……そうして、闇の星に神々は降り立った。
「うーん、確かに凄いな。大気圧111 kPa。
少し重力高めで、酸素濃度が濃いけど、地球人が宇宙服なしで生存可能な大気組成と環境だ」
「恒星に依存せず、恒久的な光を得る手段が無い。
宇宙空間を彷徨っているから昼も夜もなく、真っ暗。
でも、それ以外は生命が誕生する可能性を十分に秘めている。逆になんで命が生まれなかったのか解らん」
「地球とサイズ的に比べるとかなり小さいな。
直径約3500万km。
大きさとしては月くらいだ。表面はほぼ、水と氷に覆われているけれど、その下の地殻密度は約4000㎏/m3」
「地殻、マントル、コア。構造も性質も地球とほぼ同じで、金属の含有も期待できる。地球から持ってきた元素を混ぜれば、新たに生成することも可能だろうな」
「人類居住可能エリアは星全体の約三分の一だね。後は氷に覆われて気温はー180℃。
最高気温は火山の火口のような場所だから200℃
液体域の気温は50℃~-80℃。
平均気温は20℃。ホント。文句なしだ」
「水中に微生物のようなものがいるが、文明を築くレベルでは無いな。水質もかなり地球に酷似しているし、少し調節すれば魚なども生息できる」
皆さん、合成音声だけど、どこか興奮気味なのはやっぱり嬉しいからだろう。
移民に最適の星が、向こうからやってきたようなものだ。
「これなら、最小限のテラフォーミングで移民地にできる。ただ……大陸が無いのと光が問題だな」
「恒星に気温を依存しないんだから、光とある程度の熱を放出させる人工太陽は生成できるよ。周期を決めて灯りを灯すようにすればいい。日中は光を放ち、夜に休ませる形にすれば生命の『気力』ある限り半永久的に動かせる」
「後は、ベースになる大地が欲しい。
少しでも地面があれば、そこからナノマシンウイルスで活性化させて、地球型の、農耕に適した土を増幅させることができるんだが……」
「……覚悟が必要そうだな」
「何の覚悟? アーレリオス」
怪訝そうなラス様の言葉をスルーして、アーレリオス様は今まで沈黙していたステラの方を見やる。
「ステラ」
「解っています。アーレリオス様。
私がナノマシンウイルスを地表部分に散布した上で、この星の地殻に介入して、海底火山の爆発を誘導すれば地面が隆起して、小規模ながら大陸ができるでしょう」
「そんなことができるのか?」
「星を一つの生命体、私の身体とみなし、ナノマシンウイルスの生体を作り替える機能を使用、命じる感じです。レルギディオスがいれば、ナノマシンウイルスを増幅させることができて時間も短縮できたでしょうが、その辺は皆さんにお任せするしかありません。
無色の力を皆様に増やし作り替えて頂いて、徐々に育成していきましょう」
「それは構わないが、地殻に介入する、ということは星と一つになるということではないか?」
「はい。星の全てが思い通り、というわけには多分いきませんが、ある程度操作は可能になると思います。万が一にも恒星に突っ込んだり、惑星や衛星とぶつかったりすることも避けられます。ただ……」
「ステラはこの星に根を張ることになる。再び宙に飛び立つことは、新たな宇宙船を作らない限りは難しいだろうな」
「……覚悟が必要なのは、ステラだけじゃないよ」
「ナハト……」
静かな声で告げたのは夜の精霊神ナハトクルム様だ。
SF好きというだけあって、かなり冷静に状況を分析しているっぽい。
「僕らにだって、覚悟は必要だ。
人工太陽を作り、海を大地を作り替える。植物を増やし、動物達を育て子ども達が住める環境を作り、子ども達を根付かせる。
皆だって、解っているだろう?
これだけの魅力的な素材の星だ。あれもできる、これもやろうと、思えるし今の僕らならできないこともない。
でも。
その為には地球から持ってきたリソースを全部使うくらいでないと追いつかない。結果、僕達は二度と宙には戻れなくなる。勿論、地球にも」
「あ……」
他の皆さんも押し黙る。
この船は移民の為のもので、子ども達が新たに生きられる第二の地球を作ることが目的だ。
その為の素材も積んできている。
でも、本当に第二の地球を作るということは、完全な生まれ故郷。地球との決別を意味している。
「レルギディオスがいたら、揉めたかもしれんな。奴は心のどこかで地球に帰りたいと願っていた」
「それは……僕達だって同じだ。できれば地球に戻りたい。でも、それはもう現実問題として不可能なんだし、前を見るしかないよ。僕達が託されたのは地球の希望と、子ども達の幸せだ」
自嘲するような。アーレリオス様が纏った逡巡をラス様が強い決意で否定する。
「そうだな。この地でならば、子ども達は長い夢から目覚め、新しい生活を始めることができる」
「テラフォーミングに力を使っちゃうと暫く、僕らは使い物にならなくて、子ども達には苦労をかけるだろうけれど……」
「大丈夫だ。あの子達は地球の子、星の希望。
きっと自分達の手で、新しい文明を、未来を築いていくことができる」
「そうですね。特にレルギディオスを失った今、子ども達の冷凍睡眠は蓋の開いた冷蔵庫のようなもの。
徐々に解けていくことでしょう。再凍結は不可能。長すぎる冷凍睡眠が子ども達にどんな悪影響を与えているかも解りません。一刻も早く新しい世界を与えてあげるべきです」
結局の所、答えはもう出ている。
後は、それをやるかやらないか。決断するか、否か。
全員の意識がステラに向けられる。
船団の指揮権はアーレリオス様にあるけれど、最終的な決定権は第二世代であるステラ。
つまりは星子ちゃんに託されているのだ。
星と半融合するという責任の重さからも、彼女の意思を尊重する。
そう告げる仲間達の眼差しに、ステラは目を閉じた。
故郷への帰還を願うレルギディオス。失われた我が子。
星に……おそらく永劫……繋がれるナノマシンウイルス製造装置としての自分の未来。
けれど。
最後の決断の鍵となったのは、やはり忘れえぬ師。真理香先生との約束だった。
『私、先生みたいに、子どもを守り、導く保育士になりますから。子ども達を、みんな、幸せにしてみせますから』
『子ども達をお願い。みんなで幸せに生きられる世界を、未来を……守って』
「この星を新たな我らの故郷としましょう。生まれた星系から逸れた彷徨い星は私達と同じ。共に、生きていくことが出来る筈です。
子ども達の幸せを何よりも最優先すべきです」
「了解」
そして、移民船ステラは星の海に着水。
自らのナノマシンウイルスで精製した黄金の触手を、星の地殻へと触れさせる。
水溶液の中、金色の髪が風に靡くように揺れた。
その姿を見る者はエルフィリーネの他には誰もいないけれど。
『接続』
長くて、短い時間が過ぎた後、星が揺れた。
星の奥深くから、マグマが吹き上がる。
まるで新たなる大陸と、生命の誕生を祝う花火のように。
『星に、大神は降り立ちました。
何もない、夜の世界。
大神は光となり、夜と手を取りました。
夜と光は風と、空を生み出し、火によって星を温めました。
大地に降り立ち、水が流れ、木が芽生えました。
そして、星に命が生まれ、精霊とそれを統べる神が生まれたのです』
星を作り替えるのに、どのくらいの時間が経ったのか。
五年か、それとも十年か。もっとかもしれない。
でも、長い長い、これまでの旅の時間よりはきっと短い。
地球を飛び立ってから、気の遠くなるような時間のその先で。
新たに生まれた大陸に、人々が目覚め降り立った。
純白の神殿と、実り溢れる大地以外は何もない未開の星。
『子ども達よ』
けれど、目の前に広がる世界には希望と、人々を守り助ける『精霊』の祝福が確かに溢れていることを彼らは感じていた。
『今は、もう遠い星の、忘れ去られた神の言葉だが、改めて贈ろう。
新しき星『アースガイア』の『精霊神』として』
そう人々に告げたのは誰だったのだろうか。
『産めよ、増えよ、地に満ちよ。
あらゆる地の獣、空の鳥、地を這うもの、海の魚はあなたがたを恐れ、おののき、あなたがたの手に委ねられる』
多分、アーレリオス様だったのかも。
でも、それを探すことに意味はない。
彼らの旅を見守り続けてきた能力者達。
『精霊神』は皆、同じ思いを抱いていただろうから。
『命の限り生き、希望を掴め。子ども達。
この星は、未来は、お前達のものだ』
こうして『異世界』いや、新世界。
『アースガイア』の歴史が始まった。
『星』と『精霊神』様達の祝福と共に。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!