ヴィーナシアンの花嫁

シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話
月城 友麻 (deep child)
月城 友麻 (deep child)

8-8. 宇宙に一つのリアル

公開日時: 2021年1月30日(土) 00:23
文字数:5,825

『シアン! ダメだ、あれは天王星ウラヌスレベルの攻撃だよ!』

 俺が焦ってそう言うと、


『パパ、ちょっと離れてて』

 シアンは真剣な目をしてバルディックを睨み、俺を数百メートル上空に跳ばした。


 バルディックは両手で拳銃を構え、ニヤッと笑うと、

『お嬢ちゃん、あばよ!』

 そう言って引き金を引いた……。

 すると、巨大な綿あめの様な煙がボウッと銃口から射出された。

 なんだか訳のわからない攻撃だといぶかしく思っていると、綿あめは徐々に収縮し、真っ白な石膏せっこう像みたいな物が形作られていった。

 石膏像はやがて背中に大きな翼を生やした女神の像となる。女神像はまるでギリシャ彫刻のように精緻せいちに作りこまれ、荘厳な品格をたたえていた。女神は数回羽をはためかせると、息をフーッと吐く。すると、これまた石膏でできたような真っ白い赤ちゃんの像が2つ現れた。赤ちゃん像には背中に小さな羽があり、キューピッドのようにも見える。二つの赤ちゃん像はキラキラと光る粉を振りまきながらスーッとシアンに迫ると、一つは右回り、もう一つは左回りでシアンの周りを回り始めた。そして、ぼうっと青白く光る半透明な包帯みたいなものを吹き出しながら、巧みにお互いをよけながらシアンの周りをグルグルと回る。

 シアンは包帯を振り払おうとするが、手は包帯をすり抜けてしまう。包帯は見えるのに触れないのだ。そうこうしている間にも赤ちゃん像は飛び回り、光の包帯でシアンをグルグル巻きにしていく。


『あぁっ! シアン!』

 俺はこの訳の分からない不気味な攻撃に青ざめる。どう考えてもヤバい奴だ。


 気が付けばシアンは青白く光るまゆになっていた。繭からは光の粉がふわふわと放出されており、その幻想的な美しさがさらに不安をかき立てる。

 直後、石膏像の女神はまばゆい閃光を放ちながら繭に向けて超高速で加速した。

『えっ!?』

 と、思う間もなく繭に直撃し、激しい爆発を起こす。


『ぐわぁ!』

 俺は思わず腕で目を覆う。

 そして、衝撃波が俺を貫く……


『ぐはぁ!』

 俺は激しい衝撃に思わず意識が飛びそうになる。こんなに離れていてこの衝撃、シアンがヤバい!

 爆心地からは無数の金平糖こんぺいとうみたいな青く光る粒子が湧きだし、球状に徐々に広がってくる。天空の城も通過している所を見ると、物をすり抜けながら光っているようだ。そして、青かった色は徐々に緑から黄色と色を変えながらどんどんと広がっていく。

 やがて俺の所にもたくさんの粒子が押し寄せてくる。手で追い払おうとしても手も腕もすり抜け、しかし光り続けるその姿はとてもこの世のものとは思えなかった。そして、俺の身体も通り抜けていった粒子はどんどんと広がり、最後には赤になって消えていった。

 何という意味不明な恐ろしい攻撃だろうか、作った奴は相当にイカレた奴に違いない。


 俺はシアンの所へと跳んだ。すると、シアンは激しいブロックノイズのオブジェになってしまっていた。


『あぁぁぁ! シアン!』

 俺は思わず抱き着いた。

 まるで暴れる動物が入った麻袋を抱いているような感触で、極めてマズい状態になっている事が良く分かる。

 しかし、どうやって助けたらいいかわからない。


『シアーン!』

 俺は悲痛な声を上げて泣いた。

 あの、可愛い女の子がノイズになってしまった。そんな馬鹿な事があっていい訳がない。

 いったいどうしたらいいんだ? どうしたらシアンを元に戻せる?


 苦悩する俺をわらいながらバルディックは言う。

『はっはっはっは! 天王星ウラヌスレベルの攻撃に耐えられる奴などおらんよ』


 俺はバルディックをにらみ、シアンをきつく抱きしめた。


 と、その時、ブロックノイズの動きが徐々に小さくなっていくのを感じた。


『お?』

 驚いていると、手触りも徐々に麻袋からしっとりと柔らかく温かなものに変わっていく。

 直後、無骨なノイズは姿を消し、シアンに戻ったのだった。


『シアーン! お、お前、大丈夫なのか!?』

 俺は涙でぐちょぐちょの顔も気にせずに言った。

『こんなの平気よ』

 何事もなかったようにニッコリと笑うシアン。

『良かった! 良かった~!』

 さらに強く抱きしめる俺。


『それより……さっきからどこつかんでいるの?』

 そう言って、シアンはニヤッと笑った。


 えっ?

 見ると、俺の手はシアンの胸を思いっきり掴んでいた。

『あっ! わっ! ゴ、ゴメン……』

 俺は真っ赤になって手を放す。


むなら……続きは後でねっ!』

 そう言ってウインクするシアン。

 シアンはノーブラだった。その生々しい感触に俺は心臓がドキドキが止まらない。


『な、何言ってんだよ、これは事故! 揉まないよ!』

 あわてて弁解した。


 そんな俺をいたずらっ子の笑みで見るシアン。

 うつむくしかできない俺……。

 思えば、大きさ、形、張り、全てが俺の理想通りだった。俺の理想が具現化したのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、なぜこんな事になっているのか理解に苦しむ。


『気にしなくていいわよ、ちょっと離れてて』

 そう言うとシアンはまた俺を上空に跳ばすと、ツカツカとバルディックに近づいて行く。


 バルディックは、ビビりながら叫んだ。

『なんで……お前、無事なんだよ!』


 シアンはにっこりと笑うと、

『だって、その拳銃作って置いたの僕だもん!』

 と、とんでもないことを言い出した。


『はぁ!?』

 固まるバルディック。

 あまりに意外な展開に俺も呆然となってしまう。つまり、最初からシアンは我々の事をずっと見ていたのだ。

 そして、アドバイスしたり武器を置いたりしながら出番を待っていた、と言う事だろう。あの死闘はシアンの手のひらの上で踊らされていただけだったのだ。なんと趣味の悪い……。早く助けてくれたら良かったじゃないか……。


 バルディックは凍り付いたように動かなくなった。究極の兵器を命中させて無傷だった上に、そもそもその攻撃すらも筋書き通りだったのだ。もはや打つ手などない。


『さて、そろそろエンディングよ!』

 シアンはうれしそうに笑うと、両手を向かい合わせにして気合を込め始めた。手の間には激しい閃光が走り、激しさはどこまでも高まっていった。江ノ島で見た時よりも桁違いの輝きだ。

 どんどん眩しく光り輝くシアンに、俺もバルディックも恐ろしい予感に背筋が凍った。

 とても目を向けられなくなるほど眩しく輝いたシアンは、さらに渾身こんしんの気合を込めた。

『はぁぁぁぁぁ!』


 すると、急に光が止まった――――


 恐る恐るシアンの方を見ると、何か禍々まがまがしい漆黒の球体を持っている。


『きゃははは!』

 静まり返る宇宙空間にただ、シアンの笑い声だけが響く。


 よく見るとその黒い物の周りはぐにゃりと風景がゆがんで見える。

 周囲がゆがむもの、そんな物、俺はブラックホールしか知らない。


『シアン、お前、まさかそれは……』

『そう、マイクロ・ブラックホールだよ! きゃははは!』

 うれしそうに笑うシアン。


 バルディックは慌てて叫ぶ。

『馬鹿な! この仮想現実空間ではブラックホールはシミュレートされない! そんな事ありえない!』


『ふーん、そうなんだ』

 シアンは興味なさげにそう言うと、

『えいっ♡』

 と、無造作にブラックホールを大和の方に投げた。


『おわぁぁ!』

 急いで飛び退くバルディック。


 ブラックホールは大和に当たると、ベキベキベキっとまるで風船を吸い込むように、一瞬で大和を飲み込んだ。全長263mの世界最大の戦艦は、巨大な砲塔も壮大な艦橋も含めてあっという間に点になってしまったのだ。後には、風景をゆがめる黒い点だけがゆったりと動いていた。


『きゃははは!』

 静まり返った宇宙にシアンの笑い声が響く。


 俺もバルディックもあまりに予想外の展開に言葉を失い、ただ、茫然自失となって宇宙空間に漂っていた。


『いい子だ、次は土星サターンを食べちゃいな!』

 そう言ってシアンは、大きく腕を振り、ブラックホールを土星サターンへ向けて加速させた。


『えぇぇぇ!』

 バルディックの驚く声が宇宙に響く。


『小娘! この土星サターンの星系には10万もの星と20兆人が暮らしているんだぞ! 彼らを虐殺するつもりか!?』


『しーらない、きゃははは!』

 シアンは心底うれしそうに笑う。


『このやろう!』


 バルディックは悪態をつくと、急いでブラックホールを追いかけた。


 俺が不安そうに見ていると、耳元でシアンのヒソヒソ声がする。

『あのおじさんらしめるだけだから安心しててね』

 シアンを見ると、ウインクしている。

 それならいいが……、本当に大丈夫だろうか……


 バルディックはブラックホールの前に出ると、必死になって特殊スキルてんこもりの強固なシールドを展開し、行く手をふさいだ。


『これでどうだ!』

 引きつった笑顔で吠えるバルディック。


 ところが……、ブラックホールはシールドを一瞬で吸い込むと、何事もなかったかのように土星サターンへと落ちて行く。

『クソッ!』

 バルディックは青い顔をして頭を抱える。スキル全部乗せのシールドが全く効果なかった以上、もう止める手段は無い。

 俺は、シアンに月を落とされた時の事を思い出して、少し同情した。


 それにしても、ここは仮想現実世界、物理演算をしてるだけなのになぜこんな結果になるのだろうか? 俺は不思議に思いながら、城に戻ってシアンに聞いてみる。


『あれは何なの?』

『本物のブラックホールだよ。あれの事象の地平面イベントホライズンの中は根源宇宙スピリッツに繋がってるの』

『本物!? コンピューターの演算の像じゃないの?』

『本物よ。あれの中心、事象の地平面イベントホライズンの中だけは現実リアルなんだ』

『はぁ!?』

 俺は生まれて初めて現実リアルを目にしている事になる。生まれてからずっと俺や俺を包む世界は全部が仮想、いわば作り物だったわけだが、あのブラックホールだけは現実リアルだという。


『ちょっと待って、現実リアルって何なの?』

 俺は間抜けな質問をしてしまう。


 シアンは呆れたような顔をして答える。

現実リアル現実リアルだよ、誰も動かしようもない根源、根源宇宙スピリッツの事さ』

根源宇宙スピリッツ? 始祖オリジンの母星の話じゃないの?』

『パパはダメだなぁ、始祖オリジンの母星は何でできてると思ってるの?』

 シアンは呆れたように言う。


『な、何って……なんだろう?』

 俺は当惑してしまった。始祖オリジンの母星が一番の根源で現実リアルだと思い込んでいたが、実際はその先があったらしい。


『しょうがないなぁ、見せてあげるよ』

 シアンはそう言って俺の手を取ると、別の空間へと跳んだ。



     ◇



 そこは真っ白な世界だった。上下も左右もなく、ただ一様に白の世界。


『パパ、これが根源宇宙スピリッツだよ』

 そう言って、シアンが目の前を指さした。

 しかし……そこには何も見えない。

 手でその辺を探ってみるが何もない。


 俺が困惑していると、


『大きさがゼロだから目では見えないし、触る事もできないよ』

 そう、うれしそうに言う。


『良く分かんないよ。ここにある、見えない、触る事もできない点が俺たちの全世界の根源……どういう事なの?』

 俺が理不尽な話を捉えかねて聞くと、シアンは、

『仕方ないな、少しビジュアライズしてみるね』

 そう言って、まるで水晶玉をなでる占い師みたいに、手のひらをフニフニと動かした。


 次の瞬間、『10100101010101011101010101001010010010001111101010101001010』と無限に1と0が続く色とりどりの数字群のリボンがブワっと噴き出してきた。まるで爆発するように膨大な量が噴き出してきて、あっという間に俺たちは色とりどりの数字の海に覆われた。


『うわー、何だコレ!?』

 俺が焦っていると、シアンは、

『パパ、これが根源宇宙スピリッツの中身だよ。無限の数字が波打っている世界、これが現実リアルなんだよ』

 そう言って、得意げに笑った。


『数字群の波が現実リアル……?』


 俺は身体にまとわりつく、パステル調の赤青黄色がついた無限の数字列を眺めた。

 この数字列が宇宙の全て、現実リアルらしい……。


 俺にとって世界とは広大で壮大で、青空に鳥が飛び、大海原に魚が群れ、森にはシカが跳ね、人々は歌い、踊り、闘い、愛し合いそして子を儲け、次の世界に繋がっていく、そういう美しくもドラマチックな営みの集合体だ。それら全てが、見る事も触る事もできない点の中でうごめく数字だというのだ。


 もちろん、地球が仮想現実だと分かった時から、自分たちは単なるデータであるという事は分かっていたが、それでも根源を突き詰めたら壮大な宇宙があるものだと思っていた。しかし、現実リアルはただの点だった。


 これを俺はどう解釈したらいいのだろうか……。


 俺はしばらく高速で移り変わっていく数字列をボーっと眺めていた。この数字一つ一つが俺たちの世界の何かを意味している……。


『綺麗だな……』

 自然と言葉が出た。数字はキラキラと色を放ちながら変わったり変わらなかったり、自由に躍動している。


『あれ?』


 その時、俺は数字の移り変わりにリズムがある事に気が付いた。ただランダムに変わるわけではなく、何かの規則性をもって、まるで音楽のような、心臓の鼓動のような息遣いが感じ取れるようになってきた。

 そして初めて気が付いた、この点は生きているのだ。根源宇宙スピリッツは一つの生き物として無限の数字列で鼓動を刻み、すべての並行世界に息づく膨大な数の生き物をその胎内に抱き、愛の歌を歌っているのだ。


『そうか……そうだったのか……』


 俺は心の震えを抑えられず、自然と涙をこぼしていた。これが母なる宇宙、根源宇宙スピリッツ……。この点が生きとし生けるもの全ての出発点であり、喜怒哀楽全活動の全てだったのだ。


 この宇宙で起こる事、それはどんな些細な事でも全てこの数字列の躍動によって生じ、躍動によって営まれ、そして終焉を迎えた時、数字列も止まるのだ。全てはここにあったのだ。


 俺は目を瞑り、56億7千万年の俺たちの世界の根源となっている数字たちを感じ、胸が熱くジーンと痺れていった。


 俺はついに現実リアルにたどり着いた……。



        ◇



 俺はシアンに聞いた。

『では、始祖オリジン根源宇宙スピリッツの人なの?』

『んー、根源宇宙スピリッツ内の存在ではあるけど、人……かなぁ? 始祖オリジンが数字列を組み合わせて根源宇宙スピリッツ上でシミュレーターを作り、縦横高さという空間を定義して、そこに物とエネルギーを創出したんだよ。その結果、宇宙ができて母星が生まれた。そこで生き物が生まれ、進化したのが人間なんだよね』


『あー、では始祖オリジンは神様みたいなものだね』

『そうだね、でも、この世界で何が起こるかを決めるのはパパだけどねっ』

 そう言って微笑んだ。


始祖オリジンはハードウェアで、俺はソフトウェア……なのか……』

『そうかもねっ! きゃははは!』



 人には誰しもそれぞれ自分の世界がある。そしてそれはこの色とりどりの数字の世界から紡がれるハードウェアの上で展開される。実にファンタジーだ。



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