「エセリア嬢、それは幾ら何でも不可能です。どうして殿下が、そんな事を考える様になるのですか?」
溜め息を吐いて愚痴っぽく訴えたローダスに、エセリアが変わらず冷静に答える。
「殿下と相手の女性が、私がとんでもなく底意地が悪くて嫉妬深くて悪の権化の《悪役令嬢》と思い込めば良いのではないかしら? そうすれば『そんな女性を未来の王妃の座に据えるなど、言語道断だ』と思って、色々と画策すると思われますが」
「はぁあ?」
「ちょっとローダス。幾ら何でも失礼よ?」
思わず呆れ返った声を上げたローダスをシレイアが窘めたが、彼は真顔になって言い返した。
「いや、だがな。エセリア嬢をそんな風に思っている女生徒など、学園中どこを探してもいるわけないだろう? 確かに殿下を初めとして、彼女の才能に嫉妬している人間は少なからず存在しているとは思うが、そこまで悪辣に考えるなど余程頭が足りないか、悪意に満ちた考え方しかできない奴だぞ?」
「いえ……、ちょっと待って下さい」
「ミラン?」
ここで先程から何やら考え込んでいたミランが、控え目に会話に割り込んだ。そして他の者の視線を集めながら、慎重に話し始める。
「入学前にエセリア様から依頼を受けていたので、この間教養科内の観察を続けていたのですが、妙にエセリア様に失礼……、と言うか、対抗意識らしきものを示す女生徒がいるんです」
そこで思い当たる節があったらしいカレナが、半ば確信している口調で口を挟む。
「ミラン、それはひょっとして、アリステア・ヴァン・ミンティアの事を言っているの?」
「隣のクラスにも、噂が伝わっていたか……」
「詳しくは聞いてませんけど……」
うんざりした表情になったミランと、困惑気味のカレナを見て、他の者は何事かと顔を見合わせていたが、エセリアは密かに歓喜した。
(やっぱりアリステアが、何やら動き出していたわね。ここで、そっちから自然に名前を出して貰って助かったわ。ミラン、グッジョブ!)
そんな感謝の言葉をエセリアが心の中で叫んでいると、ミランが冷静に話を再開した。
「そのアリステア嬢ですが、女性徒達がエセリア様の好意的な話で盛り上がっていると、『見た目に騙されるなんて恥ずかしいと思わないの?』とか『あなた達の様な大勢に流される人間に、この国の将来を考えるなんて所詮無理な話ね』とか、一方的にまくし立てているんです」
それを聞いたシレイアが、心配そうに尋ねた。
「それで論争になったりしたの? まさか女同士で取っ組み合いになったりしたとか?」
「いえ、言っている事の意味が良く分からない上、的外れな事が殆どで、殆どのクラスメイトは何を言われても無視を決め込んでいますから」
「そうなの。それは良かったけど……」
あっさりと説明されて、シレイアは何とも言えない表情になり、エセリアはその光景を想像して無言でうなだれた。
(シレイア、気持ちは分かるわ。何、その空回りっぷり。本当に周りに、まともに相手にされていないわけね)
しかしミランは、容赦なく話を続行させる。
「そうかと思えば、妙にグラディクト殿下押しで。『立っているだけで存在感が違う』とか『本当は優秀なのに、敢えてそれをひけらかさない謙虚な方だ』とか声高に主張して周囲に同意を求めては、あからさまに無視されて、一人で勝手に憤慨していました」
それを聞いたサビーネとシレイアは、揃って冷笑した。
「まあ、『存在感』ですって? 残念感ではなくて?」
「『敢えてひけらかさない』? そんな能力を隠し持っているなら、今すぐ見せて頂きたいわ」
「……辛辣だな」
思わずローダスが苦笑いしたが、ミランはうんざりとした表情を隠そうともせずに話を続ける。
「それ以上に、授業態度も良く無くて。時々、午後の授業に遅れて来るんです。それを教授が咎めると、昨日などは『私は将来のこの国にとって、あなた方よりはるかに有意義な事をしているんです!』と訳の分からない事を言って、逆切れしていました。もう本当に訳が分かりません」
「教授に対して、そんな口答えをするとは……」
「信じられないわ」
「一体、どういう育ち方をしてきたの?」
「ミンティア子爵家は学園の生徒を介して、社交界で悪評が広まる事を考えていないのかしら?」
他の面々は唖然として、アリステアの不作法ぶりに顔を顰めたが、《クリスタル・ラビリンス》のストーリーを把握しているエセリアだけはピンときた。
(それって、あれよね……。昼休みのグラディクトとの、中庭での密会。一応ストーリー通りに、話が進んでいるわけか。確かに最近グラディクトも、午後の授業をサボる事が多かったわね。前々からあまり熱心に授業を受けていなかったから、そんなに注意してはいなかったけど、二人が会っていたのなら、合点が行くわ)
素早く考えを巡らせたエセリアは、落ち着き払って口を開いた。
「既に殿下はそのアリステア嬢と、接触しているのではないかしら?」
唐突に言われたその内容に、彼女以外の全員が困惑した。
「え?」
「エセリア様?」
「そんな馬鹿な。あり得ませんよ」
「殿下とその方の接点はありませんよね? 学年も違いますし」
「殿下はいつも側付きの方を連れていらっしゃいますから、見慣れない方が近付いたら誰何されますし、噂にもなりますわ」
その場を代表するようにサビーネが指摘したが、エセリアは変わらず冷静に続けた。
「でもサビーネ。最近殿下は、午後の授業を欠席されるか、かなり遅れていらっしゃる事が、多々あるでしょう?」
「言われてみれば……、確かにそうですわね……」
同じクラスであるサビーネは、最近の様子を思い出して納得したが、シレイアは「王太子の癖に、他の生徒の規範になるつもりは無いの?」と小さく悪態を吐いた。
それを聞き流しながらローダスが慎重に問いかける。
「まさか本当にグラディクト殿下が、昼休みにお一人で、その女生徒と会っていると?」
「そう考えれば、納得できるかと。殿下は私に良い感情を持っておられないでしょうし、それに影響された彼女が、私を否定しつつ殿下を持ち上げようとしているとは、考えられませんか?」
「確かに……」
頷いてから難しい顔で考え込み始めたローダスだったが、周囲からは感嘆の溜め息が漏れた。
「さすがエセリア様ですね」
「ええ、数少ない情報から、そんな事実を導き出すなんて」
「私達には無理ですわ」
そんな誉めそやす声を聞きながら、エセリアは冷静に、これからの方針について考えていた。
(さて、ある意味予想通りにグラディクトルートでストーリーが進んでいて、ミランとローダスの反応を見ると、逆ハー状態を目指しているわけでもないみたいね。それじゃあ安心して、こちらもどんどん話を進めていきましょうか)
そんなやる気満々の心境でエセリアは再び口を開いた。
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