「陛下、私は財務局に所属しているアラン・オルガーノと申します。今現在王太子補佐官を務めているナジェークとはかつての同僚で、今でも友人付き合いをしております」
「所属は分かった。それでアランとやら、至急に確認したい事とは何かな?」
すると彼はチラッとグラディクトに視線を向けてから、事務的に話を進めた。
「実は私は前年まで、ナジェークから愚痴めいた事を、時折聞かされていたのです。『王太子殿下は、婚約者である妹の事を、どのように考えているのだろうか』と。よくよく聞けば、招待された茶会や夜会にパートナーとして同伴される以外に、個人的にどこかにお誘いいただいた事も、王家から折りに触れ贈られる物の他に、殿下個人から贈られた物なども皆無だったそうで」
「はっ! 兄妹揃って、浅ましい本性が見えたな! そんなに金品が欲しいとは!」
忽ちグラディクトが嘲るように言い返したが、アランは淡々と話を続けた。
「ですが一週間程前、王太子殿下から財務局に対して、ある支払いの申請があったもので、それを目にした私は安堵したのです。それは王太子殿下の予算内から、交際費扱いとする『婚約者への贈答品』への、支払い申請でした」
「それは!」
それが何の事を指しているのか、瞬時に分かってしまったグラディクト達は瞬時に青ざめたが、アランは皮肉げに顔を歪めながら報告を続けた。
「その時は私のみならず、財務局内で話題になったのですよ。これまで殿下がエセリア様に対して、個人的な贈り物をした事など皆無だったのは、所属する全員が存じておりましたから」
「……っ!」
「それがどうかしたのか? 学園卒業後は王太子としての公務に取り組むようになったし、その自覚を新たにして、婚約者に対する態度を自ら改めたという事では無いのか?」
不思議そうにエルネストが尋ねると、アランは真顔で首を振った。
「いいえ。昨日、ナジェークと顔を合わせた時に『殿下もエセリア様に贈り物をするようになって、お二人の仲が改善していると思っていたから、今回の騒動は驚いた』と申しましたら、『それは何かの間違いだ。我が家では王家からはともかく、殿下からの個人的な贈り物など全く受け取っていない』と返されました」
アランがそう口にした途端、グラディクトが盛大に喚いた。
「嘘だ! でたらめだ! 私はちゃんとエセリアに贈ったぞ! 金に飽かせてドレスを作りすぎて、どれがどれだか分からなくなっているだけだろうが!」
しかしその言い分に、すかさずアランが突っ込みを入れる。
「私は先程、『贈答品』と口にしただけですが? それなのに殿下は、それが宝飾品でも美術品の類でもなく、『ドレス』だと正確に把握しておられますね。つまり第三者が請求書を捏造して、有りもしないドレスの代金を着服したわけでは無く、殿下ご自身が請求書の中身を確認し、『婚約者への贈答品』であると財務局へ支払いの指示をされた事が、今の発言で判明したわけです」
「……っ、それは!」
語るに落ちた彼に、周囲から呆れ果てた視線が突き刺さったが、アランの追及は更に続いた。
「それから、どなたへのドレスを作らせたのかを明確にする為に、支払先の店舗に問い合わせました。ナジェーク、頼む」
「分かった」
そこでアランが背後を振り返って声をかけると、いつの間にか出入り口まで戻っていたナジェークが、扉を開けながら誰かを招き入れた。
「お待たせしました。どうぞ入ってください」
「は、はぁ……、失礼します」
「……誰だ?」
「さぁ?」
おっかなびっくりで入ってきた場違いな男性を見て、殆どの者は首を傾げたが、見覚えの合ったアリステアだけは「あっ!」と小さく悲鳴を上げ、慌ててグラディクトの背後に回って、彼の視界に入らないようにした。その間も彼を同伴したナジェークは国王夫妻の前に進み、再び頭を下げてから、隣の人物を紹介する。
「陛下にご紹介いたします。こちらは先程の話に出ていたドレスを作製した、仕立て店店主のリモージュ殿です」
そう紹介されたリモージュは、直に国王夫妻に拝謁する機会を得て、興奮しきって感謝の言葉を述べた。
「国王陛下! 王妃陛下! お目にかかる事ができて光栄でございます! この度は私どものような、決して一流とは言えない店に、王女様のご衣装を整える機会を与えていただきまして、誠にありがとうございました!」
「はぁ? 王女?」
「リモージュ殿、何の事ですか?」
目の前の高貴な二人が揃って当惑した顔になった為、リモージュも困惑しながら述べる。
「え? 陛下のご落胤のお嬢様を、一昨日の建国記念式典でご披露する為に、あのドレスを仕立てさせたのではないのですか? 王太子殿下の指示でお嬢様を連れて来られた近衛騎士の方が、そのような事を口にしておられたのですが。その方が惜しげも無く、破格の前金を支払ってくださいましたし」
如何にも実直そうな彼が真顔で申し出た内容に、マグダレーナはこめかみに青筋を浮かべながら、震えがはっきり見える程、手にしていた扇を握り締めた。
「それはそれは……。『王太子殿下の指示』で『近衛騎士が同伴』してきた、『陛下のご落胤用のドレス』ですか……」
「マグダレーナ、誤解だ! 信じてくれ!」
「陛下にご落胤など存在しない事は、私が一番良く存じております。陛下の女性関係は全て把握しておりますので、ご安心くださいませ」
「あ、ああ……。それなら良かった」
危うくとんでもない濡れ衣を着せられそうになったエルネストは必死の形相で弁解したが、マグダレーナがあっさり疑惑を否定した為、心底安堵した表情になった。
(ええと……、両陛下の夫婦関係と力関係について突っ込みを入れたいけど……。とてもそんな事ができる雰囲気じゃないわ)
そこでマグダレーナは口調だけは穏やかに、エセリアを扇で指し示しながら問いを発した。
「それではリモージュ殿にお尋ねしますが、そのドレスを仕立てた令嬢と言うのは、そちらの女性ですか?」
「は? ……いえいえ、こんなに美人で上品な、如何にもお姫様という感じのお嬢様ではございません」
彼がすぐに笑顔で否定したのを受けて、マグダレーナは問いを重ねた。
「そうですか……。それではこの場に、該当する令嬢は存在していますか?」
「この場にですか? ええと……、随分とお嬢様方がいらっしゃいますので……、少々お待ちください」
少し困ったようにリモージュが講堂内、主に観覧席を見回し始めた為、ナジェークはアランに囁いた。
「……アラン」
「ああ」
そして予め打ち合わせしていた二人は、無言でグラディクトに歩み寄り、二人がかりで彼と彼の背中に隠れていたアリステアを引き剥がした。
「貴様ら! 何をする!」
「きゃあっ! 何するのよ! 離して!」
その騒ぎに反射的に目を向けたリモージュは、アリステアの姿を認めて満面の笑みで呼びかけた。
「ああ、王女様! そちらにいらっしゃいましたか! その節は当店をご利用いただき、ありがとうございました!」
「あっ、あなたなんか知らないわ! 誰よ!」
彼女は慌てて言い返したが、リモージュは少々残念そうな顔になりながらも、穏やかに話を続けた。
「お忘れですか? あのピンクと白を基調としたドレスを作りました、仕立て屋の店主です。ああ、型紙も残っておりますから、お嬢様の体型に合わせたドレスを、またすぐにお作りする事ができますので。またご入り用の時には、是非お声をかけてくださいませ」
「しっ、知らないって言ってるでしょう!」
「そうだ! 私がドレスを作ったのは、あのエセリアにだ!」
二人は必死になってその場を誤魔化そうとしたが、全く事情が分かっていないリモージュは、大真面目に否定した。
「あのお嬢様には、こちらで初めてお目にかかりましたので、あの方の型紙は店に存在しておりませんが?」
「……っ!」
完全に反論を封じられた二人が口を噤むと、エルネストが重々しく言い出す。
「グラディクト……。例え王族と言えど無制限に金を使えば、忽ち国庫が空になる。故に年度毎に、各自に対する予算が設定されている。私然り、王妃然り、側妃達も然り」
「それは勿論、存じております! しかし!」
「国庫から支給される公金であるから、使い道も細かく指定されている。その中でやりくりをして、どれだけ過不足無く己の存在感を誇示できるか。それで各自の器量が分かるのだ。それ位は理解していると、思っていたのだがな……」
如何にも残念そうに述べた彼の横から、マグダレーナの冷え切った声がかけられる。
「成績表の改ざんに関しては、まだ学園内の問題ではありましたが、王女呼称の詐称と公金の私的流用とは……。もう申し開きなど、できないものと思いなさい」
「私、王女だなんて、一言も言ってません! それにグラディクト殿下の婚約者になる予定だったんだから、予定を前倒しして請求したって、別に構わないじゃないですか!!」
「…………」
そこでアリステアが盛大に言い返した為、周囲の者達はあまりの暴言に固まった。唯一、ケリー大司教だけが、殆ど義務感だけで声を張り上げる。
「アリステア! 両陛下に対して不敬だぞ! 黙りなさい!」
「だって! どうして王太子なのに、ドレスの一枚も自由に贈れないの? おかしいじゃない! 王妃様は普段から、あんな派手なドレスを着てるのに!」
「アリステア!!」
ケリーはたまらず悲鳴を上げ、その彼女の言い訳にもならない暴言が、今後の彼女の行く末を決定したと、殆どの者が悟った。
(最悪……。王妃陛下に向かって、指をさしながら暴言を吐くなんて。これは完全に詰んだわね)
そしてエセリアの推察通り、マグダレーナは素っ気なくエルネストに声をかけた。
「もう、これ以上の議論は時間の無駄です。陛下、ご裁可をお願いします」
「ああ、妃の言う通りだな」
そして長すぎる茶番は、漸く終焉を迎える事となった。
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