「全く、どういう事だ。どうして答えが違っている! それにあいつらはこんな時に、一体どこで何をしているんだ!」
「グラディクト様……」
先程、遅れてきた三人を探しに行かせたのを忘れ去り、グラディクトはこの場に居ない側付きの三人を詰った。彼らを使い走りにできない彼が苛立ちながら、不安げなアリステアと共に廊下を進んでいると、前方を歩く二人組の男子生徒が目に入る。その手にチェックシートを持っていないのを見て取った彼は、その二人組に駆け寄り、肩を勢い良く掴みながら問い質した。
「おい、お前! もう校内探索会は終わらせたな?」
「え? あ、はい。終わらせて来ましたが……、それが何か?」
「それなら、学園の創立記念樹の本数は何本だ? 答えろ!」
「はぁ? 八十九本ですよね?」
「八十九だと!? どうしてだ!」
事前に調べていた本数は八十八本であった為、納得がいかなかった彼は相手を恫喝したが、その二人は困惑しながら、先程事務官から聞いてきたばかりの理由を口にした。
「どうしてと言われても……」
「創立記念樹は創立記念日を迎える毎に、毎年一本植樹していますし」
「クレランス学園は、今年で創立八十九周年ですから、昨日教授方で植樹セレモニーをしたと、事務局の方が説明して下さいましたが?」
「毎年!?」
「昨日!?」
答えは既に五日前に作成していた為、それで本数がずれたのかと、グラディクト達は驚きながらも納得したが、すぐに次の疑問を口にした。
「それなら図書室の蔵書で、最も古い文献のタイトルは何だ? 『王国建国記』ではないのか?」
「『国教会の黎明と研鑽』ですよ」
「今日から期間限定で、特別展示されていましたし」
「どういう事だ! そんな本があるとは、司書は言って無かったぞ!?」
険しい表情で問い質したグラディクトに、二人組は怪訝な顔で問い返した。
「殿下がその話を聞かれたのは、いつですか? 先週国教会総主教会から、『私達で貴重な蔵書を管理しているが、残念な事に教会内で内容について研究できる人材が存在しない。もしきちんとした研究をして頂けるなら、そちらに寄贈しようと思うがどうだろうか』と歴史学の教授に打診があったそうです」
「それで教授が即座に快諾して、図書室内での完璧な保管環境を整えて、一昨日引き渡しを受けたとか」
「約二百年前の全て手書きの、教会黎明期の活動記録と、当時の庶民の生活や文化レベルが詳細に書かれている、貴重な書物だそうですよ?」
その説明を聞いたグラディクトは、茫然としながら呟いた。
「一昨日にそんな物が……。それでは、音楽室で最も高価な楽器は? ハーベルのピアノでは無いのか?」
「いえいえ、確かにあれも高価ですが、ミュリスティーのバイオリンには敵いません」
「はぁ? ミュリスティーのバイオリン? そんな名器と名高い物、学園の音楽室などにあるわけ無いだろうが!」
本気で驚愕したグラディクトだったが、対する二人は事も無げに告げた。
「昨日からありますよ。現に音楽室で弾かせて貰いましたし」
「いやぁ、やっぱり高級なバイオリンは音色が違うよな?」
「何分かったような事、言ってるんだよ! 手が震えて、まともな音が出て無かったぞ?」
「しかしワーレス商会も太っ腹だよな? 『息子がお世話になっていますから』と言って、ポンと高額な楽器を寄付するなんて」
「さすがは羽振りが良い、大商人だよな? もう学園内は、その噂で持ちきりだぞ」
「……ワーレス商会だと?」
口々にワーレス商会を褒め称える二人に、グラディクトは剣呑な視線を向けた。そんな彼に危険な物を感じた二人が、恐る恐るお伺いを立てる。
「あの……、殿下」
「私達はもう行っても宜しいですか?」
「さっさと失せろ!」
「それでは失礼します」
慌てて二人がその場から歩き去ったのを見て、アリステアが気を取り直しながらグラディクトに声をかけた。
「グラディクト様……、取り敢えず正しい答えが分かりましたから、チェックシートを書き直して、皆様に渡さないと」
「そうだな」
そこで近くの教室に飛び込んでペンを貸して貰った二人は、手分けして全ての間違った答えの上に二重線を引いた上で、余白に正しい答えを書き込んだ。
それから二人は講堂に引き返したが、待ち受けていた者達の視線は、実に冷ややかだった。
「待たせたな。これで間違いは無い筈だ」
そう言いながらグラディクトが配った用紙を、生徒達が如何にも疑わしげに見下ろす。
「これで本当に、間違いは無いのですね?」
「くどい! 私の言葉が信じられないのか!!」
「現に一度、間違った物を渡されましたし。それでは皆様、参りましょうか」
「……っ!」
素っ気なく踵を返した面々に、グラディクトはそれ以上怒鳴りつける事もできず、歯軋りしながらも無言を保った。
「宜しい、終了だ」
講堂の隅で面白くなさそうに待っていた生徒達が、戻って来たグラディクトから何やら受け取っていたのを確認していたものの、リーマンは敢えてそれに触れず、彼ら全員の解答を確認し終えた。そしてすぐ近くに来ていたグラディクトに、明るく声をかける。
「殿下、これで新入生全員が、校内探索会を終了致しました。目立つトラブルも無く、無事に終了して何よりでした。先着十五名への豪華な記念品も、対象の生徒が歓喜しておりましたし」
それを聞いた生徒達は、自分達が他の生徒に完全に後れを取った事を認識して憮然となり、グラディクトはついでに選抜した面々に贈るつもりだった豪華賞品を、どこの誰とも知らない者達に持っていかれた事に気が付いて、顔色を変えた。そんな微妙な空気の中、事務官の一人がリーマンに声をかける。
「学園長、それではこちらの机や椅子を片付けても宜しいでしょうか?」
「ああ、頼む。それでは実行委員長、これが回収したチェックシートと、チェックした参加者名簿になるから、持っていってくれ」
「あ、は、はい!」
手元の書類を手早く纏めたリーマンは、その束を笑顔でアリステアに手渡すと、グラディクトに会釈して悠然とそこから立ち去って行った。
「私達で、最後でしたか……」
「先程殿下は、この事態に関してはそちらの実行委員長とやらではなく、ご自分に責任があると仰いましたわね?」
「申し訳ありませんが今回の事は、家族に報告させて貰います」
「勝手にしろ」
口々に非難してくる生徒達にグラディクトが素っ気なく応じると、一同は彼を振り返る事無く講堂を出て行った。
「グラディクト様……」
「どうしてこんな事になるんだ……。アリステアの交友関係を広げるどころか、有力な家の生徒から反感を買う羽目になるなんて……」
彼が悔しげに呻いていると、先程キャロル達を探しに行かせた側付き達が、グラディクトの姿を認めて安堵した表情で駆け寄って来た。
「グラディクト様、こちらにいらしたんですか?」
「カフェにおられないので、随分探しましたよ」
「どうしても三人が、見つからないものですから。やはりどこをどう歩いているか全く分からない方を、探すのは無理です」
探しに出た三人と悉くすれ違っていたらしい彼らは、控え目に不平不満を漏らしたが、グラディクトはそんな彼らを労うどころか盛大に罵倒し始めた。
「お前達、一体何を調べていた! 準備した答えが間違っていたせいで、私が大恥をかいたぞ!」
「はぁ? そんな筈は……」
「間違っている筈はありません」
「ちゃんとチェックポイントの場所に行って、教授方や職員に確認した上で書きましたから」
そう主張した彼らだったが、グラディクトの怒りは収まらなかった。
「だが現に事務局と音楽室と図書室の分は、昨日植樹したり、この二、三日で寄贈された物があって、答えが違っていたぞ! どうしてくれる!?」
「ですがそもそもその三ヶ所は、殿下が先週、急に問題の差し替えを指示されて」
「五月蝿い! 貴様、責任逃れをするつもりか! 良いか!? 今回だけは大目にみてやる。二度とこんな失態はするな! 覚えておけ! アリステア、行くぞ!」
「はい!」
人気の無い講堂に散々怒声を響かせてから、グラディクトはアリステアを引き連れ、怒りの形相でそこを後にした。しかし一方的に怒鳴りつけられた方にしてみれば、面白くない事この上なく、全員が憤然として彼を罵り始める。
「何なんだ! 相変わらず好き勝手言いやがって!」
「全くだ。『これ位、気の利いた問題を作れないのか?』とか得意げに言いながら、急遽問題を差し替えたのは自分だろうに、偉そうに」
「もうまともに相手にするな。俺達を捜索に出した事も、すっかりお忘れのようだからな。放っておけ」
「そうだな。しかしライアンとエドガーは、さっさと側付きから手を引いて、正解だったかもしれないな」
「…………」
そこで何とも言い難い顔を見合わせた三人だったが、現状に大いに不満はあるものの、それを打破する為にはどうすれば良いかを判断する才覚を持たない者ばかりだった為、そのまま無駄に時が過ぎていくのだった。
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