ルーシとパーラは学校前まで来ていた。そのホテルは学校とそう離れた場所ではなかったので、一応は遅刻する直前に着いたことになる。
「よっしゃ。片っ端から回収していくぞ。パーラ、ウィンストン・ファミリーだってわかりそうなヤツは?」
「……無差別に攻撃しかけるの?」
「連帯責任って言葉あるだろ? バカの始末はバカがするんだよ」
「で、でも……」
ルーシはパーラを抱きしめた。
「安心して、身体をワタシに任せて、リラックスし、なにも考えず、楽しく、そして軽やかに決着をつけよう」
ルーシは生前俳優として超一流になれるほどの美少年かつ演者であった。そして、いまもまた女優としてLAの一流地に豪邸を構えていてもおかしくないほどの美貌と演技力をもっている。そしてルーシは、自分で自分の本当の人格とやらを忘れてしまうほどには演技を重ねている。つまりルーシは、一度抱いた女の前であっても、その女のために奔走する人間になったとしても、それが嘘か真かはわからない。
だが、それはたいした問題でもない。ルーシは暴れられればそれで良いのだ。
「行くぞ。とりあえず片っ端から潰していく。見たくないものを見ないのは簡単だが、見たくもないうす汚く腐った生ゴミでも直視することができれば、おまえの人生はより一層良いものへと変わるはずだ」
「……うん」
パーラもまた腹積もりを決めたようだった。彼女だって薄々勘づいているだろう。ルーシがどこか異常な人間であることに。男性の同性愛者は一〇人にひとりといわれているが、女性の同性愛者は六〇人にひとりとされる。そんな少数派からさらに少数であるパーラの好みに当てはまる人間が、正常なわけがないのだ。
「パーラ、愛している……っていう陳腐な言葉はいわねェ。だからワタシは行動で示す。いかにワタシがおまえを愛しているか、いかにワタシがおまえのことを想っているか」
メイド・イン・ヘブン学園。通称、MIH学園。その深淵へ、その陰謀へ、ついにルーシは足を踏み入れる。実力と陰謀の学校の一員になるべく、ルーシは古めかしい校舎へ足を踏み入れた。
ルーシとパーラは学校の裏側を歩いていた。
MIH学園においては、一八歳以上の生徒は喫煙所における喫煙が認められるが、それ以外の生徒──特に実力がない生徒は、このひと気が少ない場所にて煙草を吸っている。なので煙たい。
しかし、一八歳以上でないと喫煙は禁止であるという法律を破っているような者たちは、それだけでは収まらずに他にも犯罪を行っている。
「……懐かしいな。昔はこういうところでクスリを売っていたものだ」
「ん?」
ルーシは生前の母国語──ベラルーシ語でそうつぶやき、そんな言葉を理解できるはずもないパーラは頭を傾げた。
「ああ、なんでもねェよ。さーてと」
パーラは至って普通の落ちこぼれ学生だ。そのため、野蛮な行為には慣れていない。
だが、ルーシにそんな御託は通用しない。
「こんにちは〜」
そういい、ルーシは公然と薬物取引を行う生徒の顔面を壁へめり込ませた。
「えっ!? ルーちゃん、どういうことっ──!?」
「目には目を歯には歯を。素晴らしい言葉だ」
答えになっていない。パーラはあまりにも突然起きた狂気に、ようやく脳を追いつかせて、足が震えていることを知る。
「よォ。ウィンストン・ファミリーについて知っていることあるか?」
──……意識不明だ。やらかしてしまった。
「あー、失敗した。もっと平和的にいかねェとな」
「る、ルーちゃん……」
「どうした?」
「なにもこんなことしなくたって……」
「らしくねェな」ルーシはニヤリと笑い、「こんなことしなくて良い? 違うな。こんなことされるヤツがワリィんだよ。ワタシはなにも間違っちゃいない」
「で、でも……」
「いいてェことはわかる。嫌だよな? 平然と暴力が目の前で起きて、暴力のみで物事をすべて終わらせようとしている。だがな……」
ルーシは気絶した生徒の煙草を抜き取り、それを咥え、
「闘うってのはそういうことだ。ワタシは簡潔に進めているに過ぎない。わかったら、すこし隠れていな」
裏側に溜まっていた生徒は二〜三〇人といったところか。この場所にはこの場所のルールがある。暴力沙汰などもってのほかだ。なので、彼らの標的はルーシのほうへ変わった。
「さてと……いちいち下っ端の相手で体力を使うわけにもいかねェ。ここはどんな法則を働かせるか……」
存在しない法則を操る。魔術は存在しても超能力は存在しない。ルーシの能力は超能力。つまりなんでもできる。その気になれば、地球ひとつ吹き飛ばすことだってできる。地球を滅ぼす法則を働かせれば良いからだ。
だが、体力制限もある。こんなところで体力は使えない。
そして、傍らには、か弱く幼い妹のように震えるパーラがいる。なので、派手な法則を操れば、パーラへも攻撃が流れかねない。
「てめェ!! なに考えてんだクソガキィ!!」
「刺し身食うこと」
そういい、ルーシは指をパチンと叩いた。
そのときには、決着がついていた。
「気がついたことがある。存在しない法則を操れば体力を消耗するが、それを介さずにこのような翼を広げて単純な刃物にしてしまえば……まるで消耗しねェ」
ルーシの背中には、銀鷲の翼が広がっていた。
もともとは黒鷲の翼だったのだが、それはあくまでも追い詰められたときに発生させることにした。
黒鷲と銀鷲の違い。
黒鷲はルーシの能力を好き放題操れるものだ。前世においても、この翼が主軸となって動いていた。だが、これを展開してしまうと、体力の消耗が激しい。この世界には存在しない超能力を無理やり引っ張り出しているからだ。力を抜いて一時間。全力で一〇分。最高火力で一分持つかどうかである。
銀鷲。こちらの概要はよくわかっていない。MIHへ入学する際、魔力がなければいぶかられるので、アル中メンヘラに魔力を注入してもらった……ようだが、その所為かうまく法則を操れない。その一方、翼そのものの火力は増している。黒鷲ではビル群を切り裂く程度だが、この状況ならばビル群を木っ端微塵にできるだろう。
「まァ……さすがにウィンストン・ファミリーのトップクラスになれば、黒鷲のほうを使わざるを得ねェだろうな」
そうちいさくつぶやいた。
うめき声が聞こえる。ルーシは気にする素振りも見せない。こんな声には慣れているからだ。都会の喧騒のように。
しかし、パーラからすれば慣れないのも事実である。
「だ、大丈夫!? いますぐ先生を……いや、救急車!? 一体どうすれば……」
ルーシは慌てるパーラを気にせず、
「よォ。携帯借りるぞ」
適当に選んだ誰かから携帯を奪う。
「あー……。誰が一番偉いんだ? 最短で終わらせてェな。こういうときは……」
ルーシは即座にメリットへ電話をかけた。
「もしもし。タトゥー代出してやる約束だったよな? だったらひとつだけ条件がある。いまからワタシのいる場所へ来い。そして携帯の中身を分析しろ」
手短に終わらせ、ルーシはパーラのフォローをする。
「パーラ。人から奪う覚悟があるヤツは、人から奪われる覚悟もしなくちゃならねェ。奪うと奪われるは表裏一体だ。ワタシのやったことが怖ェか?」
「…………うん」
「そう思うのは自由だ。だが、ワタシがこのようなことをするのも自由だ。そして、おまえを助けるためにやっていることも理解しろ。わかったな?」
「……ルーちゃんのやり方は野蛮だよ」パーラは絞り出すように、「確かにこの人たちは悪いことをしてる。薬物の売買をしてることくらいわかってる。ワタシから金を奪ったってこともわかってる。だからって……こんなに痛めつける必要性なんてない」
「ふん……やはりおまえは優しいヤツだ。裏表がない。きっとワタシのことを見捨てることはできないだろうし、しかし同時にコイツらのことも思いやっている。……おまえはそのままでいろ。人に優しくできるのは、ひとつの才能だ。ワタシはいつの間にか……人へ優しくすることを忘れてしまったんだな」
「……違うよ」
ルーシはらしくもなく怪訝そうな顔になった。
「ルーちゃんはとっても優しい人なんだよ。だってワタシのことを見てくれるんだもん」
「……そうかい」
結局、パーラは誰にも相手にされてなかったのかもしれない。同性愛者というある種の悲運を抱えながら、それでも必死に恋人を探していたのかもしれないが、つまるところ、パーラを恋人として見てくれるのはルーシだけ──しかもルーシからすれば都合の良い女としか捉えられておらず、されど彼女はルーシのことを信じているのだ。
「ワタシは誰からも相手にされなかった。人を好きになるって感情がわかんなかった。メントちゃんは大好きな親友だけど、そういう関係へ持っていきたいとは思えなかった。でも、ルーちゃんは違う。ルーちゃんはワタシを見てくれる。それだけで優しいんだよ」
「……やり捨てされるとは思わねェのか? ワタシはそういう人間だぞ? 快楽主義の刹那主義だ。そう遠くねェ未来におまえのことを飽きてしまうかもしれねェ」
「それでも良いんだよ」パーラはどこか冷静な口調だ。
「……わからねェな。そんなヤツ、見たことねェ」
「ワタシはワタシで満足できれば良い。ルーちゃんはルーちゃんで満足できれば良い。恋なんてしたことないけど、きっとそうやってできてるんだと思う」
ルーシも恋愛などしたことない。男娼時代が終わり、晴れて自由の身になっても、まるで復讐のように女を散々利用し尽くし、最後は捨てて終わらせる。だから、実年齢一八歳のルーシは、並の人間よりも断然経験が深いルーシは、それでもなお恋愛はしたことがない。
「……そうかもな。だったらワタシは満足するまで暴れるだけだ」
そうやって話していると、不気味な雰囲気を漂わす少女がやってきた。間違いなくメリットだ。
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