【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 語られた真実 前編

公開日時: 2024年8月29日(木) 09:17
文字数:3,867

 私がヒンメルヴェルエクトから大神殿に戻り、向かったのはアルケディウスの王宮だった。

 勿論、通信鏡でこれから向かう旨の連絡は取ったけれど。


「どうした? また何かあったのか?」


 お忙しい中、直ぐに面会に応じて下さった皇王陛下の前で私は背筋を伸ばす。

 今の私は皇女で、孫であっても一国を率いる大神官。

 軽々しく膝を付くなと言われている。


「はい。ゲシュマック商会、アルの行方不明についてはお聞き及びでしょうか?」

「うむ、聞いている。其方が動いていると聞き、こちらからの介入は控えているが、必要であるならアルケディウスからも援助を行うぞ」


 ゲシュマック商会は皇王陛下が直々に名付けた王宮御用達の店だ。

 アルは若いけれども、その一部門を任される統括。

 必要な時には交渉を行ったり、無いとは思うけれど身代金を要求されたら支払ったりしてくれるという。

 その気持ちはありがたい。


「必要な時にはお願いするかもしれません。ですが今は、犯人を刺激せず静観するしかないのが現状です」

「そうか。犯人の目星はついているのか?」

「目星というか、犯人は解っているのです」

「何?」

「だだ、あまりにも強大な力を持つその相手からアルを助け出すかが難問で。ですので皇王陛下。アルの加護をお祈りしたいので、神殿の『精霊石』の間への立ち入りをお許し頂けないでしょうか?」


 勿論、祈祷は建前。

『精霊神』と話をしたい。という私の言葉に出さない願いを読み取って下さったのだろう。


「解った。元より、神殿を預かる最高責任者は其方だ。

 好きにするがいい。『精霊神』様によろしくお伝えしてくれ」

「ありがとうございます」

「マリカ」

「はい。なんでしょうか。皇王陛下」 


 何かを言いたげな表情で皇王陛下は私を呼び止める。

 私の外見は変わったまま。

 誤魔化しはこの方には通用しないだろう。お父様やお母様から話も聞いているのかもしれない。

 でも


「いや、何でもない。無理はするでないぞ。と言っても無駄であろうが。

 一人で抱え込み過ぎない事だ。幾度も言っておるが周囲を巻き込み力を借りろ」

「ありがとうございます。

 アルの救出に関してはできる全てを使うつもりです。皇王陛下。いいえ。お祖父様もどうかお力をお貸し下さいませ」

「うむ。だが、他の事にも儂は、可愛い孫娘にもっと頼って欲しいのだがな」

「いつも、頼りにしておりますよ。アルケディウスに生まれたことを心から嬉しく思っております」


 あまり『神』や『精霊』の事象に皆を、特に皇王陛下を巻き込むわけにはいかない。

 私はさらりと笑顔で、躱して謁見の間を後にした。


「お待ちください!」

「ソレルティア様」


 城を辞そうと歩き始めた直後、ソレルティア様が私を呼び止めた。

 なんだか、慌てた様子だ。


「これを、お持ち下さい」


 差し出されたのは紙の束だ。びっちりと何かが記入されている。


「何ですか?」

「フェイに頼まれていたドルガスタ伯爵の事件調書とアルに関する調査書類です」

「難しい、と聞いていたのにここまで調べて下さったのですか?」

「特に目新しい情報は無いかもしれませんが、ドルガスタ伯爵がアル少年を買った奴隷商の証言などがあります」


 フェイは大聖都から動けないので、代わりにアルケディウスの王宮に顔が効くソレルティア様が調べて下さったようだ。

 出身国ヒンメルヴェルエクト。予想通りの情報。それだけ確認して、私は一度書類から目を離す。


「ありがとうございます。なんとしてもアルを助け出して見せますから」

「魔術師に御用の際はいつでもお声掛けを。皇王陛下ではありませんが、私達にもっと頼って下さい」


 ソレルティア様は、本当に気が利く。

 必要な書類だけ渡すと直ぐに、軽いお辞儀と共に去って行った。

 私達の気持ちが急いているのが解っているからだろう。

 最近、ますます綺麗になった気がするし。


「少し急ぎましょう。神殿に」


 私は踵を返しリオンとカマラを促して城から下がると馬車を走らせた。

 馬車の中で書類を確認する。

 アルを売った奴隷商は、かなり本格的に子どもを集め商いをしていたという。

 中でもヒンメルヴェルエクトの神殿孤児院は、確実に子どもが入手できるのでお得意様で良く出向いていたそうだ。

 奴隷商や孤児院は上に立つ者の意識次第で天国にも地獄にもなる。

 子どもを食い物にする人物が上に立てば、地獄になるだろう。


 その得意先に頼まれ、乳飲み子を預かったのが十五年前。

 金髪、碧の瞳。見目のいい子どもだったので五歳まで育て、その後売り払ったとある。

 勇者と同じ色合い。そして過酷な状況下で発動したであろう『自分にとって良いものを選ぶ目』を付加価値にして伯爵に高値で売りつけた。と。

 そこまで読んで、私は思わず書類を握り潰していた。酷い話だ。


 アルはまだ救い出されたけれど、きっと他にも同じような目に遭わせられた子がたくさんいた。この不老不死世界はけっして理想郷ではないのだと、改めて思い知らされる。


「リオン……」

「今はとにかく、アルの救出が最優先。解ってる。

 でも、その前に確かめておかないといけないことあるの。

 ……一緒に来て、くれる?」

「ああ」


 伺うような私言葉に一瞬の逡巡もなくリオンは頷いてくれた。

 一人で抱えるには、ちょっと重すぎるから、助かる。

 私は目を閉じ、心を決めた。

 ここから、私、異世界転生保育士マリカにとって正念場になる。


「お帰りなさいませ。マリカ様」


 アルケディウスの神殿を預かるフラーブが深々と頭を下げて私を迎えてくれた。


「これから『精霊神』様とお話してきます。

 私とリオン以外の人間は、絶対に精霊石の間に入らないで下さい」

「……かしこまりました」


 色々と言いたいことはあるのかもしれないけれど、フラーブは頷いてくれた。

 各国の神殿奥に安置されている『精霊神』の精霊石。

 普通の人は入れないその部屋に入ると、水晶のような精霊石は暖かい緑の光を放ち私達を迎えてくれた。


「カマラ。外で見張りをお願いできますか?」

「はい。お任せ下さい」


 カマラの退室を見届け、横に立つリオンと視線を合せてから精霊石の前に両膝を付いた。

 深く手を組み、祈りを捧げる。


(「ラス様。どうか、私の声が聞こえたら、道を開けて下さい。

 アルが行方不明なんです。そして……大事な話があります」)


 眼を閉じていたから、周囲の様子は解らないけれど、フッと身体が浮き上がったような感覚がする。

 おぼつかない足元に目を開ければ、そこにはよく見知った白い無重力空間。

 そしてラス様がいた。


「来ると思っていたよ。マリカ。もう、どうやら時間稼ぎは終わりの様だ」

「いつまでも、子どもの時間は続かぬ。解っていた筈だろう? ラス」

「アーレリオス様?」


 見れば、異空間に浮かんでいるのは私達とラス様だけではない。

 火の精霊神。精霊神達の長兄と言われるアーレリオス様を始めとした各国の七精霊と呼ばれる方達が、みんなそこにいた。

 普通の人間の形とサイズだけれど、みんな私達を見ているから圧迫感というか緊張感が凄い。


「すみません。アーレリオス様。

 せっかく御忠告を頂いたのにアルを奪われてしまって」


 私はアーレリオス様を見つけ、真っ先に頭を下げた。

 これに関しては悔やんでも悔やみきれない。

 行方不明から間もなく三日。アルがどんな目に遭わされているか。考えるだけで自分が嫌になる。


「仕方あるまい。奴らの本気が我々の想像を超えていた、ということだ」

「君も、色々と大変だっただろうし、奴らにその隙を付かれたのは痛かったけれど」

「『精霊神』様達は私がこうなることをご存じだったんですか?」


 纏めていた髪の毛をほどいて私はさらりと流す。

 髪の外側は黒髪だけれど、内側は染めたような金髪。胸のさらしは流石にここでは解けないけれど私の外見が変わった事には気付いておいでだろう。


「解ってた、けど想像以上。という奴かな。

 君は僕達が思っていた以上の傑物だった。」

「『星』が持てる力の全てを注いだ最高傑作ということだろう」

「最高傑作……」


 褒められてもあんまり嬉しくない。

 そういえばいつからか『精霊神』様達の言葉がクリアに聞こえるようになった。今まではどこか、何かを介したようなノイズというか意味は解るけれど、どこか違う言葉に思えていたのに。


「教えられない事であるのなら、それはいつもので構いません。

 でも、リオンは私の封印はほぼ解けて、完成寸前だって言ってました。

 知識を知るには資格がある。だから言えないと言うのであったのなら。

 今の私が気付いたことをお伺いします。もしかしたら星の真実。

 皆様の言い辛い過去かもしれませんがもし、言っていい事なら教えて下さい」


 私は顔を上げて、真っすぐに『精霊神』様達を見た。

 七人の精霊神の皆さま、優し気な眼差しで頷いて下さる。


「お前達が正しく気付いたのであれば、答えを与えるのが我らの義務だ」

「ありがとうございます。では、一番最初に」


 大きく深呼吸。手が震えているのが自分でも解るけれど、側にリオンがいてくれる。

 それだけでも少し気持ちが楽になる。


「私には、この世界から見て異世界。太陽系第三惑星 地球の記憶があります。

 私の、そして多分皆様の故郷でもある地球は、……滅んだんですか?」


 穏やかな今までの時間の終わりを告げる私の言葉。

 薄氷を割る一石に、皆様静かに沈黙している。

 そして、責任をとるかのように、頷いたのはやはりアーレリオス様だった。


「ああ、そうだ」


 彼は、告げる。


「今、かの地、かの星が、どうなっているのか知る由もない。

 我々の故郷。

 碧に輝く水の星。地球は二十一世紀でその歴史を終焉させた。

 ……外宇宙から訪れた悪魔達の手によって」


 私達の故郷の、死亡宣告を。


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