アリステアが店を出発する少し前、シェーグレン公爵邸でも記念式典に参加する公爵家の面々が、玄関ホールに集まっていた。
「お父様、お母様、お兄様。お待たせ致しました」
「ああ、綺麗に仕上がったね、エセリア」
「本当に素敵よ?」
「ありがとうございます」
「それでは王宮に出発しようか。今日のエスコート役は私ですまないね」
そう言いながらナジェークが手を差し出してきた為、エセリアはその手を取りながら笑った。
「グラディクト殿下は今回主催者側で、お忙しいのですもの。私の方こそ、お兄様が意中の女性を誘う機会を潰してしまって、申しなく思っておりますのよ?」
「エセリア。勝手に邪推しないでくれないか? それより早く出発しよう。定刻に遅れるわけにはいかないからね」
やんわりと笑顔で妹の皮肉を流したナジェークは、両親とは別の馬車にエセリアと二人で乗り込んだ。そして王宮に向かって発車早々、向かい側に座っている妹から声をかけられる。
「お兄様、彼女の方の手配は大丈夫ですか?」
「ああ。ヴァイスとアルトーに、くれぐれも口外厳禁で頼んでおいた。父上にも伝わっていない筈だ」
「あの二人なら、お兄様の忠実な家臣ですから、心配無用ですね」
早くから父である公爵によって、将来ナジェークの補佐役を務めるようにと、彼の側で教育を受けて来た彼らの事はエセリアも十分承知しており、安堵の表情を見せた。しかしすぐに真面目な顔になって、兄を問い質し始める。
「ところで、お兄様? せっかく二人きりになりましたので、ここまで私の悪巧みに乗って頂いた本当の理由を、そろそろ聞かせて頂きたいのですが」
「可愛い妹の頼み、だけでは駄目かな?」
「それでしたら、お兄様の性格ですと、面白がって傍観するだけだと思います。特にこの一年あまり、積極的に関わって頂けたのには、何か明確な理由がおありですわよね? 公爵家嫡男でありながら二十歳になっても婚約者すら決まらないと言うのは、どう考えてもおかしいですし」
その言外に含んだ物言いに、この妹には大体の予想が付いているのだろうと察したナジェークは、苦笑いするしかできなかった。
「……やれやれ。我が妹の眼力には恐れ入る」
「やはり本命の方が、アーロン王子派の貴族の家にいらっしゃいますのね? ですが私絡みで王太子派と目されている我が家との縁談など、相手の家が認めない。もしくは人質にする気かと、勘ぐられるのがせいぜいですわ」
もう確信しているとしか思えないその口調に、ナジェークは真顔で頷いた。
「正解だ。だから未だに相手の家に、正式に縁談を申し込めていなくてね。だがこの事は父上には内々に話をしているから、私に舞い込む王太子派の家からの縁談を、丁重に適当な理由をつけてお断りして貰っている」
「でも私が王太子に謂われのない誹謗中傷を受けて婚約破棄となったら、自動的に王太子派は瓦解。非は無いこちらは、そちらとの関係を保つ必要は一切ありませんから、悉くはねつけられる。しかもしがらみが無くなる事で、アーロン派の貴族の家との縁談を纏める事についても、支障は無いわけですのね?」
「ああ。私にはメリットしか存在しない」
想像通りの答えを聞いて満足したエセリアだったが、次にこの間、気になっていた事を口にした。
「ですがそういう方と、どこでどのように知り合ったのですか? お兄様とは良く一緒に夜会等には出ますが、それほど親しげにしている女性は、存在していませんでしたよね?」
そこは本当にいくら考えても分からなかった為、素直に尋ねてみると、ナジェークは少々照れくさそうに話を続けた。
「実は彼女とは、在学中からの付き合いなんだ。これまで彼女は家族や周囲から勧められた縁談を断固拒否した上で潰しまくってきたんだが、さすがにそろそろ限界みたいでね。私としてもいい加減この問題に、けりを付けたかったんだ」
それを聞いた途端、エセリアの表情が驚愕に染まり、次の瞬間素早く席を立った。そして向かい側の座席に移動した彼女は、兄に組み付きながら嬉々として叫び声を上げた。
「え? クレランス学園時代に知り合ったんですか! ロマンスの香りがプンプンと! 是非、後から詳しい話を! そしてドキュメンタリー、いえノンフィクションとして、秘められた熱い恋物語を世間の皆々様にお届けしないと! ああ、迂闊だったわ! こんな身近に、こんな美味しいネタが転がっていたなんて! エセリア・ヴァン・シェーグレン、一生の不覚!」
「エセリア、ちょっと落ち着こうか。まだ本番前だからね。彼女との話は全て事が終わったら、話してあげるよ」
「お兄様、約束ですわよ! お兄様から未来のお義姉様のお話を聞くのが、今から楽しみですわ! 今まで縁談を固辞していたなど、なかなか気骨溢れる方のようですし!」
「ああ……、確かに紫蘭会会員ではないが、エセリアとは気が合いそうだね……」
「本当に、お約束しましたからね!」
「分かった分かった。きちんと話すから」
目を血走らせた妹に詰め寄られたナジェークは、そんな彼女から微妙に視線を逸らしつつ、何度も頷いたのだった。
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