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心と心が交錯する、普通な彼らの普通じゃないちょっぴりSF学園青春小説  ほぼ毎日更新
サヨシグレ
サヨシグレ

恋愛とか友情とかetc...

公開日時: 2021年4月19日(月) 16:43
文字数:4,067

空模様というのはたった1日でそう様変わりするものではない。授業終わりの時間というのは夕暮れと相場は決まっているのだ。昨日と何ら変わりない語りだったとしてもそれは手抜きではない。純然たるリアリティの追求なのである。


 などと誰に向かって言っている言い訳なのかは分からないが、目の前には昨日と変わらぬ風景が広がっている。春の陽気、とはいいがたいほどの強い日差しは皆勤賞で今日も人々を美しくかつ暑苦しく照らしている。たまには休めばいいものを、この時期は雨よりも晴れのほうが多い。梅雨の時期に休暇を取る太陽は、長期休暇前の最後の追い込みといったところだろう。これでもかと言わんばかりに煌煌と照っている。


 夕焼けと努力する若者はどうしてこうも調和するのだろうか。思うに若者にとって夕焼けとはただの風景ではないのだ。一日の終わりと明日の予告を同時に行う夕焼けは、未来を怖がりながらも大人に憧れる若者にとって自分自身によく似たものであるように思う。

 夕陽で乾いた汗と涙は想い出となって記憶に結晶となって残るだろう。夕陽という名の映写機はいつだって想い出を投影する。


 話が長くなったがつまりどういう状況かというと昨日と全く同じである。今日も授業ノートと配布物をまとめ例の場所へ足を運ぼうとしているところだ。


 夕焼けがやけに似合う若者の代表格みたいなやつだ


「どうした、柊人。教室で一人黄昏れやがって」


「佑介か。お前部活は?」


 180センチメートルには迫ろうかという上背、垂れ目ながらも切れ長で大きな目。二重の瞼とそれを装飾するように生えた長く、黒いまつ毛はその眼の大きさをより大きく見せている。変に整えられていない眉毛はより彼の優しい顔を際立たせているようだ。長すぎない髪の毛も彼の健全さ表している。


 つまり何が言いたいか。


 今、目の前にいる橘《たちばな》佑介《ゆうすけ》。彼は純然たる男前である。性格は言うまでもなく顔の印象そのまま、運動も勉強も人並み以上にこなせる彼にどこか欠点はないものかと研究し続けたこの約十年。得られた結論は完全無欠の四文字。完全無欠のくせに冗談まで通じるというのだから手が付けられない。人たらしとはこのことだ。


 子供のような純粋さと子を持つ父親のような広い心を兼ね備えた彼とは小学生のころからの中であるが、彼は昔からこの調子である。


「今日は大会明けだから休みだよ」


「どうだったんだ」


 佑介が得意げに鼻を鳴らす。


「そりゃあもう文句のつけようもないぜ。まぁ、まだ完璧とは言えないけどな」


 流石というべきか、この男であれば当然というべきか。この分なら我が校の弓道部は安泰だろう。


「そんなに良かったのか」


「あぁ、やっぱ二高の真野ちゃんは可愛かったなぁ」


 さっきまでの得意げな顔は一体どこへやら。だらしなく緩んだ顔からは先ほどまでの精悍さは見る影もない。この顔を写真に撮って校内中に張り出したら流石に彼の人気は失墜するに違いないだろう。


 ていうか二高の真野ちゃんは誰なんだ。


「待て、何の話してんだお前」


 俺の静止などいざ知らず。彼の回り始めた口は止まるところを知らない。

 夕陽の差し込む放課後の教室で気になる女子の話をする。それはある種青春の形ではあるだろう。しかし、違うそうじゃない、と言わざるを得ないだろう。


「ありゃ垢抜けたらもっと綺麗になるぜ。いや、でも今の素朴な感じも捨てがたいんだよなぁ。

 お前はどう思うよ」


「お前大会に何しに行ったんだ。それに、どう思うも何も俺はその子のことは知らん」


「そりゃあお前、他校の可愛い女の子探すに決まってんだろ。別にうちに可愛い女の子がいないって言ってるんじゃないぞ?隣の芝生は青いっていうかさ、可愛く見えちゃうんだよなぁ」


 こんなことを言ってはいるが、無類の女好きというわけでもなければ、見境なく手を出すわけでもない。なんなら真剣に恋愛してるときは奥手だったりする。普段そんな話をしない分、「え!?橘くんって恋愛とか興味ないと思ってたけど別にそういうわけじゃないんだ!私にもチャンスあるかも!」なんて思わせてしまうかもしれない危うさすらある。


「誰がそんな話を聞きたいって言ったんだ」


 大きな目を丸く見開いて、ひどく驚いたような様子で言う。あきれたようにぽっかり開いた口からいったいどんな言葉が飛び出るのか非常に気になるところだ。


「大会結果よりも気になることなんてそれくらいしかないだろ」


 さも、当然であるかのような顔のこいつにとっての大会の優先度が疑問ではあるが、そこは突っ込まないでおくことにする


「大会結果の方が気になるんだよ。バカたれ」


「大会結果なんてお前、分かりきってんだろうが」


 佑介が半ば自嘲気味に言い放つ。


「元弓道部員のお前なら」


 そう。実は俺は元弓道部員である。とある事情で昨年度いっぱいで休部という形にさせてもらった。だから、弓道部のことはよく知っている。


「どうせあと一歩ってところで予選落ちしたんだろ」


「ご名答」


 窓の外に顔を向けた彼の表情こそ見えていないが、強張った頬からは歯を食いしばっている様子が容易にうかがえる。こいつはきっと本気で勝つ気だったのだろう。


「やっぱ戻る気ないのか?」


「無いね。少なくとも優葉があの状態のうちはな」


「そりゃあ心配なのは分かるけどさ、いつまでもお前がつきっきりってわけにもいかないだろ。もう高校生なんだしさ、自主性に任せてもいいんじゃねえの?」


 いつまでも付きっきりというわけにはいかない。そんなことは百も承知だ。かといって放っておけない。


 彼女が学校に来ることのできない本当の理由、それは本人と俺しか知らない。それを知っている人間の責任として俺はこの立場から逃げるわけにはいかないのだ


「放っといても学校来れるようにならないだろ。なら学校に来れるようになるまでは面倒見るさ」


 佑介が呆れたように大きく息を吐いた。拍子抜けしてしまったようで、窓ガラスにだらりともたれかかった彼の体には一切の力が入っていない。


「なんだかなあ」


 佑介は赤みが少しずつ引いてきた空に目をやる


「なんだよ」


「いや、お前も強情なやつだと思ってな」


 溜め息交じりに話す彼の口調は呆れ半分、諦め半分といった様子だ。潮の匂いを乗せた海風の冷たさに目を細めながら佑介は言う。


「別にお前を悪く言いたくて言ってるわけじゃないんだけどさ、別にお前じゃなきゃいけない理由ってないだろ」


 空の縁に残った太陽の光が目にしみる。痛いのは目だけのはずなのに心まで何かが刺さったように一瞬痛んだ。


 腹立たしいような、もどかしいような、どうしようもなく真実で言い返すことができない。


「それは……」


「なのにお前は誰にも頼らない」


「あいつが学校に行く行かないはあいつ自身、ひいてはあいつの家で解決する問題だろ。普通さ、そういうのって他人は首突っ込みづらいと思うんだよ。でも、お前はさも自分の問題かのように、毎日あいつの家にその日の配布物と授業ノートを届けに行って、勉強教えてるんだろ?それでいて別に学校に来いって口うるさく言うわけじゃない」


「そうだけど。何が言いたいんだよ」


「そんな献身的になれるもんかねと思うと同時に、素直にすごいなって思うんだ」


 彼は純粋で素直だ。思ってないことは口にしない男なのだ。そんな彼からここまで素直に褒められるとどうしてもむず痒い気持ちになる。


「俺だってあいつとは別に短い付き合いじゃない。それでもやっぱ家に行くとなると、あいつに

 プレッシャーかけちゃうんじゃないかとか、お節介じゃないかとか思うんだ。そんなことお前は気にしてるようには見えない。もし気にしてたら毎日行くのなんて億劫でできたもんじゃないだ

 ろうからな」


 彼なりに俺や優葉のことを心配していてくれている証拠なのだろうが、嬉しさやありがたさの前に恥ずかしさが全身を支配する。やはり俺には素直さが足りていないらしい。


「つまり、お前とあいつの間ではそんなこと考える必要もないくらい助け合うのが当たり前だってことだ」


「お前ってクサいこと平気な顔して言うよな」


「まあ最後まで聞けよ。そういう関係は当然羨ましい。男同士でもそんな信頼関係築ける奴なんてそうはいないからな。俺にとってはお前くらいだ」


 ここまでくると口説かれているような錯覚に陥る。彼にそう言った趣味が無いのは重々承知の上だが、聞く人が聞いたら妄想がはかどる内容ではあるだろう。しかも目の前にいる男は学年でも指折りの男前である。そんな彼に褒め殺しに合うのだ、並大抵の人間なら彼に誑し込まれるに違いない。


「恥ずかしくて聞いてられねえよ……」


 真っ直ぐと俺の目を見据えて話しかけてくる彼から目線を切る。


「いいから聞け。本題はここからだ」


 どうやらまだ本題に入っていなかったらしい。さっさと終わらせてほしいものだ。


「お前らってお互いどう思ってるんだ」


 俺と香月優葉の関係を尋ねてきたやつは今まで100万人いる。そんな風に感じるほどしつこく聞かれてきた質問だ。結論から言ってしまうとただの幼馴染だ。何か特別な思い入れがあるわけでもない。甘酸っぱい思い出があるわけでもない。遠い昔に結婚の約束をしたわけでもない。付き合いが長い分それ相応の友情があるだけだ。


「またその話か。いいだろそんな話は。これで何回目だよ」


 ちなみに100万回のうち50万回はこの男から聞かれている。


「そんな話ってお前、好きな女の話されたからって照れるなよ。中学生じゃあるまいし」


「好きじゃないって言ってるだろ。それも何年も前から」


 優葉のことを好きじゃないとはっきり言葉にするようになったのはいつからだっただろうか。思い出せないくらい前の話であることは確かだ。


「それで好きじゃないってんだから不思議だよなあ」


「なにも不思議なもんか」


「んなこと言いながらどうせ今日も行くんだろ」


「あぁ」


「途中までついていくぜ」


 窓から差す夕陽を背に受けながら教室を後にする佑介は何かのモデルかと思うほど様になっていた。


 通りで誰からも憧れられるわけだとしみじみと思う。


「これは、仕方がないよな……」

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