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屋上。非常に広い喫煙所にて。
こんなに広い場所なのに、人はまったくいない。なにかイベントでもあるのだろうか。
「ま……関係ねェか」
ルーシはベンチにもたれ、白に赤のアクセントがある一二ミリのソフトパッケージ煙草を取り出す。のこり三本。クールの部下におつかいさせたほうが良さそうだ。
そんなルーシのもとへ、
「またいつか会おう、っていってたくせに」
メリットが現れた。
「しゃーねェだろ。喫煙所はひとつしかねェんだから」
「しゃーない? 九歳か一〇歳程度の子どもと煙草吸ってたら、こっちまで通報される」
「おまえこそ高校生だろ? キャメルから聞いたぞ?」
「……キャメル?」
「知っているだろ。MIH学園の主席だよ。ワタシの叔母……というか、姉みてェなもんだ」
「……アンタは才能に満ちあふれてそう」
「まァな……」ダウナーな声である。
ここでルーシは煙草に火をつける。吸い方は昔から変わらない。尊大な態度で吸うだけだ。
「アンタみたいなヤツが一番嫌い」
「あァ?」ルーシはメリットを睨む。
「才能にかまけて、与えられたチカラでどんどん出世していって……だから嫌い。ドイツもコイツも才能だけで勝って、なにが楽しいのかわかんない」
「そりゃおめェ……」ルーシは半ば寝っ転がるように手を頭の後ろに回し、「別に才能だけってわけでもねェだろ。偉大すぎる兄を持つがゆえに、いまある実力で我慢するっていう当然の判断ができないヤツだっているんだ。無能も有能も苦しんでいるのさ。そしておまえは無能じゃない」
「……はあ?」
「去年の壮麗祭、キャメルが優勝したんだろ? 一年坊のくせに二、三年生を潰して優勝となりゃ、たいしたもんだ。だが、ソイツがいっていたぞ? 去年もっとも苦戦した相手はふたり。ウィンストンとメリットだって」
「ふ、ふーん……」
あからさまに喜んでいるじゃねェか。まァそうなるか。
「よくわからん魔術を使うともいっていたが……それはスキルの一種なのか? ワタシのスキルも汎用性は高けェが、結局与えられた以上のことはできない。だから気になるな。おまえのスキルが」
ルーシは直接的な質問を投げる。ルーシのスキル──超能力の性質上、これから強敵と闘うことを考えれば、手札は多いほうが良いのだ。五分間程度だけ最強では、話しにならない相手も多いだろう。
「……教える義理、ある?」
「ねェな」
男の姿、前世の姿ならば、適当な甘言でこの女を口説き、能力を根こそぎ盗み取れただろう。しかし、いまのルーシは一〇歳の幼女だ。女をどんなに口説いたところで、同性愛者かつロリータ・コンプレックスでもない限り、相手にもされない。
なので、ルーシは別の方法を考える。
「じゃあよ、互いで青写真を交換し合うってのはどうだい?」
「……スキルを見せ合うってこと?」
「そういうこった。なに、見せ合うだけだ。それをものにできるかは当人次第。それに……ワタシもMIHに入学するんだから、次の壮麗祭でライバルになるヤツのスキルを見ておくのは結構有意義だと思うぜ?」
「悪くない提案だけど……」
「だけど?」
「アンタ気づいてないの? 強盗がこっちに向かってきてるよ」
ルーシのカバンには巨額の金が詰まっている。そしてルーシは買い物においてその金を何回か見せつけた。それを見た悪党たちが集結してもおかしな話しではない。
「なるほど。なら余計にやりやすいな。こっちまであと何秒でたどり着く?」
「三〇秒」
「りょーかい。そこで青写真を見せ合おう」
正直なところ、強盗が複数人来たところで問題はない。所詮は下っ端が命令されて訪れただけだからだ。たいしたヤツがいるとも思えないし、実際メリットが取り乱していない時点でそれは強固な証拠になる。
しかし、さすがに撃ち殺してはまずい。これから高校へ入学するというのに、公然の場で人を殺したら、その話しは完全に流れてしまうのだ。裏社会にいれば感じないもどかしさ。だが、文句ばかりつけていられない。
「来た」
「よっしゃ」
ルーシは自分の意思をもって、黒鷲の翼を展開する。メリットはやや面食らったような顔つきになったが、すぐに普段の無表情を取り戻し、敵性因子を潰すべく構えた。
「よォ、嬢ちゃんたち! ワリィことはいわねェから金ェ差し出せよォ! じゃねェと……児童ポルノができあがるぜ?」
ルーシは煙草を灰皿へ捨て、
「野郎の裸画像って何メニーで売られるんだろうな」
そうつぶやいた。
「さあ。イケメンとイケメンがしゃぶり合ってる写真ならいい値で買うけど、コイツらかっこよくないし」
「あれか、腐女子ってヤツか」
「違うけど。ただ男同士が恋愛してるのが好きなだけだけど」
「そうかい。ま、そういう話しはあとでしよう。右側のヤツはワタシが潰す。左はおまえな。異論は?」
「ない」
「よし」
そんなわけで戦闘開始である。
ルーシの目的はただひとつ。メリットの戦闘方法見ることだ。彼女が"なに"をしているのかわかれば、キャメルやクールといった猛者に聞けば要領の得た答えが帰ってくるだろう。要するに、この強盗犯と闘うのは片手間なのである。
その証拠に、
「クソッ! やられてるッ!!」
翼で身体を撃ち抜かれた男が声をあげる。
「おいおい、喧嘩ふっかけてきたのはそっちだろ? もっと気張れよ。じゃねェと……」
もはや立っている理由もないし、翼を展開する理由もない。ルーシはベンチに座り背もたれに手をかけ、勝敗が決まっている闘いへ邪悪な笑顔を咲かせる。
「痛てェ目にあうぞ? ……いや、もうあっているか」
「……ちょっと。座ってサボるつもり?」
「いや、ちゃんと仕事はするさ」
翼がなびけば羽が生まれる。羽はいくらでも操れる。どんな法則にも変更できる。
ナイフのように固くしたり、火を起こしたり、凍らせたり、爆発させたり……。
だからルーシは二本目の煙草を咥える。
「さて、お手並み拝見」
人数五〇人。ルーシはぴったり二五人を虐殺している。もっとも、死なない程度に抑えてはいるが。
では、メリットの場合はどうだろうか?
「……へェ。手に風を集めて、爆発を起こしているのか。おもしれェ使い方だ。だが、こんなもんじゃねェよな?」
一撃一撃はそう重くない。派手に吹き飛ばされるわけでもなければ、体内から破壊しているようにも見えず、喰らった男たちも口から血を垂らすものの、致命傷には至っていない。
ならば、他に策があるはずだ。
「今度は……敵の動きを止めたな。いや、止めているというより、一瞬動けなくしているだけか」
この時点で風力操作系の魔術師ではないことが決定的になる。風力操作で人の動きを止めるほどスキルのレベルが高ければ、あんな細かい攻撃などせずに台風のような現象でも起こして一掃してしまえば良いからだ。
「お次は……おお、ビリビリしているな。これで風力操作の線は完全に消えた」
電力操作だろうか。しかし攻撃能力はそこまで高くない。スタンガンと同等程度だ。喰らった男はもん絶して動くけなくなるものの、命までは奪えていない。この状況、この所属で人を殺めるわけにもいかないので、正解ともとれるが、そもそもメリットには相手を殺し切るだけの武器がないようにも思える。
「メリット~。相手は拳銃抜き始めたぞ。学生には負けたくねェらしい」
「……わかってる。ていうか、手伝いなさいよ」
「もう疲れたか?」
「そういうわけじゃないけど、青写真を交換するんでしょ? だったらそっちのチカラも見せてよ」
「りょーかい」間の抜けた返事だ。
ルーシは煙草を灰皿へ捨て、身体をストレッチのように伸ばし、一瞬、ほんの一瞬、黒鷲の翼を二〇メートルほどまで巨大化させる。
メリットにはそれが見えていた。そしてこれから行われる行動も。
刹那、メリットとルーシを除くすべての者が倒れ去った。
「あー……疲れた。身体が暑い」
ルーシは再びベンチへ座る。体力の低下と超能力の大幅な劣化。それは否めない。前世だったらこの程度の攻撃、数十回は放てたのに。
「……なにしたの?」
「魔法さ」
原理はオレにもわからねェんだがな。まァ魔法の世界だし、別に良いだろ。
「……あのキャメルの家族とは思えない闘い方」
「なんでだい?」
「キャメルの家──元王族は超富裕層と呼ばれてて、名字を名乗ることが許される。アンタもレイノルズ家の一員だったら、炎系の新魔術を使うのかと」
初耳だ。クールはそんなこと一切いってなかったぞ? だがこれも勉強だ。
「まァ……時代の流れってヤツさ。効率化社会だしな」
ルーシの額に汗がたたる。しかし服は脱げない。男時代だったらなんの躊躇なく脱いでいたが、さすがに女ということになっているいま、それはできない。
「と、いうわけだ。ワタシは行く。MIHで会おう。必ずな」
「……ええ」
最後の最後まで無表情だったな。表情筋が少なすぎるんじゃねェのか?
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「もしもし、クール。ワタシだ。念じるだけで電話をかけられるのは便利だな。それで? どこにいる? ……あ? もう帰った? しゃーねェ。迎えは回せよ? キャメルにはこっちからうまくいっておくからよ」
電話を切り、ルーシは筒型の携帯を開く。連絡先にはクールとキャメルのみ。すこし寂しいが、これから増やしていけば良い。
「キャメルにメッセージ送っておくか。えーと……」
『お父様に急遽仕事が入ってしまったらしく 申し訳ないんですが自宅へ帰ります。MIHにワタシが入学したとき また会いましょう。楽しみにしています』
手短だが、こんなものだろう。そしてすぐ既読になる。
『わかった。お兄様によろしくいっといてね。こちらこそMIHで会えることを楽しみにしてるよ』
「案外潔いな。連絡先交換したし、いつでも会えると想っているんだろう。愛しすぎて恋愛感情すら抱くアニキによ」
とりあえず迎えが来る前に髪だけでも切ってしまおう。ルーシは美容院に入り、背中が隠れるほどの髪の毛を、首元程度まで切ってしまうのだった。
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「お疲れ様です!! アネキ!」
迎えの車は最前いたクラブへたどり着いた。
「ああ、疲れてねェがな。ともかくご苦労」
やることは多い。メリットの使っていた魔術がどんなものか、MIH学園への交渉開始、傘下に入るというサクラ・ファミリーとの会談。
だが、まず行わないといけないことがあった。
「アネキ、ヘーラーのアネキがなにやっても起きません。ウォッカの瓶を決して離さず、まるで三歳児みたいです」
「わかったよ。良いか? ワタシがあのアホの起こし方を見せてやる」
男女兼用トイレの一角でウォッカの小瓶を持ちながら幸せそうに眠る自称天使。当然のように下着姿。
なのでルーシはパンツを脱がし、彼女の女性器に彼女が持っていたウォッカのあまりを挿入。そして足でそれを押し込んだ。
そして、二五歳、ピンク色の髪の毛をした天使は悲鳴をあげた。
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