「久し振りだな、キャロル嬢。タナトス殿とリーベル嬢も、そちらに座ってくれ」
「はい」
「失礼します」
表面上は礼儀を保ちつつ、三人が席に着くと、グラディクトは隣のアリステアを手で示しながら、彼女を紹介した。
「三人とも、今回の実行委員長を務めたアリステア嬢の事は、先程の挨拶で知っているな? アリステア、こちらはフランドル公爵家のキャロル嬢と、ローム侯爵家のタナトス殿と、クレスコー伯爵家のリーベル嬢だ。ご親族に優秀な方々が多く、お近づきになっておいて損はない。特にリーベル嬢は、昨年まで私の側付きをしていたライアンの妹だ」
「そうだったんですか!? ライアン様に似て、賢そうな方ですね!」
嬉しそうにそう評されたリーベルは、ピクリと片眉を上げたものの、傍目には神妙に頭を下げた。
「……過分なお褒めの言葉を頂き、恐縮でございます」
「嫌だ、そんな堅苦しい言い方、しないで下さいよ! もっとざっくばらんに、お話ししましょうよ」
「…………」
しかしそれきりリーベルは口を閉ざして応じず、その場に居心地悪い空気が漂う。それに気分を害したグラディクトが、三人を責めるように皮肉気に言い出した。
「ところで三人とも、どうして他の者よりこちらに遅れて来たのか、理由を聞かせて貰いたいのだが?」
「それは私達の入ったグループの要領が、他の方々と比べて少々悪かったせいでしょう。ですが到着順はほぼ中間の順位でしたし、満足しておりますわ」
「グループ? 到着順? キャロル嬢、何を言っている?」
すかさずキャロルが答えた内容が分からず、彼が怪訝な顔で問い返すと、彼女は事も無げに告げた。
「ですから私達はチェックシートを全て埋めて講堂に戻り、学園長に全問正解を認めて貰ってから、こちらに来ましたの」
「私達の後ろにも、チェック待ちの人が随分並んでいましたから、そろそろ終わる頃合いではないですか?」
「それにしても皆様、随分お早いですのね。もうお茶も飲み終えておられるなんて」
キャロルに引き続き、タナトスとリーベルも淡々と事実を口にすると、その場が驚愕に包まれた。
「もう終わり!?」
「そんな馬鹿な!」
「王太子殿下、どういう事ですか!?」
参加者たちは一様に動揺したが、その中でもグラディクトが一番血相を変えて席を立ち、キャロル達に詰め寄った。
「どういう事だ! お前達、事前に問題の答えを入手でもしていたのか!? そうでなければこんなに早く、チェックシートが出せる筈が無いだろうが!」
その訴えを、キャロルが鼻で笑い飛ばす。
「まあぁ! 何て人聞きの悪い。そんな発想は、人品卑しい者の発想ですわ。止めて頂けませんか?」
「無礼な! もう一度言ってみろ!」
「ただ私達は事前に八人以上のグループを作り、各自が自分が受け持ったチェックポイントで問題を解いて解答を持ち寄り、それを教え合ってチェックシートを学園長に提出しただけです。これなら、校内を全て回らなくて済みますもの」
「何だと!? お前達、そんな不正をして良いと思っているのか!? 恥を知れ!!」
そんな方法を用いるなど、思いもよらなかった彼は盛大に相手を罵倒したが、事前にサビーネから、彼らの不正の内容について聞いていた彼女は、(どの口がそれを仰るのやら)と軽蔑しながら言い返した。
「不正? どこがです? 始まる前にそちらの実行委員長が行った説明の中では、『必ず一人で全部のチェックポイントを回らなければいけない』とか『複数人での協同作業は禁止する』などと言う事は、一言も触れられてはおりませんでしたが?」
「あ、あのっ! それでも、常識的に考えて、そんな事をするとは!」
慌ててアリステアが弁解しようとしたが、それに三人はあざける様に言い返した。
「申し訳ありませんが、あなたの常識と私達の常識には、天と地ほどの開きがあるようですわね」
「大体、一人で全部回るなんて非効率的なやり方をする人間は、頭の中身に少々問題があるのでは?」
「もしくは、一緒に組んで行動するご友人がいらっしゃらない、お気の毒な方とか……」
「何だと? お前達、無礼だぞ!」
あからさまにアリステアを馬鹿にされ、激昂したグラディクトだったが、ここでキャロルが明言した。
「とにかく、それが拙いと仰るなら、最初にきちんとそれらの禁止事項を明言しておられなかった、そちらの実行委員長の落ち度ですわね。責任を取るべきはそちらで、私達には一切非はありません」
「現に私達と同様のやり方で、既に半数以上の方が校内探索会を終わらせているのですから。それを全て取り消しとなったら、この企画は大失敗と言う事になりそうですが」
「第一、ここにいる皆様も、その方法で終わらせているのでしょう? そうでなければ、のんびりとお茶を飲んでおられる筈がありませんし」
「そんな!」
「このっ……!」
予め打ち合わせていた通りの台詞を口にして不敵に微笑む三人を見て、アリステアが愕然とし、グラディクトは悔しさのあまり歯ぎしりしたが、途端に他の新入生達が騒ぎ始めた。
「王太子殿下!」
「これはどういう事ですの!?」
「私達に、恥をかかせるおつもりですか!!」
「……あら、まさか皆様は、まだ校内探索会を終わらせておられなかったのですか?」
如何にもわざとらしくキャロルがそう述べたのを契機に、他の者達が勢い良く席を立つ。
「とにかく、講堂に行きましょう」
「殿下。お約束の物は、きちんと頂けるのでしょうね?」
「ああ、ちゃんと渡す。心配するな」
そしてグラディクト達が憤慨しながらカフェを出て行くのを見送った三人は、疲れた様に揃って溜め息を吐いた。
「漸く静かになりましたわ」
「本当に。お話を伺った時は、まさか王太子殿下自らそんな不正をなさるとは思っていませんでしたが、あの様子では予想通りだったみたいですわね」
心底軽蔑する口調でリーベルが口にすると、タナトスがしみじみとした口調でそれに続く。
「今回はキャロル殿に声をかけて頂いて、本当に助かりました。父からは『進んで王太子殿下の不興を買うな。だが下手に気に入られて手駒になるな』という、かなり無茶な事を言い聞かされておりましたので」
「でもこれなら王太子殿下から公に非難をされる事無く、殿下の派閥に組み入れられる事は無さそうですわね。私達は正当な手続きを経て、校内探索会に参加した上で、殿下の招待にも応じたのですもの」
「私も助かりました。忠告をした兄をあっさり切り捨てたくせに、未だに我が家を取り込もうとするなんて、何て厚かましい。しかも原因となったあの女を遠ざける事もせず、私と親交を深めさせようとするなんて、本気で馬鹿げていますわ!」
本心からの怒りの声を上げたリーベルに、二人が揃って同情の目を向ける。
「ライアン様の噂は漏れ聞こえておりましたが、実際の所をあなたから聞いて、本当に呆れましたわ」
「私も、真相を聞いて驚きました。しかも殿下の婚約者たるエセリア嬢が、事を公にしないように密かに手を回していらっしゃるとは……」
その呟きに、すかさずキャロルが応じた。
「エセリア様は才媛として名高い方です。下手に騒ぐと殿下の名声に傷が付くと考えておられるのでしょう。それに暫くすれば、殿下の目が覚めると信じておられるのです」
「あれが、どうにかなるでしょうか?」
「信じがたいですが……」
「とにかく、あなた方が色々物申したい事があるのは分かりますが、家族も含めて外部の方に、おおっぴらに語るのはお勧めできないわ。それでエセリア様の不興を買ってしまったら、損をするのはあなた方なのですから」
キャロルがそう話を締めくくりながら言い聞かせると、二人は幾分固い表情で深く頷く。
「分かりました。今後は余計な事は口にせず、静観する事にいたします」
「父からも『エセリア様の意向には逆らわないように』と言われておりますので」
「それが宜しいわね。勿論何かあったら、私を通じてエセリア様に対処して貰いますから、遠慮なく仰って下さい」
そう意思統一した三人は、その直後に何事も無かったかのようにカフェを後にした。
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