「こんな、成長変化は普通あり得ません」
連絡を受けてアルケディウスから、本当に飛ぶようにやってきた第三皇子夫妻。
お二人は寝室で、元フリュッスカイト公主様からの追及を受けておられました。
「私も、一応四人の子を産み、育てた身ですから、子育てについては多少理解しているつもりです。残念ながら女の子には恵まれなかったので男の子と女の子は違う、かもしれませんがそれでも、こんな一晩で一気に身体が変化する。
こんな成長はあり得ないことは理解しております」
痛みからか、それとも肉体の変化がもたらすものか。
マリカ様は、意識を失われているようです。
部屋の中に私達が入ってきた事にも気付かず、こんこんとした眠りについておられるマリカ様。
お休みを妨げる事の無いように細心の注意を払いつつも、お二人を問い詰める元公主様ナターティア様からの追及は厳しく、留まるところを知りません。
「何故、このようなことが起きたのか。お話し頂くことはできませんか?
秘中の秘であろうことは理解しておりますので、決して他言はいたしませんから」
「我々にも、理解ができていないのです。何故、マリカにこのようなことが起きるのか?」
「ライオット様……」
「本当でございます。ナターティア様。この子は確かに特殊な生まれ。その身に並人とは違う理を抱えておりますが、それでも。
このような事態は想定の外側でございました」
お二人の表情に嘘は見えません。
どうしてこんなことになったのだろうと、驚愕を隠し切れないご様子です。
「そうなのですか……。
精霊獣、いえ、『精霊神』様の御言葉によればマリカ様の御身体は、現在、女の容として完成されつつあるのだそうです。……皇子の前で言葉に出すのも恐縮ですが、初潮を迎えたことで女性としての成長の準備が整い、それに伴って身体が作り替えられているとのこと。
成長は不可逆で制止することは不可能。止めれば逆にマリカ様の肉体に負担をかけるとのことですからこのまま、見守るしかないのですが」
「問題はこの後の対応ですね。変化成長したこいつをいきなり外に出せば、混乱は必至」
「周囲もですが、マリカ自身も精神的に混乱するであろうことが予測できます。
一時的なものであるのならともかく、この変化は戻ることは無いのでしょうから、女として受け入れさせないと……」
「そうですね」
「あ……あの」
「どうしましたか? カマラ」
圧倒的上位者三人の話に、私のような下位の者が口を挟んではいけないことは解ります。
でも、リオン様から伺った大事な話。
マリカ様の成長と、その意味について。
私は一人で抱えていていいものだとはとても思えず、つい、口火を切ってしまいました。
ただ、この場にはナターティア様もいらっしゃる。
『神』や『精霊』。何よりマリカ様の素性に関わる大事を、ここで話してもいいのでしょうか?
私の逡巡を見抜いたかのようにナターティア様は優しく微笑まれます。
「私の事はどうかお気になさらず。決して口外は致しませんし、マリカ様の害になるようなことはしないと誓います」
……それはつまり、秘密を知る機会を逃すつもりは無く、この場で話せという意味でもあります。
何よりここは本国アルケディウスでも、大神殿もなく水国フリュッスカイト。
国の、現在は最高権力者ではないものの、ほぼそれに等しい権力と立場を持つ元公主の意向に逆らう事はちょっとできそうにありません。
彼女を納得させないと帰国の許しも出ないでしょう。
「……仕方ない。カマラ。話せ。
ナターティア様。マリカの進退どころか存在にも関わる重要な案件です。当面は本当にナターティア様お一人の胸に留めて頂きたい」
「尊き我らが祖
『水の精霊神』オーシェアーン様の御名において」
胸に手を当て『精霊神』の御名において為す誓い。
王族にとって、おそらく最高の誠実を見せて下ったであろうナターティア様に頷いてライオット皇子は私に発言を促しました。
「マリカ様が、女性として、完成されたということは『神』の依り代。『星』の代行者として完成したということではないでしょうか?」
「『星』の代行者?」
思わず零れてしまった、という口調でナターティア様が小首を傾げられますが、慌てて自分の手で口元を押さえ、余計な事を言わないから先を続けろ。と手と仕草で促されます。
第三皇子の頷きに、私はマリカ様が魔王の転生『精霊の貴人』であるという表現は避けつつ、先日リオン様から伺った話を保護者の方々にお話しました。
マリカ様が『精霊の役割』を持っていることはさっき、水の『精霊神』様が語っていたことであるのでなんとか許されると思ったのです。
成人することによって、周囲の人に好かれ好まれる『精霊』の加護が強化されるかもしれないこと。
何より女性として完成されたマリカ様の肉体を奪った者は『星』の力を手に入れることになることを含めて。
「それは……あいつが言ったのか?」
「はい。マリカ様の肉体の完成を待って『神』はその身を欲して手を伸ばしてくるであろう、と」
「何故、もっと早く……いえ、簡単に告げられる事ではありませんね」
第三皇子は額に手を置き、俯かれています。ティラトリーツェ妃も苦し気なお顔です。
流石に、リオン様が魔王の転生体であるとか、二つの人格を持っていてマリカ様を抱くことで人格が固定される可能性があるとまでは言えません。『神』が目的を持って人に不老不死を与えていること。その目的の為にマリカ様を欲して連れて行こうとしていることも、言っていい事なのかは解らないので、語るのは止めました。言っていいとしても、ここでは避けるべきでしょう。
何を語るべきで何を黙るべきか。
一挙手一投足、 一言をも見逃すまいと私を見つめるお三方を前に私は呼吸もできないほど苦しくなりました。
『星』の運命を左右する秘密。私には荷が重すぎます。
「マリカ様が、自身を女性として成人として自覚することで。いえ、もしかしたら女性として完成されられた時点で、『精霊の徒』としての力に覚醒されるのかもしれませんね。
もしかしたら、今の昏睡状態は肉体が再編成されているからかも。目覚められたマリカ様は元のマリカ様なのか。それとも『精霊の徒』として意識も変化されている可能性も有り得ます」
知恵の国フリュッスカイトの公主様らしく、優れた洞察力を発揮されるナターティア様。それを聞くお二人の顔は青白く、心配をその瞳に宿してマリカ様を見つめておられます。
マリカ様の肉体が完成されたことが『子ども』ではなくなったことが、絶妙のつり合いで維持されていた平和な空白期間の終わりを告げたのかもしれない。
そう感じさせたのです。
「とりあえず、ライオット皇子、ティラトリーツェ様。マリカ様を連れてどうぞご帰国を。
病に倒れた、等の理由を付けて暫く外と遮断するのがいいかもしれません」
「ナターティア様」
「数日ではこの変化を隠しきれはしないでしょうけれど、今日明日、でこの姿を人前に晒すよりは違和感を減らせるかもしれません」
「ご配慮感謝いたします」
「後は、アルケディウスでご対応ください。
フリュッスカイトはマリカ様にお返しできない程の恩義がございます。今回、さらに増えました。今のお話は大公メルクーリオにも許可が無い限り致しませんし、必要な時には全力を尽くしてお力になると誓います」
「ありがとうございます」
こうして、マリカ様はお父様、ライオット様の手によって極秘裏にフリュッスカイトから連れ出され、アルケディウスに戻りました。数日の間館で静養されるそうです。
リオン様、フェイ様が心配そうにその姿を見送っておられたのが心に残ります。
マリカ様の変化に気をとられていた私達は、気が付かなかった。いえ、気が付くのが遅れたと言うべきかもしれません。
マリカ様の元に届いたゲシュマック商会、アル様からの一通の手紙とその対処について。
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