「シレイア。以前、私が賜った領地について、どう評したのか覚えているかしら?」
「はい。勿論です。これと言った特色や特産物もない土地なので、人材や技術や知識を売りにする意味で、学術院創設を目指されたのですよね?」
「ええ、その通りよ。それに加えて、私はちょっとした《特区構想》も考えているの」
「『とっくこうそう』ですか? それは初めて耳にするフレーズですが……」
本気で首を傾げたシレイアに、エセリアは手元の書類の束から必要な物をより分けながら話を続けた。
「まず学術院は、国内全域、場合によっては国外から優秀な人材を呼び寄せる事になるわ。だから当然、その人達の生活が立ちゆくように、環境整備をする必要があるの」
「はい、勿論です」
そこで力強く頷いたシレイアは、差し出された書類に描かれた図面に目を通しながら、冷静に感想を述べた。
「ですがこれを見ると、寮の用地は学術院に隣接した場所に確保してありますし、設計図や仕様を見ても設備は完璧ですね」
「ええ。食堂や浴室は勿論、各部屋の掃除や洗濯まで、担当者がやってくれるわ。これは学園内の寮でも既に整備されている内容だから、設置に全く問題は無いけど」
「本当に寮生活は楽でした。おかげで勉強に集中できましたもの」
しみじみと懐かしむようにシレイアが述べると、エセリアも笑いながら応じる。
「平民の生徒からすれば、そうでしょうね。でも学園を卒業した場合と同様に、結婚して独身寮を出る事になったら、その恩恵が受けられなくなるわ」
「それはそうですし、ですから家事一切をしながら仕事も人並みにしろなんて、無理な話ですよ」
あっさり結論付けたシレイアに、エセリアの笑みが深くなった。
「やっぱりシレイアも、固定観念に捕らわれているわね」
「え? どういう意味ですか?」
「だって、家事育児は全て女性がやる物だって、思い込んでいるじゃない」
「え? それは……、だって男性はしませんよね?」
「男にだってやらせるべきだし、家事育児はできる所は外注すれば良いわ」
「…………はぁ?」
全く予想していなかった事を聞かされたシレイアの顔が呆気に取られたものになり、そんな彼女にエセリアは笑いを堪えながら次の書類を差し出した。
「シレイア、この施設の概要を見て貰えるかしら?」
「それは構いませんが……」
(『外注』って……、エセリア様は何を考えいるの? まさか学術院の設立に奔走していて、頭がおかしくなったわけじゃないわよね?)
内心で結構失礼な事を考えながら、書類に目を通し始めたシレイアだったが、すぐにその顔が困惑の色に染まった。
「エセリア様……。これは一体、何に使う建物ですか? 仕切りも何もない、ただの無駄な広い空間にしか思えませんが?」
「シレイア。あなた洗濯って、どうするか知っている?」
問いに答えて貰えなかった上、いきなり的外れな質問をされたと感じたシレイアは、些か気分を害しながら言い返した。
「エセリア様。私も家で洗濯はしています。晴れた日に、石鹸で洗って干して乾かしていますが。あまり馬鹿にしないでいただけますか?」
するとそれを聞いたエセリアが、困ったように弁解してくる。
「ごめんなさい。別にあなたを馬鹿にしたわけじゃないのよ。雨の日には洗濯をどうしているのかを聞きたかったの」
「雨の日に洗濯なんかできません。何を仰るんですか」
事ここに至って完全に呆れ顔になったシレイアに、エセリアは真顔で確認を入れた。
「それならせっかくの休日に雨が降ったりしたら、洗濯ができずに洗濯物とストレスが溜まる一方なわけよね?」
「ええ。寮でも雨の日が続くと、洗濯物の返却が遅れていましたし。それが何か?」
「それを解消するのが、この乾燥室よ」
「乾燥室?」
「特筆すべきは暖炉ではなく、ここの床下にお湯を流す配管を巡らせて、室内の温度を床から均一に上昇させると同時に、天井部に設置したプロペラを回して対流を引き起こす事で、適度な換気を行った上で乾燥を早めるの。言わばセントラルヒーティングとサーキュレーターの合わせ技ね」
「せ、せんとらる……、え? さーきゅれー? あの、何ですか、それは?」
全く聞き覚えの無い言葉と、設計図を見ても何がどう作用するのか見当がつかないシレイアは、本気で面食らった。その彼女の反応を見て、エセリアが難しい顔になる。
「う~んと、この世界には扇風機なんて物は存在していないし、説明が難しいのよね……。要は、斜めに傾いた板を一定軌道上で回転運動をさせる事によって、効率的に風を起こすのよ。暑くてカラッとして風が強い日は、洗濯物は乾きやすいでしょう?」
取り敢えず具体例を挙げてみたエセリアに、シレイアも何とか理解しようと、頭の中で考えを巡らせる。
「ええと……、確かにその通りですね。するとエセリア様は、その条件をこの室内で人工的に揃えさせる事ができると仰る?」
「そういう事よ」
「ですが風を起こすと言われても、洗濯物が乾くまでの間、どうやって風を継続させるつもりですか?」
そんな素朴な疑問をシレイアが口にした途端、エセリアが嬉々としてそれに食い付いた。
「よくぞ聞いてくれました! これよ! エアロバイク型駆動系動力利用!」
「……はぁ?」
「隣室でペダルを漕いで、その回転をギアで増大させて、後は組み合わせた歯車とシャフトで、その運動を乾燥室まで伝えるのよ」
「え、ええと……」
「もう本当に、クオールさんって天才! 私が『こういう物が欲しい』って、イメージと略図で伝えると、ちゃんと実現可能な段階まで設計して、実際に作ってしまうんだもの! 後はタイヤにできる、ゴムが有ればねぇ……。座席にダイレクトに振動が伝わるから、車輪が鉄とか木だけだときついもの。自転車が実用化したら、庶民の移動能力や運搬能力が馬に頼らなくても飛躍的に向上するのに……」
何の図案か完全に理解できない物を見せられた上、肝心のエセリアが何やらぶつぶつと呟きながら自分の世界に入ってしまった為、シレイアはそんな彼女に、恐る恐る声をかけてみた。
「あの……、エセリア様? 寮の洗濯事情は分かりましたが、それがどうかしたのですか?」
それを聞いて我に返ったエセリアが、事も無げに告げた。
「あら、肝心の所は伝わっていなかったのね。これは寮だけの洗濯物の話ではなくて、一般の人間の洗濯物も受け付けるのよ。つまり洗濯業を開業するの」
それを聞いたシレイアは、自分の耳を疑いながら声を裏返らせた。
「はいぃ!? 今までそんな物、聞いた事がありませんが!?」
「当然よ、初めての試みだもの。洗濯と言えば、各家庭各屋敷で行うと言う固定概念を、これで打ち砕くのよ」
「…………」
(シレイアさんが絶句してる……。私もこの話を初めて聞いた時、何をする気かと驚いたもの)
茫然自失状態のシレイアを見て、ルーナが密かに同情していると、少ししてから何とか復活した彼女が、もの凄く疑わしげに問いを発した。
「エセリア様……。失礼を承知でお伺いしますが、それは商売として成立するのですか?」
「最初は認知度は低いし、洗濯を外注する概念が無い一般の女性には、抵抗があるでしょうね。だから採算度外視で始めるわ。でもすぐに軌道に乗せてみせるわよ。同時に健老託児所も、開設予定だしね」
次々と立て続けに語られる構想に付いていけず、シレイアは本気で頭を抱えた。
「すみません、エセリア様。また聞き慣れない言葉が出てきましたので、解説していただければ大変ありがたいのですが……」
「勿論、懇切丁寧に説明するわ。話はまだまだこれからなんだから!」
その訴えに、エセリアは益々嬉々として説明を続けた。
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