「──やっぱ不良ぶってるでしょ!! 煙草なんて吸ったら肌荒れるし、口も臭くなっちゃうよ?」
「──クソガキ。コイツ、殴っても死なない?」
「──やめておけよ。悪意あっていっているんじゃないんだ」
「──……帰りたい」
声、が漏れていた。パーラと女みたいな出で立ちをした少年とヤニカスと……アイツだ。
「よォ、起きたか。ウェルカムドリンクだ」
メントは床に寝っ転がっていたようだった。仰向けなので、目を彼らへ向ければ、スカートの中身が見える。
パーラは意外なほどに色っぽいものだった。
ヤニカスは見た目どおり地味な黒色だった。
そしてアイツは……なんでトランクス履いてるんだよ?
「……意味わかんない」
「いつかわかる。ほら、なに飲む?」
「……まずは説明してよ」
「おまえは負けた。ワタシは勝った。それだけだ。だが、良い勝負だった。そしておまえを痛めつけると、パーラが泣いちゃうだろ? だから気絶してもらった。わかったか?」
そんな会話をしていると、どうやら酔っ払っていてこちらに注意を向けていなかったパーラが機敏に反応する。
「メントちゃん!! 大丈夫!? ルーちゃんは一切怪我させてないっていうけど、ワタシ心配で……」
「……ああ。大丈夫さ。むしろ……ルーシってヤツのほうを心配したほうが良いと思う」
「心配ご無用。この程度なれているのでね」
ルーシはブレザーを脱ぎ、長袖のワイシャツの右部分を切り取って無理やり包帯にしていた。
だが、そんなことは些細な問題だった。
「……なに、そのタトゥー」
「かっこいいだろ?」
「会話を成立させようという努力はしないのか?」
「おお、毒舌だな。なァ、パーラ」
「ルーちゃんのタトゥーはね、ルーちゃんの国だったら一〇歳のときに入れるものなんだって!! んでさ、キャメルちゃんと親戚だったらこの国の人じゃないのって聞いたら、お父さんが海外で作った子どもがルーちゃんなんだって!! だからその文化を守ってるって!!」
「そういうこった」ルーシは煙草を咥える。
「……煙草は嫌いだ。臭いし、健康に悪い」
「そんなにワタシと会話したくねェか? 嫌いなものこそ受け入れるんだ。そうすりゃ、見えてくる世界も変わってくる」
「でもさ、ルーちゃん煙草やっぱ臭いよ!!」
「わかった」
パーラの言葉を聞き、ルーシはあっさり煙草を携帯灰皿へ入れた。結局なにがしたいのかよくわからない人間である。
「まァ、おまえだってパーラのことが好きなんだろ? だったら友だちだ。ワタシたちは友だち。親友だ」
「……なんもしらないくせに」
「あ?」
「アンタはパーラのことをまったく知らない。そんな人間にアタシの親友を任せらんねえよ」
「へェ……」
ルーシは興味があるようだった。彼女はパーラのことを知らない。彼女はきょう入学してきたからだ。知っているほうがおかしい。
だから、そこがトラップになる。
「メントちゃん……その話しは」
「いわないさ。でも、いつかは知らないといけねえ。おまえを受け入れる覚悟があるんなら、おまえを親友だって騙るなら、おまえのことを知ってなくっちゃならない」
パーラはいってほしくなさそうだった。当たり前だ。その内容は極めてデリケートなものだからだ。
「ま、飲もうぜ。そういう細けェ話しはあとでもできるだろ? 大丈夫。ワタシはどんなこといわれても引かねェさ」
「……そもそも酒は好きじゃねえ」
「アレルギーか?」
「いや、酒を飲ませて人の話しを聞き出そうって魂胆が気に入らねえ」
「そうかい……。なら、ワタシたちは勝手に飲むからな」
*
二時間後。
色々あった。簡単にいうと。
まず、アークが真っ先に潰れた。いまとなれば会話も満足にできない。「あー……」か「んー……」しかいわなくなっている。
続いてパーラ。こちらも酔いつぶれている。会話はできるが、どこまでも一方通行だ。「このゲーム知ってる?」と聞いてきたので「知らねェな」と答えれば、「お酒っておいしいね!!」と応答する。しかもボディタッチがやたらと多い。とにかく胸と尻を触られる。風俗店でもないのに。
そしてメリット。こちらは比較的酔っていない。ただ、ルーシが破ったシャツから垣間見えるタトゥーをあからさまにじろじろと見つめてくる。
最後にメント。宣言どおり一滴も飲んでいない。ただ、パーラがうっかり口を滑らせないように注視しているように見えた。
「ルーちゃん……愛してるよ」
「ワタシも大好きさ」
「抱きついて良い?」
「どうぞ」
「んー……ルーちゃん、ちょっと煙草臭いね。でも、良い匂いがする」
別に減るものでもないので抱きつかれているが、抱きつき方がおかしい。女子同士のスキンシップを超えている。まるで騎乗位のように、パーラはルーシへ乗っかっているのだ。
「おまえこそ酒臭せェぞ? まァ、どこぞのアホに比べりゃかわいいものだが」
「酔ってるんだもん……キスして良い?」
そこでメントが咳払いをした。
「……おい、ルーシ。いっとくけどな、パーラにキスするんじゃねえぞ?」
「なんでだい? いわゆるキス魔ってヤツだろ? たまにいるんだ。酔っているときにキスばかりせがんでくるヤツが」
「……いや、そうじゃねえんだ」
「そうじゃねェ? じゃあどういうことだい? 発情期にでもなるのかい?」
「……パーラ、帰るぞ。こんなヤツにおまえを任せられねえ」
「……嫌だ」
いまひとつ意味がわからない。いや、なんとなくわかってはいる。しかし、パーラは獣娘だ。だから人間の常識は通用しないとも捉えられるため、ルーシも断言はできない。
「だって……」
そんななか、メリットが煙草を咥えはじめる。
「クソガキ、酒が足りない」
「空気の読めねェヤツだな……。おまえ、この修羅場で酒の無心なんてできねェぞ?」
「ワタシのペースを乱さないで」
「おまえのペースなんて知らねェよ」
「てか、タトゥー入れるのにどれくらいお金かかった?」
「……やはり酔っているのか。そうだな……全身で二~三万メニーってとこだな」
「わかった。入れる」
──奇妙奇天烈摩訶不思議。なにをいっているんだ? この根暗は。
「おまえさ、意味わかっているのか? そりゃこの国じゃタトゥーなんてありふれているが、簡単に消すこともできねェんだぞ? ピアスや髪染めとは意味が違うんだぞ?」
「いや、入れたいって思ってたし」
「なるほど。誰にも近づいてほしくないと」
「かっこいいから」
──かっこいいから? 本当になに考えているかわからねェ女だ。
「まァ好きにしろ。ワタシには関係ねェ」
「金貸して」
「あ?」
「三万メニーも用意できない。だから金貸して」
「ポルノビデオにでも出りゃ良いじゃねェか。なんならワタシが回してやろうか?」
「嫌だ。金貸して。貸してくれるまでワタシ動かない」
ルーシは深いため息をつき、心底呆れたような目つきでメリットを見たあと、ウォッカを一気飲みし、煙草へ火をつけた。
「対価が必要だ。おまえのスキルを説明しろ。それなら貸してやる」
「わかった」
──あそこまで明かさなかったくせに、あっさり明かそうとしているな。本当になに考えているんだ?
「まァ良いが……その前に目の前見ろよ。パーラとメントが口喧嘩しているぞ?」
「どうでも良い。アンタが勝手に相手して」
パーラとメントは文字通り口喧嘩をしていた。
ルーシはいまいちふたりの言葉がわからなかった。ロスト・エンジェルス──通称LAは訛りがひどいのだ。注意して聞けばなにをいっているのかはわかるのだが、早口でまくしたてられると、正直ブリタニア語──英語とは思えない。
「ふたりとも落ち着け。というか、なにいっているのかわからねェ。順を追って説明しろ」
「……実は」
「……実は」
同時に同じ言葉が出た。ルーシは頷き、ふたりをじっくり見る。
「ワタシは……」
「パーラ……本当にいうのか? 後悔しねえとは限らないぞ?」
「……うん。もう後悔なんて腐るほどしてきた。だから、もういう。ルーちゃんだったらワタシを幸せにできると思うから」
──重てェ話しなのは確かだな。だが、いまさら驚くような性格でもねェんだな、オレは。
「そうかい。ならいいな。どんなことをいってきても、ワタシはしっかり受け入れる。約束するよ」
パーラの口は震えていた。いや、身体が震えていた。目には涙がたまり、そして頼りない身体がいまにもルーシへのしかかってきそうだった。
だからルーシは、パーラを抱きしめた。男時代を考えれば、こういうことをすれば相手は簡単に心を開くことをわかっているからだ。
「ルーちゃん……ワタシはね……」
ルーシのちいさな胸のなかで、小刻みに震えながら、パーラはとぎれとぎれの言葉を探し、やがて告げる。
「レズビアンなんだ……。そして、ルーちゃんのことが好きなんだ……」
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