「皆様、今日は私の誕生日を祝う為に集まって頂いて、ありがとうございます」
コーネリアの誕生日祝賀パーティー当日。
国内の主だった貴族や、公爵家と付き合いのある家から当主夫妻やコーネリアと同年配の子供達が招かれ、シェーグレン公爵邸は盛況を極めていた。
招待客が吸い込まれた大広間で、まず主催者である公爵夫妻が来客に対しての礼を述べ、コーネリアの挨拶が始まる。そしてコーネリアに程近い前方の位置で、何故かミランは真っ青になりながら、ナジェークとエセリアに挟まれる様にして佇んでいた。
「あの……、エセリア様。こんな格好でこんな場に出て来て今更ですが、どう考えても私がこの場にいるのはおかしいですよね!?」
ナジェークの何年か前の服を有無を言わさず着込まされ、傍目には貴族の子弟と言われても違和感のない姿のミランだったが、まさか「パーティー当日は手伝って頂戴」と言われて出向いてみれば、こんな暴挙に及ばれるとは夢にも思っていなかった為、その台詞には早くも泣きが入っていた。しかしエセリアは、そんな訴えを容赦なくぶった切る。
「ミラン、いい加減に腹を括りなさい。今日のあなたは、シェーグレン公爵家の分家の親戚の三男。そんな末端貴族の顔なんて、今日の参加者は覚えていないし、気にも留めないわ」
これ以上ガタガタ言うなと暗に撥ねつけられて、ミランは続いているコーネリアの挨拶を聞き流しながら、がっくりと項垂れた。
「もう嫌だ、このお嬢様達……。最近は母さんまで変になって、このお屋敷に僕が来る度に『エセリア様の新作原稿はまだなの!?』って、怖い顔で迫られるし……」
「すまないね、ミラン。君のような小さい子にまで、心労をかけて」
「ナジェーク様……」
ここで斜め後ろに立っていたナジェークに声をかけられたミランは、慌てて振り向いたが、憐憫の視線を向けて来た相手の心境を思い、滲んだ涙を指で拭ってから、軽く頭を下げた。
「いえ、ナジェーク様も私と三歳しか違いませんのに、この間のご心労に比べたら……。このような場で取り乱してすみません」
「うん、今日はお互い頑張ろう」
「はい。こうなったら精一杯、全力を尽くすだけです」
そんな風に男同士の友情が急遽成立した所で、コーネリアの挨拶が一通り終わり、彼女が周囲に控えていた侍女達に声をかけた。
「それでは皆様に楽しんで頂こうと、今回ちょっとした余興を準備致しましたので、お楽しみ頂けたら幸いです。……皆、準備をお願いね」
「はい」
「まあ、シェーグレン公爵家が披露する余興とは、どんな物かしら?」
「きっと大掛かりで、豪華な物でしょうね。楽しみですわ」
侍女達が動き出したのを見ながら、客達は期待に満ちた表情で囁き合う。しかし大した時間を要さずに整えられた物は、大部分の招待客の予想を裏切った。
「お待たせ致しました。今回我が家で準備致しましたのは、こちらになります」
「……え?」
「あれは何? ご存知?」
「随分、貧相……。あ、いえ、簡素な造りの物が……」
テーブルに乗せられた物を眺めながら、ひそひそ声で言い合う客達を見て、エセリアは溜め息を吐きそうになった。
(うん、皆が戸惑う気持ちは分かるわ。予備知識が無いと、本当にどう使う物か、皆目見当が付かないわよね)
するとコーネリアが、落ち着き払った口調で説明を続ける。
「皆様は、初めて目にする物だと思います。こちらは老若男女関係なく、同時に楽しめると言う趣旨の下、新たに考案された玩具です」
それを聞いた何人かの招待客から、問いが発せられる。
「玩具、ですか?」
「あの、それではどのように使う物でしょうか?」
「それでは実演してご覧に入れますわ。エセリア、ミラン。宜しくね」
「はい」
「……はぁ」
にこやかに促されてエセリアは鼻息荒く、ミランは緊張しながら足を踏み出し、目の前に設置されたテーブルに向かった。
「皆様、見えにくければ、前の方にお詰めになって下さいませ」
コーネリがそう声をかけても、取り敢えず自分より目上の者より前に出ようなどと考える無粋な者はおらず、エセリア達を最前列で囲んだ者は上位貴族で占められた。
(うん、想像通りよね。だけどこの方が後で都合が良いわ)
そんな事を椅子に座りながらエセリアが考えていると、チェス盤の様な厚みを持たせて商品化された物を指差しながら、コーネリアが説明を再開した。
「それではこの《カーシス》ですが、二人で対戦します。駒の表裏で違う色が付けて有りますので、互いに一個ずつ盤面に駒を置いて、最終的に自分の色が多い方が勝ちになります。それでは二人とも、実際にやってみせて頂戴」
「じゃあミラン、いくわよ?」
「はい、どうぞ」
長々と説明するより実際に見て貰おうと、二人は打ち合わせ通りカーシスを始めた。その盤上を指し示しながら、コーネリアが要所要所で説明を加えていく。
「基本的には、この様に自分の色の駒で相手の色の駒を挟む位置に置いて、相手の駒を自分の色にひっくり返していきます」
「なるほど……」
「これは、どうなるか予想がつきませんわ」
周囲が興味津々で勝負の行方を見守る中、白熱した展開のまま二人は全ての駒を置き終えた。
「これで終了です」
「ええと、勝敗は……」
「ちょっ待って下さい。あ、エセリア様が二個多いですから勝ちですね」
「うわぁ、辛勝じゃない。最初は楽勝だったのに。腕を上げたわね?」
「そうそう何度も、ボロ負けできませんから」
手早く駒を移動して双方の数を数えたミランが、若干残念そうに報告すると、エセリアは勝利したにも関わらず、困り顔で応じる。それを受けて苦笑の表情になったミランから、招待客に視線を戻したコーネリアは、再び笑顔で話し始めた。
「皆様、ご覧になりました? 単純な様でなかなか先が見通せない、奥深いこのゲーム。しかもこれには、もっと深遠な教訓も含まれておりますのよ?」
「え? 教訓?」
「因みに、どの様な……」
そこで意外そうな顔になった面々に向かって、コーネリアは急に真顔になって述べた。
「一連の駒の配置を見て頂けたのならお分かりでしょうが、目先の欲に捕らわれて駒を置き、次の一手・二手で大逆転されてしまう事が、何度か目にされたと思います」
「はぁ、確かに……」
「その様な事もございましたね」
指摘を受けて、勝負の流れを思い返したのか、幾つか賛同の声が上がる。それに小さく頷いたコーネリアは、ここで一気に話を発展させた。
「つまりそれは、実生活にも該当するのです。具体的な内容をこのような祝いの場で口にするのは無粋なので差し控えますが、ご家庭で、王宮で、または職場で、己が正しいと信じている事を声高に主張しても、それを認めて貰えないばかりか、周囲から理不尽なそしりを受けかねない事が、人生には多々あると思われませんか?」
「………………」
そこで軽く胸元を押さえながら彼女が訴えると、それぞれ何やら思い当たる事があるのか、室内は静まり返った。そんな中、コーネリアの主張が続く。
「未だ成人と認められないこの私でも、仮にその様な事態に遭遇した時、またはその様な立場に置かれた時の、無念さ、理不尽さは理解できるつもりです」
そこで一度言葉を区切ったコーネリアは、次の瞬間右手で拳を握りながら、語気強く訴えた。
「しかし、そこで己の悔しさと目先の欲求をぐっと堪え、表向きは相手にその場を譲り、そう見せかけた後で、逆転する為の秘策を練る。または裏で実権を握る為の、布石を打つのです。そんな社交界を生き抜く為の『大事の前の小事』『負けて勝て』の精神を子供の頃から養うには、これは最適最善の玩具だと断言できます。私は子供の身であるからこそ、同世代の皆様にこれを介して、一度人生とは何かを真剣に考えて頂きたいのです」
「…………」
内容はともかくコーネリアが真摯に訴え続け、静まり返った大広間を見渡しながら、エセリアは密かに感激していた。
(凄い……、何だかお姉様の姿が神々しい。この前私が主張した時みたいに叫んだりしていないのに、説得力と威圧感が半端じゃないわ。お姉様に宣伝部長の肩書を謹んで進呈します)
そして彼女が羨望の眼差しを送る中、コーネリアはもう一つ準備した物について言及を始めた。
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