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ルーシ、クール、よくわからないヤツ、ポールモールは、車でMIH学園へと向かっていた。運転席にはポールモール。クールは運転こそできるが、免許証を持っていないらしい。ルーシは現在の年齢的に免許所得は困難。なのでポールモールが運転する。黒塗りのリムジンを。
「酒はダメだからな。煙草は良いが」
彼女は目をつむり、必死で酒への手を抑える。たいしてルーシはすでに五本目の煙草へ火をつけていた。到底一〇歳児ではないが、クールも咎めようとはしない。
「で? 流れを確認しておこうか。まずワタシとおまえは親子っていう設定だ。ポールが偽装してある以上、なにか突かれる心配はないはず。いまは春休み。キャメルは登校していない。どちらにしても学校では会うと思うが、今回やる仕事的にアイツはいないほうが好ましい。そして試験はばっちり。模試を受けたが、三回連続A判定だ。あとは……」
「セブン・スターへ推挙できるだけの実力があるのかを認めさせることだな。まァ姉弟のスキル的に問題はないはずだ。なにせこのオレを倒したんだからな。学力大丈夫、スキル大丈夫、つまりは……」
「ワタシとおまえがどれだけ強欲になれるかで勝敗は決する。要求金額一億メニー。イースト・ロスト・エンジェルスを征服には充分だろ? ポールの武器庫とサクラ・ファミリーの兵隊、そしておまえの組織。それらがワタシの掌で踊る。最高じゃないか」
この作戦、要するに裏金制度を使い、学校側から金を提示させようというものだ。綿密に計画は立てられている。あとは、勝つだけだ。
「アニキ、ルーシ、もう一分としないうちにつく。降りる準備を」
スピーカーからポールモールの声が聞こえた。ルーシとクールはそれぞれ顔をポンポンたたき、勝負へ挑んでいく。
「……ワタシの名前覚えてくれましたか?」
そんななか、彼女は恨みつらみがたまりきった表情でいう。
「ああ、ばっちりだぜ。そう、ばっちりだ」
「そうだな姉弟。完璧だ。まったくもってな」
「……じゃあワタシの名前いってくださいよ」
「よし、行こうか」
「そうだな姉弟」
ルーシとクールは車から降りる。
クールはMIH学園の本校舎を見つめ、感傷に浸ったかのような顔になる。
「そうか……オレは一七年前、ここに入ったのか。楽しかったな。毎日毎日退屈しなかった。ジョン・プレイヤーに会いたいな」
「ジョン・プレイヤー?」
「ああ」クールは柔和な苦笑いを浮かべ、「壮麗祭でオレに唯一勝ったヤツだ。アイツがいなかったら、オレは三連覇してただろうな。確かアイツはセブン・スターになったはずだし、やっぱオレのライバルにふさわしいヤツだったんだ」
「そうかい……。おまえに勝てるほどなんだから、相当強ェんだろうな」
「アイツはオレのこと嫌ってたけどな。なんか気に入らなかったらしい」
「そりゃあ……おまえほどの男なんて嫌われることのが多いだろ。特に上位層にはな」
結局、才能に恵まれている人間は嫌われる。同じほど、いや、同等以上に努力しても、才能の差で負けるからだ。底辺層からすれば関係のない話しだが、ルーシやクールはある程度嫌われ者になることも覚悟しなくてはならない。有名税のようなものである。
「じゃ、行こうか。ルーシ」
「うん、お父さん」
「……ホント、一瞬でキャラ変わるよな。声質まで全然ちげーし、なんか表情まで柔らかくなるしよ」
「仕方ないでしょ。一応親子ってことになっているんだから」
「まーな。あ、アイツいなくなっちゃった」
「ひとりで試験受けに行ったんじゃない? どこに行けば一発試験受けられるかは教えておいたし」
そんなわけで彼女はいなくなった。ルーシとクールは車にポールモールをまたせ、仕事へ向かう。
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「考えてみてください、あのクールの娘ですよ? 実力は必ず高いはずですが、学校の風紀も同時に乱すのはほとんど確定的で……」
「クールは一五歳なのに教員用の喫煙所で煙草吸ってたし、あるときなんかドラッグパーティーを開いてたし、気に入らない生徒は暴力を振るったあと学校の中心に裸で放置してたし……正直、その娘が入るとなると、逆に評判が下がるのでは?」
「いや……あのクールの娘だぞ? 一〇歳と聞いているが、現状でもランクA相当の実力はもっているはずだ。一〇歳がランクAはまるで前例がないから、飛び級で高等部へ入れるのは確定としても……三年間、いや、一年でその娘はランクS……そしてセブン・スター予備軍になってくれるはずだ。千載一遇の好機なのは間違いない」
教員たちの意見はぶつかり合っていた。なにを成すにしても、血縁というものは大事であり、その頂点に立つ、歴代最高の血を持つ男のひとり娘。しかし歴代最高の男は歴代最低でもある。それは、いま彼がマフィアをしていることからもわかるだろう。
「正直、MIH学園は瀬戸際だ。新興学園に押されて、セブン・スター排出率がもう数年と経てば負けてしまうかもしれない。現状我が校でセブン・スターへ推薦できる可能性のある高等部生徒はキャメルひとり。しかもキャメルはクールの妹だ。そしてキャメルは、あくまでも推挙できる程度の実力しか持っていない。一〇年にひとりの天才は、一〇〇年にひとりの天才にはかなわない」
そんな学校のなかでも最高の権限を持つ教員たちが密談を行っていたら、
「よォ!! 先生たち!! 懐かしいな!! ひさびさに来たから窓ガラスとか割っちゃったけど、許してくれや」
問題の種が現れた。
「く、クール・レイノルズ……」
「ああ、クールだ。わざわざ敬称でいう必要なんてないぜ? 手短に行こう。ルーシ」
巨漢であるクールの後ろに隠れていたのは、銀髪碧眼幼女だった。
「うん、手短にね。先生の皆さん、簡単にいいます。契約金として一億メニー提示してください。こちらの条件はそれだけです」
教員たちは揃いも揃って口を開け、目を見開いた。
やがて、ひとりが思考を追いつかせ、いう。
「……一億メニーだと? 裏金の領域はとうに超えているが?」
「常識は破るためにあるんだぜ、ハゲ先生。このオレの娘だぞ? スキャンすりゃわかるが、魔力もスキルもすげェのは間違いない。それに……もう八〇〇〇万メニーまでなら出すって学校を知ってるんだ。出せねェなら仕方ない。そっちへ行く」
当然、真っ赤な嘘である。ルーシとクールはきょうはじめて学校と交渉しているのだ。
「んで、オレら時間がねェんだ。この場で決めろ。一億か撤退か。でも、コイツを逃すのはもったいねェとは思うぜ?」
台本どおりだ。相手に考えさせる時間を与えず、クールの娘というブランドを最大限に引き出し、仮にスキャンという状況になってもランクA以上は確定的で、一〇歳でランクAならば必ずランクSになれると思わせる。ギャンブルスタートに見えて、しっかりと計算はされているのだ。
「……学力はあるんだろうな?」
「試験を受けても良いですよ。必ず合格点はとれます」
「……スキャンしろ」
「わ、わかりました」
カラスらしき生き物が運ばれてくる。ルーシはクールへ教わったとおり、その黒カラスの目をじろりと見つめる。そして一秒後には結果が出てくる。
「……こ、これはッ!!」
「現時点でランクSだとッ!?」
ランクS。基本はランクAの次の段階だと思われがちだが、その間には絶対的な壁がある。当たり前である。MIH学園の一〇〇年の歴史で、たったのふたりしかランクSと評定された者はいないのだから。
「……理事長と校長へ連絡しろ。来年と再来年の裏金を全部使ってでも、ルーシ・レイノルズを獲得しろと」
勝った。あっさり勝った。当たり前の話しだ。ルーシの能力は前世から変わらず、超能力である。たいしてこちらの能力というものは魔術。つまり、ルーシの評価がランクSになるのは当然なのだ。この世には存在しないとされる能力を持っているのだから。
「さっすが、話しが早くて助かるぜェ!! じゃ、この口座に一億メニー振り込んでおけや。四月からコイツは六歳飛び級で高等部一学年ってことにして、あとはしっかり通わせるからよ。一応オレも人の親だしな?」
そういい、嵐たちは去っていった。
「……ランクSは捨てがたい。だが、本当に良かったのかは、誰にもわからんな」
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