同乗者たち

ハラアイ
ハラアイ

第6章 同情者たち

25-同情者たち

公開日時: 2020年11月20日(金) 13:08
文字数:3,992






 ヨーイチは、目を開けた。

 冷たいクッションの白色と、場違いに鮮やかなスニーカーの色彩が目に入る。目線を上げれば、そこにかつての親友の顔があった。


「何か、見えたか」


 男が問う。

 はなから答えを期待していなかったのか、彼は間をおかずに続けた。


「おまえの言葉を借りるならば……『あれは、お伽話じゃない。現実に起こったことだ。お前が』」


 過去のお前が、しでかしたこと。

 男の言葉が現実感をともわぬ物体となって、脳内に転がった。

 背後から差し込む光が、こちらを見下ろす男の瞳を照らしている。その奥、ゆらゆらと揺れる光に見覚えがあった。


「お前は……生まれ変わった『キュー』か」


 その言葉に、ナオキは静かに笑って頷く。

 なんで、とかすれた声が漏れた。


「なんで俺が塔の外にいるのかってこと? 簡単だよ、俺は『用済み』になったんだ」

「用済み……」

「ゼロイチの連続転生実験中、俺たち以外の継承者が続々出るようになったんだ。俺が……キューが死ぬ頃には10人近くいたかな。つまり、俺とゼロイチのような『継続者』に稀少性はなくなったってわけ」


 ナオキはしゃがみ、まるで幼児に言い聞かせるかのように、這いつくばるヨーイチと目線を合わす。


「しかし、塔から落ちた挙句、なかなか転生されないゼロイチに、局長は何か『裏』があると気づいた。そこで局長は俺を一度殺して転生させ、ゼロイチを探すように、塔の外で普通に生活をするよう促したんだ。局長はゼロイチが今でも記憶を継承していると思っていたから、キューである俺に接触してくるんじゃないかと踏んだわけだが……お前は前世の記憶を失っていた。『俺たち』が、知っての通り」

「だからお前は……塔に出入りしていたのか」

「そ。フィクションに出てくるスパイみたいで、かっこいいだろ? 俺も、今までこの塔に監視されながら生きてきた。ナナシと出会って細工の方法を身につけてから、自由にできる時間が増えてね。やっとこの計画を実行することができたんだ」

「……お前は、これを見せるために、俺と」

「お前の魂が必要だったんだ。世界で唯一、未来を予測する力を持つ『観測者』の魂が」


 満足げなナオキのその言葉そのものに、思いっきり殴られたような感覚になる。


「アヤノが抜き出したゼロイチの走馬灯を、この部屋の床に隠して時を待つ。俺がそれを回収をしたら、ゼロイチの来世であるお前にこの記憶を『撃ち込む』。きっとお前の魂に、何か作用を起こすだろうって。それが、イチと、俺と、アヤノの計画」

「…………」

「……だから、ヨーイチ、お前はゼロイチの記憶を見た後、他に何か見ていないか。これから起こることを」

「これから……」

「ゼロイチが塔から抜け出した途端、未来シミュレーションのループが終わったように、魂にとって、走馬灯局は『敵』であるはずなんだ。ここにいる人間は延命できない、ゆえに魂は人類の記憶という情報を得ることができないから。だから」


 頭が、くらくらする。男の言葉が脳みそをかき乱し、暴れまわる。


「この塔を倒す術か何か……未来予知をしていないか? 俺は、アヤノやゼロイチの願いを叶えたい」

「……それを、俺に言うのか」

「ヨーイチ」

「前世管理官である、この俺に」


 うめくようにヨーイチは言った。ナオキも、ナナシはいわずもがな、自分自身もまぎれもない「クロアナ」だったようだ。そんな過去の自分を含めた悪巧みを阻止できるのは、皮肉なことに今の自分だけ。


「何も、見てなんかない。たとえ見ていたとしても……教えるわけないだろ。今この体は、この魂は、俺のものだ。お前らやゼロイチのものでも、塔を壊す方法を知るための未来観測装置でもない」


 なにが正しいのかなんて、分からない。

ただ純粋に込み上げてくるのは、何に対してか分からない、強い怒りだけだった。


「俺は、今ここに居る俺は、前世監理官だ」


 ヨーイチがそう言った瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。部屋に赤い光が差し、急き立てるように回転する。壁に埋め込まれていたカメラのレンズが、一斉にぎょろりとその場に居る者の姿を捕らえた。

 ナナシが小さく舌打ちする。


「さすが最先端システムだ、数分も持たなかったな」

「まずい」


 ナオキが緊迫した声で言う。


「ここの警備システムは、一度入った者を二度と外に出す事は無い。永久排除する設定だ、問答無用で殺すよ」


 扉の外から、警備システムロボットが高速で転がり近づいてくる音がしたその瞬間、井坂が素早く立ち上がった。ナナシの腰にぶらさがっていた、大振りの拳銃のような機械を奪い取る。

 今ならわかる、アヤノが使っていた強化銃の類だろう。


「おいっ……」

「君たちは、逃げろ」


 鋭い口調で井坂はそう言うと、手に入れた銃をくるくると見回して小馬鹿にしたように笑った。


「ほんとに使い物になるんだろうねぇ? これ」

「でも、あんたは……」

「僕はね、こんなにも年を取るまで、君たちをここから逃がしてしまったことをずっと悔やんでいたんだ」


 ナオキの問いに、井坂はいつの間にか切っていた結束バンドを投げ捨てながら言った。


「それに、彼女を『そそのかした』ゼロイチのことも、ぼくは今でも恨んでる。せいぜいこれで、憂さ晴らしさせてもらうよ。監視員として、あのポンコツロボットを君たちだと思って一匹たりとも外に出さない。そうすれば、長年の憂鬱も晴れるだろ」

「なんで……」

「君たちのためじゃない。彼女の最期の望みだったからだ」


 その言葉に、ヨーイチは小さく息を飲む。


「あの人は……アヤノは、死んだんですか」

「自殺だよ」


 小さく笑って井坂は続ける。


「そうだ、ひとつ……彼女から君へ伝言だ」

「伝言?」

「彼女は、予言を残したんだ。ぼくはそれを最初信じてはいなかったが……しかし、全て本当のことだった。だからぼくは彼女の意思を尊重することにきめた」

「予言って……」

「あの人は死ぬ前、ゼロイチの来世が『新田ヨーイチ』という名前であり、やがて前世監理官になると告げた。彼女がなぜそのことを……未来に起きることを知っていたのかは、わからない。自殺をしたことと関係があるのかもしれない。とにかく、最後に彼女は僕に託した……彼が、新田ヨーイチが前世の記憶を取り戻すべてした暁には、彼にこう告げてくれと」


 井坂マモル……かつての継承者の部屋の監視員だった彼は、まっすぐにヨーイチを見つめて告げた。


「言葉の意味は分からない。彼女は君に、こう言った。『未来の局長を、撃て』」


 井坂の最後の言葉の息が吐かれたその直後、背後のドアがスライドする。ヨーイチの腰の高さほどの警備ロボットが数体、部屋に入り込んできて目を開く。

 ロボットの瞳孔が広がり、「いけ!」と井坂が再度叫ぶ。惚けていたヨーイチは、両脇から引っ張り上げられた。右はナオキ、左はユキ。なされるがままに体は動く。


「逃げるぞ!」


 部屋から飛び出した瞬間、銃声が響いた。初めて生身で聞く、前時代の実弾の音。思わず振り返ったヨーイチには、閉まる扉と井坂の背中しか見えなかった。まるで真空に放り出されたかのように、室内の音は一切の漏れなく遮断される。

 しんとした廊下でナナシが振り返った。


「ナオキはこいつをつれて緊急エレベーターへ。一度上昇して、敵をまいてから下降して離脱しろ」

「ナナシは」

「カメラ細工班と合流して、なんとかロボットを止める方法を考えるよ。バラバラに動いた方が脅威も分散する」

「了解」


 ナナシが走り去り、ナオキが振り返って「いくぞ」とヨーイチの腕を引く。


「おい、ナオキ……」

「今は喧嘩してる場合じゃ無いだろ、死にたいのか?」


 その瞬間、顔色を変えたナオキがヨーイチを突き飛ばした。銃声が廊下に響く。頭を打ち付けながら、ヨーイチは突き当たりから走ってくるロボットの姿を視界に捕らえた。すべての音が消え、頭を支配するのは激しい耳鳴りだけ。呻きながら体を起こすヨーイチを、ナオキが引っ張り起こす。

 遠くのほうからナオキの声が戻ってきた。


「っだから、言っただろ……」

「うるさい」

「走れるか?」

「平気だ」

「先に、行ってくれ。お前がグリップを握っていないと、エレベーターが作動しない」


 そう言いながら、ナオキがヨーイチのブレインスキャナを押しつける。ヨーイチは大人しくその言葉に従って、グリップを握って走り出した。ロボットは依然、ヨーイチ達の背後をついてきたが、ヨーイチの脳波がブレインスキャナに感知されたのを観測したのか、戸惑うように警告音をならしている。敵か味方の判断がつかないのだろう。しかしそれも、ナナシたちがロボットの制御に成功しなければ、時間の問題で蜂の巣だ。

 エレベーターホールにたどり着き、ヨーイチが壁のくぼみにスキャナをかざすと、鈍い音を立てて鉄の扉が開いた。一歩踏み込んで振り返った瞬間、息をのむ。


「ナオキ!」


 倒れ込むナオキを、ユキと共になんとかエレベーターの中に引っ張り込む。みるみるうちに、白い床が赤く染まっていった。エレベーターの上昇音とともに聞こえてくる苦しそうな呼吸音に思考が停止し、思わず言葉が漏れる。


「なんで助けたんだ」


 あの時、あの銃声が鳴った時だろう。

震える声で問うヨーイチを見上げて、ナオキは薄く笑った。


「今時死ぬのなんて、怖くないだろ、来世があるし」

「……俺は、道具だろ。ゼロイチや、お前の望みを叶えるための」

「人の話を、聞かないやつだな。あの時、言ったろ。お前と友達になりたいって……お前だよ、ヨーイチ」

「俺は」


 喉がつかえて、言葉が出ない。けれど言いたいことは伝わっているようだった。ナオキは目を閉じて、呆れたように笑う。


「おまえとゼロイチ、ぜんぜん似てないよ。ぜんぜん……似てない」


 息を吸う音が聞こえて、ヨーイチは待った。次の呼吸が吐き出されるのを。

 しかし待っても、次のそれはこない。待っても待っても、エレベーターの扉が開いて、光が差したのに、ナオキはうんともすんとも、いわない。

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