知っているからこそ、悩み、弱くなる。
知らないからこそ強くなれる時もある。
私が、クラージュさんの問いに、どう答えを返そうかと考えていた時。
「また、かよ? どうして『精霊』って頭固いんだろうな」
「同感です。『星』や『神』が与えたそれが設計理念というものなのだとしたら、本当に罪深い」
「アル? フェイ?」
話をずっと聞いていたフェイとアルは心底呆れた、という表情でわざとらしく肩を竦めて見せる。二人のあからさまな批判にクラージュさんはどこか、ムッとしたような顔つきで眉を潜めた。
「また? とは? 私はこの悩みを人に話したことはありませんよ」
「俺です。先生」
「アルフィリーガ?」
「俺が、かつて同じように悩んでいたから、二人はきっとそれを思い出しているのでしょう」
クラージュさんを宥める様に告げるとリオンは静かに微笑し、私に視線を向ける。
ああ、そうだね。
これは、私達『精霊』の共通の命題。
私と同じように、リオンもきっと悩んだのだろう。
「結論は、出ていますよ。クラージュ殿。
決断をするのは貴方ではない。女性の方。この場合の選択権はカマラの方にあります」
「カマラに?」
「はい。人でないという貴方を受け入れるか、受け入れないか。
決めるのはカマラです。結婚という場において、男性側は主導権を握っているように見えて実はそうではない。
女性が受け入れてくれなければ、男は何もすることはできないのです」
フェイの指摘にクラージュさんは意表を突かれた、というように眼を開けている。
この中で、唯一の妻帯者。フェイの言葉は深い重みを持っている。
男女の関係については彼が一番詳しいのかもしれない。
「無論、暴力で強いられたり、親によって決められて、ということもあるでしょう。
ですが、もし、女性が自ら身体を開いたのだとしたら、それは彼女が貴方という存在を受け入れているということに外なりません。
自分が人外でないと知りつつ、彼女に甘え、孤独から逃げていたと自覚しているのでしたらその罪を素直に告白し、彼女に採択を委ねるのが筋です。
マリカやリオンに、決断を預けるのはズルいですしお門違いですよ」
「……そう、ですね。正論です」
自分の、そしてフェイの言葉を噛みしめるように俯くクラージュさん。
正論とはいえ、ちょっと気の毒になる。
「フェイ。言っていることは正しいと思う。
それでも怖いことなんだよ。自分が人と違うことって。
周りが大切であればあるほど、溶け込もうとすればするほど周囲とは違う自分を感じてしまうの」
私は異世界転生者ではなくて、母の記憶の欠片を受け継いだだけの者に過ぎないけれど。
知っている。
人々の『人と違う』者に対する残酷さも自分だけ、人と違うと知った時の孤独も。
お母様や、お父様に幾度も叱られて、支えられて、吹っ切ったと思っていても、ふとした時に蘇る。思い出すと呼吸の仕方を忘れたかのように苦しくなる。
クラージュさんも地球の知識と記憶を持つから、きっと同じように疎外感を感じてしまうのだ。
だから、ちょっと助け船を出そうと思いを紡いだ。
けれどフェイの回転する頭と口に私程度が叶う筈もなく。
「だから、クラージュさんの迷いや気持ちも解ってあげられない?」
「解っています。十二分に。でも同意はしません。
リオンもずっとそうでしたから」
「リオンが?」
「いつも思いますが、精霊達は我慢強すぎる。
自分を枠の外に置き、他人の幸せを願う姿は美徳ですが悪徳でもある。もっと、自分の意志を示し、我が儘を言うべきです」
案の定、フェイは言葉を止めず、さらに鋭い、責めるような眼差しで私達を射抜く。
口撃というにはあまりにも優しいけれど。
「我が儘を言ったら、皆が困るでしょう?
相手に迷惑をかけることにも……」
「困ったことになったら、皆で解決すればいいのです。
自分一人だけ我慢すればいい、という自己犠牲は逆に周囲の人を傷つけることもあるといい加減、理解して頂けませんか?
現にクラージュ殿は、自分が人間では無いからという心配を一人で抱え込む事によってカマラを傷つけているのでしょう?」
「!」
「リオンもそうでした。同じ年頃の子が子どもを拾い、育ててくれて。
困りごとや汚い事、全てを一人で抱え込んでいた。
自分も彼を助けたいのだと思い、努力して。相棒だと。隣に立つ者だと許してもらえるまで八年かかりました。
そして十四年近い時を経て、やっと一人で抱え込まないと、分け合い、頼ると言って貰ったのです。その言葉を聞いて僕はやっと、精霊に守られる子ども、を卒業できたと。
真の意味で大人になれた、とそう感じました」
「そういう意味では、オレはまだ子どもだ。でも、必ずもっと力をつけて兄貴達に並べるようになって見せるからな」
横を見れば、どこか照れたような顔のリオン。
今回、リオンは何も言わない。
二人に全てを任せている。同じ『精霊』同士で何を言っても、傷の舐めあいになると解っているからだ。
きっと。
リオン達三人の間で、私達には見えない、知らせない。
色々な葛藤があったのだと思う。
そのたどり着いた先が、結婚式での約束。
そして私へのプロポーズだったのだろう。
「精霊だから、勇者だから、聖なる乙女だから。
僕はそう言って誰かが、誰かの幸せの為に犠牲になることが僕は堪えられません。
精霊だろうと何だろうと、リオンはリオンで、マリカはマリカ。
そして、貴方は貴方です。クラージュ殿」
「正直さ、オレはジンコウジュセイとか、イデンシとか言われても解んねえよ。
ここに生きて、同じ人として生きている。それなら同じ人間、だろう?
どこが違うんだ?」
「それは……」
「アルの言う通り、僕らは貴方達『精霊』が人間とどう違うのか解りません。
知る必要も無いと思っています。愚かだと笑って貰って結構。
子どもができない。作れない、というだけなら子どもがいない夫婦は大勢いますよね。
逆に力を持った子どもが生まれるかもしれないというのであれば、それは僥倖ではないですか?
そもそも各国の王族にしてからが、『精霊神』が作った人の身体に宿って人間と交わって生まれた者です。
精霊であることを理由に貴方方を忌避する理由は何もありません」
私達の悩みを一刀両断、切り捨てるフェイ。
そっか。逆に知識があるから私達は遺伝子操作だ、デザイナーベイビーだと悩んでしまうけれど、知らなければ逆に忌避感はないか。
お母様も、似たようなことを言って下さった時があった。
この世界は『星』と『精霊神』によって作られた。であるなら、精霊も人も、同じだと。
『精霊神』様達がナノマシンウイルスの事を自分の子ども達に知らせず、精霊として親しませたのも、そういう意図があったのかもしれない。
「でも、それはフェイや皆だからで、もし、そのことが知られたら私達は怯えられたり、迫害されたり、逆に崇められたりするんじゃないかな?」
「大丈夫です。そんな連中がもししたら、僕が、いえ。
僕達が潰します」
「フェイ?」
「大丈夫です。自分で言うのもなんですが七国王家と神殿と精霊神を敵に回すような勇気をもつものがいたら、逆におめにかかりたいですね」
にっこりと作った笑顔は、けれど確かに氷点下、彼の本気を表している。
「作られ、操作されたものであろうと、この世に生まれた以上、同じ命です。
自らを忌避することなく、幸せになることを諦めないで下さい。
クラージュ殿」
「作られた生命も自分の望みを持っていい、と?」
「むしろ持って頂かないと困ります。
貴方が幸せになって下さらないと、リオンやマリカがまた、悩んで躊躇ってしまう」
クスっと。
零れるように笑みが落ちた。クラージュさんの口元から。
「なるほど、それは責任重大ですね。
我々が幸せにならないと二人は幸せになれないと?」
「ええ。だから、僕は世界を平和にするのです。二人を幸せにする為に」
「解りました。であるなら、私も石にかじりついても幸せにならなくてはならない」
顔を真っすぐに上げたクラージュさん。その表情は秋の空のように晴れやかで何かが吹っ切れた感じがする。
「マリカ様。本日、これから暇を頂いてもいいでしょうか?
私とカマラ、二人で」
「勿論構いません。カマラもクラージュさんも有給休暇は手付かずですし」
「明日までゆっくりしていてもいいですよ。
マリカ様には次のフリュッスカイトとシュトルムスルフト訪問と魔王城の島の入植計画についてお話し、裁可を仰がなければならないことがたくさんありますから。
明日は大神殿から出しませんので」
「いっ!」
にっこりと仕事を押し付けてくれたフェイの花のような笑顔に、少し背筋が寒くなったけれど、まあ、仕方ないか。
「ありがとうございます。では、細かい手続きと報告は後程。
もし、フラれたら笑ってやってください」
軽い口調で笑ってクラージュさんは一礼。
部屋の外へと去って行った。確かで強い足取りで。
翌日、私はフェイに宣言された通り大神殿に缶詰で一日仕事に追われた。
護衛はリオンだけで十分だからと、カマラとプリエラには休暇をあげた、とセリーナやミュールズさんには説明する。
「クラージュさん、上手くやってるかな?」
「大丈夫ですよ。
上手くいかなければ、上手くいくようにまた手助けすればいいんですよ」
仕事の傍ら、呟いた誰に向けたのではない囁きを側にいたフェイは、しっかり聞き取ってそう言ってくれた。
「うん、そうだね」
「精霊が、勇者が。人を幸せにする者が、幸せになれない。
そんな世界は、絶対に間違っています。
だから、彼にもリオンにも、幸せになって貰わないと困るのです。
勿論、マリカも、ですよ」
「ありがと」
そして夕方。
「ただいま戻りました」
カマラは戻ってきた。
「マリカ様! 私、大聖都に行きます。
これからも、マリカ様にお仕えさせて下さい。
クラージュ様と一緒に」
晴れやかな表情、弾む声。そして
薬指に笑顔と同じくらいに煌めく銀の光を宿らせて。
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