その日、全ての授業が終わり、生徒達が安堵した表情で荷物を纏め始ると、グラディクトが突然大声を上げて立ち上がった。
「全員、教室から出るな! 私から話がある!」
「何だ?」
「グラディクト殿下?」
「話とは何事かしら?」
あちこちでざわめきが生じる中、グラディクトは前方に進み、一段高い所から教室内を見回しながらクラスメートに言い聞かせた。
「皆、揃っているな? それではこれから音楽祭についてのアンケート用紙を配るから、該当する項目に丸を付けたり、必要な事を書き込め。そして全ての記入が終わった者からこちらに提出して、教室を出て行くように」
そう説明した彼が、手にしている用紙を三分割して前方の席に座っている者に手渡し、後ろに回すように指示すると、順調に用紙は後方へ手渡しされていったが、生徒達のざわめきは益々大きくなった。
「はぁ?」
「アンケート用紙?」
「音楽祭って……、今年も開催するのですか?」
しかし前方でグラディクトが睨みをきかせ、加えてエセリアの様子を窺えば、早速鞄にしまったペンと携帯用のインク壷を取り出し、何やら用紙に書き込み始めている為、クラスメート達は次第に囁き声を収めて記入を始めた。そして記入を終え、帰り支度を済ませた者から席を立ち、グラディクトの目の前にある教卓に用紙を置いて、教室を出て行く。
(ふっ、着々と集まっているな。この用紙は無記名だし、これならエセリアに反感を持っている者達も、遠慮せずに書ける筈。それに音楽好きの者は多い筈だから、数多くの賛同者が集まる筈だ)
計画の成功を信じて疑わない彼の目の前に、エセリアがアンケート用紙を手にして現れる。
「殿下。こちらに置けば宜しいのですね?」
「ああ、もう行って良い」
「それでは失礼します」
(そんな取り澄ました顔ができるのも、今のうちだぞ)
落ち着き払った余裕の笑みを振り撒きつつ、その場を後にしたエセリアに対して、グラディクトは内心で悪態を吐いた。
「どうだ? 貴族科上級学年は私が集めたが、他はちゃんと集まったか?」
全員の用紙を回収し、意気揚々と教室を出て統計学資料室に向かったグラディクトは、その道すがら側付き達と合流した。その直後に問われた内容に、三人が揃って頷く。
「はい、大丈夫です」
「私達で官吏科上級学年、官吏科下級学年、騎士科上級学年のクラス分を集めました」
「用紙はこちらになります」
「順調だな。貴族科下級学年分はアリステアが集めているし、明日で全生徒分の回収ができるぞ」
手渡された用紙の束を目にして、グラディクトはご満悦で頷いたが、その余裕は目的地に到着するまでだった。
「グラディクト様!」
「どうしたアリステア?」
既に室内にいたアリステアが自分達がやって来ると同時に立ち上がり、涙目で駆け寄った為、グラディクトは本気で驚いた。そんな彼に向かって、彼女が声高に訴える。
「酷いんです! 誰もアンケート用紙に記入してくれないんです! それどころか、用紙を受け取ってもくれなくて、呼びかけた私を無視して次々教室を出て行ってしまって! 『どうしてそんな訳の分からない物で、引き止められるんだ』とか、『音楽祭なんて必要無いし、意見を取るまでもない』とか言って!」
「何て無礼な奴らだ! 許せん!」
彼女の訴えにグラディクトは本気で腹を立てたが、彼の背後に立っている側付き達は、しらけた目を二人に向けた。
(いきなりどうでも良い用事で引き止められたら、誰だってそれ位言うだろ。大体、音楽祭なんて代物の開催を本心から望んでいるのは、あんた達だけだ)
そんな事を考えながら傍観していると、グラディクトが苛立たしげに言い出す。
「やはり貴族科だから、エセリアの息がかかっていたのに違いない。アリステアがアンケートへの記入を訴えても無視しろと、圧力をかけていたんだろう」
「やっぱりそうですよね!? 皆さん、私と顔を合わせないようにして、教室を出て行きましたし!」
(それはどう考えても違うだろ。事前にアンケートの話なんかしてないし、係わり合いにもなりたくないから、目を逸らしていただけだ)
各自が担当した教室でアンケートの説明をした際に、複数の生徒から不満を訴えられたり、引き止めた事に対して非難されていた側付き達は、それでも余計な事は言わずに無言を貫いた。
「分かった。安心しろ、アリステア。明日は私が貴族科下級学年の教室に出向いて、最初に睨みを利かせてやる。それから騎士科下級学年の教室にも行って、アンケートを回収するから」
「ありがとうございます!」
「お前達は明日は教養科の三教室に行って、しっかり回収して来い」
「……畏まりました」
見当違いの義憤に駆られているグラディクトを無表情で眺めていた側付き達は、そこで恭しく頭を下げて話を終わらせ、二人を残して早々に部屋から出て行った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!