「チッ。出てやるか……」
心底面倒だし、心底意味がないが、ルーシは電話へ出る。
『ルーシさん!! なんでワタシには友だちができないんですか!? 気さくに話しかけたのに、完全無視されるか勘弁してくださいっていわれるかのどちらかなんですけれど!!』
「知らねェよ。どうせ口が臭せェんだろ。そんなヤツの相手してェ人はいねェよ」
『ち、違いますよ!! きょうはちゃんと歯磨きもしましたし、シャワーも浴びました!! なのに誰も寄ってこないし、こっちから話しかけても相手にされないんです!!』
「そりゃおまえだからな。この世でおまえの相手できるのは、オレだけだ。ものすごく悪い意味で」
『天気良いですね~とか、きょうはなに食べてきたんですかって聞いても、返事すらされないんですよ!?』
「世間話が下手なんて次元超えているな。まァ、おまえと話すのダリィから切るぞ」
『ちょ、ちょっと待って──!!』
ルーシはうつむく。なんで二五歳の世話をしなくてはいけないのだろうか。ルーシの実年齢は一八歳。二五歳の女とそういったことをしたときはあっても、ソイツらはさすがに自立していた。だが、メンヘラ天使にはそんな退屈な常識は通用しないらしい。
「あー……行く気失せる。行かなきゃはじまらねェが……不登校になるヤツってこんな気持ちなのか?」
そんななか、パーラが出てきた。
ここでルーシは気がつく。パーラの制服には、メリットとルーシが吸った煙草のニオイが染み付いていることを。
「パーラ、煙草臭せェか? 制服」
「うん!! めちゃ臭い!!」
「いじめの温床になりそうだな……。というか、ひとつ気になっていたことがあるんだ」
「な~に?」パーラは無邪気な笑顔だ。
「MIHの派閥ってどうなっているんだ? きのう、キャメル……お姉ちゃんから誘われたんだ。あの子も派閥を持っているのか?」
「……フランマ・シスターズって名前の派閥のトップだよ?」
パーラはなにかいいにくそうだった。できれば口をつぐみたいのだろうか。
「そうかい。あの子がトップなら、さぞかし平和的なんだろうな。まァ話したくなきゃ話さなくて良いんだが……他にもあるのか? 有力な派閥が」
「……五個ある」
「いいたくねェんならいわなくて良いぞ?」
ルーシはパーラを気にかける。そういうことをした相手だからだ。愛着があるのはなんら不思議なことではない。
「……いや、ルーちゃんが望むならいう」
パーラは普段の楽しそうな、陽気な、そしてなにも考えてなさそうな顔でなく、真剣な顔つきでいう。
「五個の派閥。五大派閥っていわれてるんだけど、まずフランマ・シスターズが一番強いんだ。キャメルちゃんがトップだからね。シスターズっていうくらいだから、当然みんな女の子で、ランクはB以上。別にキャメルちゃんが望んでるわけじゃなく、キャメルを慕ってる人たちが強いからっていったら良いのかな?」
「なるほど。ランクBっていったらなかなかだしな」
もっとも、きのうランクB四人を一瞬で片付けたが。
「んで、キャメルちゃんはいじめをなくしたくて、いろんなことをしてるんだ。メンバーが悩み相談に乗ったり、先生と協力していじめをする生徒を止めたり……。でも」
「でも?」
「正直、いじめはなくなんない。フランマ・シスターズは深いところまで関与できないから。関与できないというより、もっと陰湿ないじめには気づくことができないからだね……」
当たり前といえば当たり前の話しである。ルーシは学校など小学校中退で終わっているが、女子のいじめが陰湿かつ不気味なものであることくらいわかる。そしてそれは、パーラの表情からも推察できる。
「そりゃ難しい話しだな。いじめがこの世からなくなることなんてありえねェが……結局フランマ・シスターズは役立たずってことなんだろ?」
「ものすごく悪いいい方をすると、そうなるね……」
「じゃあ他は? キャメルお姉ちゃんから五大派閥ってのは聞いていたが、残りの四つが気になるな」
「……序列があるんだ」
「序列?」
「フランマ・シスターズは当然第一位。さっきいったように、キャメルちゃんがトップだからね。その次が……正直いいたくないんだけど」
「いいたくねェんならいわなくて良いぞ? 無理強いはしない」
パーラは手で顔を隠し、どこか泣いている子どものように、
「序列第二位。ウィンストン・ファミリーっていうのがあるんだ……。トップはMIH次席のウィンストン先輩。この人たちは……裏社会ともつながりがあるらしくて、上位層に上納金を収めないとファミリーから追放されるから、頻繁に生徒を恐喝してるんだ……」
うつろげな声でいう。
「そりゃ厄介だな。と、いうことは? 恐喝されたことがあると?」
パーラは富裕層のひとりだ。MIH学園に入ることができる時点で、緩やかな共産主義体制をとっているこの国においても金持ちのひとりであることには変わりない。
「……何回かは」
「いくらだ?」
「五〇〇〇メニーくらい……」
「あとで倍にして回収してやるよ」ルーシはあっさり約束した。
「そんなことしなくて良いよ……。ルーちゃんに危険なことをさせたくないし……」
「危険? 下っ端どもからせびるくらい楽勝だろ?」
「あのね……」パーラは再び恐怖を覚えたのかルーシに抱きつき、「ウィンストン・ファミリーの構成員は三〇〇人を超えてるんだ……。正直、こうやって声にするのも怖い」
ルーシはパーラの頭を撫でる。猫耳を触られると気が楽になるらしく、パーラはすこしだけ落ち着いた表情になった。
「だからなんだってんだ? ワタシが負けて裏ビデオに売られるとでも? 大丈夫だ。ワタシを信じろ。信じられるのはワタシだけってことを信じろ」
ルーシのいったことはまったくのデタラメではない。すでにランクB程度ならばたいして体力を使うこともなく、あのアホ天使が混ぜてしまった『銀鷲の翼』でも充分だろう。ウィンストン・ファミリーだか他の派閥だか知らないが、一〇〇人単位で挑んでも傷ひとつつけられなかったルーシのことは、もはや恐怖の象徴的な存在になっているのは間違いないのだ。
「ルーちゃんを、信じる……?」
「ああ、そうだ。信じろ。この国に神はいねェ。だが人はいる。神なんざ人の妄想だ。だから人を信じるんだ。だいたい、ランクDから金奪うってい発想が気に入らねェ。どうせならもっと強ェヤツから奪うのが楽しいのであって──」
そこまでいっておいて、ルーシはじぶんのいっていることが失言であることに気がついた。パーラのことを守ろうとしているようにいっているように見え、結局自分が好き放題暴れるために、方弁を並べているだけだということに気がついたのだ。
だが、パーラにそれを見抜く力があるとも思えなかった。
「ほ、本当?」
「……本当さ。五〇〇〇メニーだろ? 利息もつけて一〇〇〇〇メニー奪ってきてやるよ」
「でも……ルーちゃんが傷つくとかなんか見たくないよ……」
「ワタシを舐めるな。学校行くぞ。授業なんか受けなく良い。どうせワタシのランク的に、授業なんざ受けなくともなにもいわれねェだろ」
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