──なんでオレは落ち着くことができねェんだろうな。カラオケで酒飲みながら親睦を深めようと思ったら、よくわからん女と闘うことになっちまった。
模擬戦地下。真っ白な空間だ。なんでも魔術が適応されるらしく、一瞬で相手が死んでしまうような攻撃を加えた場合を除き、相手が闘えなくなったらそこで強制終了となる。
「準備おっけーですよ。そちらさんは?」
「できてる……行くぞっ!!」
──さァ、なにが来る? おもしろけりゃ良いが。
メントは矢印のような現象を出してきた。そう、矢印。黒の矢印でサイズはなかなかおおきい。
触れればどうなるのか。ひとまずルーシは触れてみた。
「なるほどねェ……」
存在しない法則を操り、ルーシはメントのスキルを解析する。
いわゆる爆発系だ。触れた瞬間爆発するのだ。なかなか殺傷性の高いスキルである、
「……効かないっ!? だったら!!」
メントはルーシのスキルを反射系だと思ったのか、今度はさらに巨大な矢印を出してきた。
そして、ルーシは何事もなかったかのように、それを打ち消した。
「そうですねェ……。たぶん、メントさんじゃワタシには勝てないと思いますよ? だからこうしましょう。ワタシのスキルを当てられたら、メントさんの勝ち。当てられなかったら……」
距離感は一〇メートルほど。ルーシは一歩ずつメントへ近づいていく。
「殴り合いでもしてみますか」
当然、小バカにしている。ルーシだって理解していないスキルを、メントが分かるわけない。なのでルーシは一歩ずつ、コツコツと、彼女との間合いを狭めていく。
「……っっっ!! なめるなあ!!」
「おお、すごいすごい」
黒い矢印? いや、もはやカラスの群れのようだ。当たれば木っ端みじんになるのは間違いない。そう、当たれば。
「おもしろい現象、見せましょうか?」
ルーシのスキル。簡潔明瞭だ。「存在しない法則を操る」ものだ。ただ、それがどこまで通用するかは当人にもわかっていない。だから理解できていない。
そして、ルーシは、メントのスキルを強制的に巻き戻した。
「……っ!? なにが……?」
反射ならばメントは直撃を受けて死んでいる。
操作でもこんなめちゃくちゃなことはできない。
なら、なにをした? なんで攻撃で出した魔力がすべて自分のもとへ戻っているんだ?
「それを当てるのが醍醐味でしょう。ところで、メントさんのランクは?」
「……Bだ」
「なら、すこし考えてみたらわかるかもしれませんよ?」
そんなことをいっている間にも、ルーシはゆるりゆるり距離を縮めていく。
されど、メントに恐怖の感情は芽生えなかった。
「……どんな意味不明なスキルにも、必ず穴がある。それを突いてやる!!」
そう。穴はあるのだ。この世に完璧なものはない。無敵もいない。
ルーシにだって弱点はあるはずだ。そこをどうやって突くか。
「へェ。おもしれェな。先ほどの攻撃が必殺技だったんなら、もう心がへし折れててもおかしくねェのに……まるで目が死んでいねェ。そういうヤツは大好きだぜ?」
ルーシの口調がわざとらしい敬語から、普段使いのものへと変わった。
「当たり前だ! こんなよくわからないクソガキに、MIHのランクAを奪われたアタシの気持ちにも鳴ってみろ!! ランクAはわずか五人! キャメル、ウィンストン、ラーク、ピアニッシモ、ホープの五人だけだった! アタシは、コイツにかなわないって思ってた! でも……アンタには勝ち筋が見える」
怒号のような声から一転、メントは強気な笑顔を見せた。
「……と、いうと?」
ルーシはメントのことを気に入っていた。精神的に強く前を向ける人間が大好きなのだ。ルーシが男娼にまで堕ちても、薬物依存症になっても、それでも日本裏社会を征服したように、どんなときでも前を向ける人間が大好きなのだ。
「アタシはメント!! アンタを超えて、ランクSになる女だ!!」
刹那、絶対の防御を誇る「存在しない法則」が破られ、ついにルーシの身体へ魔術による攻撃が通った。
「……ッ!?」
──攻撃が入った? なぜだ? クールと闘ったとき、オレは自分の能力を理解できていたはずだ。超能力は存在しないが、魔術は存在する以上、攻撃がとおるわけがないだろ……ッ!?
「……ようやくあせったみたいだな。ロスト・エンジェルス……いや、世界でもひとりしかいないって噂されてた、法則を乱すスキルを持ってると踏んだんだ。ここから蹴りをつけるぞっ!!」
土壇場に追い込まれたルーシ。余裕のあった表情から、すこしあせりが見えはじめた。
ルーシがこの世界に来て闘った最初の強敵はクール。だが、クールの攻撃すら、自分の能力を定義できれば防御できたし、彼のような人間にも攻撃を加えられた。
だが、今回は違う。ルーシはメントに能力を考えさせた。自分の能力は一切喋っていない。
なのに彼女はそれを割り出した。
だから、ルーシにとって二回目の苦戦……いや、下手を打てば負ける闘いがはじまる。
「四の五のいってられねェなッ!!」
ルーシは背中に翼を広げた。ルーシの能力はなぜか翼が生える。だが、これはクールも同様なので、別に珍しいものでもない。いわば能力の底上げに使うのだ。
だが、
「銀色の翼……? いや、銀鷲の翼か」
メントはそういいはなった。
──銀鷲? オレの翼は黒鷲のはずだ。黒い翼のはずだ。なにが起きている?
それを考える間もなく、ルーシはメントによる攻撃がはじまる。以前のような矢印だ。
そして翼で身体を隠し、ルーシはそれを防ごうとする。
だが、またもや妙な現象が起きた。
──防御し切れていないッ!?
黒鷲の翼ならば、この世には存在しないものを引っ張り出してきているといういい方が正しいため、理論上はどんな攻撃もはねのける。
しかし、メントの攻撃は一部だけ貫通し、ルーシの右腕を貫く。
「効いたな!? だったら……っ!!」
またもや矢印が動く。
──再生もうまく作動していねェ。ということは、超能力と魔術が混ざったのかッ!?
超能力は存在しない。この世界においては。
魔術は存在する。この世界においては。
それが混ざるとどうなるか?
「まいったぜ……。あのアホ天使め。どこまでもオレの足を引っ張りやがる。なら──」
矢印が放射された。
ルーシはここで気がついていた。メントの矢印はまっすぐしか飛ばないのだ。発射した時点で定めた狙い以外の場所へ飛ばせないのだ。
だったら、ひとまず回避だ。
ルーシは翼をなびかせ、空を飛ぶ。
「交わしたかっ!? でも、もう一回撃てば……!!」
だからといって、ルーシは鳥ではない。自由自在に空を動けるわけではないのだ。ましてやここは無風に近い。存在しない風を作れる確証もない。ならば、いつものように空を飛んで華麗に移動はできない。
そんなことはメントも承知しているようだった。
そして、敗北が決まる一撃が放たれる。
「……ギリギリセーフだな」
ルーシの背中には、黒鷲の翼──勝利を確定させる壮麗な翼が動いていた。
「…………っ!?」
「わかっているみてェだな。そうだ。もう隙間はねェ。だが時間もねェ。ここは……」
使えるものならばすべて使う。それがルーシの考え方だ。法則を乱すことで戦闘を強制的に終了させられるのならば、それに越したことはない。
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