大広間から有無を言わさず連行され、自室に押し込められたグラディクトは、その直後は外から封鎖されたドアに向かって暫くの間抗議の叫びを上げていたが、全く反応が無かった為、諦めてベッドに入った。
「一体全体、どうしてこうなるんだ。私の主張を、全く受け付けてくださらないとは! しかも即座に軟禁になるなど、どういう事だ!」
横になってからも腹立たしげに叫んでいたグラディクトだったが、何気なく人気の無い室内に目を向けて、引き離された自分の最愛の女性の事を呟く。
「アリステアは、無事なんだろうな……」
そう口にした事で不安が沸き起こってきた彼は、それ以上悪態を吐く気力を無くし、無言で目を閉じた。そんな最悪な気分で寝入っても容赦なく朝は訪れ、グラディクトは昨日よりも更に不機嫌な状態で朝のひと時を過ごした。
「殿下、お食事をお持ちしました」
「入れ」
「失礼します」
当然の事ながら、国の上層部がグラディクトを飢えさせるつもりは無かった為、朝食を乗せたワゴンを近衛騎士が運んできた。その騎士が手早くテーブルの上に朝食をセットし、恭しく一礼して退室しようとする。
「それでは後ほど、食器を取りに参ります」
そうして踵を返しかけた彼に向かって、慌ててグラディクトが問いかけた。
「待て。アリステアはどうなったのか知らないか?」
「どなたの事でしょう?」
「私と一緒に大広間から出た女性だ」
「ああ……、あの……」
「何だ! さっさと言え!」
いきなり問われた彼は、最初誰の事を言われているのか全く分からなかったが、続く説明を聞いて納得し、一瞬遠い目をしてから朝一番に同僚から聞かされた内容を口にした。
「その方ならあの後すぐにクレランス学園の寮に、騎士団の馬車で送り届けられたそうです」
「それは確かか!」
「はい。送った者から直に聞きましたから。昨夜の事は近衛騎士団内でも、朝から相当噂になっております」
「それなら良い。下がれ」
「失礼いたします」
半分以上嫌みで口にした彼だったが、どうやらそれが通じなかったグラディクトに横柄に手で追い払われ、無表情で今度こそ退出した。
「さすがに女性に対して、乱暴な扱いはできなかったようだな。当然の事だが」
取り敢えず安心したグラディクトは、朝食を食べようと椅子に座ってナプキンを持ち上げたが、折り畳まれたそれを広げた途端、中に挟み込まれていた用紙が落ちた。
「全く忌々しい……、うん? これは!?」
何気無くそれを拾い上げたグラディクトは、びっしりと文字が書き込まれているそれに、驚愕しながら目を通した。それには審議が翌日執り行われる事、更にその場には必ず賛同者が出向く事、その場にこれまでに集めてきた証拠の品を全て持参する事などの指示が書かれており、この警戒厳重な中でこのような物を仕込んだ事実も併せて、己の支持者が王宮内に数多存在すると改めて誤認したグラディクトは、楽し気に笑い出した。
「あははははっ! やはり王宮内に、私達の味方は相当数存在するのだな! 審議は明日と決まったか。上等だ! エセリアの悪行の全てを、その場で洗いざらい暴露してやるぞ!」
そして彼は先程までの意気消沈した様子とは打って変わって、上機嫌に朝食を食べ始めた。しかし半分程食べ進めたところで、ノックに続いて静かにドアが開かれる。
「失礼いたします」
「何だ? 食事中だぞ」
許可も得ずに入室してきた相手をグラディクトは鋭く睨んだが、宰相の補佐官はそんなものは歯牙にもかけず、淡々と告げた。
「昨夜の式典内で、王妃陛下がご提案された審議の日程が、国王陛下のご裁可を受けて正式に決定いたしました。明日の午前中に執り行います」
「そうか」
神妙に頷いてみせたグラディクトだったが、内心で(そんな報告位、既に受けているぞ。この能無しどもが)とせせら笑った。
「他に何か連絡は?」
「ございません。謝罪と弁明をされるなら、今のうちだと思いますが。そうご希望されるなら、宰相閣下が両陛下との面談の時間を調整すると、申しておりました」
一応上司に指示された通り、忠告してみた補佐官だったが、グラディクトはその温情を鼻で笑って一蹴した。
「はっ! どうして私が、謝罪や弁明をする必要がある! 審議の場で真実を明らかにした上で、どちらに正義があるのかを明白にするのみだ! 宰相に、時間を無駄にするなと伝えろ」
「そうでございますか。それでは失礼いたします」
グラディクトの強弁を聞いた補佐官は呆れ果て、それ以上取りなすような真似はせず、おとなしく引き下がった。
そのように、式典から一夜開けた王宮では、慌ただしく審議についての準備が進められていたが、その連絡を受けたクレランス学園でも、一大問題となっていた。
「アリステア・ヴァン・ミンティア。なぜ朝から謹慎処分を受けた上、この場に呼び出されたか分かるか?」
学園長室に呼び出され、左右に複数の各教科の主幹教授が強張った顔つきで居並ぶ中、正面の学園長に重々しく問われたアリステアだったが、彼女は全く臆する事無く言い返した。
「エセリア様が嫌がらせをしているからよ! ちゃんと分かっているんですからね!」
「そんな事をするわけ無いだろう。全く、面倒な事になった……」
「学園長、お気を確かに」
本気で頭を抱えたリーマンを見て、左右の教授達はある者は彼に心からの同情の視線を送り、またある者はアリステアに咎める視線を向けた。
そんな微妙な空気の中、何とか気を取り直したリーマンが、王宮からの連絡事項をアリステアに告げる。
「アリステア・ヴァン・ミンティア。王太子殿下が昨夜の式典で主張した内容に関する審議の場を、明日の午前中に、学園内で設ける事になった」
「え? ここで?」
「ああ。君とグラディクト殿下は事もあろうに昨夜の式典で、エセリア様が学園内で王太子妃に相応しくない所業を繰り返していたと、見当違いの主張をしたそうだが」
「見当違いなんかじゃないわ! 全て事実だもの!」
真顔で声高に反論した彼女を見て、教授達が呆れ顔を隠そうともせずに囁き合う。
「まだそんな事を言うか」
「だから、さっさと退学にしておけば」
「今更言っても、どうにもなりませんよ」
そんな声を耳にしながら、リーマンは気合いを振り絞って話を続けた。
「問題となっている事例は学園在籍中の事であろうし、それならば審議の場を学園にしたいとの両陛下の思し召しで、そう決定したと王宮から連絡が」
「やった! てっきり無能かと思ってたけど、意外に話が分かるじゃない! 学園でなら、証明しやすいわよね。こっちには好都合だわ!」
いきなり満面の笑みでアリステアが口にした内容を聞いて、他の面々が驚愕した顔になった。
「ちょっと待て! 今『無能』とか言ったのは、まさか陛下に対しての暴言では無いだろうな!? そんな不敬な発言は!」
「じゃあそれまで、謹慎してれば良いんですよね。じゃあさっさと部屋に戻ってます! お邪魔しました!」
「待て! まだ話は終わってはいないぞ!」
しかしアリステアは素早く一礼して廊下へと駆け出し、そのままの勢いで自室へと戻って行った。一番ドアに近い所にいた教授が、慌てて追いかけたが、彼が廊下に出た時には彼女の姿はどこにも見えず、憮然としながら室内に戻って来てドアを閉める。
「駄目ですよ、学園長。聞く耳持ちません」
「日程は伝えましたし、それまでおとなしく部屋に引っ込んでいるなら、宜しいのではありませんか?」
「それよりも、予め彼女の処分を決めておく事が重要でしょう」
渋面の教授に促されたリーマンは、溜め息を吐いて頷く。
「そうだな。彼女は貴族科に籍があるし、どう考えても学園として、適正な処置をする必要があるからな」
「それでは提案ですが、半年間の停学処分では?」
「それは……、そうなると彼女は出席日数が不足して、自動的に留年と言う事になるが……」
気が進まないように見えるリーマンに、他の教授が決断を促す。
「不祥事を起こした生徒に対して、前例があります。退学よりはマシではありませんか?」
「確かに退学処分よりは良いだろうが……。留年と言うのも……」
しかしここで冷え切った声が、生温い議論を一刀両断した。
「私に言わせれば、退学でも生温いですわ。明日の審議の場での振る舞い如何では、これまでの数々の問題行動も鑑みて、除籍を視野に入れても良いかと」
「セルマ教授!?」
情け容赦が無さ過ぎるその台詞に、リーマン以下他の教授達も揃って驚愕の視線を向けたが、セルマ教授は平然と告げた。
「明日、殊勝な態度を見せてエセリア様や両陛下に詫びを入れるようなら、手心を加えても宜しいでしょうが」
「い、いや、しかしセルマ教授。一足飛びに除籍などは……。確かに規定としてはありますが、前例は」
「学園創設以来、二件前例がございます。是非ともご検討を」
「…………」
冷静に重ねて告げられたリーマンの顔色が更に悪くなり、アリステアの処分に関して頭を抱える事となった。
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