に到達し、足首が吹き飛んだ。


『ぐおぉぉ!』

 と、叫びながらもんどりうって倒れるバルディック。


『よしっ!』


 これで一気に行けるかと思われたが……、バルディックは倒れながらも小さなスプレーを取り出すと、身体にとりついているウイルスにかけた。どうやらワクチンのようで、ウイルスは見る見るうちに黒ずんで溶けて消えていく。さすが土星サターン、この短時間でもう対処法が完成してしまったようだ。

 俺はもう打つ手がなくなった。

 肩で息をしながら立ち尽くす……。


『小僧……思ったよりやるじゃねーか』

 バルディックは大きく息をしながらニヤッと笑った。

 俺はバルディックを睨んで言った。

『チャペルを攻撃するのは止めろ!』

『ふん! 仲間の心配か? ずいぶんと仲間想いじゃないか』

『仲間は俺の命だ!』

 俺はそう叫んだ。一緒に死線を超えてきた大切な仲間たち、そして愛する人、絶対に失う訳にはいかない。

 バルディックはそんな俺を無表情でしばらく見つめていた……。


 そして、吹き飛んだ足首を治療すると、目を瞑り、何かを考えているようだった。


『仲間……ね……』

 バルディックはそう言って、フンと鼻で笑うと、遠い目をして語り始めた。

『昔、俺にもたくさんの大切な仲間がいた……。まだ金星ヴィーナスができ始めた頃だ。一つの金星ヴィーナスに帝国を築いてな、仲間たちと毎日次々と戦争を仕掛け、勝ち抜いていった。美しい妻と可愛い娘……最高だった……』

土星人サターニアンなら無敵だろ』

『はっ、そりゃそうだよ。あっという間に世界征服したよ。そして……どうなったと思う?』

『え? さ、さぁ……』

『ある朝、気が付いたら俺は一人土星サターンにいたんだ。一緒に寝ていた妻も子も、宮殿に居た多くの仲間も見当たらなかった』

 バルディックは肩をすくめ、悲しそうに首を振った。


『え? それって……』

『そう、消されたんだ』

『……、誰に?』

『多分天王星人ウラニアンだろう。干渉し過ぎが気に喰わなかったんだろうな……』

『あなた以外は全員消された?』

『そう、星ごと全部、跡形もなかったよ……一億人近くいたんだぜ……全員消された』

『そ、それは……』

 星を消された実体験を聞くと、さすがに重すぎて言葉が無い。一億人の人生を勝手に終わらせてしまう、それは筆舌に尽くしがたい大量虐殺であり、非人道的すぎる話だ。

 俺はかける言葉も見つからず、ただ、うなだれるバルディックを見つめた。


 と、その時始祖オリジンの言葉を思い出した。消されても魂はマインドプールに保存されていると言っていたような……。

 早速アクセスを試みてみる。

 確かに金星ヴィーナス黎明期れいめいきに消された星がいくつかあって、彼らの領域が作られていた。その中を見ていくと……、バルディックの縁者もいた。多くは意識のスープへ溶けて行ってしまっていたが、娘は転生していることが分かった。


『あ、娘さんは生きてるね』

 俺がそう言うと、

『はぁ!?』

 と、バルディックは困惑した表情で俺を見た。

『えーと、別の金星ヴィーナスに生まれ変わってる……。名前はキャスリーナ・グルタ・フォン・ヴィーナ……』

 すると、バルディックは笑い始めた。

『はっはっはっは! なんだそりゃ、傑作だな!』

『傑作……?』

 俺はなぜ笑っているのかわからなかった。


 バルディックは懐かしそうに続ける。

『どうりで……、妻に似てるなと思ってたんだ……』

 俺がポカンとしていると、 

『まだ気づかんのか? お前、自分の仲間の名前くらい覚えておけよ』

 と、バルディックは呆れた。

『キャスリーナ……、グルタ……、あれ!? 美奈ちゃんか!』

 バルディックは美奈ちゃんの本当の父親だったのだ。


『そうか……あの子が……』

 バルディックは目を瞑って涙をポロリとこぼす。

 俺は予想外の展開に呆気あっけにとられたが、涙を見ながら、切れていた一つの縁が結ばれたことをうれしく思った。


 ところがバルディックは急に俺をギロリと睨んで言った。

『これもその訳の分からん力だな?』

『え?』

『だって、おかしいだろ! なぜ、俺の娘がお前の仲間なんだ? 世界には無数の人がいる、お前の仲間になる可能性などありえんだろ!』

 確かにそうだ。偶然にしては出来過ぎている。きっとどこかで創導師グランドリーダーの力は関係してるだろう。

『ど、どうだろう……、もしかしたら……』

 何とかごまかそうとするが……

『と、言う事は……俺の育てた金星ヴィーナスが消されたのもお前のせいか?』

 バルディックは強烈な殺意を放った。

『そ、そんな事……難癖なんくせだ!』

 俺は必死に弁明するが、バルディックは俺の言うことなど聞かず、まるで自分に言い聞かせるかのように言った。

『危険だ……、お前の力はこの世にあってはならん力だ。やはりここで消す!』

 そう言ってバルディックは消えた。


 俺が焦っていると、背後に気配がした。

 振り返ると皮鎧姿になったバルディックが印を結んで気合を込めていた。

『ちょっと待って!』

 俺の叫びも届かず、バルディックは、

『問答無用! 死ねぃ!!』

 そう叫ぶと足元から黒い触手を無数、俺に向けて射出した。どうやらハッキングツールの様だ。

 甲板の上をシューッと高速で近づいてくる漆黒の触手、どう考えてもヤバい。


 俺はさりげなく出しておいたおとりを使って防衛する。

 黒い触手の多くはアメーバのように囮にとりついたが、何本かは俺の左足に飛びついた。

『うわぁ!』


 俺は足の触手に向けて攻勢防御のスクリプトを走らせたが、撃ち漏らしに侵入されてしまう。俺の左足は白いタキシードのパンツごとドス黒く染め上げられ、膨らみ始めてしまう。こうなってしまったらもうダメだ。足は捨てるしかない。

 俺は急いでイマジナリーで太ももを切断し、放棄する。


『ぐぅぅ!』


 焼けるような痛みに襲われ、鮮血が噴出し、俺は甲板に転がった。

 万事休す。もはや次の攻撃を避けられる気がしない。俺は殺されてしまうのか?

 創導師グランドリーダーの力は何やってんだよ! 早く何とかしろよ!


 俺は混乱の中、悪態をつきながら止血をし、片足でピョンピョン跳ねながら必死で逃げる。しかし、とても遠くまでは逃げられない。なんとか巨大なウインチの裏に隠れようとして派手に倒れ、ゴロゴロと転がった。


 もうダメだ……。


 なぜ、こんな事になってしまったのか……

 俺は朦朧もうろうとしてくる意識の中、このバカバカしい戦闘を呪った。


『由香ちゃん……』

 俺は由香ちゃんの優しい笑顔を思い出していた。

 困難を超え、ようやく出会えた愛しい人、由香ちゃん……。


 さっき結婚したばかりだというのに、このまま死んでしまうのか?


 こみ上げてくる悔しさで、俺はポロリと涙をこぼした。


 このまま終わるのか?

 本当にそれでいいのか?

 俺は涙に濡れながら、自問を繰り返す。


 目を開けると、そこには巨大な土星サターンが壮大な姿を浮かべていた。


 諦めたらそこで試合終了……、俺は安西先生の言葉を思い出していた。

 そうだ、諦める事だけはしてはならんのだ。


 創導師グランドリーダーがこんな理不尽な暴力に屈する訳にはいかない。

 初心貫徹だ、俺には悲劇を少しでも減らすという使命がある。


『死ぬとしても前のめりで死んでやる!』


 俺は歯を食いしばり、決意を新たにした。


『墓場は決まったかね?』

 バルディックがカツカツと甲板を鳴らしながら近づいてくる。

 直接やり合うのは悪手だ、俺は慌ててウインチの下に潜り込む。すると、支柱の裏に何かが張り付けてあるのを見つけた。手に取ってみるとそれは古ぼけた拳銃だった。拳銃などではバルディックに対抗できないと諦めながらステータスを見てみると、『九四式自動拳銃(天王星ウラヌス製取扱注意)』と、書いてあった。


 天王星ウラヌス製!? チートアイテムじゃないか!? キタ――――!!

 俺は安全装置らしきノッチを外し、試しにスライドを引っ張ってみた……。

 ガチリと確かな手ごたえの後、ボウっと青白く光った。行ける! 行けるぞ!!


 俺はウインチからい出ると、拳銃をバルディックの方に向けてニヤッと笑った。


 最初バルディックは、バカにしたような顔をしていたが、ステータスを見たのだろう、急に顔色が変わり、必死に動揺を隠しながら言った。


『君は……それが何か分かってるのかね?』

『さぁ? 撃ってみたらわかるんじゃないですかね?』

『危ないからまず、それを下ろしなさい』

 バルディックがそう言った時、拳銃が何かに反応してパッと閃光を発した。と、同時にバルディックが、

『ぐはぁ!』

 と、言いながらうずくまった。


 どうやらイマジナリーで拳銃に干渉しようとして攻勢防御を受けたらしい。それだけバルディックが焦っているという事なのだろう。完全に形勢は逆転した。


 俺は丁寧に左足を復元すると、

『俺を殺そうとするのは諦めろ。創導師グランドリーダーは滅ぼせない』

 と、諭すように言った。


『小僧! お前は秩序を破壊する悪だ! なぜ自分の危険性を認めんのだ!』

『悪と言われても……俺はみんなを笑顔にしたい、それだけだ。そのために創導師グランドリーダーの力を使っていく。俺にはそう言う生き方しかできない』

 俺は淡々と言い切った。

『この偽善者が! お前は地球の貧困対策何やってたんだ? 毎日一万人飢え死んでんだろ?』

『う……』

 俺は返答に詰まった。確かに貧困問題は知っていたし、間接的に日本が貧困を助長している事も知っていた。しかし……俺は何もしていなかった。

 痛い所を突かれた。顔が引きつる。


『この偽善者が!』

 ののしるバルディック。正論だが……本当にそうだろうか?

 確かに今の俺の主張はきれいごとかもしれない。でも、『やらない善よりやる偽善』と言う言葉もある。まずは偽善から始めたっていいのではないだろうか?

 俺は軽く深呼吸すると、バルディックをしっかりと見据えて言った。

『偽善? 潰そうとする既得権益者のお前よりマシだ!』

『ふん! 口の減らない野郎だ!』

 バルディックがニヤッと笑った瞬間、俺の右手に衝撃が走った。


Thumpガスッ

 拳銃は宙を舞い……、バルディックが用意した網にからめ捕られた。

 大和の機関砲が知らぬ間に拳銃に照準を合わせていたのだ。


 バルディックは網からすばやく拳銃を回収すると、

『チェックメイト!』

 そう言って拳銃を俺に向けた。

 あまりにもあっけない逆転劇に、俺は呆然としながら痺れる右手をさすっていた。


『小僧に天王星ウラヌスの弾はもったいないか……』

 バルディックは弾を取り出すと、別の弾に換装し、スライダーをガチっと引いた。ボウっとオレンジ色に光る拳銃。

 俺は自分の間抜けっぷりを呪った。


『無能さをあの世で後悔しな』

 ドヤ顔でそう言いながら、再度銃口を俺に向けた。


『き、汚いぞ! 卑怯者!』

 俺は罵る事しかできない。


『何とでも言え、どんな手を使おうが勝てば勝者なのだ』

 そう言っていやらしく笑い、引き金を引いた。


 次の瞬間、俺の右手が吹き飛んだ。この、天王星ウラヌス製の拳銃は物理攻撃無効が効かないらしい。


『ぐわぁぁ!』


 俺は痛みを必死にこらえながら、逃げだした。


 しかし、目の前に転移してくるバルディック。

『逃がさんぞ! 小僧!』


 慌てて反転するものの、左腕も吹き飛んでしまった。


『ぎゃぁぁぁ……』

 両手からの燃えるような激痛に、俺は絶望で塗りつぶされた……。


 俺は死ぬのか?

 今死んだら誰か生き返らせてくれるのだろうか?


 バルディックはそんな俺を見て勝利を確信し、にやけ顔で吠える。

『命乞いをしろ! 小僧!』


『くぅ』

 泣いて詫びたら許してくれるのか?

 許すメリットが無い以上無駄だろう。


 惨めなボロボロの俺の姿を嘲りながらバルディックは、よろよろと逃げる俺の右足を撃ち抜いた。


『ぐわぁぁ!』

 無様に甲板に転がる俺。


『はっはっは、まぁ健闘した方じゃないか? 墓ぐらい作ってやろう』


 千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを棒に振ってしまった俺、もはやあらがう気力も残っていない。

 俺は、甲板に横たわったまま、目の前に大きく流れる天の川を見ながら、つぶやいた。

『由香ちゃん……ゴメン、美奈ちゃんの結婚式も出たかった……』


『では、さようなら』

 そう言ってバルディックは俺の額に照準を合わせる。


『シアンの大きくなった姿も……見たかったな……』

 ポロリと涙がこぼれた。


 と、その時だった。


 若い女性の、

『きゃははは!』

 という笑い声がいきなり響き渡った。


 その、あまりに異質な事態に、バルディックは怪訝けげんな顔をして右舷前方へ振りむいた。

 そこにはシアンの天空の城が浮かんでいた。城は陽の光を浴び、中央の金属塔が鈍い光沢を放ちながら、こちらに向かって飛んでいた。


『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!』

 聞きなれない女性の声に戸惑っていると、バルディックは、


『なんだその不細工な城は?』

 と、馬鹿にしたように鼻で笑った。


『ぶ、不細工とはなんだよ! ポンコツ船に言われたくないね!』

 女性はそう叫ぶと、城を大和に向けて、急加速させた。


『ポンコツかどうか食らってみやがれ!』

 バルディックはそう叫ぶと、大和の砲塔を右に回転させ、主砲の照準を城に合わせた。


 迫る城はオーラのような青白い光に包まれ、天の川をバックに異様な迫力を放ち始める。


 バルディックはそんな城を睨むと、

『よーい……、てぇー!』

 と、叫び、大和の主砲六門が一斉に火を噴いた。


Pow Pow Powパンパンパン


 宇宙なので発射ガスの衝撃だけだが、それだけでも相当な衝撃が体の芯を貫く。空気があったらきっと吹き飛ばされていただろう。


 砲弾は城の周囲で爆発し、着弾しなかった。


『きゃははは!』


 楽し気な笑い声が響く。


『なぜ……効かんのだ……。これが創導師グランドリーダーの力とやらか? ふざけた力だな』

 バルディックは城を睨みながらそう毒づく。


 大和より一回り大きな天空の城は、大和への衝突コースのままグングン迫って来る。


『無駄な事を。大和に体当たりなど効かんぞ。いくらデカくても傷一つつかんぞ!』

 自分に言い聞かせるように叫ぶバルディック。


 主砲が効かない相手の体当たり……無事で済むとは思えない。

 ぐんぐん迫る天空の城、どんどん目の前に大きくなってくる迫力に俺はたじろいだ。


 果たして、天空の城は大和の右舷中ほどに斜めに激突した。


Thudズン


 俺の不安は的中し、大和はダメージをもろに食らった。船体はくの字にひしゃげ、艦橋が折れ、吹き飛ばされた。

 艦内のあちこちで爆発が起こり、黒煙を噴きながら宇宙空間をグルグルと回る。


『うわぁぁぁ!』『おわぁ!』


 バルディックと俺は叫びながら宇宙空間に吹き飛ばされる。

 大和の物理攻撃無効はどうなってしまったのか? 一体何が起こったのか?

 俺は訳が分からずただ宇宙空間をグルグルと回っていた。


 俺がパニックになっていると、ムニュっという柔らかく温かい感触が頬を包み、俺は回転から解放された。

 目を開けると、そこには水色の服を着た若く美しい女性がいて、俺を抱きかかえて優しい微笑を浮かべていた。


『え?』


 俺が混乱していると、その女性は俺を抱えたまま跳んで天空の城の広場に降り立ち、


『パパ、大丈夫?』

 そう言いながら、俺を座らせた。

 そして怪我したところを丁寧に介抱してくれる。

 手際のよい治療で、失った手足もすぐに元通りになった。


 美しく雄大な土星サターンとその環をバックに城の金属塔がそびえている。女性は俺をいつくしむような優しい微笑を浮かべ、透き通る瞳でまっすぐに俺を見つめていた。


『あ、ありがとう……ございます……あなたは……?』

 俺が間抜けな顔をして聞くと、女性は、


『僕が誰だか分からないの? きゃははは!』

 と、うれしそうに笑った。

 この笑い方は……まさか……。


『もしかして……シアン?』

『そうだよ! 自分の子供が分からないなんてひどいよ!』

 そう言って膨れた。


 シアンはすっかり成人して、美しい女性へと成長していた。なぜか作業着のようなつなぎを着ているが、バランスの取れたプロポーション、豊満な胸はだぼだぼな服の上からでも十分に見て取れた。

 顔もよく見れば確かに面影はあるが、スッと通った鼻筋に、流れるような切れ長の目、はつらつとした若さがはじける整った顔立ちは、もはや別人だった。特につやつやとした果実のような唇には心をざわめかせるものがあった。


『さ、さっきまで赤ちゃんだったじゃないか!』

 俺がドギマギしながら答えると、


『パパが、こうなって欲しいって願ったんでしょ?』

 そう言って豊満な胸を強調しながらウインクした。

 どうやら創導師グランドリーダーの力が引き寄せたらしい。おかげで助かりはしたが、シアンはさっきまで暴走していたAIだ。それを土星サターンで大暴れなんてさせて大丈夫なのだろうか? 一抹の不安がよぎる。


 シアンはつなぎのポケットをごそごそとさせ、

『パパ、弱ってるね。玉子ボーロ食べる?』


 そう言って、ニッコリと笑い、お菓子の袋を出した。

『た、玉子ボーロ……?』

 袋に入った粒粒の玉子ボーロ、それはシアンのごほうびにあげていた、ウサギが三輪車に乗った絵のパッケージだった。


 俺が受け取ろうとした瞬間、何かが高速で飛んできて『玉子ボーロ』の袋を貫いた。


『おわぁぁ!』

 思わず叫ぶ俺。


 飛翔体はシアンの額にカンと当たると、そのまま城の金属塔に刺さった。


 揺れている棒……それは、よく見ると赤い鎌のついた槍だった。


 飛び散った『玉子ボーロ』は城の疑似重力に引かれて、広場の床にパラパラと転がる。


『戦闘中に和むな! バカにしてんのか?』

 振り返ると、バルディックは近づいてくる大和の甲板の上で吠えている。

 大和は応急措置をしたらしく、ある程度復旧しているようだった。しかし、右舷はぼっこりと凹み、艦橋もやや傾き、傷跡は隠せない。


『玉子ボーロに何すんのよ!』

 プリプリと怒るシアン。


『お前こそ大和に何したんだ? 大和の防御は完ぺきだったはずだ!』


『ふふーん、何があったかも分からないなんて、みじめだね、きゃははは!』

 そう言ってシアンはうれしそうに挑発した。


 バルディックは悔しそうに右頬を引きつらせると、拳銃の弾を交換し、スライダーを引いて青白く光らせた。

 天王星ウラヌスレベルの攻撃が来る……。


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