悪役令嬢の怠惰な溜め息

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(25)婚約内定

公開日時: 2021年3月2日(火) 23:54
文字数:3,970

「ディオーネ、グラディクト殿。どうぞこちらに」

「お招き頂き、ありがとうございます」

「王妃様、お久しぶりです」

 マグダレーナが立ち上がり、二人を招き寄せたのと同時に、エセリアとキリングも腰を上げたが、王妃達がにこやかに挨拶を交わすのを見ながら、エセリアは内心で焦りまくっていた。


(何でグラディクトがここに来るのよ! 社交界デビュー前だし、今まで王宮に出向いても接点なんて皆無だったのに!)

 するとエセリア達に向き直ったマグダレーナが、二人を正式に紹介してくる。


「エセリア、キリング総大司教様。こちらは側妃のディオーネと、第一王子のグラディクト殿です」

 王妃からきちんと紹介されたのに無視などできず、エセリアは礼儀正しく二人に対して初対面の挨拶をした。


「お二方とも、初めてお目にかかります。エセリア・ヴァン・シェーグレンです」

「国教会総大司教を務めております、キリングです。以後、お見知りおき下さい」

 隣に立つキリングも神妙に頭を下げたが、何故かディオーネは喜びを隠しきれない様子で、二人に向かって笑顔を振り撒いた。


「お可愛らしい上に、聡明と名高いエセリア様とお近づきになる事ができて、光栄ですわ。総大司教殿とも、末永く良いお付き合いをしていきたいと思っております。ほら、グラディクト! お二人にご挨拶なさい!」

「宜しくお願いします」

 促されてグラディクトが頭を下げたのを見て、マグダレーナが周囲に座るように促す。


「それでは、お二人はそちらにお座りになって」

「失礼致します」

 そしていそいそとソファーに座ったディオーネと、どこか億劫そうに腰を下ろしたグラディクトを見て、エセリアは少々違和感を覚えた。


(あら……、グラディクトって、もう少し愛想が良いタイプだと思っていたけど。機嫌でも悪いのかしら?)

 ふとそんな事を考えたエセリアだったが、マグダレーナが唐突に口にした内容を耳にして、そんな疑問は頭から綺麗に消し飛んだ。


「あなた達にこちらの二人を紹介しようと思った理由ですが、実は内々にグラディクトの立太子が決定しました」

「……そうですか」

「本当ですか!? それはおめでとうございます」

「ありがとうございます」

 思わず呟いたエセリアだったが、隣のキリングは目を丸くし、次いでディオーネ達に笑顔で祝いの言葉を述べた。しかし、その対照的な二人の反応を見て、マグダレーナが不思議そうに尋ねる。


「エセリア? あなたは驚かないのね」

 その問いかけに、エセリアが狼狽しながら答える。

「あ……。い、いえ、驚いた事は驚いたのですが、それほど驚く事でも無いと言えば、無いと申しますか……」

(う……、「シナリオ通りの展開だから知ってました」なんて言ったら、頭がおかしいとか思われそうだし、どうしよう……)

 彼女にしてみれば、かなり苦し紛れの言い訳だったのだが、何故かそれを聞いたディオーネは、満面の笑みでエセリアを賞賛した。


「まぁあ! エセリア様は、グラディクトが王太子になって当然と、以前から考えていて下さったのですね!? やはり聡明な方ですわ! さすが王妃様のお血筋の方ですこと!」

「は、はぁ……。それほどでも……」

(何かこの人、超ポジティブ? もう何でも良いから話を合わせておこう)

 なんとか笑顔を作りつつ、曖昧に相槌を打っておくと、ここでディオーネが感極まった風情で告げた。


「エセリア様の様な非の打ち所の無い方を、グラディクトの婚約者にして頂けるなんて、本当に息子は幸せですわ!」

(やっぱり、そうなるわけね……)

 完全に予想が付いていたエセリアは、思わず遠い目をしてしまったが、それを聞いたキリングが再度驚愕の顔付きになった。


「なんと! ディオーネ様、その話は本当ですか?」

「ええ。まだ内々の話ですが、来月には正式に公表の運びとなりますのよ?」

「それでこの機会に、お二人に引き合わせておこうかと思いまして。この話はシェーグレン公爵も了承済みですが、彼は律儀な性格ですから、まだ娘にも知らせていなかったようですね。エセリアが本当に驚いて、声も出ない様ですし」

 得意満面のディオーネに続いて、マグダレーナが補足して苦笑する。それを受けて、エセリアは言葉を返した。


「はい……、全く聞かされておりませんでしたので……」

「それは二重におめでたいですな! グラディクト殿、エセリア様、国教会を代表してお祝い申し上げます」

 そこで再度祝いの言葉を述べたキリングに、ディオーネが上機嫌に応じる。


「ありがとうございます、キリング総大司教殿。グラディクトが国王となった暁には、これまで以上に教会と有効な関係を築けるようにご助力願います」

「それは私達も望むところです。それにグラディクト殿のお妃にエセリア様がおなりになるなら、教会の上層部も余計な心配はしないでしょう。つい先日もエセリア様は、教会内での業務について有益かつ斬新的な提案をなされて、皆がその非凡さに感心しきりでしたし」

「それで旧知の仲でいらっしゃるエセリア様と総大司教が、同行して王妃様の面会にいらしたのですね? エセリア様はまだ十歳ですのに、本当に素晴らしいですわ! ねえ、グラディトもそう思うでしょう?」

「……そうですね」

 笑顔で同意を求めた母に、グラディクトが冷静に相槌を打つ。それを見たエセリアは、内心で腹立たしく思った。


(何かこの親子、テンションが違い過ぎ。私が気に入らないなら、そっちからさっさと断りなさいよ!)

 そんな事を彼女が考えていると、ディオーネは次にエセリアに話しかけてきた。


「エセリア様のお名前を初めてお聞きしたのは、王妃様のお招きで迷走人生を皆で楽しんだ時ですが、それ以降も色々な噂を耳にしておりましたのよ? 最近では玩具や本の他にも、画期的な道具を考案して、世に送り出しているとか」

「いえ、それほど大した物ではありませんので……」

「本当にエセリア様は、謙虚な方なのですね! 淑女の鑑ですわ!」

「……ありがとうございます」

「…………」

 嬉々として自分を褒め称える母親の横で、どこか憮然とした表情のグラディクトを見て、エセリアは本気で溜め息を吐きたくなった。


(なんかもう……、褒め殺しってこんな感じ? それに自分の息子が面白く無さそうな顔をしてるのに、気が付いて無いのかしら? 絶対私ばかり誉めているから、拗ねてるのよね。まるでガキだわ……、って私と同じ十歳だから、本当にガキか)

 それから少しの間、愛想を振り撒くディオーネの相手をしてから、エセリアはキリングと共にマグダレーナの前から辞去した。


(疲れた……、本当に冗談じゃないわよ)

 かなりの精神的疲労を覚えながら王宮の通路を歩き始めると、並んで歩きながらキリングが声をかけてくる。


「エセリア様、本日は王妃様へのご紹介とお口添え、誠にありがとうございました」

 それにエセリアは、苦笑しながら言葉を返した。


「大した事はありませんわ。それに私などが余計な事を口にしなくとも、王妃様は全面的に賛同して下さったみたいですし。話がすぐに纏まりそうで安心しました」

「ええ。それもそうですが、例の件で、あなたに公の罪状など付けなくて、本当に良かったです。王太子の婚約者に内定していた方にそんな事をしていたら、王家と教会の関係が、急激に悪化していた筈ですから」

「…………」

 心底安堵しているような口調で、そんな事を言われたエセリアは、無言で顔を引き攣らせた。


「しかし王太子妃があなたなら、次代も王家は安泰でしょう。教会としても、それは喜ばしい事。エセリア様、今後とも宜しくお付き合い下さい」

「……こちらこそ、宜しくお願いします」

 それからエセリアは、気合いを入れてキリングと世間話をしながら進み、出入り口の一つまで進むと、既に連絡を受けていたらしいミスティが、近くの使用人が待機している場所からやって来て、彼女を待ち受けていた。


「エセリア様、どうかされましたか? お顔の色が優れませんが」

 若干心配そうにお伺いを立ててきた侍女を、エセリアは笑って宥める。

「大事な話をしてきたから、ちょっと緊張しただけよ。それでは総大司教様、失礼致します」

「はい、またご意見を伺いたい時はご連絡致しますので、宜しくお願いします」

 そしてそれぞれの馬車に分乗して王宮を離れてから、エセリアは馬車の中で密かに後悔しまくっていた。


(こんな事なら……、BL本を出す時に本名で出して、もっと徹底的に宣伝してしまえば良かった……。今から公になったりしたら、王家を誹謗中傷したと言いがかりを付けられて、関係者が厳しい処分を受けるから、皆、保身の為に口を噤むでしょうし)

 そんな事を悶々と考えているうちに、すぐにシェーグレン公爵邸に到着し、エセリアは玄関前に降り立った。そして、まず母親に帰宅の挨拶をしようと、執事に所在を尋ねてその部屋のドアを開けると、そこには予想外の人物まで存在していた。


「……戻りました」

「お帰りなさい、エセリア」

「やあ、エセリア。王妃様から例の話について、伺ってきたかな?」

 その日、外出している筈の父が既に帰宅しており、更に満面の笑顔で尋ねてきた内容が、自分とグラディクトとの婚約でしか有り得なかった為、自分のバッドエンドに繋がりかねない事をしでかしてくれた父親に向かって、エセリアは本気で怒声を浴びせた。


「おっ、お父様の馬鹿ぁぁーーーーっ!!」

「え? あ、おい、エセリア?」

 喜んでくれるとばかり思っていた娘に怒鳴りつけられ、更に踵を返して走り去られたディグレスは呆然となり、ミレディアも呆気に取られてミスティに尋ねる。


「ミスティ、一体、エセリアはどうしたの?」

「いえ、私にも何がなにやら。取り敢えずお嬢様の所に行きますので!」

「ええ、お願いね」

 そして慌ただしく主を追ってミスティが姿を消してから、シェーグレン公爵夫妻は困惑した顔を見合わせたのだった。


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