ソレイユ教授の研究室から印刷室に直行したグラディクトは、そのドアを勢い良く開けながら、中にいる人物に向かって尊大な物言いで言い放った。
「おい! この内容の印刷物を、今すぐ全生徒の人数分刷れ!」
しかし作業台で原稿通り、黙々とフレームの中に金属製の活字を揃えていた、スキンヘッドがトレードマークのドルツは、鬼の形相で怒鳴り返した。
「あぁ!? うるせえぞ!! それにここは、生徒は立入禁止だ!! ドアにもでっかく書いてあんだろ!! てめぇは文字も読めないどアホか? 即刻出て行きやがれ!!」
「ひっ……」
「だ、大丈夫だ、アリステア。……おい! 話がある!」
その剣幕にアリステアは小さく悲鳴を上げ、グラディクトはたじろぎながらも、再度声をかけた。しかしドルツは二人に見向きもせずに、原稿を押さえていた金属製のペーパーウエイトを投げつけてくる。
「こっちは仕事中だ。失せろと言ってるだろうが!!」
「きゃあっ!!」
「ぶっ、無礼だろうが!!」
飛来物を辛くもかわしたものの、壁に激突した時の重い衝撃音に、二人は顔を青ざめさせた。しかしドルツは不機嫌極まりない顔のまま、老境に達しているとは思えない、重く響く声で恫喝してくる。
「あぁあ? 無礼だと? 他人の仕事場に押し入って、他人の仕事を邪魔するののどこが、無礼じゃねぇってんだ? 頭スッカスカのガキが。てめぇのせいで、もう一行分の時間を無駄にしたぞ。どうしてくれる?」
そこで相手に強く出るのは逆効果だと悟ったグラディクトは、顔を引き攣らせながら下手に出てみた。
「……わ、悪かった。仕事を邪魔してしまった事に関しては謝る。だがこちらも、至急の用件なんだ。印刷して欲しい物があって」
「それならそこのリストの一番下に、てめぇの名前と原稿の名前と枚数と、各原稿の必要な印刷枚数を書いて、原稿は隣の箱に入れておけ。順に印刷してやる」
「分かった」
入口近くにある机を見ると、確かにリストらしき物と筆記用具、それに箱が揃っており、グラディクトはそれに近づいてペンを手に取った。
(全く、何て無礼な上に粗野な奴だ。こんな奴がこのクレランス学園に、事務係官として在籍していたとは、今の今まで知らなかったぞ。後で学園長に言って、即刻辞めさせてやる!)
内心では不満たらたらのグラディクトが、それでも一応言われた通りにリストに記入しようとしたが、急に顔付きを険しくしてドルツに問い質した。
「おい、ちょっと待て。先程『リストの順に印刷してやる』とか言わなかったか?」
「言ったが、それがどうした」
「このリストの上部の幾つかは線で消してあるが、まだ二十近くの文書の名前が書いてあるぞ! 原稿も、箱の中に積み上がっているだろうが! この順番で印刷するなら、この用紙はいつ印刷が終了する!?」
「さあて。十日はかかるのは確かだな」
飄々と作業の手を休めずにドルツが言い返した為、グラディクトは完全に怒って奥の作業台にいる彼に詰め寄った。
「ふざけるな!! 私の原稿を先にしろ!!」
「さっきから、ふざけてるのはてめぇだろうが!! こっちは教授達からの依頼をこなすだけで、手一杯なんだ!! ガキの戯言の相手をしてやるだけ、ありがたいと思え!!」
「さっきからこの私をガキ呼ばわりとは、貴様命が要らんらしいな!? 私は王太子だぞ!!」
「はっ! 今度の王太子は、随分と質が悪いな。エルネスト坊は、素直な良い奴だったが」
居丈高に命じてもドルツが恐れ入るどころか、白けきった目で告げてきた内容を聞いて、グラディクトは怪訝な顔になった。
「は? エルネストとは……、まさか父上の事か?」
「当たり前だ。それがどうした」
「ふざけるな!! 貴様のような下賤の輩が、父上と面識がある筈が無い! とんでもない大嘘つきが!!」
そう決め付けたグラディクトだったが、ドルツはそんな彼を鼻で笑った。
「ほう? それなら陛下に尋ねてみたらどうだ? 陛下は学生時代、良くここに入り浸って、俺の仕事も手伝ってくれたからな。本来なら言語道断だが、マグダレーナ様が『城の中ではできる筈もない、貴重な機会と時間ですから』と黙認して、陛下がここに籠もる間、周囲にもごまかして下さっていたし」
「……何だと?」
「確かに下賤な俺達のような人間には、お偉いさんなんか誰でも良いさ。だがな、俺は若い頃の国王陛下と王妃陛下を直に見て、『ああ、この国は大丈夫だ』と思ったもんだ。それが次が、これとはな……」
「貴様!? 無礼にも程が」
「どうすんだ、順番通り印刷するならそれに書け。しなくて良いなら、とっと失せろ」
淡々と言って、ドルツが如何にも鬱陶しそうに手で追い払う真似をした為、グラディクトは完全に頭に血を上らせた。
「誰が貴様のような、無礼な者に頼むか! アリステア、行くぞ!」
「あ、は、はい!」
この間、呆然と事態の推移を見守っていたアリステアを引き連れ、グラディクトは憤然としながら廊下に出て歩き始めた。
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