メリットは本を読んでいた。周りは本だらけだ。本の匂いで腹痛を起こしそうになるほどである。
「……時代は電子書籍なのに」
彼女の読む本は、ゲテモノ料理と一緒だ。普通の人は好んで読まないものである。
「ソースがない。ボツ……なんで、旧魔術って忘れ去られたのやら」
この世界の魔術はおおきくふたつに分けられる。
いわゆるスキルといわれるヤツが、類義的には「新魔術」と呼ばれる。つい一〇〇年前ほどに理論化された魔術だ。
そして、旧魔術とは──。
「かつて使われていたはず、そしていつの間にか消えてしまった。でも情報として魔導書っていうよくわからんものが残ってる。だろ? メリット」
「……厄介事が来た」
メリットは根元が黒くそれ以外は紫色になっている髪色をしていて、不良風な見た目をした少年から、コーヒーを渡された。
「厄介事とは失礼な。ある意味寛大なオレを目の前にして」
「寛大? だったら一〇〇〇メニーいますぐ返して」
「それはいわねェ約束だぜ……。金がねェ人間に金を求めるなんて、無義だとは思わねェか?」
「金がないなら金を借りない。そんなこと、幼児でも知ってる」
「恋人にたいする言い草じゃねェな」
「アンタは勝手にワタシの尻を追いかけてるだけでしょ、バージニア」
バージニア・エス。いや、彼は元王族ではないのでバージニアが本名なのだが、付き合った女子がことごとく彼をサディストというため、いつの間にかエスというあだ名が名前の後ろに来るようになってしまった、変なヤツである。
「いやいや、オレのテクニックを知らねェからそういうこといえるだけさ。仲良くしようぜ?」
「テクニック? ビッチに首輪つけて四つん這いにさせてMIH学園を散歩してた人間のテクニック? 悪いけど、SMには興味ないし、社会倫理くらい守ろうと思ってる」
「ありゃあの子が望んだからやっただけだ。おかげで一ヶ月停学。しかもその子の親が裁判しかけてきて、おまえやそのほかから金借りる羽目になった。親も呆れてなんもしてくんねェしさ~」
つまり、そういうヤツである。メリットに関わってくる人間にまともなヤツはいない。そしてそれはメリットが異常者だという証明でもある。
「SはサービスのS。MはマスターのM……。本当、業が深い」
「そう思うだろ? オレは人の望むことしかしねェんだよ。でも、望まれたことをするとなぜか異端児扱いされる。その点、おまえは望みがわかんねェ。だから付き合おうぜって話しだ」
「望み? いますぐ眼中から消えてくれることしかない」
「そう思ってねェから絡んでるんだよ」
「そう思ってほしい」
なかなか不毛な会話だが、メリットもバージニアを無理やり追い出そうとはしない。バージニアはランクBだが、正直実力はメリットには及ばない。その証拠もある。
「だいたい、ランクBをあっさり負かしたヤツなんだぞ、おまえは。まじでびっくりしたわ。楽勝楽勝思ってたら、なんかボコボコにされるのよ。ついにオレもバージニア・エムになっちまうのかと思ったけど、ただ痛てェだけだなあれ。サービスマンとしてはいただけない」
「口先だけは偉そうなヤツを負かしたときほど、気分の良いときはないかも」
「そう感じてねェはずだ」
「……さっきからなに? また金の無心? 次はどんな裁判? 路上で自慰行為でもやらせたの?」
「いや、ヤニくんねって話しだよ」
「……ほら」
図書室。当然喫煙は禁止。そもそもメリットとバージニアは未成年であるため、発覚すれば停学もありえる。いや、バージニアはランクBなので喫煙程度ではなんの処分を受けないかもしれないが、ランクDのメリットは常にその可能性がついてまわる。
それを踏まえれば、バージニアが当然のように煙草に火をつけたのはよろしくない行動だった。
「……アンタ、ワタシのこと嫌いなの?」
「んー? むしろおもしろいヤツだとは思ってるけど」
「だったら外で吸ってよ。持ち検されたら、困るのはワタシ」
「おまえはいますぐにでも煙草を吸いたそうに見えるけど」
バージニアはなんの臆面もなくそういい放った。この男の考えていることは意味不明だ。
「一日に一〇本までって決めてる」
「嘘だね」
「……はあ?」
「肌荒れと口臭、体臭や老けるのが嫌だからそういってるだけに感じる。だいたい、喫煙者にそんな考えは必要ねェだろ?」
メリットはバージニアが煙草を吸うのを見て、身体がニコチン・タールを欲しているのを感じる。あのクソガキが吸っているときもそうだった。だからついつい釣られて一箱吸ってしまったのだ。
「おまえの望みは……あー、いや、この場での希望はなんも気にせず煙草を吸うことだろ?」
「……まあ」
「オレは人の望んでることがかなう瞬間、それが続く時間が大好きだ。だから、ほら」
バージニアはオイルライターの火をつけた。
メリットはその誘惑に負け、煙草を咥えた。
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